恒例行事
 かしこまった格好はしなくてもいいと言われたから、とりあえず秋らしいワンピースを着た。

 髪型もいつも通り。

 化粧はなしで、パンプスはやめた。

 本当にこんなんでいいんだろうか?と鏡の前で溜め息をついたのは今日が年に一度の特別な日だからだ。

 10月9日。

 この日は源頼久という人が産まれてきた日。

 つまり、あかねにとっては本当に特別な一年いたった一日しかない日なのだ。

 それなのに、普段とあまりかわらない格好で夕暮れ時に自宅を出ようとしているのは頼久がそう望んだからだった。

 もちろん、あかねは今年も手料理でお祝いしようと思ってはいた。

 最近は料理の練習もたくさんしているから、頼久本人の希望の料理を作ろうと意気込んでさえいた。

 それがたとえどんなに難しい料理であっても何度も練習してきっとおいしいものを作ってあげよう、と。

 ところが、誕生日の料理は何が食べたいですかと尋ねたあかねに頼久はできればその日は何もしないでもらいたいと言い出したのだ。

 理由はこうだ。

 ここのところ、あかねは毎日のように頼久に手料理を食べさせている。

 もちろん、料理はあかねが一人で作るから、その間、頼久は台所への立ち入りを禁止される。

 つまり、頼久はどんなに手伝いたくてもあかねの手伝いができないというわけだ。

 そこで、この誕生日こそ、自分のためにと思ってくれるなら、一日、自分ににあかねのために料理を作ることを許してはくれないか?

 頼久はそう言いだしたのだ。

 それが頼久の誕生日の望みとあればあかねに叶えないという選択肢はない。

 だから今日、あかねは気が進まないながらも頼久のリクエスト通り普段着で、夕飯時に頼久の家を訪ねるところだった。

 やっぱり誕生日プレゼントくらい用意すればよかったと少し後悔しながら、あかねは夕陽の綺麗な道を頼久の家へ向かって歩いた。

 プレゼントを買わなかったのも、もちろん頼久がそうしてほしいと望んだからなのだけれど、それでもこの日に頼久のために何もしないというのはあかねの心を沈ませた。

 これはもう一大決心で頼久の頬にキスくらいは贈るべきかもしれない。

 そんなことを考えて、いつの間にか頬を赤くして、口元に微笑が浮かんだ頃、あかねは頼久の家の前に立っていた。

「ようこそ。」

 扉の前に立てば、すぐに中から頼久が顔を出すのはもういつものこと。

 あかねはにっこり微笑みながら「おじゃまします。」と中へ入っる。

 すると、一歩玄関へ足を踏み入れただけで、家中に何やらダシの香りが漂っているのがわかった。

 煮物?と夕飯の献立を予想しながらリビングへ足を踏み入れて、あかねはカバンをテーブルへ置くとすぐに台所の方へと目を向けた。

「すぐに夕飯にしましょう。ゆっくり食べた方がうまいでしょうから。」

 珍しくエプロン姿の頼久にそう促されて、あかねは手を洗うとすぐに席へ着いた。

 テーブルの上に乗っていたのは大きな土鍋だ。

 カセットコンロの上に乗っているその土鍋にはたくさんの野菜が見え隠れしていて、湯気と共に味噌の香りが立ち上っている。

「お鍋!おいしそうです!」

 外はもうすっかり秋の気配で、夜はコートを羽織った方がいいくらいだ。

 つい先日まで暑い暑いと言っていた気がするのに、気温が下がりだせば秋が来るのは早かった。

 そんな時にダシのきいた鍋は最高の御馳走に見えた。

「練習する暇がありませんでしたので、詩紋に相談したのですが、これが男の料理で一番失敗の少ないものだと言われました。」

「確かにそうかもしれないですね。あ、あと、カレーとか。」

「それも候補にありましたが、最近は冷えてきましたのでゆっくり鍋というのもよいものだなと。」

「はい!私もそう思います!」

 目を輝かせて同意するあかねに嬉しそうに目を細めて、頼久は早速、あかねが食べる分を鍋から取り分け手渡した。

 「有り難うございます。」と言って受け取ってくれるあかねの笑顔が頼久の脳裏に焼き付いた。

「うわぁ、これ、石狩鍋ですね。」

「この季節は鮭が旬でしたので。」

「おいしそうです!いただきます!」

「どうぞ。お口に合えばいいのですが。」

 あかねは鮭を一切れ口に入れて目を丸くした。

 ふわりと香る味噌の香りにちょうどいい塩加減、文句なしのおいしさだ。

 同じようにおいしく鍋を作れるかといわれるとちょっと自信がないくらいのおいしさに、あかねは思わず頼久をじっと見つめてしまった。

「お口に、合いませんでしたか?」

 心配そうな問いにブンブンと音が聞こえそうなほど首を横に振って、あかねは一口目を飲み込んだ。

「凄くおいしいです……私には作れない気がするくらい…。」

「いえ、神子殿はもっとおいしいものをたくさん作って下さっています。これは詩紋がダシの取り方だけをみっちり教えてくれましたので、そのおかげでなんとか形になっただけです。」

「そんなことないです!凄くおいしいです!」

 頼久は料理が得意な方ではない。

 だから、料理の練習を始めたあかねを止めはしなかった。

 もともと器用な方でもない。

 けれど、決して要領の悪い人でもないのだ。

 諮問に教わったことはあっという間に吸収したに違いない。

 取り分けてもらった分をあっという間に平らげながら、あかねは心の中で更なる料理の修行を積むことを誓った。

 二人で談笑しながらつつく鍋は本当においしくて、向かい合って座っているその時間が楽しくて、あかねはいつの間にかお腹いっぱいになるまで食べていた。

 家を出る時はせっかくの誕生日に何もしていないなんてことを考えていたのに、ご飯を食べ終わる頃にはすっかりそんなことは忘れていて、頼久と二人の時間をいつも通りに楽しんでいた。

 もちろん、そんなあかねを頼久は幸せそうに見守っているのだ。

 もともと頼久の口は良く動く方ではない。

 だから、誕生日とはいっても今日も主に話をしているのはあかねの方だ。

 おかげで食卓は賑やかで、頼久は幸せな気分に浸っていた。

「あ……。」

「は?」

 そろそろ鍋を片付けようと頼久が腰を浮かせた刹那、あかねが急に何かに気付いたように声をあげた。

「頼久さん!」

「はい…。」

「お誕生日おめでとうございます!」

「ああ、そうでした。有り難うございます。」

「もぅ、私、全然お祝いできてない……。」

「そんなことはありません。楽しい一時を過ごさせて頂きました。」

「でも、なんだかお誕生日らしくないというか………そうだ、後片付けくらいは手伝わせてください!」

 あかねはそう言うが早いかすっと立ち上がり、さっさと食器の片づけを始めてしまった。

 頼久としてはあかねにゆっくり座っていてほしかったところだが、こうなってはあかねが止まらないということも良く知っている。

 それに、後片付けを始めたあかねの顔はなんだか楽しそうに微笑みを浮かべていたので、頼久はあかねと並んで食器を洗うことにした。

「良いものです。」

「はい?」

 食器を洗いながら口を開いたのは頼久の方だった。

 洗い終わった食器を受け取って水ですすいでいたあかねはちらりと頼久の横顔を盗み見る。

 そこには「良いものです」と言ったその言葉通りの穏やかな笑顔があった。

「このように二人きりで過ごせる穏やかな時というものは、良いものです。」

「そうですけど…いつもとあまり変わらないような…。」

「そんなことはありません。神子殿のために料理を作るというのも幸福な時間でした。」

「そう、ですか?」

「はい。ですから、毎年、私の誕生日くらいはこうして神子殿に夕食を作ることをお許しください。」

「へ……。」

 穏やかな声と笑顔で言われた言葉の意味をよくよく考えて、そのおかげで数瞬遅れてからあかねは思い切り首を横に振った。

 頼久はつまり、これから毎年、自分の誕生日に家事をさせろと言っているわけだ。

 今年一回だけでもあかねとしてはなんだか言わった気にならない誕生日だったのに、これが毎年だなんてとんでもない。

「来年こそは私にお祝いさせてください!」

「ですが、私も神子殿のためにたまには食事など作らせて頂きたく…。」

「そ、それは……。」

 並んで見つめ合ったまま二人は考え込んだ。

 特に頼久は眉間にシワさえ寄せて考え込んだ。

 これは完全に意見が食い違っている。

 このまま我を通せばもしや喧嘩などということになるのでは?

 と、頼久が冷静に分析してからうろたえ始めたその時、あかねが「あ」と小さな声を出してからくすっと笑った。

「神子殿?」

「やっぱり来年からは私にお祝いさせてください。その代わり、私の誕生日に頼久さんがおいしいものを作ってくれるととても嬉しいです。」

 にっこり微笑みながらそう言うあかねに一瞬目を丸くしてから、頼久は苦笑を浮かべてうなずいた。

「なるほど、さすがは神子殿、お見事な解決策でした。」

「そ、それほどのことじゃないですけど……。」

 頬を赤く染めながらあかねは作業を再開した。

 頼久もあかねに泡だらけの食器を渡す作業を再開すれば、いつもよりも少し少な目だった食器はあっという間にピカピカに洗い上げられた。

 一人では何も考えずになんとなくこなしている作業も、愛しい人と二人並べばこんなにも楽しいものかと頼久が幸せを噛みしめると、その隣で小さなため息が聞こえた。

 あかねは最後のコップをすすぎ終わると、その小さな手を拭きながら頼久にむかって寂しそうに苦笑して見せた。

「やっぱり私、もっと頼久さんにお祝いしたかったです。プレゼント、用意すればよかった。」

「そのようなお気遣いは…。」

「気遣いじゃなくて、私が用意したかったなって……そうだ!頼久さん、今から一つ、わがままを言って下さい!」

「は?」

「今からじゃたいしたことできませんけど、なんでも一つ、頼久さんのわがままを聞いちゃいます!」

「はぁ…。」

 わがままというならたった今、あかねに自分のもてなしを受けてほしいというわがままを聞いてもらったばかりだ。

 そう思っている頼久としてはこれ以上、あかねに何かを頼むことなど到底できそうにない。

 けれど、目の前のあかねはというと期待に満ち満ちた輝く瞳で頼久を見上げていて……

「では、失礼します。」

「はい?」

 失礼って?とあかねが小首を傾げた刹那、その視界が真っ暗になった。

 もちろん、頼久があかねを抱きしめた結果だ。

「あの…これがわがまま、ですか?」

「はい、しばらくこのまま。」

 それはもううっとりとした声があかねの頭上から降ってきたのだけれど、あかねは頼久の腕の中で小さく溜め息をついた。

「これくらい、いつもしてるじゃないですか。全然わがままじゃないです。」

 あかねが腕の中から頼久を見上げて少しふくれて見せると、幸せそうな顔をしていた頼久がゆっくりと目を見開いた。

 そしてその目はゆっくりと思案の色を浮かべた。

「あの……。」

「もう少々お時間を頂ければ…。」

「いえ、その…ちょっと屈んでもらえませんか?」

「はぁ…。」

 頼久が反射といってもいい速度であかねのお願いを聞きいれた次の瞬間、あかねは思い切って背伸びをして、頼久の唇に軽く優しいキスを贈った。

 爪先立ちだった足をもとへ戻して真っ赤な顔であかねが様子をうかがうと、屈んでいる姿勢をそのままに頼久は驚きに目を見開いて固まっていた。

 もちろん、あかねをゆるくその腕に拘束したままだ。

「あ、あの…お誕生日のプレゼント、用意しないでほしいってことだったので、何も用意してなかったので……私からのプレゼントです。」

 耳まで赤くなってあかねがそう告げると、頼久はやっとその顔に微笑を浮かべてあかねを優しく抱きしめた。

「何よりの贈り物です。」

「そう言ってもらえると、頑張ってよかったです。」

 恥ずかしがり屋で初心なあかねにしてみればずいぶんと勇気の必要な行為だっただろうと思いやりながらも頼久はそれでも驚くようなことではなかったかと微笑みながら考えていた。

 あかねはこうと決めたら京にいた頃からけっこう思い切った行動をとったものだった。

 おかげで頼久がハラハラさせられたことも一度や二度ではない。

 この平和な世界へやって来てからもその行動力が衰えてはいないらしい恋人に今更ながらに愛しさを感じて、頼久の腕はあかねをギュッと抱きしめずにはいられなかった。

「あの、頼久さん、お茶とかいれましょうか?」

「いえ、今はこのまま。」

「でもその…ちょっと長いような……。」

「わがままを聞いて下さるとおっしゃいました。」

「そう、でした…。」

 見れば項まで赤く染めたあかねは頼久の腕の中でもぞもぞしていたその動きを止めて、どうやら観念したらしかった。

 そんな様子に笑みをこぼして、頼久はあかねを解放した。

「へ、頼久さん?」

「お茶に致しましょう。ケーキを買っておきましたので。」

「えー、ケーキまで自分で用意しちゃったんですか?」

「はい、神子殿のお好きなモンブランを。」

「もう!来年は絶対私が頼久さんの好きなものを用意しますから!」

「はい、よろしくお願いします。ですが、その前に次は神子殿の誕生日が参ります。今からなら準備もできましょう。」

「へ……。」

 楽しそうに冷蔵庫を開ける頼久を呆然と見つめてあかねは立ち尽くした。

 そう、考えてみれば当然のことだ。

 頼久の誕生日が次にやってくるのはちょうど一年後になるわけで…

 ということはその前にあかねの誕生日が来るのだ。

「えっと、つまり、次の私の誕生日も頼久さんが祝ってくれるっていうことに…。」

「はい、先ほどそのような約束になったかと。」

「そんなぁ。」

「祝わせて頂きます。心をこめて。」

 ケーキをテーブルに置いてあかねの耳元にそう囁いた頼久は、ふわりと微笑んでお湯を沸かし始めた。

 その後姿を見つめながらあかねは赤い顔で「はい」と小さく返事をした。

 こんなふうに言われて断れるはずがない。

 だから、次の自分の誕生日は祝ってもらうけれど、その分、次の頼久の誕生日は盛大に祝うのだとあかねは心の中で誓った。








管理人のひとりごと

急ぎました!(@@;)
久々に猛烈に急ぎました!
ということで誤字脱字はご容赦をm(_ _)m
いやー、立て込んだんですよ!
私事が色々と…
昨日は一日中出かけていてPC立ち上げることさえできませんでした○| ̄|_
ということで、一日遅れ、ご容赦を(ノД`)
そして、たぶん、数日後には京版もUPできればしたいと思っています。
更に謝罪ですが……
現在、管理人はオリジナルを書いていたりしまして、文体が……
なんかちぐはぐになってると思いますが、オリジナルの方の癖が抜けない上に急いだからです。
気を付けて書いてはいるんですが、最後の校正ができなかったんです(ノД`)
読みづらいと思いますがご容赦くださいm(_ _)m









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