導く掌
「おかしくないですか?」

 あかねは頼久の前でくるりと一回りして見せた。

 頼久は少し顔を赤くしているあかねに微笑みながら一つうなずいた。

「よくお似合いです。」

 一言そう言って頼久はすっと手を差し伸べた。

 その大きな手にあかねがすぐ自分の手を乗せると、頼久はあかねの手を引いて歩き出した。

 頼久があかねに手を差し伸べたのは、あかねがいつもとは違う格好をしているからだ。

 濃紺の生地に散り行く桜の柄が刺繍されている着物を着たあかねの足元はもちろん草履。

 頼久が手を差し伸べたのは万が一にも転んではいけないという気遣いだった。

 あかねは着付けとメイクを美容室で済ませてきたばかりで、まだ草履に慣れず、歩みが確かではない。

 そんな自分の頼りなさがわかっているから、あかねもすぐに頼久の手を取ったのだった。

 あかねの手を引く頼久の方も実は和装をしているのだが、こちらは京で和装の経験があるだけに着こなしも全く問題がない。

 今日ばかりは長いその髪も和装に合って艶やかに見えた。

「頼久さんはやっぱり凄くよく似合ってるんですけど、私はあまり着慣れなくて…。」

「いえ、よくお似合いです。ですが、足元にはお気を付けください。」

「あ、はい、すみません、慣れなくて。」

 そう言いながら恥ずかしそうに苦笑するあかねを優しくエスコートしながら頼久は小さく首を横に振った。

「いえ、お気になさらず。しっかりとおつかまり下さい。」

「はい、有り難うございます。」

 二人はそんな会話を交わしながらもゆっくりと歩みを進めた。

 その足が向かうのは徒歩で10分ほどの場所にある小さな神社だ。

 あかねと頼久が和装に身を包んでこうして歩いているのは本日、元旦のうちに初詣に行くためだった。

 有名で大きな神社へ行くよりも、家の近くの神社にゆっくり初詣に行こうと決めて、ならばと和装にしてみた。

 近くの神社なら歩く距離もそう多くはない。

 それなら着慣れない着物、履き慣れない草履でも問題はないだろうということになったのだ。

 足が痛くなればすぐ家に帰って寝てしまえばいいのだから。

 もちろん、歩けないほど痛くなったとあかねが言えば、抱いて帰るつもりの頼久だ。

 今のところはあかねも楽しそうに歩いているが、頼久の目はあかねの表情、足取り、などなど、あかねの変化を一つも見逃すまいとさりげなく見つめていた。

「けっこうたくさん人がいますね。」

 あかねが立ち止ってそうつぶやいたのは神社の鳥居の前だった。

 小さな神社だからそんなに人は多くないと予想していたのだが、本殿の前には行列ができていて、初詣客の数はけっこうなものだった。

「あちらに休憩所がありますが、少し休みますか?」

「大丈夫です。先にお参りをして、お札を買って、それから休憩所で甘酒を頂いて帰りませんか?」

「承知しました。」

 あかねの提案に二つ返事でうなずいて、頼久は再びあかねの手を引いて歩き出した。

 参拝の列の最後尾に並び、ゆっくりと人の流れるままに任せて前に進みながらもちらりとあかねの様子をうかがえば、あかねはそのたびに頼久ににっこり微笑んで見せた。

 思っていたよりも早く順番が回ってきて、二人は並んでお参りを済ませると、すぐにお札やらお守りやらを買い込んだ。

 荷物はもちろん全て頼久が手に持って、休憩所に落ち着いてみれば、晴れ渡る元旦の空の下、大勢の人が笑顔で歩いているのを眺めることができた。

 頼久とあかねは時折視線を合わせて微笑みながら、配られていた甘酒を片手に寛いだ。

 慣れない草履で歩くのはやっぱり少し窮屈で、あかねにはいい休憩だ。

 晴れた空の下、新年を祝う人の群れは見ているだけでどこかおめでたい気がする。

「お前らは新年早々いちゃついてんなぁ。」

「天真君?」

 後ろから声をかけられて振り返れば、そこにはつまらなそうに大荷物を手に歩いてくる天真の姿があった。

「天真君も初詣?」

「ああ、蘭が風邪ひいて家で寝てるんだ。あれ買ってこいこれ買ってこいってうるさくってな。」

「蘭、風邪ひいてるんだ……お見舞い……。」

「来るな。」

「どうして?」

 小首を傾げるあかねに溜め息をついて、天真はその視線を頼久へと向けた。

 頼久は難しそうな顔で眉間にシワを寄せていた。

 ついさっきまで楽しそうにしていた頼久の変わりように驚いて、あかねが目を丸くする。

「頼久さん?どうかしたんですか?」

「どうかしたんですか?じゃねぇよ。お前が蘭の見舞いに行くとか言い出したから、こいつは新妻にどうやったら風邪をうつされないようにすればいいか考え込んだんだろ。だから来るな。お前が来ると俺が気が気じゃない。」

「そんな、だって必ずうつるっていうわけでもないし…。」

「うつるかうつらねーかじゃなく、こいつが心配した上に俺にとばっちりが来るか来ないかって話だ。」

「とばっちりって…。」

 あかねは苦笑しながら「そんなことありませんよね」という気持ちを込めて頼久を見たけれど、頼久はまだまだ眉間にシワを寄せて考え込んだままだ。

「頼久さん?」

「見舞いに行かれるのですか?」

「えっと……。」

 真剣な顔で問われて、あかねは苦笑したまま首を横に振った。

 これで行くなどと言ったら頼久はあかねにどんな重装備をしろと言い出すかわかったものではない。

「行かないことにします。蘭も気にしそうだし、頼久さんに心配かけたくないですし。良くなってから一緒にお買い物にでも行くことにします。」

「そうですか。」

 やっと頼久の顔に笑みが戻ると、あかねの顔にも微笑が浮かんだ。

「お前らはほんと…正月からいちゃついてんな。」

「いちゃついてなんかないよ。」

「いちゃついてんだろ。ろくに話もしないでにこにこにこにこお互いの顔見て笑ってるのはいちゃついてるって言うんだ。」

「そ、そんなことは…。」

「いちゃついていて何が悪い?」

 顔を赤くしてうつむくあかねに対して、頼久はどうどうとしたものだ。

 そんな頼久にあかねは驚き、天真はため息をついた。

「ま、新婚がいちゃついてるのは別に悪くはねーな。」

「そういうことだ。」

 頼久が一つうなずいて、あかねに「ご安心ください」とばかりに微笑んでみせると、あかねは更に顔を赤くしてうつむいた。

 新婚だからいちゃついているんだと宣言されたようなものなのだから、あかねが照れるのも無理はない。

 もちろん、頼久の方はこれで問題は全て解決とばかりにすがすがしい表情だ。

「二人そろって晴れ着で初詣か。ま、いいんじゃねーの。せっかくの新婚だからな、楽しんどけ。」

「もちろんだ。」

「お前らなら50年後もそうやってそうだけどな。」

「当然だ。」

 間髪入れない頼久の返答に天真は苦笑を深くした。

「んじゃ、俺は帰って蘭の機嫌でもとっておく。あかね、後でメールくらいはしてやってくれ。」

「うん、天真君も気を付けてね。」

 あかねの笑顔に見送られて天真は片手を軽く振ると歩き出した。

 その背を二人で見送って、視界から消えた頃に頼久が立ち上がってあかねへと手を差し出した。

 その手をとってあかねが立ち上がり、二人は飲み干した甘酒の器を返却して歩き出した。

「天真が来ているとは思いませんでした。」

「来るとしても蘭が一緒だと思ってたんですけど、新年早々風邪なんてかわいそう…。」

「やはり見舞いに行かれますか?」

「それはいいです。天真君に色々買い物頼んで初詣に送り出したくらいだから、そんなにひどいわけじゃなさそうなんで、後でメールで様子を聞いておきます。」

「はい。」

 そんな他愛ない会話を交わしながら二人はゆっくり歩みを進めた。

 頼久の手は常にあかねを支え導いている。

 あかねは会話が途切れたその瞬間も、温かくて大きな手に思わず微笑んでしまうのだった。

「帰ったらお餅を焼きましょうか。」

「はい。」

 暖かな家に帰ってからのことを思いながら二人はゆっくりと歩き続けた。

 まるで歩くことそのものを楽しむかのように。

 同じことを考えながら歩くことができる時間は、新婚の二人にとって初めて迎えた新年の忘れられない一時となった。








管理人のひとりごと

お正月短編を京版でお届けしてみました(^^)
結婚して初めてのお正月を楽しむ二人を感じて頂ければ幸いです。
皆様にとってもこの1年が幸せな年となりますよう、心よりお祈り申し上げます(^^)












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