囁き声で
 あかねは今、何一つ不安に思うことなく、幸福な気持ちで微笑んでいた。

 自分がとても幸運で、幸せだと感じることはほぼ毎日。

 本当にこの人の妻になって良かったと今はそう思っている。

 視線を上げればそこには月を見上げている端整なその人の顔があって…

 その顔を見上げているだけでもやっぱりあかねの口元は微笑で弛んでしまうのだ。

「どうかなさいましたか?」

「幸せだなぁって思ってただけです。」

 正直にそう答えれば、問いかけた頼久の方が驚いたように目を見開いた。

「そう、なのですか…。」

「いつも幸せだなぁって思ってますけど、今日はやっぱり特別幸せだなって。」

 頼久は軽く抱き寄せていたあかねがニコニコと微笑んでくれるのを見て、その肩を抱く手にかすかに力を込めた。

「確か今日は藤姫のお父さんとか忙しくしてるんですよね?」

「はい。追儺など、儀式が色々とありますので、左大臣様は帝のおそばにてお忙しくなさっていることかと。」

 そうなのだ。

 本日、大晦日はこの京の貴族にとってはとても特別な日で、貴族たちは帝の側で様々な行事に追われているのだ。

 ということは、当然のことながら左大臣という地位にいる藤姫の父もそこで忙しくしているというわけだ。

 左大臣家に抱えられている頼久達武士団も本来ならこの左大臣の警護で忙しくしているはずだった。

 特に頼久はその武士団の若棟梁として左大臣他、貴族たちの警護に駆り出されるはずだったのだが…

 異界から降臨してこの京を救った天女を妻とした頼久には特別休みが与えられていた。

 もちろん、そこには藤姫が父に説教する勢いで頼久に休みをと進言した事実があるのだが、それはあかねが気にするということで藤姫と頼久との間での秘密となっている。

 友雅辺りは頼久の代わりは自分がつとめようなどと冗談交じりに言ってはいたけれど、あかねに幸福に新年を迎えてほしいという気持ちは皆同じ。

 頼久に休みが与えられたと聞いた時は友雅もどこかほっとした顔であかねのお供を辞退していた。

「でも、頼久さんはお休みで、こうして一緒にいてくれて……本当に私は幸せ者です。」

「いえ、そのような…。」

「今度、藤姫にお礼を言わなくちゃ。」

「そ、それは…。」

 悪戯っぽく微笑むあかねに頼久は思わず挙動不審になってしまった。

 もともと口下手で実直な頼久だ。

 こういう場合にうまくごまかすようなことができるわけもない。

 あかねはクスッと微笑んで、それから頼久の胸に頬を寄せた。

「わかってます。藤姫がお休みをくれたんですよね。だって、頼久さんはみんなに頼りにされてますから、こんな忙しい時にお休みになるわけないです。」

「いえ、私はそれほどのものでは…。」

「ありますよ。一人でお留守番でもしかたないかなって思ってましたけど、やっぱりこうして一緒に新年を迎えられるのはすごく嬉しいです。」

「あかね…。」

「だから、今日は素直に喜んで、今度藤姫に会った時にお礼を言うことにします。」

「はい。」

 聡明な妻に惚れ直して頼久はその小さな体をひょいと膝の上に乗せた。

「きゃっ、頼久さん?」

「私も幸福だと、今しみじみ実感いたしましたので。」

 そう耳元で囁かれて、あかねは一瞬で首まで真っ赤になった。

 頼久が本心を口にしただけで、別にあかねを照れさせようとしているわけではないというのはわかっている。

 そんな器用なことができる人ではない。

 逆にそうとわかっているからこそ、口に出た言葉は本心だとわかるわけだ。

 本心だとわかればそれはそれでもっと恥ずかしいというあかねだった。

「このように穏やかに新年を迎えることができるとは、本当に私は果報者です。」

「それは私もです。あ、そうだ、今年一年お世話になりました。来年もよろしくお願いします。」

「それは私の方です!どうぞよろしくお願いいたします。」

 言いながら頭を下げることができない体制であることに気付いて、頼久は代わりにあかねの体をギュッと抱きしめた。

「これからもずーっとよろしくお願いします。」

 そう言ってあかねは頼久の首をかき抱いた。

 御簾の向こうから二人を見つめているのは夜を照らす月明かりのみ。

 静けさに満たされた屋敷の中で、あかねと頼久は互いに微笑を交わしながら静かに新年を迎えるのだった。








管理人のひとりごと

皆様にとってこの1年はどのような年だったでしょうか。
良くも悪くも1年が終わり、新しい年が始まります。
皆様にとって新たな年が良い一年になりますように、管理人から愛をこめて(^^)









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