晴れ姿
 珍しく頼久はスーツを着こんで鏡の前に立っていた。

 服装の全てをチェックして髪形が乱れていないかどうかも確認する。

 最後に全体のバランスを見て一つうなずくと鏡の前を離れた。

 もともと頼久は服装などにあまり興味はない。

 見苦しくなければそれでかまわないという程度のものだ。

 だが、今日だけはそうも言ってはいられない。

 何故なら、頼久の世界で最も大切な人、あかねが晴れ着を着て成人式に参加するからだ。

 頼久は名誉ある送迎の任を仰せつかっているから、本日ばかりはいつもと同じ格好というわけにはいかない。

 あかねをエスコートするにふさわしい服装というとスーツくらいしか思いつかなかったので、スーツを着込んだというわけだった。

 社会にあかねが大人と認められる晴れの儀式。

 その儀式にあかねをエスコートして行けるなど、京での頼久の立場から考えれば想像もできない幸福だ。

 頼久はその光栄な役目を無事に終えるため、車に乗ってあかねの家へと向かった。







 あかねは着付けを終えると、少しきつい帯に苦笑しながらもなんとか鏡の前に立っていた。

 母に着付けてもらった着物は赤の振袖。

 少し子供っぽいかとも思っていたけれど、着てみるとそうでもなかった。

 髪をアップに結い上げて振袖を着て、うっすら化粧をした自分はなんだか自分ではないみたいで少し気恥ずかしい。

 あかねは鏡の前で髪が乱れていないのかを最後にチェックして玄関へ向かった。

 母にそろえてもらったかわいらしいバックと草履がそこに並んでいる。

 迎えに来てくれるはずの恋人が待ち遠しくて、あかねは思わず玄関で一人立ち尽くしてしまった。

 用事があるから送り迎えができないと言っていた父は朝からずっと家にいて、着替えたあかねを見て満足そうに微笑んでいた。

 どうやら用事があるというのは嘘だったようで、それを問いただそうとしたあかねに父は頼久に一日一緒にいてもらいなさいと言ってくれた。

 つまり、綺麗に着飾るのだから恋人と一緒に楽しんでくるといいという親心だったらしい。

 あかねは父の気遣いを有り難く受け取ることにして、そわそわしながら頼久を待っていた。

 待っているといっても頼久は時間にきちんとしているから、別に迎えが来るのが遅れているわけではない。

 朝から張り切ってしまったあかねがすっかり準備を整え終えたのが頼久との約束の1時間も前で、それからずっとあかねはそわそわし通しだった。

 そして、約束の時刻よりも15分ほど早く、頼久はやってきた。

 ドアチャイムが鳴るとすぐにあかねは草履を履いて玄関へと飛び出した。

「頼久さん!」

「お待たせい……。」

 飛び出してきたあかねを見て、頼久はすぐにその目を大きく見開き、その場に固まった。

 髪をアップに結い上げてうっすらと化粧をしているあかねの美しさは頼久の予想以上で、振袖は派手でもなく地味でもなく、あかねの愛らしさによく似合っている。

 成人式で振袖を着ると聞いた時からずっと頼久の脳裏には様々なあかねの振袖姿が想像されていたが、そのどれよりも今のあかねは美しかった。

「あの…頼久さん?」

 一瞬にして凍り付いた頼久に小首をかしげたのはあかねだ。

 自分の名を呼ばれて、目の前の恋人が不安そうに見上げている事に気付いて、頼久は慌てて会釈した。

「申し訳ありません、お待たせ致しまして。」

「いえ、全然まだ約束より早いですけど……あの…。」

「何か?」

「似合ってませんか?」

「は?」

「……。」

 急にしゅんとしてうつむくあかね。

 頼久は何度か目をしばたかせて、それから顔色を青くした。

「よくお似合いです!」

「でも、さっき頼久さん、なんか様子が…。」

「それは!見惚れていただけです!」

「へ…。」

 慌てた頼久の大声での断言に今度はあかねが目をしばたかせる。

 そして数秒後…

 叫んだ方も叫ばれた方も顔を赤くしてうつむいた。

 ここは外、しかもあかねの家の前。

 誰が聞いているかもわからないところでとんでもない叫び声が響いてしまった。

「このままでは遅刻してしまいます、どうぞ、車の方へ。」

 先に我に返ったのは頼久で、あかねの小さな手を引いて家の前に止めてあった車に乗せた。

 運転に集中してしまえば頼久は落ち着いたものだ。

 もともとあかねを乗せて事故など起こしてはと常に気を使って運転している頼久だから、車が走り出してしまうと車内には普段と変わらない落ち着いた空気が戻ってきた。

 やっと人心地ついてあかねが隣を見れば、横顔の頼久は真剣で、前方をじっと見つめている。

 そういえば、京にいた頃、自分を守るために警護してくれている時もこんな顔だったと思い出してあかねはふっと笑みを漏らした。

 あの頃、京で怨霊と戦っていたあの頃からずいぶんと時が流れた気がする。

 頼久はこっちの世界へやってきて変わったところも色々あるけれど、こんなふうに真面目なところは当時のままだ。

 そして自分はこの人のこういうところが好きなのだと再確認して、あかねは一人再び顔を赤くした。

「神子殿?どこかお具合でも?」

「ち、違います…いつもと違うかっこうしてるからなんか緊張するというか…。」

 慌てて思いつく言い訳をすると顔はますます赤くなって、あかねは上目づかいに隣の頼久を盗み見た。

 さっきからずっと前ばかり見ていると思っていたのに、ちゃんとあかねの様子にも気を配っている。

 そういうところも昔と何も変わらない。

「今日は有難うございます。」

「いえ、これしきのこと。帰りもお送り致しますので。」

「お願いします。あ、でも、その前にどこかで食事しておいでってお母さんが。」

「承知致しました。」

 信号が赤になった瞬間に頼久はあかねと微笑を交わした。

 その笑顔が以前よりもずっと柔らかくなったことに気付いてあかねが笑みを深めるのと同時に、頼久の視線は前へと戻って車がゆっくり走り出した。







 目の前を行き交うのは着飾った若者達。

 中には少しばかり場違いに派手な者もいるが、たいていはきちんとした正装をしている。

 特に女性は振袖を着ていることが多く、場は晴れの日にふさわしい華やかさだった。

 頼久は会場から出てくるそんな若者達を眺めながら、ただ一人、愛しい人が出てくるのを待っていた。

 あかねは会場から合流した天真や蘭と一緒に出てくることになっていて、頼久は会場から少し離れたところでそれを待っているというわけだ。

 会場から少々距離をとったのにはそれなりのわけがある。

 本来なら出入り口であかねを待つ予定だったのだ。

 それができなくなった理由の一つは頼久の容姿にあるのだが、本人にはその自覚はない。

 とりあえず頼久は目立たぬように距離を置いて、あかねが自分を探し回ることのないよう、出入り口を凝視している状態だった。

 そんな頼久の視界にあかねが飛び込んできたのは、会場から人が怒涛のように流れてき始めてからしばらくたってのことだった。

 隣にいる蘭と楽しげに会話しながら出てきたあかねを見つけて、頼久も口元をほころばせながら歩き出す。

 二人の背後にいる天真が頼久に気付く前に、あかねがその姿を見つけた。

 蘭と話している時とはまた違った幸せそうな笑顔で頼久に手を振って、あかねは歩みを速めた。

 さすがに振袖姿で走ることができないあかねが転んだりしてはいけないと頼久の方から3人に駆け寄ると、天真が不機嫌そうにため息をついた。

「頼久、お前、なんであんな離れたところに突っ立ってんだ。」

「いや、さきほどから何やらやたらと声をかけられるので、目立たぬところに立っていただけだ。」

「声をかけられてたってお前…。」

 天真は本日大人になったと浮かれている女性達に次々にナンパされる相棒の姿を思い描いて苦笑した。

 それを見て不機嫌そうに眉根を寄せたのは頼久だ。

「お前こそ、どうして会場から出てきたのだ?」

「俺はこいつらと一つしか年が違わねーからな。俺も今年成人ですって顔してりゃ、バレねーんだよ。」

「お前は…。」

「残念だったな。お前ももう少し目立たなきゃ、あかねに張り付いていられたのにな。」

「天真君!そういうこと言ってると天真君だけ食事に誘ってあげないんだから。」

 このあかねの発言に森村兄妹は顔を見合わせた。

「どうしたの?二人とも。」

「食事ってお前、これからか?」

「そうだけど、二人とも何か予定あった?」

 予定も何も、あるのはお前達の方だろう。

 と言いたいのは天真の方だ。

 成人式といえばそれは社会的に大人になったことを認められた日ということだ。

 つまり、あかねはこれでめでたく大人の仲間入りを果たしたことになる。

 大人になった以上、この二人におそらくは特別な儀式があるだろうことを天真はよく心得ていた。

 そしてそれは兄だけではなく、妹の方もだ。

 ところがあかねはそんなことは全く考えに入っていない様子で、小首を傾げている。

 天真はあっという間に顔を不機嫌そうに歪ませると、頼久の腕を引いて女性二人から距離をとった。

「どうした?」

「どうした?じゃねーよ。俺は蘭連れて帰るから、お前はちゃんと言うこと言えよ。まさか何も言う気がないとか言い出すんじゃないだろうな?」

「ん?」

「だから、ん?じゃねーよ。大人になったあかねに大事な話があるだろうが。」

 目の前の相棒の発言しだいでは今すぐここでぶっ飛ばす。

 そう心に決めた天真に、頼久は深い溜め息をついた。

「お前の言いたいことはわかる。だが、その話は今日すべきではないだろう。」

「なんでだよ。」

「神子殿が真実成人されるのは今日ではなく、神子殿のお生まれになった日だ。」

 つまり、一生に一度の大切なプロポーズは誕生日にする予定というわけか。

 天真はつめていた息を吐いて不機嫌そうな顔の頼久を見つめた。

 真剣な顔、真剣な目。

 そう、この男がこんな大切なことをうやむやにするはずがなかったのだと、天真は再び苦笑した。

「お前、相変わらず妙なところ妙に律儀なのな。」

「当然だ。」

「天真君!また頼久さんに変なこと吹き込んでるでしょ!」

 何やら天真と頼久がこそこそと言い合いを始めたので慌ててあかねが飛んできた。

 だいたい天真が頼久に何か吹き込むとろくなことにならないとあかねは経験で知っているからだ。

「何も吹き込んでなんかねーって。お前、頼久、過保護すぎ。」

「か、過保護って!」

「で、昼飯食いに行くんだろ。」

「あ、うん。二人も一緒にどうかなって思って。」

「おう、いいぜ。」

「お兄ちゃん!」

「いいんだって。」

 気がきかないと言って怒り出す蘭を引きずって、天真は駐車場へと歩き出した。

 様子のおかしい二人に小首を傾げるあかねのことは頼久がそれとなくエスコートして連れ出す。

 こうして、赤い顔をしながらも幸せそうな二人と、やたらと騒がしい二人、にぎやかな男女4人は成人式会場を後にしたのだった。







 あかねと頼久が昼食を食べ終わって天真や蘭と別れたのは昼をずいぶんと過ぎてからのことで、二人で頼久の家へ戻ってきた時には冬の日はもう傾き始めていた。

 夕暮れというほどではないけれど、部屋の中は少しだけ暗く感じる。

 それでももう少し一緒にいたいというあかねの申し出を頼久に断れるはずもなく、本当ならあかねの家へ送り届けるはずだった予定を変更した。

 そして二人は正装のまま、頼久の家のソファに座っている。

「神子殿、つらくはありませんか?」

 頼久が心配したのはあかねの服装だ。

 今日のあかねは成人式のためにきっちりと振袖を着こんで、朝からそのままだ。

 食事をする時も蘭と二人、袖を汚しそうだとたいそう気にしていた。

 帯も着崩れないようにかなりきつく締めてあるようで、ことあるごとに蘭と二人でしばらく振袖は着なくてもいいと話していたほどだった。

「正直言うと、ちょっと苦しいです。でも、着崩しちゃったら頼久さん戻せませんよね?」

「は?」

 それは元に戻せるのなら崩してもいいということか?と一瞬頭の中で確認して、頼久はあわてて首を横に振った。

「頼久さん?」

「いえ…その…京にはそのような衣裳はございませんでしたので私には…。」

「あ、そっか、そうですよね。崩れちゃったら自分では直せないしみっともないなぁと思ってきつくしてもらったんですけど、それが意外と疲れました。」

「やはり早々にご自宅へ戻られた方が…。」

「でも、あの…せっかくめったにしないかっこうしてるんで、もうちょっとだけ…。」

 赤い顔でうつむくあかねに頼久は優しく微笑んだ。

 頼久にとってはもちろん着飾ったあかねはとても美しく見えるが、何も着物や宝石で飾らなくともあかねは輝いて見える天女だ。

 もうちょっとだけ側にいたい。

 そう言ってもらえるだけでも嬉しいことこの上ない。

「神子殿。」

「はい?」

 頼久の自分を呼ぶ声が急に低くなったのに気付いて、あかねは慌てて視線を上げた。

 そして捕らえた隣の恋人の顔は、その声と同様とても真剣で、あかねも思わず姿勢をただした。

「本日は神子殿にとって成人を祝う儀式の日でした。」

「はい。」

「ですが、それはあくまでも儀式であって、神子殿が真実成人されるのは誕生されたその日かと思います。」

「はい、そうですね。」

「今年、神子殿がお生まれになった日を一日、私のためにあけて頂けませんか?」

「頼久さん…はい、必ずあけておきます。」

 どうやら大人になる記念の誕生日を祝って貰えるらしいと喜ぶあかねはその顔一杯に幸せそうな笑みを浮かべた。

 ところが、あかねの目の前にある頼久の顔からは真剣さが消えようとしない。

 あかねが小首を傾げると、頼久はふっと苦笑を浮かべた。

「大人としての大切な話はその折に致しますので。」

「はい?」

「今はこれで。」

 きょとんとしているあかねとの距離をあっという間につめて、頼久はあかねに軽く口づけた。

 頼久の顔が離れて、ようやく何を言われているのかに気付いてあかねは首まで真っ赤になってうつむいた。

 くれる言葉も行動も嬉しいことには違いないけれど、あかねにとっては恥ずかしくもある。

 こんなんじゃ大人とはいえないと内心で思ってはみても、勝手に顔が赤くなるのだからしかたがない。

 あかねが一人心の中で葛藤していると、隣に座っていた頼久がすっと立ち上がった。

「そろそろ陽も落ちてまいりました。ご自宅までお送りします。」

「でも…。」

「今日はお疲れになったでしょう。早くお休み下さい。」

 この恋人が自分の体のことを気遣ってくれているのだとわかるだけに、あかねにもこれ以上抵抗することはできなかった。

 そのかわり、ちょっとだけわがままを言ってみることにする。

「じゃあ、帰りは車じゃなくて、歩いてもいいですか?せっかだし、二人で歩いてゆっくりしたいです。」

「御意。」

 幸せそうな笑顔を見せて、頼久はあかねに右手を差し出した。

 その手につかまってあかねが立ち上がると、綺麗な着物の袖が揺れた。

 あっという間に落ちていく冬の陽射しの下を二人がいつもよりゆっくり歩いたことは言うまでもない。








管理人のひとりごと

というわけで、あかねちゃんの成人式でした。
ちなみに管理人は成人式出席いたしました!
小学校時代の友人に会えたりとかして意外と面白かったことを覚えております。
あかねちゃんにとっては大人になるってのはとても大切なことだと思うので書いてみました。
もちろん、頼久さんにとってもですが、律儀な頼久さんは誕生日の方を重視しているようです(笑)
この流れですので、当然プロポーズとか結婚騒動とかも書く予定ではいます。
結婚騒動とか長くなりそうだなぁ(’’)
まぁ、ぼちぼちやりますので、気長にお付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m









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