「天真君が変なこと頼久さんに吹き込むから、頼久さん、倒れるほど仕事してものすごい勢いで帰ってきちゃったんだから…。」
「帰ってきたんだからいいだろ?あの体力バカが仕事したくらいで死ぬこともねーだろうし。」
「天真君!」
頼久が帰ってきたことでいつもの平和な毎日を取り戻したあかねは、天真、蘭と共に大学の中庭に陣取っていた。
目の前にはあかねが作ってきた弁当が広げられている。
心配をかけた天真と蘭にあかねが手作り弁当を作ってきたのだ。
三人顔を合わせれば、やっぱり話は頼久のことになる。
そこで、あかねは頼久に大げさな話を吹き込んだことについてだけは愚痴をこぼした。
何しろ、そのおかげで頼久は過労で倒れてしまったのだから。
けれど、当の天真は悪びれることなく、開き直ってしまった。
「ま、頼久さんもかなり我慢の限界だったみたいだから、お兄ちゃんが言わなくてもたぶん多少の無理はしたと思うし、許してあげて。」
蘭にそう言われてはあかねもこれ以上天真を責めることはできない。
天真が頼久に無理をさせるようなことを言ったのは自分のせいでもあるのだから…
「それにしても頼定さんだっけ?あかねちゃんにちょっかい出してた人。」
「ちょっかいなんて出してないから!」
「まぁ、それは置いといて、その人、あれから一度も見かけてないの?」
「うん、お礼とかお詫びとか色々したいんだけど…図書館でも全然見かけなくて…事務室に行って調べてもらおうかと思ってるんだけど…。」
頼久が帰ってきていきなりあかねの腕をとったあの日から頼定はあかねの前に姿を見せていなかった。
あんなにもあかねを心配し、一番つらい時に手を差し伸べてくれた人がぱったり姿を見せなくなった。
まるで頼久が帰ってきて、自分はもう必要ないだろうというみたいに。
そのことがあかねには気になって仕方がない。
「たぶん、無駄だと思うぜ。」
「天真君?」
低い声で言い放った天真の方を見てみてれば、天真はあかねに諦めたような苦笑を浮かべた。
「昨日、会った、あいつに。」
「あいつって頼定さん?」
「ああ、あいつ、たぶんもう日本にはいねーよ。」
「え?なんで?」
「留学だと。今朝、発ったんじゃねーかな。」
「うそ…。」
「あかねにはもう頼久がいるから会わない方がいいだろうって昨日俺のところに来た。」
「……。」
やっぱり頼定にはわかっていたのだと実感してあかねはうつむいた。
あの時自分の腕を強引に引いて行ったのが頼久だと頼定には分かっていた。
だから何も言わずに姿を消したのだ。
そう思えば、あかねは申し訳ないやら悲しいやらで視線を上げることができない。
「留学は一年も前から決まってたことで、別にお前のせいで日本を出るとかじゃねーから気にすんなってさ。」
「そんなっ!だって頼定さんにはすごくお世話になったのに、私お礼も言ってない…。」
「それも、礼なんかいらねーって言ってた。」
「…そんな……。」
「あいつ、去年、恋人死なせてるんだと。」
「へ?」
「うそ…。」
これにはあかねだけでなく蘭も思わず声を漏らしていた。
天真の口から流れ出た言葉は温厚そうに見えた頼定からはとても想像できない言葉だったから。
「留学の準備だの単位の取得だの、そういうので恋人を放置しちまって、で、あいつに負担をかけまいとして寂しくても黙ってた恋人の方が精神的に参って自殺、らしい。」
「……。」
「今を耐え抜いたってその後は留学。留学なんかしたらまた何年も会えなくなる。そういうの、こたえたんだろうな。あいつがそれに気づいたのは恋人が死んだ後だった。だから、だと。」
「え?…何が?」
「死んじまった恋人とおんなじ表情をお前がするから、放っておけなかったって言ってたぜ。それに、お前を助けることができたら、死んだ恋人への謝罪にもなる気がした、だから、そういうつもりでお前に構ってたから礼はいらねーってさ。」
「頼定さん…。」
あかねの耳に無理はいけない、恋人にちゃんと思いを告げるべきだと言ってくれた頼定の声がよみがえった。
優しくて、それでいて力強かったあの声にそんな想いが込められていたなんて…
そう思うとあかねの頬を涙が伝った。
「おい、あかね…。」
「だって、頼定さん、優しいから…。」
「あかねちゃん…それはちょっと……。」
「おい、落ち着け、頼久。」
「へ?」
あふれる涙をぬぐっていたあかねは天真の声が思わぬ人の名を呼んだので慌てて辺りを見回した。
すると、もうすぐ背後にまで迫っていたその人は、あかねの体をあっという間に横抱きに抱き上げてしまう。
「よ、頼久さん?」
「確か本日は午後の講義はないとおっしゃっていらっしゃったかと。」
「は、はい…。」
「では、その頼定という人物についてよく説明して頂きましょう。」
「え?えぇぇーーっ。」
「頼久、ほどほどにな。」
「後片付けはやっとくから、頑張れ!あかねちゃん!」
とんでもなく悪いタイミングで現れた頼久に抱き上げられ、そのまま車へと連行されていくあかね。
どんなに抗議しても無駄だとわかっているからあかねは暴れたりはせず、ただ、にやにや笑いながら見送る二人の友人を上目づかいに睨み付けただけだった。
辺りの視線を集中砲火のように浴びながら去っていく頼久とあかねを見送って、天真と蘭は兄妹らしく同時にため息をついて苦笑を交わす。
「ありゃ今度こそおいしくいただかれるかもな。」
「嫉妬に狂う頼久さんとかシャレにならなそうだもんねぇ。」
そんなことを言い合いながらも、いつも通りのあかねに戻った日常を喜ぶ森村兄妹だった。