
季節はすっかり秋になった。
気温はまだ寒いというほどではないけれど暑くもなくていい季節だ。
あかねはというと文化祭の後、次々と押し寄せるテストのせいでしばらくは忙しい日が続いた。
もちろん、テスト勉強の一部は頼久に手伝ってもらったので、二人が会えないということはなかったが…
それでも二人でゆっくりする時間はなくて、怒涛のテスト日程をなんとか乗り切ったあかねはドライブを提案した。
そろそろ山の方は紅葉し始めている頃だと聞いたから。
普段は外出を嫌がる頼久も車での移動であれば問題なかろうとあかねの提案を快諾した。
というわけで、二人は今、頼久の車の中にいる。
「お弁当持ったし、地図もチェックしたし、水筒にお茶もOK。CDもたくさん持ってきたし、おやつも持ったし…忘れ物、ないですよね?」
浮かれるあかねにそう尋ねられて頼久は静かにうなずいた。
前日の夜からあかねは楽しそうだ。
「車を出してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします。」
地図などなくても頼久は事前に道を調べてあったし、食事も飲み物も別にどこかの店で買えばいいことなのだが、あかねはその辺の準備が楽しくてしかたがないらしい。
助手席で楽しそうにしているあかねから名残惜しいが視線を外して、頼久は車を発進させる。
あかねはせっせとカーステレオのCDを差し替えていた。
穏やかな音楽が流れ始めるとあかねは満足そうに窓から流れ行く外の景色を眺めた。
「退屈でしたら眠っていて頂いてかまいませんので。」
「は?寝ません!絶対寝ません!ここ、助手席ですから!」
「はぁ…。」
「ここに座っている以上、私は助手ですから、頼久さんの助手をやります!」
何やら張り切っているらしいあかねはそう言うと早速、荷物の中からお菓子の包みを取り出した。
「昨日焼いてきたんです、クッキー、食べません?」
「運転中ですので。神子殿はご自由にどうぞ。」
よそ見などして事故を起こしたりしてはいけないと頼久が苦笑しながらやんわり断ると、あかねはすかさず包みの中のクッキーを手に取った。
「だから、助手の私が食べさせてあげますから!」
「は?」
頼久は思わずアクセルを踏み込みそうになった足を慌てて止めて、横目でちらっとあかねを見るとこれ以上ないほど楽しそうに微笑んでいるではないか。
もちろん頼久だってそんな提案をされて嬉しくないわけがないのだが、そんなことまでさせていいものだろうかと苦悩している間にあかねの小さな手が頼久の目の前へ差し伸べられた。
「はい、あーん、して下さい。」
「はぁ。」
嬉しそうなあかねの声を聞いてしまっては断ることもできなくて、それより何より頼久自身も嬉しくて。
言われたとおりに口を開けてみれば甘いクッキーがあかねの手で口元まで運ばれて、ぱくりとそれを口にするとあかねの手作りクッキーはいつもより甘いような気がした。
「どうですか?」
「また腕を上げられましたね。」
「ほ、本当に?」
「はい。」
「頼久さんにそう言ってもらえるのが一番嬉しいです。」
そう言うと今度はあかねが水筒と紙コップを取り出した。
どうやら次はお茶を飲ませてくれるつもりらしい。
ところが、いつまでたってもあかねが水筒から紙コップへお茶を注ぐ気配がない。
ちょうど信号が赤になって車を止めたところで頼久があかねの方をうかがってみると、あかねは水筒と紙コップを手に難しそうな顔をして考え込んでいた。
「どうかなさったのですか?」
「紙コップのお茶をこの状態でこぼさず上手に飲ませてあげるのって至難の業だなぁと思って……。」
そう言ってどうやったら上手く飲ませられるかを苦悩しているらしいあかねが愛しくて、頼久はくすっと笑いながら信号が青になったのでアクセルをゆっくり踏み込んだ。
「飲み物は、そこのホルダーに紙コップを入れておいて頂ければ自分で飲めますので、中身が切れた時だけ注ぎ足して頂けますか?」
「あ、はい、そうします。」
あかねは頼久に言われるまま、紙コップにお茶を注ぐとそれをホルダーへおさめた。
「何か食べたいものとかあったら言って下さいね。あと、地図もちゃんと見ますから。」
「はい。」
すっかり張り切っているあかねだが、今のところ空腹でもないし道がわからないわけでもない頼久は「はい」と答えはしたものの、そのまま静かに運転を続ける。
そうなると張り切ったあかねのエネルギーが余ってしまうらしく、水筒とクッキーをカバンへ戻すとじっと頼久の横顔を見つめ始めた。
「あの……神子殿、その…私の顔に何か?」
「別に何もないんですけど…何か頼久さんを手伝えることがないかなぁと思って。」
「いえ、別段お手伝い頂くようなことは…。」
「そうですよね…私、まだ免許とれないから運転を代わってあげることはできないし…だからせめて助手として色々してあげようって思ったんですけど、そんなにないですよね手伝えることなんて…。」
あかねはすっかり元気をなくしてうなだれてしまった。
運転中となってはもう頼久には抱きしめてやることもできない。
「神子殿、お気持ちだけで十分です。今日は神子殿に紅葉を楽しんで頂きたくて出てきたのですから、窓の外の風景などお楽しみ頂ければ私はそれだけで。」
「頼久さんはいつもそうやって私のことばっかりで自分のことは二の次だから、たまには私が頼久さんのために何かしてあげたいんですけど…。」
「そのうち道がわからなくなりましたら地図など確認して頂きますので。」
「あ、はい。そうですね。」
どうやらまだ自分の出番があるかもしれないと思ったらしいあかねは急に機嫌を直してその顔に微笑を浮かべた。
相変わらずころころとよく表情の変わる恋人の愛らしさに頼久の口元がほころぶ。
「カメラ持ってきたんです。紅葉綺麗だったら写真撮ろうと思って。」
「まだ少し早いかもしれませんが…。」
「いいんです。まだ綺麗に染まってなかったら、来月もう一回来ましょう……ダメですか?」
「いえ、喜んで。」
嬉しそうに「有難うございます。」と言ったあかねはカバンからデジカメを取り出してチェックすると、それを片付けて窓の外を眺め始めた。
外はまだまだ建物がいっぱいだが、窓の向こうを行き交う人々を見てさえも今のあかねは楽しそうだ。
そうして二人が楽しくドライブすること一時間ほどで頼久が小首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「出る前に確認はしたのですが、どうも…。」
「道ですか?」
「はぁ、小道に入ってしまったようで…。」
「ちょっと待って下さいね、地図で確認しますから。」
「お願いします。」
あかねはカバンの中から地図を取り出して手際よくページをめくった。
「あ、わかりました。次の信号を左です。」
「承知しました。」
頼久が言われたとおりに左折するとすぐあかねの次の指示が飛ぶ。
「そこのコンビニを右折して、三つ目の信号を左折すると大通りに戻ります。そこからはわかります?」
「はい、おそらくわかるかと。」
そう言っている間にも車はスムーズに大通りへと出ることができた。
「さすがは神子殿です。」
「いやだなぁ、地図見ただけですよ。」
そういいながらも褒められたことが嬉しくてニコニコと微笑んでいるあかねをちらりと横目で見て、頼久もまた楽しそうに微笑んだ。
「頼久さん?」
「京での戦いを思い出しました。」
「はい?」
「あの頃も神子殿に的確な指示を頂き、我々はいつも勝利をおさめることができました。」
「そ、そんなことないですよ!あの時は、私だってみんなにたくさん助けてもらいましたもん!」
「いえ、あの頃も今も神子殿は私に正しい道をお示し下さいます。」
「正しい道って…それはまぁ道なんですけど……。」
あかねは真っ赤になってうつむいてこれ以上抗議するのをやめた。
これ以上抵抗したらもっともっと恥ずかしいことをさらりと言われそうだったから。
どうやら二人を乗せた車は予定していたルートへ戻ったようで、それからしばらくは何事もなく穏やかな音楽が流れる中、二人は黙って幸せな一時を過ごした。
こうして二人でゆっくりしていられるだけで今の二人にとってはとても幸せな時間だ。
何しろあかねは現役女子高生、とにかく平日は忙しいのだから。
だんだんと建物が少なくなっていって、1時間ほど車を走らせると二人の周りは綺麗な畑や色づき始めたばかりの木々に彩られた。
紅葉の秋というよりはまだ夏の名残といった風景だ。
その様子は山道に入っても変わらない。
「まだ紅葉には早かったようですね。」
「そうみたいですねぇ。でも、今日は天気もいいし、とっても気持ちよさそうですよ。」
確かに紅葉を見に来たのはそうなのだが、あかねにしてみれば頼久と二人きりで出かけられるならそれでかまわないのだ。
たとえ木々が綺麗に色づいていなくても、頼久と二人、こうして穏やかに寄り添っていられれば上機嫌だった。
もちろん、それは頼久も同じことで、その端整な顔には笑みが絶えない。
「ここって山の頂上に休憩所あるんでしたよね?」
「はい、そこで昼食をとって下りようかと思っておりますが。」
「少しゆっくりしていきませんか?天気が良くて凄く気持ちよさそう。」
「いいですね。予報では今日は一日中快晴だそうですから、帰りは少々遅くなっても寒いということはないでしょう。」
そんな話をしているうちに車は山の頂上へと到着した。
駐車場へ車を止めると、二人はすぐに車を降りた。
週末ということもあって辺りには人が多かったが、それでも夏の名残の暖かさと、木の葉の香りがする心地いい風が二人をゆったりとくつろがせる。
「お弁当、どこで食べましょうか?」
「神子殿のお好きなところでどうぞ。」
「ん〜、じゃぁ、あそこの木の下で。」
「御意。」
そっと何気なくあかねの手から荷物を取り上げて、頼久はあかねが指差した気の方へと歩き出す。
そんな頼久の左腕をあかねはそっと抱いて隣を歩いた。
元武士の頼久は居心地が悪くなるだろうと考えて、あかねは決して頼久の利き腕である右腕を抱くことはない。
そんな気遣いさえも嬉しくて、頼久は幸せそうな笑みを浮かべながら木の下へたどりつくとすぐに敷物を広げた。
「どうぞ。」
「有難うございます。」
いつもながらの頼久の気遣いにあかねがぺこりと頭を下げてから敷物の上へ座った。
頼久がに持つを下ろすとカバンの中から次々に弁当や飲み物、お菓子を並べる。
頼久もあかねの隣に座ってそれを手伝うと、あっという間に二人の前には宴会準備が整った。
「おにぎりは、おかかと梅と鮭です。どれがいいですか?」
「どれでも、苦手なものはありませんので。」
「じゃぁ、自信作のおかかから、はい。」
あかねに手渡されたおにぎりに頼久はすぐにかじりついた。
朝早くに起きてあかねが握ってくれたものとあれば、頼久にとってこれほど嬉しい食事はない。
「どうですか?」
自分はおにぎりを手に取っただけでまだ口にはせず、あかねは頼久の顔色を伺った。
「かたすぎずやわすぎず、握り具合はちょうどいいかと。」
「よかったぁ、おかかの味付け、塩辛くないですか?」
「はい。ちょうどよいかと。とても美味です。」
「よかった。」
頼久が本当においしそうに微笑んでくれたので、あかねは安心して自分もおにぎりを頬張った。
おかずとして持ってきたのはポテトサラダにだしまき卵、タコさんウィンナーに野菜の煮物、ほうれん草のおひたし等など。
それらのおかずをつまみながら持ってきた緑茶を飲み、二人はゆっくりと昼食を済ませた。
辺りには同じように弁当を広げている家族連れがたくさんいて微笑ましい。
昼食をとり終わって一息ついて、二人は辺りを見回してから微笑み合った。
「気持ちいいですね。」
「はい。寒くもなく暑くもなく、ちょうどいいですね。」
「今年の夏は凄く暑かったから、やっと涼しくなってくれたって感じですよねぇ。」
「はい。まだ気温もそんなに下がったわけではありませんから、紅葉は来月辺りが見頃かもしれません。」
「じゃぁ、やっぱり来月もう一回ですね。」
「はい。」
二人はそう言って微笑み合った。
今からもう来月の約束が待ち遠しくて。
来月もまたこうして幸せな時間を共有できることが嬉しくて。
「来月はテストなど、忙しくはないのですか?」
「テストはいくつかありますけど、文化祭が終わりましたから。そんなに忙しくはないですから大丈夫ですよ。」
「では、お暇な時でかまいませんので、カーテンを選ぶのにお付き合い頂けませんか?」
「へ?カーテン変えるんですか?」
「はい。先日天真に指摘されまして…。」
「天真君がなんて?」
「色気がないとかなんとか……ですので、神子殿にお好きなものを選んで頂きたいのです。私は生来の無骨者故、どのようなものを選べばいいのかわかりませんので。」
「そ、それはかまいませんけど…私も色気があるものが選べるかどうかは…。」
そう言ってあかねが顔を赤くしてうつむく。
一方頼久はとても嬉しそうだ。
「そ、そうだ、少し歩きません?景色が綺麗なところで写真も撮りたいし。」
「御意。」
赤い顔で提案するあかねに即答すると、頼久はすぐに荷物を片付け始める。
慌ててあかねも手伝って、広げた弁当やお菓子は全てあっという間に片付けられて、二人は並んでゆっくりと歩き出した。
初秋の心地良い風の中を二人はしばらく散歩して、それから帰路についたのだった。
あかねはゆっくりと目を開けた。
最初に目に飛び込んできたのは恋人の端整な笑顔。
綺麗な切れ長の目が幸せそうに細められていて、あかねもつられるように微笑んだ。
「お目覚めですか?」
耳に心地いい透き通った低い声が聞こえて、あかねはゆっくり身を起こした。
辺りを見回すとここは間違いなく頼久の家で、窓の外はすっかり暗くなっていた。
慌てて時計を見ると時刻はもう午後10時。
時刻を認識したところであかねの頭は完全に覚醒した。
「私、寝ちゃったんですね…。」
「はい。帰りの車の中で気持ちよさそうにお休みでしたので、こちらへ。ご自宅の方へは電話で連絡を入れさせて頂きましたので。」
「すみません……そんなことまで気を使ってもらっちゃって……。」
うつむいてそう言いながらあかねは残っている記憶をたどってみる。
頼久と楽しくうっすらと紅葉した自然の中を歩いて、写真を何枚か撮ってから帰りの車に乗り込んだところまでは覚えている。
そこからクッキーを何枚か運転している頼久に食べさせたのも。
ところがその先の記憶がなかった。
どうやらあかねは車が走り出してからそう時間がたたないうちに眠ってしまったようだった。
「私……運転してくれる頼久さんの助手、ちゃんとやろうと思ってたのに…寝ちゃうなんて………。」
「そのようなことはお気になさらず。」
「でも……眠ってる私を頼久さんがここまで運んでくれたんですよね?」
「はい。神子殿をお運びするのには慣れておりますのでそれもお気になさらず。」
「お手伝いしようと思ってたのに……。」
「私は神子殿の寝顔を拝見することができてたいそう幸福でしたので、本当にお気になさらず。」
「ね、寝顔って……。」
あかねが真っ赤になってうつむくと、頼久はあかねの荷物を手に立ち上がった。
「もう遅いですから、御自宅までお送りします。」
「あ、はい。お願いします……すみません。」
「いえ、少しでも長く神子殿と一緒にいたいと、そのような自分勝手な想いからここへお運びしたのですから、本当にお気になさらずに。」
「……私も、ここに運んでもらってよかったです。目が覚めた時に頼久さんが側にいてくれて、とっても幸せでした。」
頼久とあかねはそう言って微笑み合うと、ゆっくりと支度をして家を出た。
あかねの家へと向かうその足取りもゆっくりとしている。
別れの時間がくるのを少しでも遅らせようとでもいうかのように、二人の足取りはゆったりとしていた。
管理人のひとりごと
なんだか久々な感じがします、現代版です(^^)
文化祭で一騒動ありましたので、今回はゆったりしたお話。
あかねちゃんずいぶん張り切ってたんですけどね、最後まで元気がもちませんでした(笑)
管理人も車で移動中はよく寝ます(’’)
もちろん自分で運転する時は起きてますが、帰ってから爆睡です(笑)
あかねちゃんには体力には定評のある(笑)頼久さんがいるので安心です。
あぁ、なんとなく出てきたカーテン選びの話は書くかどうか検討中です(爆)
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