晴れ着
 晴れた冬の朝。

 頼久は鏡の前でドアチャイムのを音を聞いた。

 時計を見ればまだ頼久が待ち望んでいる時刻にはなっていない。

 ということはドアチャイムを鳴らしたのは頼久が待ち望んでいる人ではないはずだ。

 そして、この家のドアチャイムを鳴らす人間はとても限られている。

 頼久はおそらくはドアチャイムを鳴らしたであろう友の顔を思い浮かべてため息をついた。

 決して友の来訪を嫌っているわけではない。

 そういうわけではないのだが…

「うーわっ、なんてツラしてんだよ、お前。」

 玄関に出て扉を開けてみれば予想通りの声が聞こえてきて、頼久は再びため息をついた。

 自分がどんな顔をしているのか予想はつく。

 さぞ迷惑そうな顔をしていることだろう。

 けれど、予想がついたからといってその顔を急にどうこうできるわけもなく、頼久は黙って友人を中へと招き入れた。

「お前がその顔をするってことは、もうすぐあかねが来る予定なのか?」

 苦笑しながら頼久のこの世界で最も親しい友である天真は玄関に足を踏み入れただけで歩みを止めた。

 もしあかねがここを訪ねてきて一日中滞在の予定なら、このままおとなしく帰ってやるのが人情というものだと思ったからだ。

「神子殿が来るまででよければ中で少し暖をとってはどうだ?」

 苦笑しながらの友人の言葉に天真は「サンキュ」とだけ言って中に入った。

 確かに今日は朝からとても冷え込んでいて、今も吐く息は真っ白だ。

 手に持っている一升瓶は寒さのせいで持ってきたわけではないが、頼久の言う通り、今すぐ来た道を帰るのは確かに寒さがこたえそうだった。

「しっかし、正月から仲がいいな。毎日来るのか?あかね。」

「いや、今日はこれから初詣に行くことになっているだけだ。」

「初詣ってお前ら、三が日に行かなかったのかよ。」

「神子殿が三が日を避けた方が人が少なくていいのではないかと、な。」

「あぁ…。」

 天真はなるほどと言わんばかりに苦笑した。

 確かに三が日の神社は毎年ひどく混み合う。

 あかねにしてみれば綺麗な着物を着た女性達に頼久を見せたくないというのが本音だろう。

 そして頼久はというと、やはり愛らしいあかねをなるべく男の目にさらしたくない。

 二人の考えが一致して出遅れた初詣になっているのだろうが…

「バカップルだなぁ、お前ら。」

「何が言いたい?」

「まあ、人が多いと落ち着かないしな、いいんじゃねーの。」

「……。」

 憮然とした顔で納得がいかなそうな友に苦笑を深くして、天真は一升瓶をテーブルの上に置いた。

 もちろんそれは、二人で飲み明かそうと思って持ってきたものだったが、どうやらそれは無理のようだ。

「お前はまたそんなものを…。」

「そんなものってなんだよ。お前だってザルだろ。」

「……。」

 頼久が深いため息をついたのは天真の言う通りだったからだけではない。

 こうして天真はよく頼久のところに酒を飲みに来るのだが、そうなるとついつい深酒をしてしまう。

 もちろん、天真の言う通り頼久はそうとう酒に強いらしく、記憶がなくなったなどということはないのが、それでも翌日、あかねが苦笑を浮かべることがある。

 あかねははっきり口には出さないが、きっと部屋の中が酒臭くなっているのだろう。

 そうなれば当然、それとなくあかねは頼久の体を心配してくれるのだ。

 心配してもらえるのは嬉しいが、あかねに心配させることは頼久にとって本意ではない。

 つまり、天真と飲むのは楽しいと言えば楽しいのだが、その後であかねに気を使わせるようなことになるというわけだ。

「おい、視線で一升瓶を切るとか言い出すなよ?」

 からかい半分で天真がそう言うのと頼久が歩き出すのとは同時だった。

 一瞬小首を傾げた天真はすぐにあかねの気配を頼久が感じ取ったのだと気付いて、気のせいか少し足取りの軽い頼久の後をすぐに追った。

 頼久は一直線といった様子で玄関にたどり着くと、流れるような所作で扉を開けた。

「お待たせしました。」

 天真が何気なく頼久の後について玄関へ出てみると、大きな背中の向こうにあかねが赤い顔で微笑んでいるのが見えた。

 そんなあかねのいでたちに、天真は思わず息を飲んだ。

 あかねが赤い顔をしているのはたぶんテレているからだ。

 何故テレているのかといえば、それは振袖を着ているから。

 赤に細かな桜の舞い散る柄の振り袖を着たあかねは髪も綺麗に結い上げていて、いつもとは別人のように大人びて見えた。

 それはもう息を飲むほどの美しさで、あの、京では目が離せない闊達さを見せたあかねとは天真の目には別人に映った。

 そしてどうやら別人のように見えたのは天真だけではなかったようで、頼久に至ってはあかねを凝視したままその場に凍り付いてしまっていた。

「あれ、天真君、来てたんだ。」

「おう、もう帰るけどな。」

「じゃあ、これから初詣行くところなんだけど、一緒に行かない?」

 それはごく自然なそして普通のお誘いなのだが…

 天真は頼久の顔を想像しながら苦笑して首を横に振った。

「俺は酒飲みに来ただけだからな。飲めねーなら帰る。」

「昼からお酒?」

 あっという間にあかねの顔が不機嫌そうに歪むのを見て、天真は苦笑を深くする。

 これはもう、あかねが頼久の妻になったその先がどんな家庭になるのか見えるようだ。

 もちろん、頼久はあかねの尻の下でそれはそれは座り心地の良い座布団になるに違いない。

「正月くらい昼から飲んだっていいだろう?」

「正月ってもう三が日過ぎてるし。」

「その三が日過ぎたところで初詣行くんだろうが、お前らは。」

「それはそうだけど…。」

 と、ここまで会話を続けて、二人は同時に頼久へと目を向けた。

 いつもならこの辺で天真をたしなめる頼久が一言も言葉を口にしないことが、二人ともなんとなく不自然な気がしたからだ。

 そして、頼久の顔を覗き込んだ二人が目にしたのは…

 目を見開き、あかねを凝視したまま凍り付いている頼久の姿だった。

「頼久さん?」

 声をかけたのはもちろんあかね。

 ふわりとかけられたその声に頼久は全く反応しない。

 その様子を隣で眺めて、天真は深いため息をついた。

「えっと……頼久さん?大丈夫ですか?」

「全然大丈夫じゃねーだろ、それ。」

「えっ、具合でも悪いんですか?」

 あきれたような天真の一言に慌てだすあかねをその目に映して、頼久はやっと反応を開始した。

「いえ、具合は別段…。」

「でも……。」

 みるみるうちに顔色を青くするあかねと、そんなあかねをじっと見つめる頼久。

 そんな二人を見比べて、天真は思わず頼久の腕を肘で小突いた。

「お前なぁ、正月の晴れ姿ぐらいで見惚れててどうすんだよ。もうすぐ花嫁衣裳見ることになるんだぞ?卒倒すんなよ?」

「へ……。」

 あかねがキョトンとしているうちに、頼久は一つ大きく息を吐いた。

「卒倒、か…。」

「おい、マジで言うな。お前の場合、シャレに聞こえねーから。」

「ふ、二人とも!」

 あきれ果てている天真と真剣に考え込み始めた頼久を見てあかねの顔はもう真っ赤だ。

「ああ、わりぃわりぃ、これから楽しいデートだったな。」

「デートじゃなくて初詣!」

「二人で行くならなんでもデートだろ。それだけお前に見惚れてる男連れて歩くんだぜ?デート以外の何もでもねーっての。」

「み、見惚れてなんかないですよね?」

 赤い顔であかねに見つめられて一瞬固まった頼久は、小さく息を吐くと観念したと言わんばかりの顔で口を開いた。

「見惚れておりました。」

「……。」

 神子殿に嘘はつけないとばかり頼久が素直に白状すれば、あかねの顔は着ている振袖と同じくらい赤くなった。

 そんな二人の間で身の置き場がないのは天真だ。

「お前らなぁ、そういうことは二人っきりの時にやってくれ。」

「そ、そういうことって…。」

「まあ、邪魔してる俺が悪いんだけどな、あかねが先に約束してたんだし。」

「悪いってわけじゃ…。」

 あかねが困ったような顔で頼久の様子をうかがうのを眺めながら天真は靴を履く。

 さてそろそろ帰ってやろうかと天真が振り返れば、頼久はあかねと似たような困った顔でたたずんでいた。

「夫婦は似るって言うけどな…。」

「天真?」

「じゃ、俺はもう帰るわ。またな。」

 申し訳なさそうな顔をしているあかねには笑顔を見せて、そしていぶかしげな顔をしている頼久にはひらひらと手を振って見せて天真は二人に背を向けた。

 京へ飛ばされたあの頃より一回り広くなった天真の背中を見送って、二人は同時に小さく息を吐くと互いの顔を見て微笑んだ。

 天真がいることが嫌なわけでは決してないのだが、二人きりになってほっとしているのも事実だった。

「では、我々も参りましょう。せっかく天真が気をきかせてくれましたので。」

「はい。」

 二人は並んで玄関を後にした。

 あかねの手は自然に差し出された頼久の腕の上だ。

 女性の扱いには自信がないという頼久だが、こういうところはとても紳士だと蘭が感心するほどだった。

 あかねにしてみれば、京にいた頃、色々気遣ってくれた頼久そのままなのですっかり慣れてしまっているのだが…

「歩きづらければ車を出しますが、大丈夫ですか?」

 本日、二人が初詣に行こうとしている神社は歩いて10分ほどの所にある。

 せっかくだからぶらぶら歩いて行こうということになっていたのだが、頼久の目には草履を履いた見慣れないあかねの足があった。

 和装だから大股で歩くこともできず、ちょこちょこと歩くあかねはとても愛らしいが、歩きづらそうに見えるのだ。

 窮屈なら車で移動をと考えた頼久にあかねは苦笑を浮かべて首を横に振った。

「歩きづらいのはそうなんですけど、でも、ちょっとですし、少しは並んで歩きたいです。」

 せっかくおめかししたのだからという言葉が後に続くことに、さすがの頼久も気づいていた。

 そして恥ずかしながらも幸せそうに微笑んでうつむくあかねの姿が頼久には何にもまして愛おしい。

 だから、頼久は自分の腕につかまるあかねをしっかり支えて歩くことに決めた。

 もちろん、あかねの足が痛んで歩けなくなった時は、抱いて帰る覚悟だ。

「頼久さんは歩きにくくないですか?」

「私のことはお気になさらず。これしきのこと、どうということはありません。」

「はい。」

 嬉しそうに微笑んでから前を向くあかねを見て、頼久の顔にも自然と笑みが浮かんだ。

 なんという幸福な正月かと幸せに浸っている頼久だったのだが…

 ふとあかねから前へ視線を戻そうとして、その視界の端に頼久はあるものを見つけた。

 それは、いつもは長く伸びてきた髪を下ろしているあかねの姿では絶対に目につかないはずのもの。

 そう、髪を結い上げているために見えたうなじだった。

 昔は愛らしさの方が勝っていたあかねも最近ではずいぶんと大人っぽくなったと感じ始めていたところだ。

 そこへひょっこりと視界に入ってきたあかねのうなじは随分な破壊力を持っていて…

「頼久さん?」

 思わずあかねの手を引きながら立ち止まった頼久の目にきょとんとしたあかねの顔が飛び込んできた。

 その顔はとてもあどけなく、そして愛らしくて…

 頼久は苦笑すると「足元に気をつけて下さい。」と取って付けたように言って目の前に迫っていた階段を上り始めた。

 無意識のうちにあかねを抱き寄せようとしていた自分に胸の内でひっそりと喝を入れて、頼久は慎重に階段を上った。

 すると階段の上にはこじんまりとした境内が広がっていて、ぽつりぽつりと参拝客の姿も見えた。

 あかねが予想した通り、三が日から見れば人はかなり少なくなっていて、二人は並ぶことなくすぐに参拝することができた。

「予想より早く終わっちゃいましたね、お参り。」

「確かに。」

 二人並んで神様に手を合わせていたのはほんの数秒のことだ。

 神様の前に行列がなければ参拝などあっという間だった。

 せっかく着物を着て出てきたのにと言いたげなあかねの顔に頼久は苦笑した。

 あかねの気持ちもわからないではないが、とにかく足元が歩きづらそうだ。

 それに、人混みを避けてこの日にやって来たと言うのに、これから人混みの中へ出かけていくというのもどうだろう?

 何より頼久はこんなに美しく着飾ったあかねをあまり人に見せたくはないのだ。

「あの、どこかへお茶でも飲みに行きませんか?」

 予想通りのあかねの言葉に頼久は考え込んだ。

 ここは本心を明かして連れて帰るべきだろうか?

 それとも何か別の言い訳を考えるべきだろうか?

「その…せっかく着物を着たので……。」

 なかなか返事をしない頼久にそう言い添えて、あかねは頼久の表情を覗き込んだ。

 あかねのつぶらな瞳に下から見上げられて頼久が平気でいられるはずもなく…

 小さく息を吐いた頼久は情けない顔になっている自分を自覚しながら口を開いた。

「正直に申し上げますが、そのように美しい装いのあかねは独り占めにしたいというのが私の本音です。どうしてもどこかへ出かけたいとの仰せなら従いますが…。」

「従うとかやめてください…その…独り占めとかは嬉しいです……。」

 あかねは言いながら顔を真っ赤にしてうつむいた。

 どうやらあかねも本音を語ってくれたらしいと気付いて、頼久はその顔に微笑を浮かべるとあかねの手を取って歩き出した。

「今からあかねの晴れ姿が楽しみです。」

「はい?」

 隣を見ればそこには頼久の楽しげな笑顔。

 あかねはしっかり頼久の腕につかまりながら何のことかと小首を傾げた。

「花嫁衣装を身にまとったあかねはさぞかし美しいであろうと。」

「そ、それはその……き、着てみないと…。」

 着ることは決定なので、あかねはとりあえずそう言いながら更に顔を赤くした。

 馬子にも衣装というし、確かに花嫁衣装は綺麗に見えるかもしれないと心の中でつぶやきながら。

「白無垢もいいですが、ウェディングドレスもきっとお似合いです。ドレスは青も赤もお似合いでしょう。」

「へ……。」

「お色直しは何回なさいますか?」

 頼久の弾むような声にあかねは圧倒されるばかりだ。

 お色直しの回数なんてまだ考えたこともない。

 結婚式なんて大学を卒業して色々準備して、もっとずっと先のことだと思っていたからだ。

 なにしろ式自体は6月を予定しているのだから。

「あの、頼久さん、それ、まだ半年先のことですけど…。」

「いえ、天真が良い会場はすぐに予約でいっぱいになると申しておりました。今のうちから式場など手配をしておかねばと思っていたところです。」

「そ、そうなんですか?」

「はい。」

「でも、その……色々資料とか取り寄せて、それからゆっくり考えませんか?私、そんな大仰なことしなくていいですし…お色直しとかそんなに…。」

「資料ならば取り揃えてありますので、帰ってから眺めてみましょう。今決めてしまおうというわけではありませんが、資料は早いうちに見ておいた方が良いでしょうから。」

「あ、はい…あの、お色直しとかそんなにしなくてもいいですから…。」

「せっかくの機会です。この頼久のためと思って、何度かはなさってください。」

「はい…。」

 幸せそうな笑顔で頼久に「頼久のためと思って」と言われてはあかねにはうなずくことしかできない。

 あかねも結婚式を楽しみにしていないわけではなかったけれど、どうやら楽しみにしている度合いが頼久は段違いのようで…

 そんなに楽しみにしてくれているのかと思えば自然とあかねも嬉しくて、その顔には幸せそのものの笑みが浮かんだ。

 大学の卒業、結婚式、新婚旅行、新生活のスタート。

 考えてみればこの一年は何やら忙しくなりそうだった。

 それもこれも、隣で自分を支えてくれているこの人と一緒だと思えば全てが楽しみに思えてくる。

 あかねはすっかり浮かれているらしい頼久の隣でこの先の楽しくなるだろう時間へと想いを馳せた。








管理人のひとりごと

書き始めたのはタイムリーな時期だったんですけどね○| ̄|_
時期がずれ込んでてすみません(TT)
でもまぁ、書いちゃったのでUPしますが…
お正月、皆さんどうお過ごしだったでしょうか?
管理人は…このUPペースでわかると思いますがゲーム三昧してました○| ̄|_
あかねちゃんと頼久さんはちゃんと仲良く初詣行きましたよっていうお話です。
お互いに誰にもお互いを見せたくないので三が日外してますがね(w
たぶん、恋人がステキだと自慢したい人もいるかと思うんですが、この二人にはお互いを独り占めしててほしい管理人でした(^^)









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