
あかねは久々に藤姫のもとを訪れていた。
頼久の妻となってからはなかなか気軽に外出もできなくて、あまり会えずにいたのだが、今回ばかりはあかねがどうしても藤姫と話したいと一念発起して牛車を出してやってきたのだ。
歩いてほんの数分の場所へ移動するのに何故牛車を使わなくてはならないのかと、あかねはいつも不満なのだが、それが京の常識だと言われてしまえばそれまでだ。
この牛車に乗るのが嫌で最近では外出の回数が減ったほどだったのだが、今回はどうしてもあかねは藤姫に会わなくてはならなくてなってしまったのだった。
久々に姉とも慕うあかねが訪ねてきたので、藤姫の喜びようといったらそれはもうかなりのものだった。
まず涙を流さんばかりに喜んでから、お菓子や綺麗な扇や髪飾りなどありとあらゆるものをあかねの前に並べてもてなし始めた。
あかねの方はというとのっぴきならない用事があったから出かけてきたので、とりあえずこの大歓迎を受け流しながら苦笑を浮かべていた。
「神子様?お気に召しませんか?」
藤姫があかねの前に並べた品々とあかねを見比べて表情を曇らせるとあかねはやっと話をさせてもらえると安堵の溜め息をついた。
これまで藤姫は嬉しさのあまりひたすらあかねに色々なものをすすめ続けていて、あかねが割ってはいる隙がなかったのだ。
「あのね、藤姫、今日は相談したいことがあってきたの。」
「相談、でございますか?わたくしに?」
「うん、すごーくいっぱい考えてみたんだけど、どうしてもわからなくて…。」
「まぁ、神子様がおわかりにならないことがわたくしにわかるでしょうか…。」
藤姫はとりあえずあかねの前に並べたものを女房達に片付けさせると、あかねの向かい側に座って小首をかしげた。
「神子様がわたくしに相談したいこととはどのような?」
「うん、あのね、実はもうすぐ頼久さんのお誕生日なの。」
「お誕生日、で、ございますか?」
「そう、あぁ、誕生日っていうのはその人が生まれた日ね。私がもといた世界では、その人が生まれた日を盛大にお祝いするの。こっちではそういう風習がないのは知ってるから、そんなに盛大にお祝いはしないつもりなんだけど…何か贈り物がしたいなぁと思って。」
「まぁ、神子様はお優しゅうございます。きっと頼久も喜ぶでしょう。」
それはもう泣いて喜ぶだろうと藤姫が少々苦笑混じりに微笑むと、あかねはそれこそ泣きそうな顔で藤姫を見つめた。
「神子様?」
「それがね、わからないの。」
「何が、でございましょう?」
「頼久さんに何を贈ったら喜んでもらえるのかさっぱりわからないの。」
「まぁ。」
それこそ今にも泣き出しそうなあかねを前に藤姫は目を丸くした。
「頼久さんって物欲がないっていうか…物欲どころか全く欲がないっていうか…何かをほしがってるところを見たことがなくて…。」
「そういわれてみれば確かにそうですわ。頼久が手柄を立てて褒美は何がよいかと聞かれた時も何か物を求めたという話は聞いたことがございません。」
「やっぱり…あのね、私が京へ来る前から藤姫は頼久さんのこと知ってたでしょう?だから藤姫なら何かいい贈り物を思いついてくれるんじゃないかなって思って…。」
「そうですわね…。」
藤姫は御簾の向こうの庭を見つめて考え始めた。
「頼久も武士でございますから、刀、馬の類はまぁ必要かと思いますが…。」
「それは私も考えたんだけど、無理。」
「無理、でございますか?」
「頼久さんが喜ぶようないい刀とかいい馬とか私に選べると思えない…。」
「それは…確かに…わたくしにもわかりかねますわ。」
「だよねぇ。」
「では…神子様のお得意な手料理などは…。」
「それも考えたの。お誕生日の夕餉は全部私が作るつもりでいるんだけど…でも頼久さんって食べ物にも執着がないっていうか…好き嫌い皆無だし…私が料理を作れば全部おいしいって食べてはくれるんだけど…特別喜ぶような献立が浮かばないの…。」
「確かに頼久が食事で選り好みをするとは思えませんわ。」
「でしょ。」
「困りましたわ、わたくしにも頼久が何を贈られれば喜ぶかは皆目…。」
「藤姫でもダメかぁ…どうしよう…。」
「これはこれは、愛らしい姫君二人でいったい何をそんなに悩んでいるのかな?」
先触れもなく許可も得ずに御簾をあげて入ってきたのは友雅だ。
最近よく藤姫のもとへ通っているらしいことはあかねも知っていたが、まさかこの話の最中にやってくるとは思っていなかったのであかねも藤姫とともに驚きの顔で友雅をむかえることになった。
「おやおや、二人とも愛らしい顔で私を迎えておくれだ。」
「そうですわっ!」
「ん?何かな?」
「友雅殿ならおわかりになるやも。」
「ん?姫君達のお役に立てるならなんでも喜んで答えるが、何がそんなに姫君達を困らせているのかな?」
機嫌よさそうにあかねと藤姫の間にふわりと座った友雅は近くにあった脇息を引き寄せてそれにもたれた。
そんな身のこなし一つとってもいつもながらに優雅な身のこなしだ。
「神子様、友雅殿に相談致しましょう。あらゆる姫君にあらゆる贈り物をなさっている友雅殿ですもの、きっとよいものを思いつかれますわ。」
「これはまた、私はたいそうな言われようだね。」
「本当のことですもの。」
藤姫にさらっとこういわれてしまっては希代のプレイボーイも形無しらしく、ただ苦笑するしかない。
「ね、神子様、友雅殿に相談にのっていただきましょう。」
「ん〜。」
「神子殿の花のかんばせに笑みを取り戻すためならどんな相談にものろうというものだよ?」
「じゃぁ…あのですね、頼久さんに贈り物をしたいんですけど、何を贈っていいか、いい物が浮かばないんです。」
恥ずかしそうにあかねがそういうと、友雅は一瞬きょとんとしてからすぐにくすくすと笑い出した。
これには藤姫の顔がすぐに険しくなる。
「友雅殿、神子様は真剣に悩んでおいでなのです。わたくしもお力になれず…そのようにお笑いになるとは不謹慎ですわ。」
「あぁ、すまないね。神子殿があまりにも可愛らしく悩んでおいでなのでね。」
「そのようにおっしゃるのですから、友雅殿には頼久が心から喜ぶような贈り物に心当たりがおありなのでしょうね?」
厳しい藤姫の眼差しを受けて、友雅はやっと笑いをおさめると二人の姫君を見比べてふっと微笑んだ。
年若いこの二人の姫君がこうして並んでいる様は友雅にとっては微笑ましいもの以外のなにものでもない。
「二人とも、落ち着いてよく考えてみるといい。」
友雅にそう言われてあかねと藤姫は顔を見合わせて小首を傾げた。
何をどう考えていいかわからない。
「頼久といえば神子殿大事、何よりも新妻の幸せが最優先の男だよ。」
「そ、そんなことは…。」
「あるだろう?」
そういわれてはあかねに否定することはできない。
実際、頼久というのはそういう男なのだから。
あかねが真っ赤な顔でうつむいているのを見つめて友雅の笑みは深くなる。
「さて、ではそういう男が一番望むものとはなんだと思うね?」
「ですから、それがわからないから友雅殿にお話しているのですわ。」
「さて…では質問を変えよう。神子殿は頼久にもし贈り物をされるとしたら、何がほしいかと尋ねられたらなんと答えるかな?」
「私、ですか?私なら…ん〜。」
よくよく考えてあかねはすっと視線を友雅へ向けると苦笑しながら口を開いた。
「何もいらないって答えます。」
「そういうことだよ。」
「どういうことですの?」
一人藤姫が話が見えないと小首を傾げる。
そんな藤姫に友雅は優しい眼差しを向けた。
「さて、藤姫にもし頼久が神子殿を想うのと同じくらい強く想う殿方がいたとする、その殿方が何か贈り物をしたいと言ってきたら藤姫は何を望むかな?」
「わたくし、ですか?」
尋ねられて友雅はゆっくりとうなずいて見せた。
視線を移してみればあかねも優しい笑顔で藤姫を見つめている。
藤姫は友雅とあかねの二人を見比べて、そしてじっくり考えてから何かに気付いたようにはっと目を見開いた。
「さて、藤姫は愛しい殿方に何を望むのかな?」
「神子様のおっしゃる通り、何もいらないと申し上げますわ。物は何もいらないので、ただ共にいてほしいと、きっとそう望みます。」
赤い顔でそういう藤姫を見守っていた友雅はくすりと笑みをもらして立ち上がった。
「答えは出たようだね。私の役目はこれで終わりのようだ。」
「友雅さん…。」
「人を恋するというのはね、そういうものだよ。」
大人らしくそう言って友雅はすっと御簾の向こうへ去っていってしまった。
「まぁ、それを私は神子殿に教えて頂いたのだがね。」
御簾の向こうで友雅がそう小さくつぶやいたのは二人の姫には聞こえなかった。
ただ、御簾の内側に残された二人は仲良く微笑みあうと、互いに顔を赤くしてうつむいた。
「さ、さすが友雅さんだったね。」
「はい……そうですわ!」
何やら思いついたらしい藤姫が嬉しそうにポンと手を鳴らすと、あかねは愛らしい幼姫の顔を小首を傾げてのぞきこんだ。
「何?」
「頼久の生まれた日より3日ほど頼久に暇を出しますので、神子様は頼久と二人でゆっくりなさって下さいませ。」
「えっ、でも、いいの?急にそんな…。」
「お父様にはわたくしからお願いしておきますわ。頼久は普段の職務への姿勢がよろしいですし、お父様も一目置いていらっしゃいますから3日程度のお休み、すぐ下さいますわ。」
「じゃぁ、お願いしちゃおうかな。」
「はい、お任せ下さいませ。休みの間、神子様が頼久を労っておやりになればきっと頼久も喜びますわ。」
「うん、肩もんであげたりしようかな。あ、なんか色々してあげること浮かんできそう。有難う藤姫。家に帰って色々準備するね。」
「いえ、神子様のお力に少しでもなれましたなら、この藤、嬉しゅうございます。」
「本当に有難う。またゆっくり会いに来るから。」
そういうが早いかあかねはひょいと御簾をくぐって庭へ下りると、牛車で来ていた事も忘れて自宅へ向かって駆けて行ってしまった。
慌てふためく警護の者を見送って、藤姫はあかねが乗ってきた牛車をあかねの屋敷へ帰す手はずを整えるのだった。
頼久は釈然としない思いで帰路をゆっくり歩いていた。
いつものように朝、武士溜まりへ出かけていくと、急に藤姫から使いがよこされて暇を言い渡された。
さて、何か幼姫の機嫌を損ねるようなことでもしただろうかと首をかしげていると、藤姫からの使者はこれは頼久の妻たるあかねの望みで与えられた休暇だという。
朝、自宅を出るまであかねはそんな話を全くしなかった。
頼久には何がなんだかわからない。
だが、暇を出されたのに武士団にいるのもおかしいので、とりあえず自宅へ向かっているというわけだ。
あかねが自分の仕事に口を出したのはこれが初めてだった。
これまではどんなことがあっても頼久に仕事を休んでほしいと言ったことさえない。
例えば、あかねが体調を崩した時も、休んで側にいようとした頼久を仕事へ送り出したのはあかねの方だった。
そんなあかねが藤姫に直接頼み込んで自分に休暇を与えるなどということが果たしてありえるのだろうか?
そんなことをつらつらと考えながら歩いているうちに、あっという間に頼久は自宅へ戻ってきてしまった。
なんと言っても武士溜まりのある土御門の屋敷はこのあかねの屋敷から歩いてほんの数分のところにあるのだ。
頼久は釈然としない思いのまま自宅の門をくぐり、庭へ回った。
いつもあかねは自分の局を出て、縁で庭を眺めていることが多いと知っていたからだ。
「頼久さん、お帰りなさい!」
もちろん頼久は愛しい妻の顔を見るために庭に回ってきたのだが、その愛しい妻はというと帰ってきた頼久に抱きついてきたではないか。
最近では優しい微笑を浮かべながら静かに出迎えてもらうことが多かっただけに、頼久は一瞬驚きで凍り付いてから慌ててあかねの体を抱きとめた。
「た、ただ今戻りました。」
「お帰りなさい。」
一度ギュッと頼久を抱きしめたあかねは体を離すとにっこり微笑んで頼久を見上げた。
その笑顔に思わずぼーっと見惚れた頼久は、今は愛らしい妻に見惚れている場合ではないと軽く首を横に振った。
「頼久さん?」
「神子殿、実は、本日より3日ほど藤姫様より暇を頂いたのですが…。」
「あ、はい、お誕生日おめでとうございます!」
「は?」
「あのね、藤姫に頼んでお休みをもらったのは、頼久さんのお誕生日をお祝いするためなんです。」
「お誕生日…あぁ、今日は私の生まれた日でしたか。神子殿のいらっしゃった世界では生まれた日を祝う風習がおありなのでしたね。」
「そうなんです。だから色々頼久さんに贈り物をしようとか考えてたんですけど、なかなかいいものが思いつかなくて…。」
「贈り物などと!お気持ちだけで。」
「うん、そう言うと思って贈り物はやめました。それで、藤姫に頼んでお休みにしてもらったんです。」
「は?」
にっこり微笑む新妻はとても楽しそうだが、頼久は何故贈り物を選ばなかったところから自分に休みが与えられることになるのかがつながらない。
「これから3日私が頼久さんのためにお料理作ったり肩をもんであげたり、色々しますから。」
「………は?!」
「朝お話しなかったのは頼久さんをびっくりさせようと思って。それに色々準備とかもあって終わらなくて…。」
「神子殿…。」
感極まって頼久があかねを抱き寄せると、あかねはその腕をするりとかいくぐってしまった。
「色々準備があるんです!」
そう言ってあかねはすたすたと屋敷の奥へと駆け込んでしまった。
頼久はといえば、愛しい人を抱き寄せようとして空ぶった自分の手を眺めて苦笑した。
どうやらこれから3日の間は愛しい妻に色々と奉仕してもらえるらしいが、そのための準備でゆっくり話もできないとあっては頼久にとっては本末転倒だ。
何しろ天から舞い降りた天女を妻に得たこの男は、妻が隣で微笑んでいてくれるだけでこの上もなく幸せなのだから。
そしてその妻の姿が見えないとなると、それこそ太陽が消えうせたかのような気さえするのだ。
だから、頼久はおそらくあかねが向かっただろう厨へ足を向けた。
あかねはどちらかといえば裁縫より料理が得意だ。
頼久に何か奉仕しようと考えたなら、まずは料理だろう。
そう予想したのだ。
そして案の定、あかねは心配そうに女房達が見守る厨で忙しそうに作業をしていた。
頼久は苦笑しながらそっとあかねの側へ歩み寄ると、驚いているあかねに何も言わせずそのまま軽々と抱き上げ、女房達に後は頼むとばかりにうなずいて見せてそのままあかねの局へと歩き出した。
「よ、頼久さん?お料理中なんですけど?」
「はい。」
「はいって…。」
「私のために手づから食事をお作り下さるのは有り難いのですが、そのために神子殿のお顔さえゆっくり拝見できないのでは、休みを頂いた意味がありませんので。」
「あ…。」
友雅にせっかく教えてもらって頼久のそばにいることに決めたはずだったのに、張り切りすぎて本末転倒なことになっていたことにやっとあかねが気付いているうちに、頼久はあかねを抱いたまま御簾の内側へするりと入りそのまますとんと座ってしまった。
つまりあかねは頼久の膝の上に抱きかかえられてしまったわけで…
「あ、あのぉ。」
「はい?」
「えっと、まさか今日一日こうしてるわけじゃないですよ、ね?」
「まさか、今日一日ということはありません、これより3日ずっとです。」
「えっ!」
「冗談です。」
「よ、頼久さん!」
会ったばかりの頃は冗談というものからは程遠い人だったのに、最近では頼久もこうしてあかねをからかうことさえある。
そのことがあかねにとっては嬉しいやら悔しいやらだ。
「ですが、せめて夕餉の支度が始まるまではこうしていて頂けますか?」
「あ、はい、ごめんなさい…せっかく友雅さんに頼久さんのお誕生日をお祝いするには私が側にいてあげるのがいいって教えてもらったのに、私ったら張り切りすぎちゃって…。」
「……。」
「頼久、さん?」
友雅の名前があかねの口から出たとたんに頼久のあかねを抱く腕に力が入った。
もちろん、その顔も不機嫌そうだ。
「えっと…。」
「友雅殿とお話なさったのですか?」
「ちょっとだけ…あの…藤姫に相談にのってもらおうと思ってこの前ちょっとだけ藤姫の所へ行って、そこに友雅さんが来て相談にのってもらっただけで……。」
と、いくら言い訳してみてもどうやら夫の機嫌は直らないようで、あかねはきつく抱きしめられたままどうしたものかとうつむいた。
「やはり…。」
「はい?」
「3日の間こうしていて頂くことにしましょう。」
「へっ……冗談、ですよね?」
恐る恐るあかねが頼久の顔を見上げれば、そこにはいたって真剣な、冗談とは程遠い端整な顔があって…
「わ、わかりました…。」
あかねはどうやらこの3日の間に予定していたことを全てあきらめなくてはならないと悟って溜め息をついた。
それでも、これは解放してもらえそうにないとあきらめて再び頼久へと視線を上げてみれば、そこにはほっと安堵したような穏やかさを宿した微笑が浮かんでいて。
頼久がこんなふうに幸せそうにしてくれるなら、3日ずっとこのままでもいい。
そう思ってしまうあかねだった。
管理人のひとりごと
やっと完成しました、頼久さんお誕生日記念短編でございます(><)
その割りに頼久さんの出番が少ないのは頼久さんを祝う様子を書きたかったから(’’)
でも最後はあかねちゃんを独り占めしてるので大丈夫ですよね?←何が
結局3日間、あかねちゃんは頼久さんに離してもらえないようです♪
友雅さんの話なんかするから(’’)
何はともあれ、頼久さん、お誕生日おめでとうございます、なのです(^^)
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