
あかねは頼久と共に家具屋へとやってきた。
先日、頼久に頼まれていたカーテン選びを手伝うためだ。
やっと秋を感じるような気温の日が増えてきたというのに今日は朝から残暑が厳しくて、あかねも頼久も薄着で家を出た。
街中で待ち合わせをすると頼久は何か仕事などで不都合がなければ必ず先に待ち合わせ場所に来ていて、目立つ外見をしているからあかねが見つけられないということはない。
この日もあかねはすぐに頼久を見つけることができた。
もちろん、あかねがすぐ見つけられるほど目立つということは周囲の人の目にもつくわけで、二人で並んで歩いていると行過ぎる人々の視線を感じることがあるのだが、あかねはどうやら頼久と一緒に買い物できることが嬉しいようであまり気にしていない。
逆に頼久はというと、周囲の視線が気になってしかたがなくて好奇の視線からあかねを守るにはどうしたらいいかとずっと難しそうな顔をしていた。
家具屋に入ってからも難しそうな顔を崩さない頼久の腕を引いてあかねはすたすたとカーテン売り場へ向かった。
「頼久さんはどんなのがいいですか?部屋ごとに違うのにしますよね?サイズも違ったし。」
「はぁ…。」
「えっと、リビングでしょ、寝室でしょ、書斎に二階の部屋…あ、二階は変えなくてもいいんでしたっけ?」
「はぁ…。」
「頼久さん?聞いてます?」
「はぁ…はい?」
頼久が我に返ってみると目の前の恋人が不機嫌そうに自分を見上げていて…
一瞬で青くなった頼久は自分が何を語りかけられていたのかと思い出そうとするが、全く思い出せない。
あかねは深い溜め息をついて苦笑した。
「何か気になることでもあったんですか?」
「はぁ…どうも昼間外へ出ると、視線が…。」
「頼久さん目立ちますからねぇ。」
そう言って微笑んだあかねの表情がどこか寂しそうだ。
頼久にしてみれば目立つようなことをしているつもりはないので、どうしていいのかわからない。
だいたい、頼久が気にしているのは自分への視線ではなくてあかねへの視線の方だ。
「いえ、私ではなく、み……あかねへの視線が気になるのですが…。」
文化祭以来、外ではあかねのことを名前で呼ぶように努力している頼久だが、まだ必ず一度「神子殿」と呼ぼうとしてしまう。
それでもつかえながらでもその名を呼べばあかねは嬉しそうに微笑むのだが。
「はい?私ですか?」
「はい…。」
「私は別に視線を集めてはいないと思いますけど…まぁでも、京とは違ってこっちの人はみんな平気で人の顔じろじろ見たりしますから、あんまり気にしないでお買い物しましょう。せっかく久しぶりに二人でお買い物なんだし。」
「はい。」
あかねがそれを望むなら、それをかなえるのが己の役目とばかりに頼久はあかねに意識を集中することにした。
もちろんあかねに危害を加えるような輩が近づけば放ってはおかないが。
「で、頼久さんはどんなカーテンがいいですか?」
「いえ…私が選ぶと色気がないそうなので、み……あかねの好みで選んで頂ければ。」
「その色気があるっていうのがどういうものをさすのかが……もう、天真君が変なこと言うから……。」
そう言いながらもあかねは楽しそうにカーテンを選び始めた。
その変なことを言った天真のおかげでこうして頼久と楽しくお買い物に出かけているわけで、しかもまだたどたどしいながら自分のことを名前で呼んでもらえるというのはあかねにとってはとても幸せなことだ。
名前で呼んでくれるのにやたらと丁寧な物言いが変わらないのはこのさい大目に見てあげることにして、あかねは次々とカーテン生地を吟味していく。
「リビングは明るい色の方がいいと思うんですよ、天真君達が遊びにきたりもするし。で、寝室は少し暗い色で、でも落ち着くのがいいと思うんですよね。」
「はい。」
「書斎はどんなのがいいですか?書斎って私、あまり入らないし、でも頼久さんは私がいない時ってほとんどあの部屋にいるんですよね?」
「はい、ですが、私はみ……あかねが選んで下さったものならばなんでもかまいませんので。」
「ん〜、全体的に青でまとめたいんですけどいいですか?」
「はい、お任せ致します。」
「じゃぁ、リビングは浅葱色で……。」
あかねはバックから事前に測ってきたカーテンサイズのメモを見ながらゆっくり時間をかけてカーテンを選んだ。
リビングは無地の浅葱色、寝室は紺の生地にとても小さな星のガラが水色の糸で刺繍されているもの、そして書斎は藍色の生地に裾の方にだけ小さく桜の花びらが刺繍されているものにした。
「こんな感じでどうですか?」
「いいですね、今かけているものよりは確かに色気がありそうです。」
「色気、あるのかなぁ……頼久さんが気に入ってくれたのならそれでいいですけど。」
店員に荷物を車に積み込んでもらって、二人はすぐに帰路についた。
助手席に座っているあかねはカーテンをかけ変えるのが楽しみでしかたないようなのだが、運転をする頼久には気になることがあった。
「神子殿。」
「はい?」
「その…このまま帰宅して宜しいのでしょうか?」
「いいですよ?今日はお母さんには夜までずっと頼久さんのところにいるって言ってきたし。」
「いえ、そうではなく…昼食はどう致しましょうか?」
「あぁ、外食しないのか?ってことですか?」
「はい。」
「帰って何か作ります。簡単なものでよければ。」
「それはかまわないのですが…。」
「確か冷蔵庫に野菜が残ってたし、パスタもあったはずだから、お昼はパスタにしましょう。」
「……。」
「頼久さん?お昼はパスタ、嫌ですか?」
いつもあかねが作ったものならなんでもおいしいといって食べてくれる頼久が、今日に限って何やら不満そうだ。
珍しいな、と思いながらあかねは運転席の頼久を覗き見た。
「えっと、お蕎麦とかとかにします?」
「いえ、そうではなく…その…たまの外出でしたので、外で食事をとはお考えにならないのですか?」
頼久は頼久でいつもならたまにはステキなテラスで外食をと言い出すあかねが自宅で手料理を振る舞うと言い出したので、これもまた珍しいことだと思って悩んでいた。
外で食事をしたくない何か理由があるのだろうか?
「あぁ、だってさっきから頼久さん凄く周りの視線を気にしてるでしょう?そんなの気にしながら食事したってきっとおいしくなんかないです。」
「……それは…お気を使わせてしまい…。」
「ううん、それだけじゃないんです。やっぱり人込みの中って私も落ち着かないし……それにその…やっぱり二人きりもいいかなぁって……。」
あかねが恥ずかしそうにそう言うと、あっという間に頼久の顔には幸せそうな笑みが浮かんだ。
二人きりが嬉しいと言われれば頼久にとってこれほど嬉しいことはない。
もちろんあかねと二人で外出することが嫌なわけではないが、どこかで二人きりでゆっくりできる時間はそれはそれで貴重なものだ。
文化祭の時期はあかねが忙しくてなかなか会うことができなかった。
その後はテストラッシュで会えたとしても勉強ばかりすることになった。
こうしてゆっくりと二人でいられるのは久々なのだ。
これからだって学校では授業やテストに行事とあかねは忙しい日々を送ることになる。
頼久がいくら仕事をやりくりして時間を作ってもあかねにはそれができないことだってあるのだ。
もちろん、京とこちらの世界とに分かれてしまっていたかもしれないことを思えば、会うことができるというだけでも幸せなはずなのだが、会えるとなればいつも会いたいと思ってしまう。
そうやって毎日のようにあかねのことを想ってしまう自分は、もしかするとあかねにとっては少々鬱陶しいのではないかと最近は心配になるほどだった。
だから、あかねに二人きりもいいなどと言われると、神子殿も同じ想いでいて下さったのだと、頼久は安堵するのだった。
「では、帰宅して昼食をとってからカーテンのかけ変えを致しましょうか?」
「そうですね、選ぶのにけっこう時間かかっちゃったし、それに3ヶ所全部となると時間かかりそうだしそうしましょうか。」
「食事の支度はお手伝いいたしますので。」
「え、いいですよ、パスタくらい簡単だし。」
「いえ、お手伝いさせて頂きたいのです。」
幸せそうにそう言われてしまってはもうあかねに抗うことなどできない。
「じゃ、じゃぁお願いします。」
二人で並んで台所に立つところを想像してあかねは少しだけ顔を赤くして返事をした。
結局、帰宅して昼食を作っている間に何やら感極まったらしい頼久に背後から抱きしめられてしまったり、カーテンをかけ変える途中でも金具をつける作業にあかねが手間取ったりで時間がかかり、夕食もあかねの手料理になってしまった。
だが、それもどうやら頼久は嬉しかったようで、夕食を終えてあかねを自宅へ送り届けるまで頼久の顔には笑顔が絶えなかった。
そのことが嬉しくて、あかねも自分の部屋のベッドに入ってからも、その寝顔さえ幸せそうに微笑んでいた。
「お前さ、色気の意味わかってるか?」
「何の話だ?」
後日、いつものように夜になってから酒瓶片手にやってきた天真と頼久はリビングで向かい合って座っている。
あかねがカーテンを選んでくれたという話を天真にしたところ、天真がいつものように酒瓶片手にそのカーテンを眺めにやってきたのだ。
ところが、リビングへ入るなり大きな溜め息をついた天真は缶ビールを開けて更に溜め息をついた。
「なんだよこの家庭的な色っつうかガラなしっつうか……。」
「私はとても気に入っているが?」
「いや、そうじゃなくてよ…まさか寝室もこれじゃねーよな?」
「違うが?」
「まぁ、ならいいか。」
「ん?」
何やら一人で納得してビールをぐびぐび飲んでから天真は勢いよく立ち上がって寝室のドアを開けると電気をつけた。
そしてまた深い溜め息をつく。
「天真?」
なんの溜め息かと思って頼久が隣に並べば、あきれたような顔の天真がジト目で頼久をにらみつけた。
「どうした?」
「だからよ、色気の意味わかってねーの?お前。」
「ん?」
「お星様はねーだろ、お星様は。」
「ん?何かいけないのか?」
「いけないってお前……紺でお星様って……。」
「何がいけない?」
「いけなくはねーけど色気はねーだろ…もうちょっとピンクとか紫とかなんつうか…あったろう?色気のあるのが。」
「……………お前が何を言いたいのか理解すると私はお前を殴りそうなのだが?」
じっくり天真の言うピンクや紫のカーテンがかかっている寝室を想像して、頼久はやっと天真の言いたいことに気付いて眉間にシワを寄せた。
「ま、まぁ、あかねが選んだならしかたねーよな、うん。」
殺気さえ感じて天真は寝室の扉を閉めた。
これ以上よけないことを言ったら本当に元武士の鉄拳制裁が飛んできそうだ。
不穏な殺気を放つ相棒から逃げようと、天真はあまり興味のなかった書斎の扉を開けた。
電気をつけてカーテンを見ると、そこには綺麗な藍色のカーテンがさがっていて、裾の方にはかすかに見える程度の桜の花びらの刺繍がある。
それを見て天真は優しく微笑んだ。
「やっぱいい趣味してんな、あかね。ここがこのデザインかよ。」
「うむ、どれも神子殿のお見立てはさすがだ。」
うんうんと一人うなずいている相棒に苦笑して天真はもう一度カーテンを眺めた。
ここは頼久の仕事部屋。
自分がいない時はいつもこの部屋に頼久がいるとわかっていて、それでこのデザインのカーテンを選んだあかね。
桜の花は頼久が兄を思う花。
自分がいない時は頼久の兄が頼久に思い出の中でだけでも寄り添ってくれるように。
天真にはそんなあかねの気遣いが見えたような気がした。
「ホントにあいつは…。」
「神子殿のお気遣いにはいつも救われてばかりだ。」
つぶやくようにそう言った相棒の横顔を見てみれば、どこか懐かしいような遠い目をしていて、天真は頼久もあかねの気遣いに気付いているのだと悟った。
「なぁ頼久。」
「ん?」
「写真、送ってやるよ。」
「何の話だ?」
「学校で、制服着て、友達としゃべって笑ったり、体育の授業で転んだりしてるあかねの写真撮って送ってやるよ。」
「で、私にそれをどうしろと?」
「飾れよ、この部屋に。寝室にあかねの写真あるだろ?あれみたいに、この部屋のあちこちに飾っとけ。そうしたら兄貴だけじゃなくあかねもちゃんとお前の側にいるって思うだろう。」
「そのようなことをしなくても思っている。」
「それでも、飾っとけ。その方がきっとあいつも安心する。」
「……うむ…。」
二人はそれきり何も話さず、ただ優しい表情を浮かべたまま酒を酌み交わした。
夜が更けていくのを寂しいと感じたこともあるが、この夜ばかりは頼久も真の友との夜を心行くまで楽しんだ。
更に後日、天真が盗み撮りしたあかねの写真が次々に頼久の書斎に飾られていき、それがあかねにバレると、天真は物凄い形相のあかねにこっぴどく説教されることになった。
それでも頼久が写真を飾るのをやめることはなかった。
管理人のひとりごと
結局、書いてしまいました、カーテン選び(笑)
天真君の言ってる色気の意味はご想像におまかせします(’’)
たまには二人でなかよくショッピング♪
そんな時もあかねちゃんの優しさが垣間見える感じ、伝わったでしょうか?
あかねちゃんがカーテンを全て青でまとめたのはもちろん頼久さんのお家だから(笑)
なにせ天の青龍ですから(マテ
カーテンに紫苑はちょっとないかなぁと思って青にしてみました。
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