
薄紅色の花弁がひらひらと舞っている。
その舞い散る花弁の下には今、あかね、頼久、泰明、鷹通、永泉、イノリの姿があった。
あかねの提案で八葉を集めての花見が決行されたのだ。
広げられたのはお手製のお弁当。
桜の枝からは舞い散る無数の薄紅の花弁。
弁当を囲むように輪になって座って、あかねは満面の笑みをたたえて満足そうだ。
「綺麗だねぇ。」
頭上から降る花吹雪を見上げてうっとりするあかね。
そしてそんなあかねを見てうっとりする八葉の面々。
暖かい春の陽射しが優しく、辺りには人影もない。
絶好の花見日和。
「やっぱりこっちでもお花見はしなくっちゃ。」
「神子の世界では花をこうして見上げるのが普通なのか?」
と、興味深げにあかねを覗き込んできたのは泰明だ。
「えっとね、見上げるっていうか、こうやって仲のいい人達とお弁当とか広げて楽しく眺めるって言うのが向こうの世界のお花見なの。きっと今頃、天真君や詩紋君、蘭も見てると思うの。向こうも今が春なら、だけどね。」
ふわりと微笑むあかねに八葉一同は表情を曇らせる。
向こうの世界の話をするあかねを見ていられないのだ。
当のあかねはというとうっとりと楽しそうに桜を見上げているのだが、神子大事の八葉にしてみるとそんなあかねさえ痛々しく見えるらしい。
そして、泰明、鷹通、永泉、イノリの視線は自然と一人に集中した。
そう、あかねの夫、頼久である。
このようにあかねが元いた世界に思いを馳せて憂いている時には、あかねがこの世界へ残ることにしたそもそもの原因でもあり、今となってはあかねを独り占めしている夫の頼久こそが慰めるべきだ。
という半分非難めいた視線をあからさまに四人は頼久に向けた。
その視線に気付いた頼久はというと、ぎょっとした顔をしながらもおずおずとあかねの方へとその身を寄せた。
「懐かしい、ですか?」
この一言に残る四人の顔が激しく歪む。
皆、胸の内に思ったことは同じ『今それを聞くとはバカか?』である。
ところが、懐かしいと言って泣き出すと四人が予想したあかねはというと、にっこり微笑んで首を横に振った。
「懐かしいっていうか、気になったんですよね。今頃三人ともちゃんとやれてるかなぁって。天真君って学年一つダブってるし、蘭はブランクがあるし、詩紋君はもともとイジメにあってたし。」
「だぶる?ぶらんく?」
「あぁ、えっと、天真君は事情があって年が一つ下の子達と一緒に勉強しなくちゃいけなくて、それって向こうの世界じゃちょっと大変なことなんです。ブランクっていうのはその…ちょっと間が空いちゃったって意味です。蘭はこっちにいる間に色々心に傷を負っちゃったし、大変だろうなぁって、そう思って。」
「そうでしたか。」
「詩紋君もね、向こうの世界でもあの外見のことで色々言われたりしてて、だから気になっちゃって。私はこっちでこんなに楽しくやってるのに三人が向こうで苦労してないといいなぁって。」
桜を見上げるあかねの表情は明るい。
そんな妻を見て頼久は優しく微笑んだ。
「天真ならば大丈夫でしょう。打たれ強いですし、妹を想う心も人一倍です。ですから蘭殿も神子殿が心配なさるほどのことはないかと。」
「詩紋だって、あれでけっこうこっちで鍛えられたらかな。てか、俺が鍛えてやったし、心配いらねぇって。」
頼久に続いて太鼓判を押したのはイノリだ。
「そうですね、皆、この京を救うために力を合わせ、共に成長してまいりました。神子殿がお心を砕かれるようなことにはなっていないかと思います。」
「そっかぁ、そうですよね。」
続いた鷹通の言葉に再びぱっと花が咲いたような明るい笑みを浮かべるあかね。
そしてゆったりとしたこの花の空間に更に花を添えるように、永泉が懐から笛を取り出して奏で始めた。
澄み切った美しい龍笛の音色が辺り一帯に広がる。
あかねはうっとりと目を閉じてその音に聞き惚れた。
言葉を発する者はいない。
皆、永泉の笛の音に静かに聞き入った。
それほど永泉の笛の音には、人の耳を虜にする力があって…
だが、明るい雰囲気の音色だというのに、いつの間にかあかねの顔は少しばかり悲しげに陰りを見せた。
それにいち早く気付いたのはその身が触れ合うほど近くに座っている頼久だったが、目を閉じて笛に聞き入っているあかねが何故悲しげなのかがわからずに、どうしたものかとただ愛しい妻の顔を見つめるしかできない。
他の面々も次第にあかねの異変に気付いたが、永泉の笛の音色は相変わらず美しく、聞き入っているらしいあかねの邪魔もできずにただ心配そうにあかねを見守るしかできなかった。
だが、そうして見守ることしばし、最初にこの神子の様子を放っておけずに行動を起こしたのは泰明だった。
神子の真向かいに座っていた泰明は懐から何か呪符のようなものを取り出すと、急に口の中でぶつぶつと呪を唱え始めたのだ。
ぎょっとしたのは気付いていないあかね以外の八葉一同で、泰明の隣に座っていた鷹通があわてて呪符を取り上げた。
不機嫌そうににらみつける泰明を鷹通は眼光鋭く睨み返し、力を込めて首を横に振る。
泰明が何をするつもりだったのかは想像もつかないが、とにかくこの場にふさわしくないことをしようとしていることだけはこの場の誰にもわかっていた。
ではどうするつもりだ?と言わんばかりの視線を泰明に投げかけられて、一同は軽く首を横に振る。
何もないならとばかりに再び行動を起こそうとする泰明を必至に鷹通が止めている間に、頼久は泰明の背後に現れた人影に気付いてほっと安堵のため息をついた。
泰明の背後に現れた人物とは、左近衛府少将橘友雅だ。
帝に呼ばれているからと言って遅刻を宣言していた友雅は今、琵琶を手に泰明の背後にある桜の木にもたれて座ると、その琵琶を見事な手並みでかき鳴らす。
今まで永泉の笛の音だけだった楽に友雅の琵琶の音が重なると、なんともいえない艶のある音楽が紡がれて、曲の雰囲気もこの場の空気も一変した。
明るく、だが穏やかで、それでいて華やかな美しい音楽にいつの間にか誰もがうっとりと聞き入る。
そしてあかねは、悲しそうにしていたその顔に柔らかな笑みを浮かべると、ゆっくり隣の頼久にもたれかかった。
頼久がそのあかねの肩をふわりと軽く抱いてやるのと同時に永泉と友雅の演奏が終了する。
目を開けたあかねはぱっと体を起こすとパチパチと拍手をした。
「すごーい!凄いです!凄く綺麗でした!」
「神子殿にお褒めいただけるならいくらでも、琵琶でも笛でも琴でも奏でて差し上げるよ。遅くなってすまなかったね。」
「友雅さん、まだ始まったばかりですよ。」
そう言って手招きするあかねに誘われて、友雅は頼久とは反対側のあかねの隣に琵琶を抱えて座り込む。
「少し、神子殿が悲しげにしておいでだったので、無粋かとも思いましたが、琵琶を合わさせて頂きました。ご無礼致しました、永泉様。」
「い、いえ、友雅殿に合わせていただけることなどそうはありませんから、楽しく奏でさせて頂きました…しかし、神子が悲しげだった、とは?」
「永泉の笛は普通の笛ではないと前から言っている。お前の力が笛の音に乗った。何を考えていたかは知らぬが、お前の悲しみが神子に移ったのだ。」
「わ、私の悲しみ!?」
泰明の説明に明らかに動揺する永泉は、顔を青白くしてうつむいてしまった。
おおかた頼久と幸せそうなあかねを見て悲しくなったのだろうなと、泰明と頼久以外の人間にはわかっているのだが、人の心というものを得てあまり時のたっていない泰明にはその辺の機微がわからない。
頼久はまた他の理由でわかっていないのだが、こちらは元来が無口なだけに余計なことは言わないのだ。
「帝にこの琵琶を賜ってね、練習がてらたまには花を愛でている神子殿に私の琵琶も愛でて頂こうと思って持ってきてみたのだが、正解だったようだね。」
「とっても素敵でした。またあとで聞かせてもらえますか?」
「神子殿のお望みとあらば喜んで。」
「永泉さんも、お願いします。」
「あの、神子…ですが、私の笛は…また神子を悲しませてしまうやも…力を乗せてしまう笛など…。」
「凄いじゃないですか!だって、私さっき永泉さんの笛を聴いて凄く切ないなぁって思ったんです。音楽を聴いてあんなふうに思ったの初めてです。悲しみを伝えられるってことは、もし、永泉さんが楽しい気持ちで笛を吹いたら、悲しい人も楽しくさせてあげられるってことですよ。それって凄く素敵なことだと思います。」
「神子…。」
あかねの輝かんばかりの笑顔を受けて永泉の顔にもやっと穏やかな笑みが戻る。
「はい、神子がお望みなら、楽しい笛を奏でてみたいと思います。」
「よかったぁ。じゃ、まずはお弁当にしましょう!今日は凄く頑張ってたくさん作ったんですから!」
そう言ってあかねはがさがさと弁当の包みを解き始めた。
頼久が手伝って広げた弁当は色とりどりの綺麗なおかずと握り飯で、見たこともないような料理の数々に一同は目をみはりながらあかねに勧められてその料理を口にした。
「お、うめぇ、これなんだよ!」
「それはね、あまーく味付けした玉子焼きだよぉ。」
「こちらも少々味が濃いですが、それがまたなんともいいですね。」
「あ、鷹通さんのそれは佃煮って言います。保存食って、えっと、腐らないように味を濃くする向こうの世界の料理なんです。」
次々に感想を述べる八葉の面々にいちいち説明しながら楽しそうなあかねを頼久はじっと穏やかに見守る。
この料理は二日ほど前からあかねが張り切って準備したもので、その楽しそうな様子をずっと眺めてきた頼久はおおむね料理が好評なようでほっと胸をなでおろしていた。
普段食しているものより硬く炊き上げられた米の飯も食べ慣れてみると好評で、携帯にはこれがいいと鷹通などは作り方まで質問する始末だ。
弁当の中に舞い落ちる花びらを取り除く作業さえ楽しくて、一同はあっという間に弁当を平らげて満足そうに一息ついた。
「うらやましいね、頼久は。」
「は?」
「神子殿のこのような手料理を毎日頂けるのだろう?我らの神子殿を独り占めにした上にこのような手料理を頂けるとはうらやましいと思ってね。」
「いえ、それは…。」
人をからかう時特有の意地悪そうな視線で頼久を眺める友雅。
そしていつものように何も言えずにうつむく頼久。
友雅に答えたのは料理を作った本人、あかねだった。
「それが、だめなんです。」
「だめ?」
「作らせてもらえないんです。」
「ん?」
「頼久さんも、手が汚れるからとか包丁で怪我をしたらいけないからとか、色々理由をつけてお料理させてくれないんですけど…。」
「それはまた、頼久らしいね。」
「もっと凄いのは女房さんたちなんです。」
このあかねの発言に頼久以外の全員が小首をかしげた。
「この世界の女の人って、えっと藤姫ちゃんみたいな身分の高い女の人って意味ですけど、お料理は自分ではしないって言われて、それで私にその、身分の低い女の人みたいに料理なんかさせられませんって言われちゃうんです。私は身分が高いつもりないし、向こうではお料理できなきゃ一人前の女じゃないってお母さんに言われてたし、もっと練習したいんですけどやらせてもらえなくて…だから今日のお弁当もいくつか失敗しちゃったのがあるんですよねぇ。このお弁当だけは特別に許してもらって作ったんです。」
なるほど、と一同は納得した。
どうやら神子殿大事は藤姫や夫、八葉だけではないらしい。
この快活な龍神の神子殿は京を救った救世主として大事にされているだけでなく、その屈託ない心根ですっかり周囲の者達にも好かれているようだった。
そんな事実さえも嬉しくて、八葉の面々の顔には優しい微笑が浮かぶ。
「まぁ、ここは夫が甲斐性を見せるところだろうねぇ。」
「は?」
「神子殿の望みをかなえて差し上げるのも夫の甲斐性だと言っているのだよ。」
そう言って友雅は頼久を一瞥してさらりと琵琶をかき鳴らす。
「はぁ…では、その…たまにでしたら…。」
「うわぁ、有難う、頼久さん!」
大喜びで頼久に抱きつくあかねを見て、また永泉が悲しい顔で笛を手にしたのを友雅は見逃さない。
悲しげに奏でられる永泉の笛の音にうまく友雅が琵琶を合わせれば、その音色は再び世にも希な美しさで響き渡り、一同はその音色に聞き入った。
満開を過ぎ、散り際の桜。
ゆるやかな春の風が吹けばその花弁は雪のように舞い踊り、平和な京を楽しむ英雄達の上に降り注ぐ。
その花弁の間を縫うように流れ行くは世にも希な艶なる楽の音。
この日ばかりはと奏でられる楽の音は陽が傾き、夕暮れ時になるまで止むことはなかった。
管理人のひとりごと
1000Hit御礼♪ということで京残留チームによるお花見です(^^)
少将様、おいしいとこもってってます(笑)
こんな風に仲間と楽しくお花見、しかも雅な音楽付っていいなぁと。
皆様に足をお運び頂いての1000Hit、感謝感激であります♪
これからも小さくとも頻繁な更新目指して努力しますので、気長にお付き合い下さいませm(_
_)m
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