「今日も暑いですねぇ。」
あかねは庭の物干しに洗濯物を干し終わり、額の汗を拭いながらリビングに戻ってきた。
仕事のために読んでいた本を傍らへ置いた頼久は、すぐさまソファから立ち上がり、空になった洗濯カゴをあかねの手から取り上げる。
代わりに差し出したのはタオルだった。
「有り難うございます。」
微笑んでそれを受け取って額の汗を拭くあかねをリビングに残し、頼久は慣れた足取りで洗濯カゴを洗濯機の側へと片付けた。
ついでに温度計を見てみれば、室内は既に28度を上回っている。
これ以上気温が上がるようならエアコンの設定温度を下げようと考えながら頼久がリビングへ戻ってみれば、あかねは汗を拭き終えて、水を飲んでいるところだった。
「こういう日は早めの給水ですよね。」
まだ朝といってもいい時間帯だというのに、給水を気にしなくてはならない気温になっている。
これは頼久にとってはゆゆしき事態だ。
「頼久さん?」
「エアコンの設定温度を下げましょう。」
「それはまだいいような…。下げ過ぎると私、足が冷えたりするんですよね。」
ここで頼久はまた考え込んだ。
頼久自身はといえば夏の暑さにはめっぽう強い。
京にいた頃のことを思えば、エアコンである程度室温を調節することができるこの世界の夏はとんでもなく快適だとさえいえる。
だが、あかねは違う。
今ではいくら朴念仁と言われ続けた頼久でも、あかねがか弱い女性だということは重々承知している。
さて、これはどうしたものかと考えていると、あかねがいつもの朗らかな笑顔を頼久へ向けた。
「エアコンは便利ですけど、私、エアコンがなかった京の夏もけっこう好きでした。」
「そう、なのですか?」
これは頼久には意外な言葉だった。
京にいた頃のあかねの姿を思い起こせば、夏は常に汗を拭きながら苦笑していたような気がする。
「暑いのは凄く暑かったですけど、夏!っていう感じがしましたし。」
「はぁ…。」
「自然の風が凄く気持ち良くて驚きました。」
確かにエアコンの風は涼しいが、どこか自然の風とは違うというのは頼久も感じていたところだ。
「あ!頼久さんが氷を届けてくれたこともありましたよね!あれは凄く美味しかったです!」
「それは…光栄です。」
突然のあかねの言葉にどう反応していいかわからず戸惑った頼久のどこか的外れな言葉にあかねはクスッと笑みを漏らす。
「いつでも食べられるわけじゃない氷は凄く美味しいんだなって感動しました。」
そう言ってあかねは目を閉じた。
きっと、京での夏を思い出しているのだろう。
その愛らしい顔に一瞬見とれて、それから同じように京の夏を思い出した頼久は、ハッとあることに気付いて歩き出した。
頼久が向かったのは冷蔵庫の前。
そう、京にはなかったそれがここにはある。
「頼久さん?」
「アイスを食べませんか?」
「食べます!」
京にいた頃は、家人を使って氷を運ぶことが大ごとだった。
だが、今はこうして自らの手で氷をあかねへ届けることができるのだ。
そのことに気付いた頼久は冷凍庫を開けると、そこからアイスを2本取り出した。
「どちらがよろしいですか?」
あかねに味が違う2本のアイスを差し出せば、しばし迷ってからあかねは頼久の手から1本を受け取った。
「ソーダにします。でもコーラ味も捨てがたいから、後で半分だけ交換しませんか?」
「承知致しました。」
京にいた頃では想像もできないようなその会話に頼久の口元にも笑みが浮かんだ。
今でも京を想うことはある。
氷菓子を手にすれば、時間と労力をかけて氷を手に入れなくてはならなかった京が懐かしく思い出されもする。
けれど、こうしてあかねに甘い氷菓子を手渡し、半分ずつ食べ合うなどということができるのはこの世界に来たからこそ。
そう思えば、頼久の顔に浮かんだ笑みは自然と深くなった。
「頼久さん、なんだか楽しそうですね?」
「はい、こうしてあかねと一つの食べ物を分け合うことができるなど、この世界は本当に良いところだと。」
「そ、そんな、大げさな…。」
突然顔を赤くしてうつむくあかねが小さな口でぱくりとアイスにかじりつくのを頼久は微笑と共に見つめていた。
自分が手にしているアイスが溶け始めていることに気付くのは、この後、あかねに指摘されてからのことだった。