星の代わりに
 3月14日。

 それは、いくら朴念仁といわれ続けている源頼久であっても忘れようもない特別な日だった。

 一月前には愛しい人から心のこもったバレンタインの贈り物を受け取っている。

 毎年のように色々と工夫を凝らしてくれる恋人の贈り物は、受け取るたびに頼久を幸福にしてくれるものだから、毎年そのお返しには何をどうしたらよいものかと頼久は悩みぬくことになるのだが…

 今年も例に漏れず、頼久はこの一ヶ月を悩み続けて過ごしていた。

 どこかレストランへ行って食事をするのもいいだろう、手作りのチョコレートケーキのお返しに有名店のクッキーを贈るのもいいかもしれない。

 けれど、どれも既に愛しい人と過ごすホワイトデーの企画としてはマンネリになっている気がして、頼久は腕を組んだままむっつりと考え込んでいた。

 部屋の電気もつけず、書斎にある机の前に座って考え込むこと数時間。

 それが毎日のように続いていた。

 受験生を卒業してこの春から大学生になるあかねは、いわば少しだけ大人の世界に近づくとあって最近とても楽しそうにしている。

 頼久を取り囲むように部屋中に飾られているあかねの愛らしい写真を見つめて、部屋の主は溜め息をついた。

 真の友である天真にもいつものように相談してみたが、何を贈ったってあかねは喜ぶのだからなんだっていいだろうと吐き捨てるように言われて呆れられた。

 さすがに何度も友の手をわずらわせるのも気が引けてそれ以来相談していない。

 そうなるともう頼久は己一人でこの問題を解決するしか手がないのだが、机の前に座って腕を組んでいてもなかなか良い案は浮かばなかった。

 髪が少し伸びて、最近は身につける洋服も少し大人びて、とても美しくなった恋人の笑顔を脳裏に思い浮かべる。

 その笑顔をより幸せそうなものとするためには何が必要だろうか?

 包み込むような優しい抱擁も、やわらかな口づけも、受験が終わってからよくここを訪ねてくれるあかねにはさんざん贈ってきたものだから今更特別なものではないだろう。

 指輪は次には特別な意味を持つものを贈ると約束してあるし、他のアクセサリーとなると自分に恋人に似合うデザインのものを選ぶセンスがあるとは思えなかった。

 他にあかねが喜びそうなものといったら庭の花くらいしか思いつかない。

 頼久は溜め息をつきながら立ち上がると部屋を出た。

 暗いリビングを横断してベランダから庭を眺める。

 月明かりに照らされた庭は少しばかり春めいてはきているが、花咲き乱れる美しさとはいかなかった。

 桜が満開に咲き誇るのももう少し先のことになるだろう。

 となると、花束を贈るか?

 想像してみて頼久は「うむ」とうなった。

 花の好きなあかねはきっと喜んでくれるだろうが、それにしてもありきたりに過ぎる気がする。

 さて、ではどうしたものかと途方にくれて夜空を見上げて、頼久は夜空の美しさに気付いた。

 あかねは友人達と天体観測をしてしまうくらい星を眺めるのも好きだ。

 それを思い出して頼久ははっと息を飲んだ。

 これだ。

 やっとあかねに贈るホワイトデーの贈り物を思いついて、頼久は一人、月明かりに照らされながら安堵の溜め息をついた。

 ホワイトデーまであと少し。

 間に合ってよかったと思いながら頼久は書斎に戻ると資料の中から地図を引っ張り出した。







 あかねはおなかいっぱいおいしい料理を堪能してニコニコしていた。

 3月14日、頼久が連れて行ってくれたのはとても静かで落ち着いたレストランで、それはおいしい料理をたくさん食べさせてもらったのだ。

 デザートまでしっかり楽しんで、今は車の中にいる。

 もちろん隣の運転席には頼久がうっすらと笑みを浮かべてあかねを見つめていた。

「とってもおいしかったです。ご馳走様でした。」

「いえ、お喜び頂けたのでしたら何よりです。」

「頼久さんには私の手料理食べさせちゃったのになんだか申し訳ないくらいです。」

「私にとっては神子殿の手料理の方が何よりですが…。」

「また頼久さんはそういうことを…。」

 頬を赤く染めてうつむくあかねから頼久が時計へと目を移せば、時間は夜7時30分。

 女子高生のあかねであればこの時点で送り届けるべきだろうと判断するところだが、もうすぐ大学生になるあかねだからこそ今年はもう少しだけ時間に余裕がある。

「神子殿、もし、不都合がなければもう一箇所お連れしたい場所があるのですが、よろしいでしょうか?」

「へ、今からですか?お店とかもう閉まっちゃうんじゃ…。」

「いえ、店ではないのです。」

「私は別に大丈夫ですけど…。」

「ご両親には私の方から説明を…。」

「ああ、それはいりません。全然いりません。」

「はぁ…。」

「今日も頼久さんと一緒だってちゃんと言ってありますから。うち、二人とも頼久さんと一緒だって言うともうあとは好きにやってきなさいって感じになるんで。」

 少しだけ呆れたような口調であかねが言うのを頼久は苦笑しながら聞いていた。

 あかねの両親に信頼されているのは喜ばしいことなのだが、こうも手放しで信用されるとその期待に応えねばと肩に力が入ってしまう。

「もう絶対頼久さんと一緒なら朝帰りだろうが帰ってこなかろうが、うちの両親はおかまいなしです。」

「それはまた…。」

 あかねの機嫌が話しながら悪くなっていくのに気付いて頼久は何も言えなくなってしまった。

 信頼されている以上、その信頼を裏切るようなまねをするつもりはないが、それにしてもとさすがの頼久も思ってしまう。

「ああ、うちの両親のことはいいんです。そんな感じなんで心配しないで下さい。大学生になったらあとは自己責任で好きにしていいっていわれてますし。それより、どこへ行くんですか?」

 愛らしく小首をかしげる恋人に笑顔だけ見せて、頼久は車のエンジンをかけた。

 そしてちらりと窓から夜空を見上げる。

 晴れているか曇っているか夜空はわかりづらいが、月が出ているはずの場所にその光はかすかにさえ見えないからおそらく曇っているのだろう。

 それだけ確認すると頼久はアクセルを踏み込んだ。

「もしかして、ついてからのお楽しみ?」

「はい。」

 珍しいと言いたげなあかねの顔をちらりと横目で見て、頼久は口元を緩めた。

 美しいものが大好きなあかねなら、これから見せるものもきっと喜んでくれるはずだ。

 食事の間も幸せそうに微笑むあかねはとても愛らしくて、頼久の目を釘付けにしたものだが、これから見る笑顔はきっともっと美しいだろうと想像すると自然と頼久の表情も穏やかなものになった。

 そんな頼久が車を走らせること数十分。

 二人を乗せた車は夜の道を走り続け、やがてだんだんと暗い道へ入り込む。

 商店街を抜け、住宅地を抜けて、いつの間にか山道のような道路を走り出すとさすがにあかねが不安そうな表情を浮かべた。

「あの、頼久さん、もの凄く暗いですけど…。」

「はい、暗くなければよく見えませんので。」

 暗くなければよく見えない。

 その言葉にあかねが不思議そうな顔で頼久の横顔を見つめる。

「恐ろしいですか?」

「まさか!頼久さんが一緒なのに夜道が恐いなんてことありません!」

 あかねは考えることなく即答した。

 そう、源頼久という人はこの現代にあっても剣の達人に違いはないし、剣を持っていない状態だってじゅうぶん喧嘩には強いのだ。

 暗闇の中で数人の男相手にケンカをふっかけられるというような状況に陥っても、あかねは自分がかすり傷一つ負うことはないと断言できる。

「そういう意味では…。」

「はい?」

 あかねが胸を張って返事をしたのに頼久の顔には苦笑が浮かんでいた。

 ではどういう意味なの?という意味をこめた視線を送ると、頼久はちらりと横目でそんなあかねの様子を確認して苦笑を深くした。

「暗がりで男と二人、車に乗っているのが恐ろしいですか?という意味だったのですが…。」

「はい?」

 暗がりで男と二人。

 この言葉の意味を理解するのにあかねには数秒が必要だった。

 暗がりで男、この言葉は何やらやたらと不穏な響きを持っているように聞こえる。

 あかねはよくよく考えて、それはつまり、人気のない暗がりで車の中で二人きりだと自分が恐ろしく見えないか?と頼久が聞いているのだと気付いて、急に不機嫌そうに顔をしかめた。

「恐くなんかありません!どうして私が頼久さんを恐がらなきゃならないんですか。」

「そう言って頂けるとは光栄です。」

 不機嫌そうなあかねとは反比例して頼久は嬉しそうに微笑んだ。

 あかねが喜んでくれそうなプレゼントを思いついた時、一つだけ心配だったのが恐がられるかもしれないということだったのだ。

 ところが、どうやらあかねは暗がりでも自分と二人きりでも恐ろしいとは思わないらしい。

 ならばきっと喜んでもらえるだろうと頼久は軽快にハンドルを切った。

「暗いところでも人がいないところでも、頼久さんと一緒なら恐くないです……友達と一緒でも家にいても、頼久さんと一緒じゃない時の方が嫌です。」

 続いて頼久の耳に届いた言葉はどれも頼久を喜ばせるものばかりで、ここが車ではなくて自宅であったらきっと口づけの一つも贈っていたなと思いながら頼久はブレーキを踏んだ。

 目的地、小さな山の展望台に到着したからだ。

「ここ、ですか?」

「はい、降りて頂けますか?お見せしたいものがあるのです。」

「あ、はい。」

 頼久が運転席から外へ出るのを見て、あかねも慌てて車を降りた。

 そこはおそらく昼間は子供達も遊びに来ているのではないかというくらいよく整備されている展望台で、辺りを見回すと数少ない街灯に照らされていくつか人影も見えた。

 頼久はというとトランクを開けてごそごそと何かを取り出しているようで、あかねはそんな頼久が作業を終えるのをおとなしく待っていた。

「お待たせしました。」

 そういってあかねの隣に立った頼久は、ふわりとあかねの肩に柔らかな毛布を羽織らせた。

「少々冷え込んできましたので。」

「有難うございます。」

 あかねはニッコリ微笑んで毛布をしっかりと体に巻きつけた。

 頼久はよく自分のことを無骨者だの朴念仁だのというけれど、あかねは頼久のことをよく気がつく人だと思う。

 京では従者という立場だったからか、頼久はよくあかねの様子を観察していて、何か望みがあると見て取るとすぐにそれをかなえてくれるのだ。

 今だって、おしゃれして出かけてきたものだから少し肌寒いと思ったとたんに毛布が差し出された。

 そんな一つ一つの気遣いが本当に自分は大切にされているんだなと実感できる。

 その幸せをあかねが噛み締めていると、頼久は珍しくあかねの手を引いて歩き出した。

「こちらです。」

「あ、はい。」

 頼久にいざなわれてあかねは展望台の端までやってきた。

 そしてそこで、あかねは今まで見たこともないような美しい風景を目にすることになった。

 展望台から見下ろすことになったのは夜景だ。

 星空よりもずっと多くの光に満たされたその景色は息を飲むほど美しかった。

「頼久さん、これ…。」

「はい、これをお見せしたかったのです。」

「すっごくキレイです!」

 あかねは感動のあまり頼久の腕をギュッと抱きしめて、その視線は夜景に釘付けになった。

 頼久と二人で見たプラネタリウムもとてもキレイだと思ったけれど、実際に光を放っている夜景はまた別の美しさがあった。

「本当は星空をお見せしたかったのですが、今日は残念ながら曇ってしまいましたので。」

「星も大好きですけど、これもとってもキレイです。嬉しい。」

「お喜び頂けたのなら何よりです。」

「頼久さんと二人で見られたから、とっても嬉しいです。」

 自分の腕を抱いて本当に幸せそうな笑みを浮かべてくれたあかねにこそ頼久は見惚れた。

 星よりも陽の光よりも、もちろん夜景などという人工の光が作り出す風景よりも、頼久の目にあかねはずっと美しく光り輝いて見えた。

 あかねは自分に見惚れる頼久には気付かずに、嬉しそうな顔でしばらく夜景を眺め続けた。

 こんなふうに夜、家からずいぶん離れたところまで外出したことなんかほとんどない。

 夜ならではのキレイな景色を見ることができるのも大好きな人のおかげだと思えば、あかねの幸せ気分は何倍にも膨れ上がった。

「最近凄く思います、私って幸せ者だなぁって。」

「神子殿…。」

 年が離れていることや異界からやってきた者であることなど、頼久にはあかねに迷惑をかけているのではないかと心配なことが多くある。

 そんな中でこうも幸せだと断言してもらえれば、頼久にそれ以上の幸せはない。

 頼久はギュッと抱きしめられている自分の腕からあかねをそっと引き離すと、その肩を優しく抱き寄せた。

「朝までこうして見ていたいくらいですけど…。」

「さすがにそれは…。」

「ですよね。」

「そろそろ家までお送りします。」

「はい。」

 二人寄り添って夜景を堪能して、そろそろ体も冷え始めた頃になってあかねは頼久にエスコートされるような形で歩き出した。

 綺麗な景色に満足して余裕が出て、辺りの様子を見回せば、静かな夜の展望台には意外と人がいることがわかった。

 数少ない街灯からでは容姿まではよくわからないけれど、二人連れが多いような気がする。

「あ…。」

 恋人達なのだと気付いたあかねが思わず声をあげると、頼久が歩みを止めてあかねの顔をのぞきこんだ。

「どうかなさいましたか?」

「いえ、その…ここって恋人同士で来てる人が多いんだなと思って…。」

 言われて初めて頼久が辺りを見回せば、確かに寄り添っている二人連ればかりが目に付いて、夜目のきく頼久には口づけを交わしている男女もいるのがはっきりとわかった。

 これはどうやらそういった場所に連れてきてしまったらしいと気付いて、知らぬ間に頼久の口からは溜め息が漏れた。

「頼久さん?どうかしました?」

「いえ、あまり神子殿にふさわしくはない場所にお連れしてしまったようで…。」

「そんなことないですよ!私だって四月からは大学生なんですから!ちょっとはこういう、なんていうか雰囲気が大人っていうか、そういうところだって大丈夫です!」

 ギュッと頼久の腕に抱きついて必死にそう言ってはみたものの、あかねは自分の顔が真っ赤になっていると確信していた。

 そして夜目がきく頼久にはそんなあかねがすっかり見えている。

 そうとわかるだけに、あかねは赤い顔のまま頼久の腕を引いて車の方へと歩き出した。

「私ももう大学生になるんですから、これからは頼久さんも子供扱いしないで下さいね!」

 車の前までやってきてそう断言したとたん、あかねの視界が真っ暗になった。

 額に触れる優しい温もりはよく知る恋人のもの。

 抱きしめられたのだとあかねが悟った刹那、頭上から低くて甘い声が降ってきた。

「神子殿の仰せのままに。」

 その口調が京にいた頃そっくりで、自分は子供でもないけれど主でもないと抗議しようとあかねが視線を上げると、とたんにその唇が塞がれてしまった。

「頼久さん、ここ外…。」

「子供扱いはするなと仰せでしたので。」

 一瞬の口づけのあと、至近距離で幸せそうに笑ってそんなふうに言われてはもうあかねに抗議する余地はない。

 すっかりリードされてしまったのがなんだか悔しくて、あかねは頼久の首に腕を回すと思い切り背伸びをして頼久の唇をかすめるように奪い取った。

 呆気にとられて目を見開く頼久。

 そんな頼久をあかねは真っ赤な顔で上目遣いに見上げた。

「子供じゃないんですから…。」

 子供じゃないとはいいながら、すっかり照れて赤くなっているあかねを頼久は優しく腕の中に閉じ込めた。

 赤い顔を見られたくはないだろうあかねのために。

 そして己の幸せを噛み締めてだらしなくほどけているだろう自分の顔を見せないために。

「頼久さん?」

「今しばらくこうしていて頂けますか?」

「いいです、けど…。」

「私こそ、本当に幸せものであるということをこうしてもう少しだけ感じさせてください。」

 あかねは耳元で囁かれた声にただうなずくことしかできなかった。

 嬉しくて恥ずかしくて、言葉が出てこなかったから。

 あかねの顔の赤みがひいた頃、頼久はようやくあかねを解放して車へと乗り込んだ。

 すっかり夜は更けてしまっていたから、あかねが助手席に乗り込んだのを確認すると頼久はすぐに車をあかねの家へ向けて走らせた。

 頼久のことだからどんなに頑張っても自宅へ送り届けられてしまうとわかっているあかねは、抵抗することをあきらめて、その代わり楽しげに頼久に語り続けた。

 大学生になったら受験生の頃とは比べ物にならないほど時間が自由になるはずだ。

 だから、これからやってくるゴールデンウィークや夏休み、頼久と二人で過ごせるだろう時間をどう過ごしたいと思っているのかをあかねは頼久に語って聞かせた。

 楽しかった記念の一日にふさわしい最後になるように。








管理人のひとりごと

ホワイトデー記念、頼久さんバージョンでした(^^)
あかねちゃんも物を欲しがったりはしないので、頼久さんはプレゼントに毎回頭を悩ませるわけです。
で、頼久さんにしては粋なことを思いついたと(マテ
男の人にしてみたらブランド物が好きとかいう子の方がプレゼントって考えやすいんじゃないだろうか…
ちなみに管理人は宝石より鉱石をもらった方が喜ぶ変わり者です(’’)
夜景はよく学生の頃、友達と見に行きました(^^)
頼久さんみたいな人と見たかったなぁと今更のように思ったのでこんな話…
友達と見に行ってもね、綺麗だけどね、綺麗なだけなんですよ(’’)
あかねちゃんと頼久さんだと素敵な時間が過ごせるってことですね!









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