幼恋
「さて、困ったものだね。」


 今、友雅は非常に不機嫌そうな少女を前に苦笑している。

 目の前にいるのは左大臣の愛娘でありながら星の一族でもある藤姫だ。

 まだ十歳という幼さの残る藤姫は、友雅の前で容赦なく機嫌が悪いのだ。

「わけを話してくれなければ、いくら私でも慰めようもない。」

 そう言って苦笑する友雅は脇息にもたれかかり、いつものように扇を時折パチリと鳴らしていた。

 ついさきほどご機嫌伺いにとやってきたところ、もう既に幼い姫の機嫌は悪くて、ここを辞してからは神子殿の屋敷へ行こうと思っていたのだが、ついつい部屋に上がりこみ、こうして脇息にもたれて姫君の様子をうかがっているというわけだ。

 麗しの神子殿が源武士、頼久の許婚となり、新居となる屋敷を与えられてこの屋敷を出てからというもの友雅は神子を姉とも慕っていた藤姫を気遣って数日おきに顔を見せていた。

 もちろん、神子がいなくなってからの藤姫はずっと寂しそうではあったが、それでも大切な神子のためにあれやこれやと必要そうなものをそろえて送ってみたり、文のやりとりをしたりとそれなりに楽しそうにもしていたのだ。

 それが今日、友雅の挨拶にも満足に答えないほどの不機嫌さで藤姫は友雅を驚かせた。

「さて、二日ほど前は確か、神子殿に新しい水干を作って差し上げると息巻いておいでだったと思ったが?」

「……。」

 はぁ。

 と友雅はため息をついた。

 朝から友雅はこのだんまりとずっと付き合っているのだ。

「よもや、あの神子殿が藤姫の選んだ衣を気に入らないなどと言うはずもなし、藤姫は何がそんなに気に入らないのだね?」

「……気に入らないなどということはございませんわ……。」

 やっとそう答えてくれた藤姫の声はとても小さくて、そしてとても低くて悲しそうだ。

 友雅は扇をパチリと鳴らして微笑んだ。

「ほぅ、気に入らぬこともないのに沈んでおいでとは、まさか、私が来たことが不満だと言うのではないだろうね?」

「……。」

 友雅としては少しばかりからかっただけのつもりなのだが、藤姫はとたんに泣きそうな顔でうつむいてしまった。

 普段ならムキになってかかってくるのが藤姫だ。

 今日の藤姫はなにやら相当重症らしい。

「どうしたら幼姫のご機嫌は麗しくなるのかな?」

「……わたくし……神子様のことを本当に大切に思っておりますの…。」

「知っているよ。」

 やっと何かを語ろうとしてくれているらしい藤姫の機嫌を損ねないよう、友雅は優しく相槌をうつ。

「……神子様がお幸せでいて下さるなら、本当に喜ばしいと思っておりますの…。」

「そうだろうね。」

「………ですけれど…。」

 友雅は何も言わずに言い淀んだ藤姫の次の言葉を待った。

 苦しそうに顔を歪めた十歳の少女はその両手をきゅっと握ると小さくため息をついた。

「神子様のお幸せを心からお祈りしてますのに…ですのにわたくしは…神子様とお会いできないことがとても悲しくて…寂しくて…つい頼久を恨んでしまったり、神子様を恨んでしまったり……。」

 なるほどね。

 友雅は納得しながら微笑を浮かべた。

 この神子様大事の姫君は神子様の幸せと自分の望みとが一致しないことで悩んでおいでというわけだ。

「まぁ、あの神子殿のことだ、いつまでも新しい屋敷でじっとしてはいないだろう。そのうちここへも顔を出すよ。きっとね。」

「それは、そうなのですけど…。」

「待てないかな?藤姫は。」

「……。」

「それは困ったね。」

 可愛らしく悩む藤姫を眺めるのが楽しくてしかたないという風に友雅は微笑み続ける。

 が、どうやら藤姫本人はそんなことには全く気付いていないようで…

「わたくしはわがままなのですわ…。」

「ん?」

「神子様が頼久と共にいたいがためにこの京にお残り下さるとわかった時、とても嬉しかったのですの。これからもずっと神子様と一緒にいられる、神子様のお世話をさせて頂けると…それだけでもとても嬉しいと、そう思っていましたのに…。」

 しゅんとなる藤姫を見つめながらとうとう友雅はくすりと笑い声をたててしまった。

 まだ子供らしく心を悩ませている藤姫が愛らしくてならないからだ。

 そしてやっと藤姫は友雅が自分にどんな視線を向けていたかに気付いたらしく、いつものようにきっと目尻を上げてにらみつけた。

「友雅殿!何を笑っていらっしゃるのですか!」

「いやね、恋をする乙女というものは悩みが多いと思ってね。」

「こ、恋だなんて!」

「今の藤姫は神子殿に恋をして恋敵の頼久に妬いているようなものだからね。」

「ち、違います!」

「違いはしないさ。自分が執着している人間を欲するあまりに妬いているのは同じことだ。」

「そ、それは…。」

「まぁ、解決策がないでもないがね。」

 きらりと瞳を輝かせて見上げる藤姫にさわやかな笑顔を浮かべて見せた友雅は、ぱちりと扇を鳴らすとすっと立ち上がった。

「そうだね、その話はまた今度、ということにしよう。」

「まぁっ、友雅殿!わたくしに意地悪をなさるおつもりですのね!」

 くすりと笑っただけで答えずに、友雅はそそくさと藤姫の前から退散してしまった。

 後に残された藤姫は友雅が来る前よりももっと不機嫌になり、局で一人きり、ぶつぶつと何かつぶやき続けるのだった。





 友雅が藤姫をからかって去って去った翌日から三日の間、藤姫はとても機嫌がよかった。

 あの翌日、神子が藤姫を訪ねてきて、一日中おしゃべりをして行ってくれたからだ。

 供に頼久がついてきていたし、午後からは友雅も訪れて何やらにぎやかになったけれど、それでも大切な神子様が自分を気遣って訪ねてきてくれた事実は藤姫をとても喜ばせた。

 ところが、それから三日後、ご機嫌伺いにやってきた友雅は再び藤姫の無言攻撃を受けるハメに陥っていた。

「さてさて、昨日まではとてもご機嫌麗しかったように思うのだが?」

「……。」

 からかうような友雅の挨拶の言葉にも藤姫は黙り込んでしまい、階に座った友雅はそんな藤姫にため息をつく。

 この年頃の少女はこうも気分が変わりやすいものだっただろうかと思い返してみても
、十歳の少女の相手をしたことは他になく、さすがの友雅にもどうも勝手がわからない。

「そう黙り込まれてはご機嫌のとりようもないのだがねぇ。」

「……わたくし、やはりわがままなのですわ……。」

「ん?今度は何かな?」

「…つい先日、神子様がお訪ねくださったばかりですのに、わたくしったら……。」

「もう、寂しいのだね。」

 友雅の言葉にこくりとうなずいた藤姫は今にも泣き出しそうな顔をしている。

 さて、と、友雅は考え込んだ。

 実は先日、神子が藤姫のもとを訪れたのは友雅が藤姫が寂しがっているので会ってやってほしいと頼み込んだからなのだが、それがたかだが三日でもう一度と頼むわけにもいかない。

 これはどうしたものかと友雅が考え込むと藤姫は髪飾りをサラリと鳴らしながら少しだけ友雅の方へにじり寄った。

「友雅殿。」

「なんだね?」

「神子様は今、お幸せだと思われますか?」

「ふむ、まぁ、幸せだろうね。いつ行っても笑っておいでだし。頼久との婚儀が遅れているから多少心配ではあるかもしれないが、あれだけ毎日頼久が張り付いていれば大丈夫だろうね。」

「そう…そうですわね……なら、わたくしは喜ぶべきですのに…。」

 再びうつむく藤姫。

 友雅はしばらく考えて、そしてぱちりと扇を鳴らすとその口元に艶な笑みを浮かべた。

「まぁ、方策がないでもないねぇ。」

「はい?」

「かなわぬ恋に悩む乙女がその恋から逃れる方策がないとは言わないよ。」

「ですから、わたくしは別に恋しているわけではございませんわ…。」

「同じことだと言ったはずだよ。神子殿恋しさにとらわれてそうして泣きそうになっている。恋する男が通ってきてはくれぬ、文もくれぬと嘆いている可愛らしい女性と同じに見えるよ、私には。」

「違いますもの……。」

 ふっと笑って友雅は階を上りきり、藤姫の正面に座る。

「同じだね。さて、そのかなわぬ恋に打ちひしがれながらもその恋から逃れられぬ乙女はどうしたら悲しい恋から逃れられるか教えて差し上げようか?」

「?」

 期待に満ちた藤姫のまなざしにいつものように微笑で答えた友雅は、扇の端を顎の辺りに当てて藤姫に顔を近づける。

「新しい恋をすることだよ。」

「はい?」

「だからね、かなわぬ恋を忘れるためには、新しい恋をするのが一番良いのだよ。」

「……………ですから、恋では……。」

 そんな方法かと藤姫があきれてため息をつく。

 男に恋しているのではないのだからそんなことで解決するはずもない。

 だいたい、新しい恋など簡単にできるわけがない。

 自分はまだ十歳の子供なのだから。

 と、藤姫がまた不機嫌に黙り込むと、友雅はすっと藤姫の至近距離へと顔を近づけた。

「新しい恋のお相手は私がつとめましょうか?幼い姫君。」

「と、友雅殿!またわたくしを子供と思ってからかっておいでなのですね!」

「いやいや、神子殿の世界では光源氏計画とかいうそうだよ。」

「はい?ひかるげんじけいかく?」

「幼い姫君を自分好みの女人に育てて妻にすることをそう言うそうだよ。」

「!」

 驚きで目を丸々と見開いた藤姫は次の瞬間、真っ赤になってぽかぽかと友雅の胸を両手でたたいた。

「友雅殿!またそんなことをおっしゃって!」

「だいぶ元気になられたようだね。」

 そう言って藤姫の両手を優しくつかんで止めた友雅は、すっと立ち上がると藤姫をその場へ残して階から庭へと降り立った。

「では、姫君が本気で怒らぬうちに退散するとしようか。」

「友雅殿!」

「ははは。」

 軽い笑い声をたてながら友雅はいつも通りの無駄のない動きで立ち去った。

 後に残った藤姫が、自分がすっかり神子様のことを忘れてそれから一日中、ずっと友雅への恨み言をぶつぶつとつぶやいている自分に気付くことはなかった。



 翌日、朝早くに藤姫のもとには神子からの文が届けられた。

 そしてその翌日も、また翌日も。

 毎日違った色の可愛らしい紙に覚えたての字でたどたどしくつづられた手紙を藤姫は毎日嬉しそうに受け取り、すぐに返事を書くのだった。

 光源氏計画で藤姫をからかった友雅がその足で神子のもとを訪れ、手紙を書いてやってほしいと頼んだことを藤姫が知るのは数日後にやってきた神子からの手紙でだった。






管理人のひとりごと

まず、この作品は、当サイト開設時に色々な面で大変お世話になりました、愛する高瀬とおる様に捧げます\(^^)/
お好みに合うように書けているといいのですが…
当サイトでは初の頼久×あかね以外のCPなんでちょっと心配…
光源氏計画はこのCPでは絶対やらねばと(爆)
この二人はこれからも色々な場面で登場すると思います。
なんだかかわいいので(笑)



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