
「すっごくおいしかったです。」
あかねは店を出るとすぐに頼久に笑顔を見せた。
「気に入って頂けたのでしたら何よりです。」
あかねの笑顔に頼久も笑顔で答えると、二人は並んで歩き出した。
夜道を歩いているあかねは春らしいピンクのワンピースでおしゃれをしていて、隣を歩く頼久もスーツ姿だ。
二人が今出てきたのは少しばかり高級そうなフランス料理の店。
頼久が予約を取ってあかねを招待したのだった。
改まって頼久があかねを夕食に招待したのには理由がある。
それは、この春、あかねが大学に見事入学したからだ。
つまりこれはお祝いの宴というわけだった。
当初、頼久から食事に誘われた時、あかねは何度も辞退した。
頼久には受験当日も合格発表の日もとにかくたくさん迷惑をかけていたからだ。
その上、高級レストランでお祝いの食事なんてとんでもないとあかねは思っていたのだけれど、頼久がどうしてもと懇願したのでようやくあかねは首を縦に振ったのだった。
せっかくのめでたい日なのだからと頼久が本格派のフランス料理店を予約したものだから、あかねはテーブルマナーもわからずに少しばかり緊張してしまった。
けれど、もちろん頼久があかねのテーブルマナーなどを気にするわけもなく、照明がさほど明るくない店内では頼久と二人きりになったような雰囲気で、食事が終わる頃にはあかねはすっかりご機嫌だった。
普段からあまり洋食を好まない頼久だけれど、あかねを誘う時はおしゃれなお店を選択してくれる。
そんな店を頼久が調べるには相当の手間が必要だろうに、頼久がその労を惜しむことはなかった。
頼久の温かな気遣いも嬉しくて、料理もおいしくて、店を出たあかねは街灯の下をスキップしかねないほどの機嫌の良さで歩いていた。
「あ、でも、驚きました。頼久さん、テーブルマナー完璧なんですもん。」
「それは、ここ数日で本などを参考に会得致しました。神子殿の前でみっともない真似をしては申し訳ないと思いましたので。」
「う、ごめんなさい…私なんにも勉強してなくて…。」
「いえ、お気になさらず。」
そう言って微笑む頼久は、今もあかねの歩調に合わせて少しゆっくり歩いていた。
真の友、天真には朴念仁だ鈍感だとさんざんな言われような頼久だけれど、そういった気遣いをさせれば天真よりよほど行き届いている。
頼久本人は、京では貴人を警護する役目を負っていたから自然と身についたのだろうと、こともなげに言うのだった。
「私もいっぱい勉強しなくちゃ。もう大学生になるんだし、一緒に歩いていて頼久さんに恥をかかせたりしないように。」
これはあかねが高校を卒業すると同時に胸に抱いた努力目標だった。
年もうんと下でまだ子供で、恋人につりあわない今を嘆いてもしかたがない。
だから、大学生活を送る上で、あかねは頼久にふさわしい女性になるためのあらゆる努力を惜しまないことにしたのだ。
料理を始めとした家事ができるようになるのはもちろんのこと、頼久に嫌われない程度の薄化粧や、立ち居振る舞い、服装や髪型のおしゃれに至るまで修行するつもりでいる。
「神子殿は既に十分に尊いお方です。私が恥をかくようなことはただの一度もございません。」
あかねの隣を歩いている恋人はこの手の話をすると必ずそう言って微笑んだ。
頼久にとってはあかねは天から降ってきた神子。
自分を後悔と悲しみの淵から救ってくれたまさに女神だ。
女性と言えばあかねしか頭に浮かばないほどなのだから、そのあかねが努力する必要などどこにあるだろう?と思っている。
そんな天女の側に在ることを許された己の幸運を思わぬ日はないほどなのだ。
「頼久さんはそうやってすぐ私を甘やかすんですから。」
あかねとしてはこの頼久の甘さにはだいぶ慣れてきたようで、頼久がどう言おうと自分なりに努力するのだと心に決めていた。
そうしなければ、頼久にベタベタに甘えて、いずれ愛想をつかされてしまう気がしたから。
そんな会話を交わしながら、二人は街灯の下をゆっくりと歩き続けた。
いつもなら頼久の車に乗り込んですぐに帰宅するところなのだけれど、今日ばかりはゆっくりしようかということになって、二人で頼久の家から歩いてレストランまでやってきたのだ。
ということはもちろん帰りも徒歩。
レストランから頼久の家までは徒歩で30分ほどの距離になる。
あかねは頼久の隣を辺りの風景を眺めたり星空を見上げたりしながら歩いていた。
「神子殿、寒くはありませんか?」
「全然。だいぶあったかくなってきましたよね。」
「はい、桜もそろそろではないでしょうか。」
「ああ、そうですね。お庭の桜、咲きそうですか?」
「庭のものはまだ少々かかるかと…。」
「楽しみですねぇ。今年はどこか名所にお花見に行きましょうか?」
「御意。」
悪戯っぽく答える頼久にあかねはニッコリ微笑んで見せた。
そんなふうに京にいた頃を真似てくれる頼久も愛しくて、あかねの顔からは笑みが絶えない。
京で武士をやっていた頼久はどこか鋭い雰囲気があって、恐ろしいと思っていた時もあった。
けれど、話をしてお互いのことを知ってみれば、刀を下げていた頼久はやっぱり凛々しくてステキだったとも思うあかねだ。
その古風で折り目正しい口調も決して嫌いではなかった。
だから、たまにこんなふうに武士の頃を思わせるような物言いをしてくれる頼久も、やっぱりステキだと思ってしまう。
「お父さんもお母さんも頼久さんと一緒だって言うと行き先も帰宅時間も何も言わなくてもOKなんですけど…。」
「はあ。」
頼久は思わず苦笑した。
あかねの両親は出会った最初こそ頼久に怪訝な顔を見せたものだった。
だが、頼久はあかねの側に一生仕えるため、懸命にあかねの両親に己がどれほどあかねを大切に思っているかを力説し、態度でも示してきた。
その結果、現在ではあかねの両親の頼久への信頼は絶大なものがある。
夜の外出はもちろんのこと、海外旅行だって二人で行くといえば反対はしないだろう。
信頼されているのが嬉しい一方で頼久は、一線を己で引かなくてはならないという重い責任も感じていた。
「でも、ほんと、頼久さんと一緒だと暗い夜道だって全然恐くないです。京で武士だった頼久さんを知らなくてもうちの両親が頼久さんを信用しちゃうのは、やっぱり武士らしい責任感とかしっかりしてるところとか自然とわかっちゃうんでしょうね。」
「そういうものでしょうか…。」
「もちろん、頼久さんが凄く色々気を使ってくれてるからっていうのもあるとは思いますけど。」
「それほどのことでは…。」
「やっぱり、うん、頼久さんと一緒だと安心です。」
見れば辺りは人通りが少なくなっていて、道は住宅街に入ろうとしていた。
今までは店の照明で足下だけでなく周囲も明るかったけれど、あっという間に街灯に照らされている部分だけがスポットライトで照らされたように明るい道になっていく。
そんなお世辞にも良い雰囲気とは言いがたい夜道でも、あかねが笑顔を崩すことはなかった。
不安に思うことなど一つもない。
隣を歩いてくれているのは世界で一番信用している人。
大好きで大切で、そしてとても頼りになる人なのだから。
ちらりと頼久の方を見て、あかねは京での戦いの日々を思い起こした。
何度、この人の広い背にかばわれたか知れない。
その剣の腕に助けられたことも数え切れないだろう。
それだけじゃない。
彼の強い心にあかねは支えられていた。
それは今も変わらない。
「京では本当に頼久さんにはいっぱい守ってもらっちゃいましたよね。そのせいでいっぱい怪我もしてもらっちゃいました。私、頼久さんといると、怨霊だって鬼だって全然恐くなかったんですよ。」
そう言って微笑むあかねを見て、頼久は表情を引き締めた。
ここは微笑んで喜んでくれるのだろうと思っていたあかねが小首を傾げる。
「京でだけではございません。」
「はい?」
「神子殿をお守りする役目は誰にも譲るつもりはございません。」
「はあ…。」
「こちらの世界にても、必ず神子殿のことはこの頼久がお守りして見せます。」
「そんな、大げさな…。」
思わずあかねは苦笑した。
京とは違い、別にこちらの世界であかねは神子でもなんでもない。
もちろん、怨霊はおろか、人間とだって戦う必要は全くない。
というか、人間相手に戦うなんてとんでもないのだ、この世界では。
「大げさではございません。」
また京での生活の記憶が抜けないのだろうと思っていたあかねの耳に、頼久の真剣な声が届いた。
どうやら頼久はあかねが思っている以上に真剣に、あかねを守ると決意しているらしい。
「神子殿を不愉快にする不埒者などは言うに及ばず、どのような暴漢が現れましょうとも、必ずこの頼久がお守り致します。お任せください。」
「暴漢って……。」
あかねは思わず自分が暴漢に襲われる様を想像してしまった。
京では怨霊であったり、鬼であったり、相手は想像しづらいものがあったけれど、こっちの世界は違う。
襲ってくるのはガラの悪い男と相場は決まっている。
そしてそういう人間はおそらく、ナイフやモデルガン、ひょっとすると本物の拳銃を持っているかもしれないのだ。
いくら頼久が剣の達人とはいえ、この世界では常に帯刀して歩いているわけではない。
いや、たとえ帯刀して歩いていたとしても拳銃にかなうわけもない。
つまり、もし、そんな輩に襲われるようなことが万が一にもあったら、頼久は間違いなく銃で撃たれるのだ。
そこまで想像してあかねは慌てて頼久の前に立ちはだかった。
慌てて頼久が歩みを止める。
「神子殿?」
「ダメです!」
「は?」
「何者からも守るなんてやめてください!」
「ですが…。」
「絶対ダメです!いいですか、京では頼久さんは剣が使えたからすっごく強かったですけど、こっちじゃ剣は使えないじゃないですか。それどころか、こっちじゃ銃が使える人だっているんですよ!そんな、危ないです!絶対戦ったりしないで逃げて下さい!」
絶対に譲らない。
そんな態度で仁王立ちするあかねを前に、頼久は考え込んだ。
あかねが望むのであれば頼久としてはうなずいてやりたい。
けれどここでうなずいてはあかねを守れないことになってしまう。
しばらく考えて小さく息を吐き出した頼久は、仁王立ちしているあかねをそっと抱きしめた。
「それはお約束できかねます。」
「頼久さん!」
「たとえ相手がどのような武器を携えていようとも、神子殿に危険が及んでいるというのに私に逃げるなどということはできません。」
「でも…。」
「相手が銃を持っているというのなら、確かに私に勝ち目はないでしょう。ですが、その銃が神子殿に向けられているのであれば、私はこの身を盾にしてでも神子殿をお守り致します。」
「ダメですそんな…。」
「いえ、必ずそう致します。こればかりは神子殿のご命令でも聞けません。」
「命令なんかしません…。」
「神子殿のいないこの世では私も生きては行けません。故に、私にとっては神子殿をお守りするのが第一。」
「……。」
頼久の言っていることはあかねにもわかった。
あかねだって頼久がいない世界では生きていけない、そう思ったからこそ頼久にこの世界へ一緒に来てもらったのだから。
けれど、どうしても頼久には危ないことはもうしてもらいたくはない。
どうしたらいいだろうと頼久の腕の中であかねが悩んでいると、頼久の吐息があかねの耳にかかった。
「ですが、私一人であれば、逃げます。お約束します。」
あかねがはっと視線を上げた。
すると、至近距離に微笑む頼久の顔が。
「本当に?」
「はい、私一人でしたら無理は致しません。ご安心ください。」
「わかりました。じゃあ、あとは私が危ない目にあわないように気をつければいいんだ。うん、気をつけます。」
あかねは頼久の腕の中でニッコリ微笑んだ。
そんなあかねの肩を抱いて頼久はゆっくり歩き出す。
「では、まずはご自宅まで無事送り届けさせて頂きます。」
「あ、そっか。そうですよね、家にいれば安心ですもんね。」
「いえ…。」
「?」
自宅にいるからといって絶対に安心ではない。
できれば四六時中そばに、京にいた頃のように側近くで守りたい。
そう言いそうになって、頼久は言葉を飲み込んだ。
それを望むのはもう少し先。
あかねが成人してからと決めていたから。
「なんでもありません。」
「なら、いいんですけど…。」
なんでもないといわれてしまってはそれ以上あかねが追求することはできなくて…
「神子殿、入学式には送り迎えをさせて頂きたいのですが…。」
「そんな!合格発表の時だってお世話になっちゃったのに…。」
「いえ、私が神子殿の晴れ姿を拝見したいのです。お嫌でしょうか?」
「嫌じゃないです!全然嫌じゃないです!」
「では、日程をお教えください。送り迎えをさせていただきますので。」
「はい…。」
幸せそうな頼久の笑顔に押し切られて、あかねはうなずいてしまった。
受験の日も、合格発表の日も、頼久にはずいぶんと勇気をもらった。
そしてきっと入学式も。
新しい生活をむかえる不安と期待と緊張が一緒になったような、浮き足立つ一日を頼久がきっとステキな日に変えてくれる。
そう思うとあかねはもう嬉しくて…
隣を歩く人のぬくもりを感じながら、これからの幸福な日々を思って口元をほころばせた。
たとえ敵などというわかりやすいものがいなかったとしても、源頼久という人はどんなものからだって自分を守ってくれるのだ。
あかねは胸の内でより一層頼久を強く信じ、そして頼りにするのだった。
管理人のひとりごと
え、こっちの世界って拳銃とかぶっ放されますよ?頼久さんっていうお話(マテ
いくら剣の達人で、たとえば剣を持っていても銃弾ぶった切るとかは無理だろうと。
でも、頼久さんはあかねちゃんを守ることを放棄するわけはないので…
結局、動く盾しかないんだろうな(’’)(オイ
現代日本でそんなことはまあ、そんなに簡単に起きるはずもないわけで。
っていうことは頼久さんはたぶんあかねちゃんをもっと違う方向で守るんだろうなと思うわけです。
不安とか悲しい出来事とかそういうものからね。
ああ、管理人にも頼久さんが現れないかなぁ(’’)←何があったんだよ
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