鬼は外
 あかね、天真、詩紋、蘭の4人はそろって荷物を持って歩いている。

 向かっているのは頼久の家。

 手にしているのは豆などその他必要なもの諸々。

 そう、本日は2月3日。

 節分なのだ。

 節分といえば、もちろん豆まき。

 ということで、とりあえず頼久と一緒に一通りの年中行事をやってみたいあかねのために、残る3人も一緒に頼久の家で豆まきを強行することになったのだった。

「豆まきなんざいつ以来だ?」

「小学校じゃない?学校でやったよね?豆まきって。」

「ボクも中学入ってからはやってないなぁ。」

 そう言って3人が振り返ったのはあかねの方。

 3人に見つめられたあかねはというと、可愛らしく小首を傾げるばかりだ。

「まぁ、頼久のことだからなぁ、あかねに誘われりゃやらないとは言わねーだろうが…。」

「いい大人が豆まきっていうのもねぇ。」

「でも頼久さんはたぶん…。」

 天真、蘭、詩紋は顔を見合わせて溜め息をついた。

「どうしたの?3人とも。」

「普通なら頼久さんみたいな大人が喜んで豆まきってありえないと思うんだけどね、でも頼久さんの場合、あかねちゃんにやりましょうって言われたら満面の笑みで「御意」って言うんだろうなぁって想像してげんなりしただけ。」

「ちょっ、蘭!」

「本当に頼久がそうなるかは見てからのお楽しみっと。」

 天真がそう言って扉の前に立つと絶妙のタイミングで扉が開き、向こうから頼久が顔を出した。

「よっ。」

 天真が軽く手を上げて中に入ると、3人がそれに続いて中に入った。

 口々に「おじゃましま〜す」という声が家の中に響いて、頼久の顔にはうっすらと笑みが浮かんだ。

「さ、じゃ、準備すっか。」

 リビングへ入るやいなや天真はそういって袋の中身を広げ始めた。

 中から出てきたのは大豆の山と鬼の面、それに升だ。

「これはまたずいぶんと…。」

「突然ですみません、今日は節分でしょう?せっかくみんなで集まるんだし豆まきしたらどうかな?って思ったんですけど、いいですか?」

 天真がテーブルの上に広げた荷物に目を丸くしている頼久にあかねがそう尋ねると頼久は…

「御意。」

 ニコニコと幸せそうに微笑んで見せた。

 あまりに予想通りな反応に、天真、詩紋、蘭の3人が苦笑する。

「どうした?」

「なんでもねーよ。それよっか、豆まきやっちまおうぜ。こういうのは後片付けがだりーから。」

「そうだよね。豆全部拾うの大変だし、とっとと始めよう。で、鬼は誰がやるの?」

 蘭の問いかけに一同はシーンとなってしまった。

 何も考えていなかったが鬼の面があるということは誰かが鬼の役をやるということだ。

「えっと、言い出したの私だし、私が…。」

「滅相もありません!神子殿に鬼の役など!」

「お前なぁ…。」

 いつものように顔色を青くしてあかねを止める頼久に天真が深い溜め息をつく。

「神子殿に鬼の役目などとんでもありません、私が…。」

「頼久さんはこの家の主じゃないですか、主が鬼なんて…。」

「的は大きくてよさそうだけど、家主が鬼って言うのもね…てことはお兄ちゃんだね。」

 あかねに助け船を出してくるりと天真の方を見る蘭。

 天真は心の底から面倒そうな顔をしていた。

「面をかぶるのも豆ぶつけられるのもそれはいいけどなぁ…。」

「じゃぁ何?何か問題ある?」

「逃げるのがだりー。」

「……。」

 一瞬絶句してそれから蘭は深い溜め息をついた。

 頼久とあかねは天真らしいと心の中でつぶやきながら苦笑している。

「じゃ、じゃぁ、ボクが鬼やろうか?京では鬼っていわれてたし…。」

 うつむきかげんで言った詩紋のこの一言で全ては決した。

 黙って天真が鬼の面を手にとり、女性二人は升へと大豆を入れ始める。

「あ、あれ?天真先輩?」

「やっぱ俺が適任だろ、うん、ガタイがいいから狙いやすいしな、うん。」

「鬼とは誰かがやらねばならないものか?」

 ここで思いがけない問いかけをしたのは頼久だった。

 紙で作られた鬼の面をかぶろうとしていた天真がキョトンとした顔で頼久を見つめる。

「そりゃやっぱり雰囲気出ないんじゃないですか?ね、あかねちゃん。」

「どうなんだろう、鬼のいない豆まきってしたことないですけど…。」

 女性二人は顔を見合わせて小首を傾げる。

 すると頼久は微笑を浮かべて天真の手から鬼の面をとりあげた。

「京では鬼の役割をなす者はいませんでした。」

『へ?』

 4人が声をそろえてキョトンとするのを頼久は苦笑しながら見つめた。

「京でも豆まきってあったんですか?」

「はい、京では陰陽師の方々や、その他、役割を振られた方々が桃の杖や弓などを使って疫鬼を駆逐するだけの行事でした。ですから、ことさら鬼の役を演じる者はなくてもよいのではないかと。」

「そうなんだ…だったら、鬼なしでやってみようか?」

 あかねがそう言って3人を見回すと、天真、詩紋、蘭は互いに顔を見合わせてうなずいた。

「まぁ、あかねあがそれでいいなら俺達はそれでいいぜ。」

「じゃ、鬼なしで。」

 あかねがそう言ってにっこり微笑むと一同は一つうなずいて豆の入った升を手にした。

「じゃ、みんなでいくぞー、鬼は〜外っ!」

 天真のこの掛け声で源家初の豆まきは始まった。

 2階の使われていない部屋から階段、リビングに寝室、書斎や台所にいたるまで豆をまいて…

 全員で大きな声を出して豆をまいていると、それはもうお祭りのような騒ぎでにぎやかで、家中全て豆をまき終わる頃にはあかね、蘭、詩紋の3人は息が切れているほどだった。

「お前ら豆まきくらいでそんなへたるなって…。」

「お兄ちゃんと違って豆まきも全力なのっ!」

「運動不足なだけだろうが…。」

「じゃ、その元気なお兄ちゃん、後片付けよろしくっ!」

「お、お前なぁ…。」

 調子のいい妹にすっかりやられて天真が溜め息をつく。

 するとあかねが苦笑しながらすっと膝を折って床に転がる無数の大豆を拾い始めた。

 さすがとばかりに一つうなずいて頼久がそれに続く。

「蘭、お前もつまんねーこといってねーで手伝え。」

「は〜い。」

 詩紋まで豆拾いに黙って加わったのでこれはもう天真と蘭も手伝わないわけにはいかない。

 はしゃいでいた二人も加わって今度は盛大な豆拾いだ。

 とりあえずはリビングから始めて書斎へ…

 よく考えてみればわかることなのだが、今まで豆をまいたところを全て拾って歩くというのはなかなか大変だ。

 もちろん豆をまくよりも時間もかかる。

「これは…思ったよりしんどい…。」

 最初にねをあげたのは蘭だった。

 口には出さないが詩紋も顔はつらそうだ。

 天真も一応年長者の自覚があるので口には出さないが、どうも作業に飽きているように見える。

 そんな3人を見て、頼久とあかねは視線を交わして一つうなずき合った。

「ね、後は私と頼久さんでやるからみんなはもういいよ。」

「は?お前、2階まだ丸々全部残ってるぞ?二人でって無理だろう。」

「ゆっくりやるし、それに手で拾っても全部はちょっと無理みたいだから掃除機とか使うし。」

「掃除機!その手があったかよ…。」

 今更のように掃除機の存在を思い出したのは天真だけではないらしく、蘭と詩紋もあっと言う顔をしてから溜め息をついた。

「ね、だから、お茶でもゆっくり飲まない?」

 この問いに今度は3人が顔を見合わせた。

 そして3人で同時にうなずいて、いっせいに立ち上がる。

「いや、掃除がもういいなら俺達帰るわ。」

「へ?」

「うちでも豆まきやることになってるから。」

「あぁ、そうなんだ。」

 天真と蘭の言葉にうなずいたあかねの視線が詩紋へ向かう。

 詩紋はというとその顔に苦笑を浮かべて頭をかいた。

「えっと、ボクも家に帰って豆まきするって約束してるから…。」

「そうなんだ…なんだかごめんね、みんな予定あったのに無理に誘っちゃって…。」

「そ、そういうわけじゃねーよ。帰ってから豆まきだって十分間に合うし、気にすんな。」

「そうそう、あかねちゃんと一緒に豆まきもしたかったからいいのいいの。」

「うん、ボクだってあかねちゃんと豆まきしたかったから、気にしないで。」

 3人は口々にそう言うとさっさと帰り支度を整えて玄関へ向かった。

 あわててあかねが見送るために後を追い、その後を頼久が追う。

 頼久の顔には困ったような苦笑が浮かんでいた。

「じゃ、また学校でな。」

「あ、うん、3人とも帰り道気をつけてね。」

 なんだかいそいそと3人は出て行ってしまって、見送ったあかねは小さく息を吐いて頼久を振り返った。

「3人ともなんだか急いでたみたい…悪いことしちゃいました。」

「いえ、神子殿がお気になさることはないかと…。」

 そう言って頼久はただただ苦笑する。

 頼久には何故3人がいそいそと慌てて帰って行ったのかがわかっているからだ。

 おそらくあの3人は天真の家辺りでこの後を過ごすのだろう。

「あ、お2階の片付けしちゃわないと。」

「いえ、2階は使ってない部屋ばかりですので、明日にでも私が一人で…。」

「ダメですよ!私がやりたいってお願いしたんだし、ちゃんと片付けます!」

 そう言ってあかねは腕まくりをして、さっさと階段を上り始めた。

 こうなっては頼久が何を言ってももう聞き入れるあかねではない。

 あとはもう手伝うという選択肢しかない頼久は、張り切って先を行くあかねの後を追った。

 手際よく奥の部屋から掃除機を取り出したあかねはすぐにスイッチを入れて床にちらばる豆を吸い込み始める。

「神子殿、何かお手伝いを…。」

「掃除機使ったらすぐですから!」

 掃除機の音がうるさいせいか大声でそういわれて、頼久は手伝うこともできなくなってしまった。

 こうなるともう苦笑しながらてきぱきと働くあかねを眺めているしかない。

 頼久は手早く掃除機をかけるあかねの後ろ姿をじっと見つめた。

 動きはとても軽やかで手馴れている感じだ。

 神子殿に掃除などさせているという申し訳なさもあるにはあるのだが、それよりも今、頼久はあかねのこの背中を見つめることができる自分に幸せを感じていた。

 掃除を続けるあかねはまるでもとからこの家に住んでいる人間のようで…

 妻という者を自分が持っていたら、おそらくこんなふうに掃除をする姿を眺めるのであろうなどと思うと、目の前のあかねの姿が嬉しくてついつい笑みがこぼれた。

 頼久が見つめる中、あかねは手際よく掃除を終えて掃除機を片付ける。

「はぁ、やっぱり掃除機使うとすぐでしたね。下もこうすればよかった。って、頼久さん、何か楽しいことあったんですか?」

 やたらと機嫌がよさそうな頼久の様子に気づいてあかねが小首を傾げる。

「いえその…掃除をして下さっている神子殿のお姿が…。」

「私が?」

「良いものだと思いましたので…。」

「良いもの、ですか?」

 まだ納得しないらしいあかねは小首を傾げたまま頼久を見上げる。

「その…掃除をして下さっている神子殿は…。」

「私は?」

「妻、のように見えると思いまして…。」

「はぅっ…。」

 あかねは真っ赤な顔でうつむいて、そのまま凍り付いてしまった。

 妻という言葉はまだ高校生のあかねには実感がわかないが、それでも頼久にそういうふうに見えたことは嬉しい。

 嬉しいのだが、恥ずかしいのもまた事実で…

「神子殿はまだ高校生でいらっしゃるというのに掃除もお上手です、驚きました。」

「そ、そんなことないですよ、普通です…でも、あの、もし、頼久さんの奥さんにしてもらえた時に困らないように練習はしてます…。」

「神子殿…。」

「も、もしもですよ!練習しておかないと、もしも、奥さんにしてもらえた時に困るかと思って…。」

 やたらと「もしも」という部分を強調するあかねに頼久は苦笑を浮かべた。

 こうもあかねに万が一みたいな言い方をされると本当に妻になってはもらえないのではと思ってしまう。

「そのようにもしも、などとおっしゃらず…。」

「へ?」

 今まで真っ赤な顔で照れていたあかねは思いがけない言葉にはっと視線を上げた。

 するとそこには寂しげな顔をした頼久がいて、その姿が急に近づいてきたかと思うとそのまま腕の中に閉じ込められてしまった。

「頼久さん?」

「私は…神子殿が、その…大人になられた時に、私と共に暮らしたいと思っていてくださるなら妻になっていただくべく、お迎えに上がろうと思っております。ですがそのようにおっしゃられては…。」

「そ、そういう意味じゃないです!私が大人になるまでってすごーく時間があるじゃないですか、だから…その…頼久さんだって気が変わるかもしれないかなって…。」

 あかねがそこまで言うと頼久の腕に力が込められて、あかねはもう何も言えなくなってしまった。

「気が変わるなどということは断じてございません。この命にかけてお約束致します。ですからどうか…。」

 苦しそうな声でそういう頼久のあかねを抱く力は更に強くなって…

「よ、頼久さん、苦しいです…。」

「こ、これは…申し訳ありません。」

 さすがに武士として鍛え上げられた腕に力いっぱい抱きしめられたのでは華奢なあかねの体が悲鳴をあげる。

 言われて初めて気づいて、頼久は慌ててあかねを解放した。

 解放されたあかねはというとほっと安堵のためいきをつく。

「申し訳ありませんでした…。」

「えっと…頼久さんの気持ちは嬉しいです、凄く。だから、私もダメだった時のことばっかり考えないで頼久さんのお…お嫁さんになった時に困らないように色々頑張ります。私だって絶対ずっと頼久さんが好きに決まってるし。だから、頼久さんもそんなに心配しないで下さい。」

「神子殿…。」

 今度は力を入れすぎないように注意して、頼久は優しくあかねを抱き寄せた。

「はい。私も神子殿に妻となって頂けるよう、精進致します。」

「命がけはダメですよ?」

 腕の中で上目遣いに言う恋人が愛しくて頼久が目を細めた。

「御意。」

 二人で視線を交わして微笑み合って…

 それからしばらく静かな部屋で二人、抱き合ったままたたずんでいた。








管理人のひとりごと

取り急ぎの節分モノです(’’)
節分ってどうやったら甘くなるのさ?というのが今回の課題でした…
いつも天真君達3人は気を使わなくちゃいけなくて大変です(w
お掃除とかお洗濯とかはなんか一緒に生活してる人って感じがします。
頼久さんもあかねちゃんの背中を見てそう思ったんですねぇ。
早く二人で暮らせる日がくるといいなぁ(’’)←書けばいいのに





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