彼の心情
 天真は喫茶店の一番奥、一番隅の席で本日5回目の深い溜め息をついた。

 喫茶店を選んだのは密室で二人きりにはなるなと言われたから。

 奥の席を選んだのは、二人きりにはならずに二人でゆっくり話をするため、だ。

 何故、そんな状況を作らなくてはならなかったのか?

 それは、天真が真の友を持っているからに他ならない。

 その真の友の真剣極まりない、男の天真でもはっとするほどの端正な顔を天真が思い出していると、店へ新たな客がやってきた。

 その客の姿を見つけて本日6回目の溜め息をついた天真は、軽く手を挙げて入ってきた客に自分の存在を知らせた。

「天真君、待った?」

 ニコニコと愛らしい微笑みを浮かべながら天真の向かい側の席に座ったのはあかねだった。

 呼び出したのはもちろん、天真だ。

「いや、たいして待ってねーから、それより注文しちまえ、俺がおごるから。」

「え、いいの?」

「呼び出したのは俺だしな。」

「じゃあ、パフェ食べてもいい?」

「ああ。」

 あかねは嬉しそうにメニューを開くと、天真の目の前で店員を呼び止めてストロベリーパフェを注文した。

「で、何?話って。」

 店員が注文を聞いて去って行ったところで話を切り出したのはあかねの方だった。

「ああ…。」

 せっかくあかねが切り出してくれたのに、天真はといえばすぐに話し出すことができずにいた。

 どうにも天真にとってはあまり話しやすい内容ではなかったからだ。

 本日7回目の溜め息をついただけで口を開こうとしない天真をあかねは訝しげに覗き込んだ。

「何か、あったの?」

「いや、ない。」

「でも、なんか天真君、おかしいよ?こんなところに呼び出すのも珍しいし。」

 それはお前の婚約者がそうしろって言ったからだとは言えずに天真は8回目の溜め息をついた。

 そう、外で二人でゆっくり話してほしいといったのは他でもない、あかねの現在の婚約者、源頼久なのだ。

「ほら、なんか溜め息ばっかりだし…どうしたの?」

 本心から心配してるのだろうあかねにじっと覗き込まれて、天真は思わず息を飲んだ。

 そもそも、天真はあかねのことをつい先日まで、いや、今でもほんの少しばかり特別に思っているのだ。

 そのあかねに憂い顔で覗き込まれて、しかもその表情がいつの間にか大人びた美人になっていたものだから、天真も驚かずにはいられなかった。

 ところがそれをあかねはどうやら何か勘違いしたようで…。

「な、何か話しにくい大変なことがあったの?もしかして頼久さんのこと?」

 突然慌てだしたあかねに天真は再び溜め息をつくことになってしまった。

「あーーーー、ダメだ。俺にそれとなくとかいう器用なことができるわけがねー。」

「え?」

「頼久のことっていうか、実は頼久に頼まれて呼び出したんだ。」

「え?なんで頼久さんが?」

「それとなくお前に話をして納得させてほしいって言われたんだけどな、俺には無理、絶対無理だ。」

「納得?え?なんの話?」

 あかねが小首をかしげていると、そこへ店員がかわいらしい外見のパフェを持ってきてあかねの前に置いた。

 天真の前にはもうすっかり冷めたコーヒーがある。

 そのコーヒーを一口飲んで、天真は頭をかいた。

「あー、まぁ、順を追って話をするから、お前はとりあえずそれ食いながら聞いてくれ。」

「でも…。」

「お前が思ってるような一大事じゃねーから。」

「うん…。」

 不承不承うなずいて、あかねはパフェの頂上に乗っている生クリームを口に運んだ。

 いつもは生クリームなんか口に入れれば幸せいっぱいの顔をするあかねだが、さすがに今は上目づかいに天真の様子をうかがっている。

 そんなあかねにもう数えることさえ面倒になった溜め息をついて、天真は口を開いた。

「お前、頼久に新婚旅行は行かないとか言っただろう?」

「え、うん、言ったけど…。」

「目的地はどこでもいいから行っておけ。」

「でも…。」

「別に絶対海外に行けとか言ってるわけじゃねーし、お前のその新生活に金がかかるからなるべく節約しておきたいっていうのもわからないじゃねーけどな。」

「だって、私、自分ではお金のことはどうにもできないし…今のところ…。」

 だんだん小さくなる声につられるように、あかねはパフェを食べる手を止めた。

 こういう返事が返ってくることは天真には予想済みだったから、もちろんそうですかと引き下がったりはしない。

「俺はお前のそういうところは好きだし、立派だと思ってる。思ってるけどな、なんていうか……男としては微妙なこともあるんだぜ?」

「男として微妙?」

 小首を傾げるあかねを前に、天真は一つうなずいて見せた。

 今回、こうしてあかねを呼び出して話をしようと思ったのは、頼久に頼まれたからというだけが理由ではない。

 頼久の話を聞いてみて、天真なりに思ったこともあった。

 そしてそれはおそらく、頼久以外の男とは付き合ったこともないだろうあかねには到底わからないことで、しかも、頼久が自分で話すようなことでもない。

 となれば、あかねに説明するのは自分の役目という気がした。

 だから頼久の頼みを引き受けたのだ。

 面倒なことには関わりたくない天真だが、今回ばかりは頼久とあかね、二人の友人のためにもしっかりと話をしようと決めていた。

「あのな、あかね、お前はいつも自分のことより他人のことが優先だし、できることはなんでも努力しようっていつも頑張ってる。俺もお前のそういうところはいいところだと思ってる。」

「そ、そんなに頑張ってはいないけど…。」

「でもな、頑張りすぎってのも問題だって話だ。」

「そんなに頑張ってるつもりは…。」

「お前が頑張ってるかどうかっていうよりは頼久がそう思ってるってのが問題なんだが…。」

「頼久さんが私が頑張りすぎだって言ったの?天真君に。」

「違う違う。あいつがお前を非難するようなこと言うかよ、俺に。そうじゃなくてだな……その……。」

 一応、デリケートな問題だろうという意識がある天真はどうあかねに説明しようかとゆっくり考えて、頭をかいて、そしてあきらめた。

「つまり、男ってのは惚れた女には頼ってほしいってことだ。」

「え?それって私が頼久さんに頼ってないっていうこと?」

「というか、頼久がそう感じてるんじゃねーかってこと。」

「そう、なの?」

「あいつはそういう話はしねーけどな。」

「そう、なんだ…。」

「で、新婚旅行の話な。お前は結婚した後の生活のこととかちゃんと考えてて、そういうのは偉いとは思う。特に蘭と比べるとな、さすがに婚約者がいるってのは大人だなとも思う。」

「そ、そんなことないけど…。」

「でもな、頼久にしてみれば、そんなこと考えずに新婚生活を楽しんでほしいって思ってるんじゃねーかってこと。あいつは神子殿命って男だしな。頼久にも言われただろう?行っておいた方がいいって。」

「うん、でも、私が行きたくないなら行かなくてもいいって…。」

「それはお前が旅行を嫌がってるならって話だ。金の心配して行かないっていうのは行きたくないってのとは違うだろう?」

「それはそうだけど…。」

「そこだよ。頼久が立派な大人で、ちゃんと仕事もしてて生活には問題ないってのはお前も知ってるだろう?」

「うん。」

「まあ、あいつがそのうち財布の紐は完全にお前に預けるんだろうから言っとくが、あいつの稼ぎはお前が考えてるのよりはるかに多いぞ、たぶん。」

「そ、そうかな…。」

「たぶんな。でだ、あいつにしてみたらお前には金の心配とかしないで少しは無邪気に頼ってもらいたいって思ってるんだろうなと俺は思う。」

「……。」

「そもそもあいつはお前より遥かに年上だろう?まだ学生の婚約者に頼ってもらえないってのはこたえるぞ。」

「こ、こたえるの?」

「かなりしんどいな、俺なら。」

「……。」

「だから、だ、少しは無邪気に頼ってやれ。あいつはそういうの喜ぶと思うぞ。」

「そう、なのかなぁ…。」

「そういうもんなんだよ、男って生き物は。」

 天真に断言されてあかねはすっかり考え込んでしまった。

 うつむいた様子はどこか憂いを帯びて、天真の目にはあかねがひどく大人びて見えた。

 そんなあかねにどきりとしながらも、天真は軽く頭を振ってあかねの表情を脳裏からふるい落として、コーヒーを飲んで自分を落ち着けてから、あかねの目の前にあるパフェをそっとあかねの方へ押してやった。

「だいたい、頼久って男は俺達みたいなこっちの普通の男とはちょっと違ってるってのはお前が一番よく知ってるだろう?」

 自分の方へと押されたパフェをスプーンで口に運びながら、あかねはこくりとうなずいた。

 そう、頼久は元は京で武士をやっていた大変な堅物だ。

 誠実なのはもちろんのこと、武士として貴族に仕えることもあったせいか気遣いもできる。

 天真の今の話に添って思い起せば、頼久は現代の男性より、たぶんずっと女性は男性が守るもの!とかいう価値観を持っていてもおかしくないのだ。

 そのことを思い出して、あかねはパフェを食べるためのスプーンを置いた。

「まあ、あいつはこっち来てからあいつなりに努力してずいぶん落ち着いたし、普通に見えるけどな、やっぱ武士ってところもあるだろ?ってことは、女には頼ってほしいって気持ちは俺以上にあるんじゃねーかと思うわけだ。」

「そう、かも……どうしよう…。」

「ん?どうした?」

 突然あかねが不安そうな声を出したものだから、思わず天真は背もたれに預けていた体を起こしてあかねの顔を覗き込んでいた。

 あかねは目に涙を浮かべそうな顔で真剣に天真を見つめている。

「頼久さん、すごく傷ついてるかな?」

「いや、傷ついてはねーと思うけどな…。」

「私、すごい生意気だとか思われたかな…。」

「いやいやいや、それは絶対にねーから。」

「そ、そう?」

「お前、いまだに把握してねーの?あいつの性格。あれは神子殿命!他のことは全て二の次、神子殿が正義って男だぞ?」

「そ、そんなことないと思うけど…。」

「ある。だから、お前はもうちょっとあいつを頼ってやれ。新婚旅行も、温泉でもなんでもいいから行っとけ。」

「うん、そうするね。」

「おう。混浴とか行ってやれ。鼻血出して喜ぶぞ。」

「それはないから。天真君じゃあるまいし。」

「あああ、それだけ言えるならもう大丈夫だな。さっさとそれ食って、頼久に新婚旅行行きたいって言いに行け。」

「うん!」

 やっと元気に笑ったあかねはいつものように幸せそうな笑顔でパフェを食べ始めた。

 そんなあかねを眺めながら、天真は本日初めての安堵の溜め息をついた。







「あの…頼久さん、お話ししたいことがあるんです。」

 夕暮れの赤い陽が差し込む頼久の家のリビングで、あかねは今、頼久の隣に座っていた。

 目の前のテーブルには二人分の紅茶とクッキーが置かれている。

 どちらも頼久があかねの来訪に合わせて用意しておいたものだ。

 これから会いに行ってもいいですか?というあかねからのメールを受け取った頼久の返事はもちろん「いつでもどうぞ」だったので、あかねは喫茶店で天真と分かれてすぐにこうして頼久のもとを訪れたのだった。

「天真が話をしてくれたのですね。」

「へ…。」

 いきなりストレートに言われてあかねはその場で凍り付いてしまった。

 天真の話では、一応頼久からは頼まれたことは黙っていてほしいと言われたといっていたので、そのつもりで話をする予定だったからだ。

 驚くあかねに頼久は情けなさそうな苦笑を浮かべて見せた。

「天真にはいらぬ気を遣わせてしまいました。頼んではみたものの、天真がそのように器用なことのできる男ではないと後になって思い至りました。」

「あはは…。」

「新婚旅行のこと、ですね?」

「はい。やっぱり行ってもいいですか?」

「もちろんです。ですが、天真が無理に勧めたのでは…。」

「無理にってことはないです。もちろん、天真君が勧めてくれたから思い切ったっていうところはありますけど。」

「無理をなさっていないならいいのですが…。」

「全然無理じゃないです。っていうか、元々ちょっと行っておきたい所があったんです。二人で。」

「行っておきたい所、ですか…。」

 どうやら天真が頭ごなしに行けと言い張ったわけではないらしいと悟って頼久はほっと安堵の溜め息をつきながらもあかねの顔を覗き込んだ。

「新婚旅行、北海道に行きませんか?」

「北海道ですか。」

 あかねの言葉を繰り返しながら頼久は記憶をたどっていた。

 北海道といえば、一番に思い浮かぶのは緑の茂った札幌の大通公園だ。

 何故なら、頼久はそこで修学旅行中のあかねと合流して、しばらく二人で歩いた記憶があるから。

「そこへは確か修学旅行で…。」

「はい。」

「行ったことのない場所に行きたいとおっしゃるかと思っていたのですが…。」

「それも楽しいかもしれませんけど、でも、もう一度、今度は頼久さんと二人で行きたいなって……。」

「二人で…。」

「そうなんです。実は二人で歩けたのって、結局、札幌だけだったじゃないですか?でも修学旅行って函館とか小樽とかも行ったんです。すごく綺麗な建物とかたくさんあったんです。だから、今度は頼久さんと二人で見たくて……ダメですか?」

「いえ、二人で見たいと言って頂けるのは嬉しい限りです。是非、参りましょう。」

「はい!」

 あかねはにっこり微笑んでうなずいた。

 見れば頼久の顔にも幸せそうな笑みが浮かんでいる。

 こんなに楽しく笑い合ったのはなんだかとても久しぶりな気がして、あかねはいつまでもじっと頼久の笑顔を見つめていた。









 夜。

 頼久はテーブルを挟んで天真と二人、缶ビールを片手に座っていた。

 テーブルの上にはいつもよりは少々豪華なつまみが並んでいる。

「礼を言う、助かった。」

「おう、で、どこ行くんだ?新婚旅行は。」

「北海道をあちこちな。」

「北海道?………ああ、なるほどな。」

「ん?」

「あかねが修学旅行で回った所、お前と回りたいって言ったんだろう?」

「よくわかったな。」

「そりゃわかる。修学旅行で回ってる間からずーっとお前の話しかしてなかったからな。」

 そう言って天真は苦笑しながらビールを一口飲みこんだ。

 高校の修学旅行はもう、うなだれるあかねを慰めて歩いた記憶しか天真にはない。

 それくらい頼久と離れなくてはならなかった修学旅行はあかねにとって苦痛だったのだ。

 そうと見越して頼久が追いかけてくるように手配したのも天真だった。

「なーんか、もうすげー昔な気がするな。高校の修学旅行なんて。」

「そうだな。幸福だと時が過ぎるのは速いらしい。」

「ああ、お前の場合は年食った上に幸せ絶頂だからな。時間なんて光速で過ぎてくぞ、気を付けろ。」

「……。」

 むっとした相棒から何か文句が飛んでくると思っていた天真は、思わぬ無言攻撃に面喰った。

 まじまじと相棒の顔を覗き込んでみれば、生真面目そのものの相棒は眉間にしわを寄せて真剣に何かを考え込んでいる様子だ。

「おい、頼久?」

「お前の言う通りだ。気をつけねば。」

 どうやら自分が幸せの絶頂にいるという自覚はあるらしい頼久に苦笑しながら、天真はほろ苦いビールを一気飲みした。

 目の前にいる友人も、ここにはいないあかねも幸せには違いない。

 だから自分も幸せだと無意識のうちに自分に言い聞かせる天真だった。








管理人のひとりごと

ということで頑張りすぎちゃってたあかねちゃんにおねだりされて新婚旅行には行きますよ!
新婚旅行自体を書くか書かないかは未定です(’’)
天真君は頼久さんはあかねちゃんに頼ってほしいんだとか言ってますがね。
頼久さんは自分があかねちゃんに精神的に頼りっぱなしなの自覚してるからね!
あかねちゃんにも頼ってほしいのさ!
お互いを助け合ってこそ、一緒に過ごす意味があるってもんですからな!
そしてあの二人ならそうするはずでしょう(^^)
結婚準備が整ったお二人、次は二人で助け合って結婚式ですな!











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