
頼久は腕を愛しい妻の枕にと差し出したまま、その寝顔をじっと見つめていた。
あかねはというと頼久の腕に頭を預け、そっと頼久の胸に寄り添うようにして眠っている。
その安心しきった寝顔を見ているだけで頼久の顔には自然と穏やかな笑みが浮かんだ。
几帳で隔てられた局の奥でこうして二人で横になっているのはあかねが疲れ切ってしまったからだ。
たった一人で年を越すのではあかねが寂しいだろうという藤姫の心配りで、頼久は年越しをあかねと共に過ごすことができることになった。
となると張り切るのはあかねの方だ。
せっかくだから八葉のみんなと共に年を越そうとあかねが言い出したのは当然のことだった。
料理を作ったり、みんなに心地よく過ごしてもらうためのあれやこれやに気を配り、結果、年を越す前にあかねが疲れて眠気を感じたのもこれまた当然のことだ。
それならば、今年が終わるその直前まで奥で休んでいればいいということになった。
そうなればあかねに付き添うことになるのが頼久であるのはこれまた当然のことで…
頼久は思いがけず二人きりの時間をこうして過ごすことになっていた。
耳元にはあかねの安らかな寝息。
そして遠くには仲間達の穏やかな話し声が聞こえる。
もちろん、休んでいるあかねのことを気遣ってか大声は聞こえないが、時折聞こえてくる笑い声は頼久の耳に心地よく響いていた。
思えば仲間達と共に戦っていた頃は、こんなふうに愛しい人の頭の下に自分の腕を差し入れることなどとうていかなわないと思っていたのだ。
その頃を思えば、自分は今、なんと恵まれていることかと実感せずにはいられない。
正直な話、仲間達との時間は嫌いではないが、あかねと二人で新しい年を迎えたかったという気持ちもあった。
だから、こうして思いがけず二人きりの時間を得たことは頼久にとっては喜ばしい事態なのだが…
実はあかねには年を越してしまう前に起こしてほしいとお願いされている。
せっかくだからみんなで年を越そうというのだろう。
頼久の性格からしてこのあかねのお願いをなかったことにはできない。
もう少しだけとあかねの寝顔を見ながら自分の任務を先延ばしにしてきたのだが、それもそろそろ限界に近づいていた。
「神子殿。」
頼久がしかたがないとばかりに控えめに小さく声をかけてみれば、あかねは「うーん」と小さくうめいて頼久の方へすり寄るばかりだ。
頼久にとっては嬉しい状況に違いないが、とはいえこのままにはしておけない。
もし、眠ったまま年を越したことを明日の朝知ったなら、あかねがどんなに悲しむことか。
そう思って頼久は今度こそ、しっかりあかねを起こすつもりで口を開いた。
「神子殿、起きて下さい。そろそろお時間です。」
あかねはとても優しい声で呼ばれた気がしてゆっくりと目を開けた。
するとその目には月明かりでぼんやりと闇の中に浮かんで見える大好きな人の顔だった。
その顔がとても優しく微笑んでいる気がして、あかねは嬉しくて思わずにっこり微笑んだ。
とても心地いい眠りから引き離されたはずなのに、なんだか今はとても幸せで…
そうしてあかねが幸せに浸っていると、優しい笑顔のその人はあかねの上半身を優しく抱き起してくれた。
「神子殿、お目覚めですか?」
「へ……頼久さん?」
「はい、そろそろお約束の時間ですので。」
「お約束の時間…。」
ここであかねは初めて少し考え込んだ。
辺りはまだ真っ暗で、どうやら朝ではないようだ。
それなのに目の前の大好きな旦那様は約束の時間だと言っている。
さて、これは何の約束だったかと思い出そうとして小首を傾げていると、頼久が苦笑を浮かべながらふらついているあかねの上半身を抱き寄せた。
「まだ半分眠っておいでなのでしょうか?」
「そうみたいです……えっと…私、何してたんでしたっけ?」
体中、別にどこか痛かったり苦しかったりするわけじゃないしと考えてあかねが頼久の顔を見てみれば、頼久は苦笑を浮かべたまま口を開いた。
「皆と共に新年を迎えるところです。神子殿がどうしても眠いとおっしゃったので仮眠を……。」
「そうでした!」
頼久の説明の途中であかねはすっかり思い出した。
藤姫が頼久に休みをくれたのですっかり張り切ってしまったことや、おかげで陽が暮れると眠くなってしまったこと、そして仲間達は今もこの屋敷に集っていることも。
「もう夜中っていうことはひょっとして…。」
「いえ、年を越す前には起こすようにとの仰せでしたので。」
「じゃあまだ…。」
あかねが間に合ったと微笑もうとした刹那、遠くで寺の鐘が鳴るのが聞こえた。
「あ…。」
思わず間抜けな声をあげてしまったあかねは小さく溜め息をついた。
たぶん、頼久は年越し直前に起こしてくれたはず。
だとすれば、今のは日付が変わった鐘の音に違いない。
「日付、変わっちゃいました?」
「はい……申し訳ありません、私がもう少し早く起こしていれば…。」
これは自分が少しでも長くあかねと二人きりでいたかったがための失態だと言わんばかりに落ち込む頼久に、あかねはにっこり微笑んで首を横に振った。
「頼久さん、明けましておめでとうございます。」
「は……はい、おめでとうございます。」
「今年もよろしくお願いします。」
「こちらこそ!宜しくお願い致します。」
いきなり両手をついて礼をしそうになる頼久の首に、あかねはそうはさせじと抱きついた。
そうすれば、一瞬驚きはしても、その後ちゃんと優しく抱きしめてくれることを知っているから。
もちろん、みんなで迎えるお正月も楽しいに決まっているけれど、こうして二人きりの時間が少しくらいあるのももちろん幸せだ。
招待しておいて待たせてしまっている仲間達に心のなかで「ごめんなさい」と謝りながら、あかねはそっと頼久の頬に口づけた。
「……。」
体を離してみれば、驚いた様子の頼久の顔がなんだか愛らしくて、あかねはクスッと笑うと頼久の手を取って立ち上がった。
「みんなの所へ行きましょう。ちょっと遅れちゃったけど、初日の出はみんなで見られそうですし、それに、新年のあいさつをしなくちゃ。」
「御意。」
小さくて暖かい手に自分の武骨な手を引かれて頼久は立ち上がった。
先を行くあかねの背は小さいけれど、夜の闇の中で頼久の目には輝いて見えた。
こうしてどれだけの時を重ねようともきっと自分の行く道はこの神子が指示してくれるだろう。
そう思えばこれからの仲間を交えての一時さえ頼久には楽しみに思えてきた。
屋敷の濡れ縁に食べ物と酒を並べてすっかり酒盛りになっている仲間達のもとへと戻った時、自分の手を離そうとするあかねのその手を頼久は握って離そうとはしなかった。
そしてそのまま、仲間達に冷やかされながらも顔の赤いあかねがどうやら嫌がっているようではないのを見定めて、頼久は陽が昇るまであかねの手を握っていた。
新しい年の日の出を頼久は大切な人の手を握って眺めたのだ。
隣に座るあかねの顔にも、そして共に新しい時を迎えた仲間達の顔にも笑顔があふれていて、頼久はその笑顔をまぶしい思いで見つめていた。
初めて出会ったあの日からずいぶん時が流れた気がする。
けれどきっとこうしてこれからも、皆でまた新しい時を迎えることができると、あかねの隣でなら確信できた。
仲間達に勧められる酒を口にしながら頼久の脳裏には一瞬、異界へ帰って行った友の顔が浮かんだが、その顔はニヤッと笑みを浮かべてすぐに消えた。
「どうかしましたか?」と尋ねるあかねに「天真が挨拶をしに来ました。」と答えると、一瞬目を見開いたあかねは次の瞬間、楽しそうに微笑んだ。
京の冬。
頼久とあかねの新しい一年はこうして仲間達との楽しい一時から始まるのだった。
管理人のひとりごと
もう本当に管理人が忙殺されておりますが、どうしても新年は1本UPしたかった!ということで、ギリギリすべり込みでございます!
皆様、明けましておめでとうございます!
旧年中はお世話になりました、今年もどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
短時間でささっと書いてますのでたいしたものじゃなくて申し訳ないのですが…
そして誤字脱字もご容赦いただきたいのですが(ノД`)
管理人の精一杯を込めて、頼久さんがみんなとの新年を楽しく迎えたように、管理人も皆様と楽しく新しい年を迎えたいと思ったのです!
皆様にも楽しんで頂ければ幸いですm(_ _)m
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