顧問
 あかねはいつものように週末を頼久の家で過ごしていた。

 午前中から訪ねて来て、昼ごはんはあかねの手料理を二人で食べる。

 それがほぼ毎週の週末の二人の過ごし方だ。

 おいしいお茶をいれて映画を観たり、何もせず、何も言わずにただ黙ってたたずんでいることもある。

 最初のうちはそういう沈黙は気恥ずかしいような落ち着かない居心地の悪さを感じていたあかねも、最近では黙って二人でいるだけでも幸せだと思えるようになった。

 晴れた日に縁側で二人で並んでいる時など至福の一時だ。

 でも、そうやって二人で幸せに過ごす時間が増えれば増えるほど、学校へ通わなくてはならない日はつらくなった。

 メールのやり取りをしたり携帯で話をしたり、京にいた頃だと考えられないほどこの世界は便利だ。

 便利だからそれを駆使してたくさん話はするものの、それでもあかねはやっぱり寂しかった。

 毎日会いたいし毎日話をしたいし、毎日ご飯を作ってあげたい。

 何より本当は一瞬たりとも離れたくないのだ。

 そうは思っても、この春、ようやく高校2年生になったばかりのあかねにそれは許されなくて…

 だからこそ週末のあかねは気合が入る。

 料理は毎回必ず違うものを練習しておいた。

 朝は早過ぎない程度に、でも頼久の迷惑にならないぎりぎりの早い時間に訪ねるようにしている。

 一緒にいられる日はとにかくずっと楽しく一緒に。

 そんなふうにあかねは毎週末を楽しみに、でも、一週間が終わるその瞬間は少しだけ悲しく過ごしていたのだった。

 この週末もいつもと同じように二人で過ごして、お昼を食べて、とうとう日が暮れるという頃になって頼久はお茶をいれ直してあかねの隣に座った。

 以前はテーブルを挟んで向かい側によく座っていた二人だが、最近ではこうして体が触れ合うように隣り合って座ることが多い。

 あかねはお茶を受け取りながら寂しげな苦笑を浮かべた。

「有難うございます。」

「神子殿…。」

「あああ、ごめんなさい。もうすぐお別れだなって思ったらちょっと寂しくなっちゃって…大丈夫です!来週もまた朝から来ますから!」

 そう言って無理に微笑むあかねは痛々しい。

 頼久は苦笑しながらそんなあかねの肩をそっと抱いた。

「神子殿、お話したいことがあるのですが…。」

「はい?」

 頼久がこんなふうに改まって話を切り出すのが珍しくて、あかねはキョトンとした顔で頼久を見上げた。

 すぐ近くにあるその端整な顔を見つめればいつもなんだか恥ずかしくて顔を赤くするあかねだが、今は頼久の表情がなんだか真剣であかねもつられるように真剣な面持ちで耳をすませた。

「先日、天真から依頼がありまして…。」

「天真君が依頼?なんのですか?」

「剣道部の臨時顧問を引き受けてほしいと…。」

「……はい?」

「ですから、剣道部の顧問をしていた教師が病気で入院して今年いっぱいは復帰できそうにないので私に剣道部の顧問を臨時で引き受けてほしいと天真から話があったのです。」

「……えっと…それって、うちの高校の剣道部、ですよね?」

「はい。」

 あかねは驚きで目を見開いて、それからゆっくり今の話を頭の中で噛み砕いてみた。

 自分が通っている高校の、教師ではないとはいえ部活の顧問。

 それって許されるのだろうか?

 確かに頼久の剣の腕は折り紙つきだし、そりゃ、元プロなわけで…

 でも、学園祭以来、頼久があかねの交際相手であることはほぼ全校生徒に知れ渡っているわけで…

 両親公認のほぼ婚約者みたいな人が同じ高校で部活の顧問、そんなことが許されるのかあかねにはわからない。

 どちらかというと道徳的というか教育上というか、そういう理由で許されないことのような気がする。

「その…頼久さん、うちの学校では意外と有名人というか…私のせいでそうなったというか…。」

「はい、そう思いまして、天真にも確認したのですが、剣道部の顧問だけならば問題ないと学校側の許可をとりつけてあるそうで…。」

「天真君、いつの間にそんなこと器用に…。」

「顧問がいないと部活動は休止せねばならなくなるそうで、ついでだから部員を鍛えられる顧問にしたいと学校に申請したとか。」

「確か天真君は帰宅部で剣道部員じゃないはずなのにどうしてそんなに一生懸命…。」

「助っ人を頼まれたとかで、練習に付き合わなくてはならないのだそうです。」

「……天真君…助っ人あっちこっちでやってるから…。」

「もちろん、校内ではそれなりのケジメをもって神子殿と接するというのは当然の条件になりますが、それさえ守れるのなら顧問になってもいいとのことだったのです。」

「それで、やるんですか?剣道部の顧問。」

「神子殿にお伺いをと思いまして。」

「はい?私?」

「はい。部活動の顧問とはいえ、同じ敷地内に入ることになります。神子殿に不都合があれば断るつもりでおりますので。」

「不都合は別に…。」

 そういいながらあかねは頼久が剣道部の顧問になるとどうなるのかを脳内シュミレーションしてみた。

 まず、授業が終わって体育館へ行ったりするとそこには袴なんか身に着けて竹刀を持ってる頼久がいたりする…

 部活が終わるのを待っていれば毎日一緒に帰れたり…

 学校でのできごとを帰り道に話し合ったりもできる。

 それはかなり楽しいのではないだろうか?

 不都合はいっさいないような気がする。

 クラスメイトにからかわれたりはするかもしれないが…

 いや、そんなのは前からあることだし…

「別にないです、不都合は。頼久さんに任せます。引き受けてあげた方が天真君は助かるんだろうし…。」

「神子殿に迷惑がかからないのでしたら引き受けようと思います。」

 そう言って頼久は嬉しそうに微笑んだ。

「うん、きっと天真君も喜びますよ。」

「…喜んでいるのはむしろ私なのですが…。」

「はい?面倒じゃないですか?高校生の世話をするなんて。」

「いえ、もとより後輩の指導には慣れておりますし。」

「ああ、そっか、そうですよね。」

「それに、神子殿が普段生活している高校に私もわずかですがかかわることができるようになります。神子殿のお話ももっとわかりやすくなるでしょうし、何より、お側近くにいられることは私にとっては喜ばしいことです。」

「頼久さん…。」

 あかねはこの日、初めて頼久が自分と同じように会いたいと思ってくれていたのだということに気づいた。

 頼久は当然のことなのだがあかねよりは遙かに年上で、特に京からこっちへ来てからはなんだか余裕で…

 あかねは自分ばかりが頼久会いたさに焦ってしまっているような気がしていたのだが、どうやら実際にはそうではなかったようだ。

 そのことが嬉しくて、あかねはにっこり微笑んだ。

「いつからですか?顧問。」

「早ければ再来週からになります。学校の方へ、明日面接に参ります。」

「切羽詰ってますね、剣道部。」

「そのようです。」

 苦笑するあかねの肩をきゅっと抱きしめて、頼久はその顔に満面の笑みを浮かべた。

 頼久にとって、年の離れた高校生のあかねとの交際はそれなりにプレッシャーがかかっていた。

 その原因の一部、頼久には絶対に知りえないと思われていたあかねの学校生活の一部を垣間見ることができる機会が巡ってきたのだ。

 頼久はあかねにこそ見せないが、とても喜んでいた。

「私、部活何もやってないんです。だから、頼久さんが剣道部に来る時は、見学に行きますね。それで、部活が終わったら一緒に帰りましょう。」

「御意。」

 楽しそうに言うあかねにただ一言そう囁いて、頼久は満足そうに微笑んだ。

 夕陽はもうすっかり落ちて、あかねは帰らなくてはならない時間になったけれど、この日ばかりは帰り道も二人に笑顔が絶えなかった。





「いや、助かった、マジで助かった。」

 頼久があかねに剣道部の顧問の話を相談してから二週間後。

 あかねが通う高校の体育館に袴姿の頼久と天真の姿があった。

 二人とも防具は身につけていないが手には竹刀を持っている。

 二人の前では何人かの生徒がしっかり防具をつけて剣道の練習をしていた。

 頼久と天真の二人はそれを遠目で眺めているだけだ。

「そんなに深刻だったのか?」

「ああ…もう少しで俺が顧問にされるとこだった…。」

「お前が?」

 頼久は溜め息をつく天真に首をかしげた。

「ああ、腕がいいってだけで泣きつかれた。生徒が顧問ってのはねーだろって断ったんだが、教えてくれるだけでもいいとか言われて…。」

「なるほど。」

 そう、京で頼久にさんざんしごかれた天真はこちらの世界で剣道をやっている高校生から見たらそれこそプロのように腕が立つように見えるのだ。

 それに気づいて頼久は苦笑した。

「で、俺の師匠を連れてきてやるって豪語しちまって…。」

「私を指名することになったわけか。」

「ま、そういうことだ。引き受けてもらえなかったらマジで俺が顧問じゃないにしても教官とか言われて指導させられるところだった…。」

「礼なら神子殿に。」

「……頼久、その神子殿、気をつけろよ。」

「……善処する…。」

 天真があきれて深い溜め息をつく。

 相変わらずの頼久はいまだにあかねのことを名前で呼ぶことに慣れていないのだ。

 学園祭の時はなんとかなったというのに、しばらく人前であかねを呼ばなかったために戻ってしまったらしい。

「で、そのお前の愛しの神子殿は?」

「い、愛しのとは…。」

「愛しのだろうが。」

「……み…あかねは今日は日直だそうだ。」

「あ、なるほどな。授業終わったらすっ飛んで来そうなのに姿見せねーと思ったらそういうことか。」

 天真が納得している間にも目の前で稽古は進む。

「天真、ところで彼らは…。」

「ああ、あいつらな、この4月に男子剣道部立ち上げたばっかでな、いきなり顧問がダウンだろ?にっちもさっちもって感じだったらしい。そこで俺が助っ人頼まれて、顧問もいないんじゃはなしになんねーってんでお前だ。」

「ふむ。」

「だから、あの通り、ただ竹刀を振り回してるだけなんだ。夏休みに隣の高校の剣道部と練習試合を組んであるらしいんだが、それも試合になるかどうかって感じだろう?俺が助っ人に呼ばれたのもその練習試合を考えてってことらしい。」

「ふむ。」

「なぁ、頼久、あいつら、夏休みまでにものになるか?」

「……善処する…。」

 任せろと簡単には言わないところが頼久だ。

 後輩の指導に慣れているはずの頼久でさえ自信を持って任せろとはいえないほど、目の前で練習をしている部員達は見事に素人だった。

 それでも練習している本人達は必死だし、頼久としても引き受けた以上は最後まで面倒を見るつもりではある。

 ので、では基礎から指導しようかと頼久が一歩踏み出そうとしたのを天真が腕をつかんで止めた。

「ん?」

「まだ基礎だしな、俺がやっとく。お前は…。」

 振り返って小首を傾げる頼久にそう言って天真はその視線を体育館の入り口へと向けた。

 自然と頼久の視線も入り口の方へ向く。

 するとそこには、カバンを手にして立っているあかねとどうやら付き合いで一緒にきたらしい蘭の姿があった。

「あいつらの面倒はとりあえず俺が見とくから、お前はあっちの面倒みとけ。」

「いや…。」

 気をきかせる天真に天真に苦笑して、入り口に立っているあかねに軽く会釈すると、頼久はあかねがうなずくのを確認して練習中の生徒達の方へ歩き出した。

「おい、いいって。」

「いや、引き受けた以上はきちんとやる。それに、み…あかねもそんなつもりで来たのではない。」

 そう言って頼久はさっさと指導を始めてしまい、天真は入り口に立つあかねの様子をうかがった。

 頼久の言っていたことはどうやら本当で、あかねはニコニコと楽しそうにこちらを見ている。

 天真にかるく手さえ振ってきた。

 隣にいる蘭が不機嫌そうに自分を睨んでいることはとりあえず見なかったことにして、天真は軽く溜め息をつくと頼久と共に指導するべく歩き出した。



 一方、あかねはというと面白がってついてきた蘭と一緒に体育館の入り口に立って剣道部の練習を眺めていた。

「お兄ちゃんったら気がきかないんだからっ!」

「へ?何が?」

「せっかくあかねちゃんが頼久さんとゆっくり会えるっていうのに練習の面倒なんか見させて…。」

「へ?だって、頼久さんは剣道部の顧問をやりにきたんだし、ちゃんとお仕事してるだけだよ?」

「何言ってるの!あんなのお兄ちゃんがやればいいんだよ!そうすれば、あかねちゃんは頼久さんと学校でいちゃいちゃできるじゃない!」

「頼久さんはそんなことしないよ。ちゃんとみんなに剣道を教えてあげる、それが頼久さん。私もそんなつもりじゃないし。」

「……ほんとにもう、この二人は…はぁ。」

 蘭が隣で深い溜め息をつくのを苦笑して聞きながら、あかねはじっと頼久の姿を追っていた。

 あかねがお願いして切らないでもらっている長い髪は後ろに一本に束ねられているけれど、袴を身につけて竹刀を手にしている頼久は京にいた頃の姿に少し似ていて…

 なんだか懐かしくて、あかねは頼久から目を離せない。

 まるで、ずっと京であかねを守ってくれた武士の頼久が目の前に戻ってきたようだ。

「あかねちゃん?これからほぼ毎日頼久さんに会えるのにそんなに見惚れなくてもよくない?」

「えっと、見惚れてるっていうか…懐かしいなと思って。」

「懐かしい?ああ、そっか、そうだね、あっちじゃ頼久さん、いっつも刀持ってあかねちゃんの警護してたもんね。ちょっと似てるかもね。」

「うん。こっちにきて、頼久さんはなんだか凄く穏やかになって、そういう頼久さんもステキだなって思ってたけど、やっぱりああやって武道をやってる頼久さんもステキだなぁ。」

 そう言ってあかねはうっとりと頼久を見つめる。

「あっちにいる時もああやって後輩の面倒見てたのかなぁ。すごく丁寧に教えてるよねぇ。やっぱりステキだなぁ。」

 基礎からまったくなっていない部員達一人一人に頼久は天真と手分けして丁寧に指導している。

 そんな頼久の姿は今まで見たことがなくて、あかねは頼久の新たな一面に目が釘付けだ。

 そしてあかねの隣で蘭は深い溜め息をついた。

「どうせさ、お兄ちゃんもいるからと思ったし、頼久さんが高校生の相手するところも面白そうと思ったからついてきてみたけど…。」

「何?」

「結局、ノロケ聞くことになるだけなんだなぁ、私…。」

 あきれたようにそう言って蘭はまた溜め息をついた。

 ところが、いつもなら「惚気てなんかない!」と顔を真っ赤にして否定するあかねが何も言わずにまだ頼久に見惚れている。

 蘭は小首を傾げた。

「…やっぱりそうかなぁ…惚気てるかなぁ、私…。」

「ちょっと、あかねちゃん?」

「でも、頼久さんステキなんだもん…。」

 ステキなんでノロケさせてくださいってこと?

 と蘭は心の中でつぶやいてまた溜め息をつく。

 そして、視線を天真に向けて心の中で手を合わせた。

 お兄ちゃん、ご愁傷様。

 蘭はひたすら哀れみの目で兄を見守るのだった。








管理人のひとりごと

久々の現代版です(^^)
前から一度、頼久さんを高校に放り込んでみたかったんです(’’)(マテ
ということで、先生じゃありませんが、あかねちゃんの高校に出入りすることになりました。
多少、ハプニングなんかがあるかも?
そんなに学園ラブコメみたいなものを書く気はないんですが、ちょっとした学校での二人はこれから書くかもです(^^)
現代版は実はあかねちゃんが大学卒業するまで色々エピソード考えてるんですが、なかなか進みません(’’;
頑張ります(^^;







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