
「驚いたよねぇ、ああいう反応する人ってあんまりいないんじゃないかなぁ。」
「人それぞれだとは思うけど、確かにいないかもね。」
と、楽しそうに会話を交わしているのはあかねと蘭の女子高生二人組だ。
そんな二人が今座っているのは頼久の家のソファだった。
夏休みももうすぐ終わるというので、たまにはゆっくりおしゃべりでもしようと蘭に誘われて、結局、こうして頼久の家に集合している。
何故かといえばもちろん、おしゃべりはしたいけれど頼久とも一緒にいたいというあかねの希望をかなえたから。
二人の間に一人きりで挟まるのはつらいという蘭のわがままのおかげで詩紋と天真も連行され、二人はダイニングの椅子に座って苦笑していた。
そして、家主の頼久はというと…
「…天真。」
「ん?」
「茶葉を買いに行ってくる、留守を頼む。」
「は?茶がないならコーヒーとかあるだろ?」
「今日は杏仁豆腐なのだ。」
「はぁ?」
「神子殿に食べて頂こうと杏仁豆腐を冷蔵庫で冷やしてあるのだが、ジャスミンティーの葉を切らした。」
「……。」
「買ってくる。」
「ちょっと待て、だからな、コーヒーでも別に杏仁豆腐が食えないってわけじゃないだろ?」
「ここのところ、神子殿はジャスミンティーのアイスティーがお好みなのだ。」
「……。」
「留守を頼む。」
あきれて物も言えなくなっている天真にそう言い放った頼久は、キッチンから出ると車のキーを手に取った。
「頼久さん?どこかお出かけですか?ひょっとしてお仕事あるのにお邪魔してます?私達。」
「いえ、茶葉を切らしていたので買ってくるだけです。」
「そんな!いいですよ!あるもので!」
「すぐですので。」
あかねが止めようとしても頼久は微笑を浮かべてそそくさと出て行ってしまった。
見送ったあかねの顔が寂しそうに翳っていることに気付いて天真が深い溜め息をついた。
「頼久さんのあかねちゃんのためならたとえ火の中水の中はこっちの世界でも健在だね。」
「……健在ってか……エスカレートしてんじゃね?」
「そ、そうかも…。」
詩紋と天真がそんな不毛な会話を交わして苦笑していると、あかねは深い溜め息をついてうつむいてしまった。
「あかねちゃんはわかりやすいなぁ。」
「な、何が?」
「頼久さんがいないととたんに世界が終わったみたいな顔するんだもん。」
「そんなことないよ!」
『あるある。』
この場にいる3人の声が重なって、あかねは顔を真っ赤にした。
「そうだ、あかねちゃんはすごーくわかりやすいけど、頼久さんはどうだろう?」
「何が?」
「反応!」
「なんの?」
「あかねちゃん、今までの話の流れからいったら決まってるじゃない。あかねちゃんに正面から好きって言われた時の頼久さんの反応だよ。」
「……。」
蘭の言葉に誰もが黙り込んだ。
そう、ここへやってきてから蘭とあかねが話していたのはクラスメイトの男子が後輩の可愛らしい女の子に告白された時の意外な反応についてだったのだ。
そして蘭に言われて初めて、あかねはもちろんのこと詩紋と天真もまたあかねに正面から「好き」と言われたときの頼久の反応を想像してみたというわけだ。
「ちょっと想像できなくない?」
「いや、あいつのことだから『神子殿っ!』って叫びながら涙を流して喜ぶんじゃねー?」
「そんなことないよ!」
「頼久さんだから…あかねちゃんの前に片膝ついて頭下げて光栄至極、くらいのことは…。」
「それもないから!」
天真と詩紋の意見を激しく否定したあかねは、次に二人の視線をまともに受けることになった。
その目は好奇心でいっぱいといった輝きでキラキラしている。
「じゃぁ、あかねちゃんは頼久さんがどんな反応を見せると思う?」
「え、別に、普通に…。」
「普通って?」
「……。」
改めて言われてみればどんな反応が普通なのかわからなくて、あかねは小首を傾げた。
天真や詩紋が言うような大げさなことにはたぶんならないと思う。
いや、絶対にならないと思いたい。
けれど、ならどんな反応を見せるかといわれると、それはそれで想像もつかなかった。
「ほらね、想像できないでしょ。」
「……そう、かも…。」
「なら、やってみるしかねーな。」
全員の視線がいっせいに天真の方を向いた。
「簡単だろ?帰ってきた頼久にお前が正面から告白すりゃいいだけだ。」
「そ、それはまぁ、そうだけど…急にそんなのおかしくない?」
「おかしくないだろ。本当のことだし。」
「本当のことはまぁ……って、え?」
「いまさら照れなくていいからね、あかねちゃん。」
「……はい…。」
あきれる蘭の言葉にあかねがうなだれていると、そこへ頼久が帰ってきた。
手には小さな紙袋、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「はやっ。」
いくら愛しの神子殿のためとはいえ、どうやったらこんな速さで買い物をして帰ってこられるのかと天真が驚いている間に、頼久は車のキーを元の場所へ戻すとあかねに微笑を向けた。
「ただ今戻りました。」
「お帰りなさい、頼久さん。あの……。」
「はい、何か?」
何事かと小首を傾げる頼久に、あかねはすすっと歩み寄ると、長身の恋人の端整な顔を見上げた。
「留守の間に何か不都合がおありでしたか?」
「頼久さん。」
「はい?」
「私、頼久さんのことが好きです。」
ストレートな告白。
森村兄妹と詩紋は「うわぁ、本当に言った。」と言わんばかりの顔であかねと頼久を見比べた。
頼久がどんな反応を見せるのかは全く予想できなかっただけに、どんな反応を見せるのかとやがて3人の視線は頼久へ集中する。
そんな3人の思いなど全く知らない頼久は一瞬キョトンとした顔をした後、すぐにその眉間にシワを寄せた。
これには天真達3人だけではなく、頼久の目の前にいるあかねも驚いた。
まさか眉間にシワを寄せられるとは思わなかったからだ。
「あの…頼久さん?」
「神子殿……。」
「はい?あの…。」
「申し訳ありません。」
「…はい?」
思いも寄らなかった突然の謝罪の言葉に今度はあかねがキョトンとした後でその顔に不安の色を浮かべた。
それは残る3人も同じことで、天真にいたっては慌てて座っていた椅子から立ち上がった。
あかねの告白に対する謝罪の言葉。
これではまるで、その告白は受け入れられないと拒否する時の流れだ。
この期に及んでまさかあかねの想いを受け入れられないと断るなどという事態になれば、黙ってはいられないと天真がそのこめかみに青筋をたてたその時、頼久が苦しげに口を開いた。
「神子殿にこの状況でそのようなことを言って頂くことになるとは、この頼久、一生の不覚。」
『は?』
天真、蘭、詩紋の3人の声が重なった。
何を言い出すかと思えば、一生の不覚とはなんのことを言っているのかわからない。
それはどうやらあかねも同じようで、さっきまで不安そうにしていたその顔に疑問符を並べて小首をかしげていた。
「えっと、頼久さん?」
「神子殿の想いをこの頼久、一瞬たりとも疑ったことはございません。いえ、よもや神子殿の想いがどこにあろうとも、この頼久の心は神子殿のものです。」
「よ、頼久さん!」
「ですから、このような場、このような時にそのようなことをおっしゃるらずとも、この頼久、心得ておりますので。」
必要ないってこと?
とあかねはやっと頼久の言いたいことを理解して一瞬ほっと胸を撫で下ろしてから、すぐに顔を真っ赤にした。
何故なら、自分がとんでもなく恥ずかしいことをたった今、やってのけたことに気付いたから。
いつもは天真達の前でいちゃつくのは恥ずかしいからと、二人きりでいるときよりも少しばかり距離を置くあかねが、今は蘭や天真に乗せられて愛の告白をしてしまった。
しかも3人の友人の前でだ。
頼久がいきなり謝罪など始めたのはそういった状況のせいもあったに違いない。
わざわざ人前で告白しないと想いを信じてもらえていないと思っている、そう頼久は勘違いしたのだ。
そのことに気付いてあかねが顔を真っ赤にしていると、頼久の顔に今度は不安げな表情が現れた。
「神子殿はこの頼久の想いもお疑いなのでしょうか?」
「へ?」
何を言い出すのかとあかねが小首を傾げるのと、天真が何か言おうとしたのは同時。
次の瞬間、頼久はあかねをギュッと抱きしめていた。
「頼久さん?」
「この頼久、神子殿を想う心は何人にも負けません。お疑いでしたらいかようにも御確認下さい。」
「疑ってなんかないです!」
「頼久!」
慌てたあかねとこれが限界だといわんばかりの天真の悲鳴とが重なった。
不機嫌そうな顔で頼久が天真を睨む。
「あのな、頼久、俺達がいる時は少し控えてくれ。」
「神子殿の不安を取り除いて差し上げることが何より先決。そのようなこと、気にしている場合ではない。」
「だから、あかねは別に不安に思っちゃいないっての。」
あきれた天真にそう言われて、頼久はあかねを抱きしめる腕の力を緩めると、そっとあかねの顔をのぞいてみた。
するとそこには恥ずかしさで溶けてなくなりそうなあかねの真っ赤な顔があった。
「そう、なのですか?」
「……不安になんて思ってません。その……実は…あの……。」
まさか頼久さんの反応が見たかったんですとはいえなくてあかねがもじもじしていると、天真が深い溜め息をつきながら椅子へと腰を落ち着けた。
「あのな頼久。今、もしあかねがお前に正面から告白したらお前はどんなリアクションするかって話題で盛り上がって、全員想像もつかないってのが正直な答えだったんで、試しにあかねに告白してもらっただけで、別にあかねは何も不安に思っちゃいねーよ。」
「リアクション……そうなのですか?神子殿。」
「……はい……試すようなことしてごめんなさい…。」
あかねは今更のように自分のしたことが申し訳なくてしゅんとうつむいた。
だが、頼久はというと、怒るでもなく不機嫌になるでもなく、その顔に穏やかな笑みを浮かべてあかねを優しく抱きしめた。
「神子殿が不安に思っておいでだったわけではないのですね。よかった。これからも何か不満に思うことがおありの時はすぐにおっしゃって下さい。」
「不満なんて全然ないです!大丈夫です!」
慌ててそう言うあかねに笑顔を見せると、頼久はあかねの体を解放した。
「では、私はすぐに茶を入れてまいります。ついでにデザートもお出ししますので、神子殿はどうぞゆっくりおくつろぎ下さい。」
「て、手伝います!」
慌てて大声でそう宣言したあかねはスタスタと自分からキッチンへ駆け込んでしまい、止めようとした頼久が声を発する暇はなかった。
苦笑しながら頼久が台所へとあかねを追っていけば残されたのは3人のみ。
二人並ぶ後ろ姿を眺めながら3人は同時に溜め息をついた。
「さすが頼久さん、意外というかとんでもないというか…。」
「凄い反応だったね。」
「まぁ、頼久、だからなぁ。」
神子殿一番もここまでくれば重症だといわんばかりに3人が顔を見合わせて再び溜め息をついていると、キッチンからは楽しげな笑い声が聞こえてきた。
見れば、頼久と並んで作業するあかねの顔には幸せそうな笑みが浮かんでいて、それを見守る頼久の顔も穏やかだ。
この二人には告白だの反応だのそんなことはどうでもよかったかと気づいて、天真達3人も笑みを浮かべると、それからはゆっくり時間をかけてお茶の用意をする二人の背を見守るのだった。
管理人のひとりごと
まぁ、頼久さんなんで、あかねちゃんに告白されたら学園祭の時みたいなのが普通だろうなぁとは思います。
が、もしみんなの見てる前でわざわざ告白されたら頼久さんはこんな反応でも不思議じゃない!というところを書いてみました(爆)
常にあかねちゃんのことだけを考えているであろう頼久さん。
だからこそ、あかねちゃんが不安に思ってるんじゃ?とか遠回りして考えちゃうわけです。(’’)
今回一番問題なのは、頼久さんが杏仁豆腐とかジャスミンティーとかこだわりだしたらもう末期じゃないのか?というところかと…
あかねちゃんのためならおいしいお菓子もお茶もみんな覚えてみせる、それが頼久さん(’’)(マテ
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