幸福の色は
 頼久は一人、リビングのソファに座って大量のカタログを眺めていた。

 頼久の右手に積まれているカタログに載っているのはドレスの写真。

 左手に積まれているカタログに載っているのは着物の写真だった。

 どちらのカタログも既に3回は目を通している。

 そのカタログの群れに頼久は真剣な顔で向かっていた。

 山のように積まれたカタログを見ながら頼久が想像していることといえば、カタログに載っているドレスや着物を着たあかねの姿だ。

 間違いなく、カタログに載っているモデルの女性よりもあかねの方が美しく着こなすだろうと想像すれば、頼久の口元にはうっすらと微笑さえ浮かんだ。

 今はカタログに載っている写真以外の物には全く興味がないように見える頼久がふっと視線を上げたのは太陽がちょうど真南へと昇った頃だった。

 京で磨き上げられた頼久の武士としての鋭敏な感覚がとらえたのは扉の向こうの足音と気配。

 それは紛れもなく、頼久が己れの命よりも大切に思っている人、婚約者であるあかねの気配だった。

 ほどけた口元もそのままに、頼久は颯爽と玄関へ向かった。

「ようこそ。」

 扉を開けながらそう言って頼久が迎えたあかねは、慌てて髪を直しながら苦笑を浮かべていた。

 いつもとは違うその様子に頼久が小首を傾げながらあかねを中へいざなえば、あかねは靴を脱ぎながら顔を赤くしてうつむいた。

「どうかなさったのですか?」

「あ、あんまり見ないでください。」

「は?」

「その…お化粧の勉強してるんですけど、あんまり上手にできた自信がなくて…でも、お化粧落としてると約束の時間に遅れちゃうと思ってそのまま来ちゃったんです…。」

 そう言いながら上目づかいに頼久の様子をうかがうあかねはなんとも愛らしくて、頼久は微笑を浮かべて見せた。

 化粧を失敗したとは言っているものの、頼久の目にはそうおかしな化粧にも見えない。

 ほんの少し頬がいつもより赤く見えるのが気になる程度だ。

「私には失敗したようには見えませんが…。」

「そう、ですか?気を使って言ってませんか?」

「いえ、いつもより大人びたように見えなくもありませんが…。」

「チークをちょっと濃くしすぎちゃって…。」

「ちーくですか…。」

「あ、頼久さんは化粧品のことなんてわからないですよね。えっと、ほっぺを健康的な色に見せるためのものなんですけど、塗りすぎちゃって……おかしくないですか?」

「はい、全くおかしいとは思いませんでしたのでお気になさらず。」

「よかったぁ。」

 頼久の言葉に心の底から安堵した様子のあかねは、崩れるようにリビングのソファに座り込んだ。

 そんなあかねの様子を笑顔で見守りながらも頼久はキッチンで手早く紅茶をいれてあかねの前へそっとティーカップを置いた。

「すみません、お茶いれさせちゃって。」

「いえ、お気になさらず。それよりも、少しゆっくりなさってください。」

「ありがとうございます。」

 耳に優しく響く頼久の声にあかねもやっといつもの笑顔を取り戻すと、紅茶を一口飲んでやっと周囲に目を向ける余裕が生まれた。

 そんなあかねの目に飛び込んできたのはテーブルの上に積み上げられ、その中の何冊かが開いたままになっているカタログの数々だった。

 もちろん、それが何のカタログなのかあかねにはすぐにわかった。

「頼久さん、これ…。」

「はい、カタログです。」

「でも、披露宴はしないっていうことになりましたよね?」

 困ったような顔であかねが問えば、頼久も困ったような苦笑を浮かべてうなずいた。

 そう、あかねと頼久は秋の吉日を選んで結婚式を挙げることにした。

 したのだが…

 披露宴の話になってあかねがある提案をした。

 あかねには結婚式に招待したい友達がそう多くはない。

 はっきり言ってしまえば、天真達、共に京で戦い抜いた友人達に祝ってもらえればそれでよかった。

 そのメンバーなら自宅で小さなパーティを開くくらいでかまわない。

 となれば、あとは頼久の仕事の都合ということになる。

 頼久はちゃんとした大人の男性で仕事もしている。

 つまり、付き合いというものがあるのだ。

 あかねがそのことを持ち出せば、頼久は結婚式に呼ぶほど付き合いの深い仕事相手はほとんどいないと苦笑しながら答えたのだった。

 お互いに盛大に祝ってもらいたい人間がいないというのなら、披露宴はしなくてもいいのではないか?というのがあかねの意見だった。

 何故ならそれは、お金がかかるから。

 結婚の話が真実味を帯びてくると、あかねはいくつも出てくるお金の話に驚きを隠せなかった。

 披露宴を盛大に行うとするとあかねが予想もしていなかった金額が必要だったのだ。

 あかねは学生だから仕事はしていない。

 両親も結婚資金はためてあると言ってくれたけれど、アルバイトしかしたことのないあかねはとんでもない金額を両親や頼久に出してもらうことに躊躇した。

 だいたい、結婚するということは結婚式を挙げるだけでは済まないのだ。

 どちらかといえば、その後の方がずっと問題だ。

 家は頼久が今住んでいるこの家があかねもとても気に入っているから、新築はしないことにした。

 それにしても、あかねがこの家で暮らすとなれば家具をそろえる必要もある。

 食器や調理器具も必要だろう。

 新しい生活を始めるためにどれくらいお金がかかるかあかねには全く予想がつかなかった。

 だから、披露宴はしないでおきたいというのがあかねの希望だった。

 頼久はといえば、いつもは万事「神子殿のお望みのままに」という姿勢だったにも関わらず、この披露宴の話ばかりはさすがに食い下がった。

 一生に一度のことなのだからと、金銭的なことは披露宴の2度や3度、行うだけの蓄えがあることも話した。

 けれど、あかねは頼久の仕事に差支えがないなら披露宴はしないでほしいと言い張ったので、結局、頼久が折れる形で披露宴はしないことになっていた。

 披露宴をしないということはお色直しがない。

 式は神前で挙げることになっていたから、白無垢は着るけれど、それ以外の衣装は必要がないはずなのだ。

 あかねが結婚式について頼久と話したあれやこれやを思い出しながら頼久を見つめれば、頼久は何か思い切ったように小さく息を吐いてから口を開いた。

「披露宴を行わないというのはかまいません。一生に一度のことですので、行ってもよいとは思いますが…。」

「そんなにやりたいんですか?頼久さんは。」

「披露宴を行いたいというよりは、その……あかねの晴れ姿を見たいと思います。」

「は、晴れ姿…。」

「はい。一生に一度の晴れ姿です。どれか一つだけというのはもったいなく思います。」

「頼久さん…。」

 そんなことまで考えていてくれたのかとあかねがほんのり目を潤ませて頼久を見つめれば、頼久がカタログの山の中にあったファイルを一冊、あかねの方へと差し出した。

「これは?」

「写真館の資料です。」

「写真館、ですか…。」

「はい。確かに披露宴を行わないのであれば、お色直しは必要ないでしょう。ですが、私は是非、白無垢だけではなく、ドレスを着たあかねの姿も見ておきたいと思います。今後、二度とはないことなのですから。」

「だから写真館、ですか?」

「はい。披露宴は行わずとも、写真を残すくらいは許されるのではと思いまして。」

「ゆ、許すっていうことじゃないですけど…。」

「お許しいただけませんか?」

「へ…。」

 京にいた頃を思わせる頼久の声と口調に、思わずあかねは妙な声を出してしまった。

 そして声の主へと視線を向けてみれば…

 そこには捨てられた子犬のような顔をした頼久がじっとあかねを見つめていた。

 あかねは一瞬「うっ」と小さな声をあげて、それから深いため息をついた。

「頼久さん、別にその…許すとか許さないとかそういうことじゃないです……頼久さんが私の晴れ姿を見たいって言ってくれるのはちょっと恥ずかしいけど、嬉しいですし…。」

「では、写真だけは何枚か衣装を身に着けて撮って頂けますか?」

「はい、喜んで。」

 あかねが微笑を浮かべてこれで解決と思っていると、頼久はすぐに嬉しそうに微笑んだいた顔を引き締めてあかねの方へとカタログの束を差し出した。

「はい?」

「共にドレスを選んでいただければ。」

「ああ、そうですよね。えーっと……。」

 あかねは頼久からカタログの束を受け取ると、ゆっくりページをめくり始めた。

 そこに並んでいる写真はどれも豪華で、頼久が言うように一生に一度しか着ないであろうものばかりだ。

 確かにこれはせっかくの機会なのだから着ておきたいかもしれないとあかねが改めて思い直していると、隣へ座った頼久の大きな手がそっとページを繰るあかねの手を止めた。

「頼久さん?」

「これなどお似合いかと思うのですが?」

 慣れた手つきで頼久がめくったページの先には淡いピンクのロングドレスを着たきれいなモデルの写真があった。

 上品なピンクのふわふわのドレスはどこか童話のお姫様のようだ。

「こ、こんなにかわいいの似合いますか?」

「あかねに似合わずに誰に似合うというのですか?」

「なっ…。」

 あかねが驚いて隣を見れば、頼久はさも当たり前のことだといわんばかりの満足げな笑みを浮かべている。

 そんな表情を見てしまってはあかねにはもう何も言えなくて、一瞬でその頬は真っ赤に染まった。

「愛らしい色ももちろんですが、こちらもお似合いかと思うのです。」

 これまた慣れた手つきで違うカタログを取り出した頼久がパラパラとページをめくれば、今度は深いブルーのシンプルなドレスの写真が現れた。

「えっと…。」

「お気に召しませんか?」

「そんなことないです!凄く綺麗ですけど…。」

「はい、綺麗な色ですのできっとよくお似合いになります。」

「はぁ…。」

「せっかくですのでこちらもご覧ください。」

「はいぃ?」

 あかねが戸惑っている間に頼久は次々にカタログを引っ張り出し、そのページを慣れた手つきでめくり続けた。

 出てくるドレスの写真は文句なくどれも綺麗だったけれど、あかねはそれらを吟味するだけで精一杯だ。

 赤、青、緑、世の中にこんなに色はたくさんあったかと思ってしまうほど様々な色と材質の生地のドレスの写真をあかねは小一時間ほど頼久と共に眺めることになった。

 見せられた写真の数は数十枚。

 全てを見終わってあかねが一息つくと、頼久は腕を組んで考え込み始めた。

「頼久さん?」

「困りました。」

「何がですか?」

「今見ていただいたものはどれもよくお似合いだと思うのですが、全て着ていただくには少々数が多く…。」

「当たり前です!軽く30着はあったじゃないですか!」

「はい、ですのでせめて半分程度には減らさねばとは思うのですが…。」

「は、半分ってそれでも10着以上ありますよ…そんなの無理です!」

「無理、でしょうか?」

「無理です。体力がもちません…じゃなくて、せめて3着くらいにしてください。」

「3着………。」

 つぶやいたきり眉間にシワを寄せる頼久にあかねは苦笑を浮かべた。

「確かにみんな綺麗ですけど、でもやっぱりその中でも特にかわいいなって思うのは3着くらいですから。」

「そう、なのですか?」

「はい。」

「どれでしょうか?」

 真剣に再びカタログを開く頼久にあかねは3着のドレスを示して見せた。

 それはどれも頼久の好きな紫苑の色に近い色のドレスばかりで、そのことに気付いた頼久は目を丸くしてあかねを見つめた。

「頼久さん?どうかしました?」

「いえ、その…似たような色ばかりになっておりますので他の色も…。」

「いいんです。だってこの色は頼久さんが好きな色だし、やっぱり頼久さんにもかわいいって思ってもらいたいですから。」

「神子殿…。」

「頼久さん、神子殿に戻ってます。」

「これは…申し訳ありません。」

 苦笑する頼久にあかねはクスッと笑みを漏らした。

 結婚の日取りが決まってからというもの、頼久はなるべくあかねを名前で呼べるように努力してくれている。

 けれど、感情がこもってしまうとどうしても「神子殿」に戻ってしまうらしいのだ。

 それでも、普段名前で呼ばれれば今度は「神子殿」がなんだか特別な呼び方のような気がして、あかねは「神子殿」と呼ばれることもなんとなく幸せに感じていたりする。

 結局、頼久に自分のことを呼んでもらえるそのこと自体が嬉しいのだと最近気付いたあかねだった。

「では、この3着を着て写真を撮って頂くということでよろしいですか?」

「よろしいんですけど…。」

「何か?」

「頼久さんもちゃんとスーツ着てくださいね?」

「は?」

「は?じゃないです。結婚の記念写真ですよ?一緒に写るに決まってるじゃないですか。」

「そういうものでしょうか…。」

「そういうものです!今は男の人のスーツだってデザインは色々あるんですから、ドレスに合わせて色々着てくださいね。」

「あかねのお望みならば…。」

「お望みです。」

 あかねがそう言ってにっこり微笑んで見せれば、頼久はならばと言わんばかりに気合の入った表情でカタログをめくり始めた。

 どうやら今度は自分のスーツの写真と格闘するつもりらしい。

 真剣な頼久がカタログをめくるその音を聞きながらあかねは台所へ立った。

 頼久にゆっくりスーツを選んでもらうためにお茶をいれようというのだ。

 こうして、あかねのいれたお茶を二人で飲みながら、結婚に向けての楽しい会話は日が暮れるまで続くのだった。








管理人のひとりごと

あかねちゃん現代版結婚騒動記の1話目でした!
結婚する前から楽しそうにしているのがわかって頂ければ幸いです!
結婚披露宴は頼久さんの状況が状況なので大げさにはやりません。
もちろん、天真達が祝ってくれることは間違いないと思いますけどね(^^)
あかねちゃんも社会人にならないで学生からすぐ結婚だから、親戚くらいしか披露する相手いませんしね。
ということで、二人とあかねちゃんの両親、お友達だけの静かででも幸せな結婚式を想定しております!
式自体は書くかどうか迷ってるところですが、新婚生活までは書こうと思います!
ということで、ここからまだ何話かは書こうと思ってはおります!
またーりおつきあい頂ければ幸いですm(__)m









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