「花見だ花見!」
「お弁当!お弁当!」
大声をあげながら先を歩くのは天真と蘭の二人。
その後ろにあかねをはさんで並んで歩く頼久と詩紋がいる。
三人とも顔には苦笑が浮かんでいた。
「蘭、お前、花より団子かよ。」
「お兄ちゃんだって詩紋君のお弁当楽しみにしてたじゃない。」
「そりゃ俺は男だからいいんだ。」
「えー、差別差別!それ男女差別!」
「お前なぁ…。」
楽しげな森村兄弟は見ていて微笑ましくもあるのだが、大声をあげているので同時に恥ずかしかったりもする。
「二人とももう少し小さな声で…。」
控えめにそう詩紋が忠告しても二人はギリっときつい視線で振り返るだけだ。
これはもう手がつけられないとばかりにあかねと頼久は苦笑しながら二人は放置することにしていた。
季節は春真っ盛り、桜が満開という情報を得て一同は花見に出かけたのだ。
弁当作製担当は詩紋、荷物持ちは天真と頼久、花を添える役が自分とあかねというのは蘭の宣言だ。
「それにしても…。」
電車を乗り継ぎ、駅から桜の名所まで歩く道中、天真は顔をしかめた。
「何よ、お兄ちゃん。」
「すんごい人の数だな。」
「そりゃ、桜の名所で時期は満開。快晴の週末とくればみんなお花見するに決まってるじゃない。」
「そりゃそうだけどよ…。」
天真がうんざりするほど桜までの道は人であふれかえっていて、これで本当に花見などゆっくりできるのだろうかと疑いたくなるほどだ。
おかげでいつもは長身のせいか容姿のせいかやたらと目立つ頼久も人込みに紛れてそう目立たずにすんでいるのだが…
「これ、弁当食える状況じゃねーよな、たぶん。」
「あぁ、それはそうかもねぇ。お弁当食べる場所なかったらどうする?あかねちゃん。」
振り返る蘭にあかねは「う〜ん」とうなって見せる。
そこまでは考えずになんとなく出てきてしまっていたからだ。
「どうしよっか。お店で食事しちゃうとお弁当食べられないし、この辺でお弁当広げられるところって…。」
「そんなの行ってみてダメだったときに考えりゃいいじゃねーか。ほら、いくぞ。」
人込みかき分けて天真は早足で先へ歩き出す。
あかねは頼久と苦笑を交わすと詩紋も一緒にその後を追った。
桜が近くなればなるほど人の数は増えて、先を行く天真がさすがに後ろを気にして歩調を遅らせる。
比較的身長の高い天真と頼久はそう簡単に見失うことはないが、あかね、蘭、詩紋の三人は少々油断するとすぐにその姿が人込みに紛れて見えなくなってしまう。
頼久は慌ててあかねの手をとった。
「よ、頼久さん?」
「はぐれては大変ですから。」
そう言って頼久はにっこり微笑んでみせる。
「大変って……みんな携帯もってるじゃないですか…。」
と、あかねが赤くなりながら抗議してみるものの、頼久がその手を放すはずもなく、二人は仲良く手をつないで歩くことになる。
そんな様子を詩紋がどこか悲しげで、それでも見守るような優しい顔で見つめていた。
「こら!そこ!人込みでいちゃつくな!」
「いちゃついてなどいない。はぐれないようにしただけだ。」
天真のつっこみにも頼久は全く動じない。
ところが、そんな様子を見た蘭はその目にきらりと妖しい光を宿した。
「ふ〜ん、そっか、はぐれちゃ大変だもんねぇ。じゃ、頼久さん、お兄ちゃんと手をつないで。」
「は?」
「はぐれたら大変だから。ほら、私達だってはぐれるかもしれないし。お兄ちゃんは頼久さんと手をつないでね、で、反対側を私とつないで、詩紋君があかねちゃんと手をつなぐと、完璧!」
「な、何が完璧だ!」
無言で顔色を青白くする頼久に代わって声をあげたのは天真だ。
我が妹ながら何を言い出すかと顔を真っ赤にして怒っている。
「全員手をつないでればはぐれることないじゃない。」
「なんで、俺がこんなむさい男と手をつないで歩くことになるんだ!」
「私がつないだらあかねちゃんやきもちやいちゃうかもしれないいし、詩紋君じゃつまんないから。」
「つまんないってお前なぁ…。」
「真の友なんでしょ?手くらいつないだっていいじゃない。」
「どういう理屈だそれは…。」
どうやらいつもの兄弟喧嘩を始めたらしい二人に苦笑しながら、結局手をつないだのは頼久とあかねだけという状態で一行は満開の桜が広がる公園へたどりついた。
そこは見渡す限りの…
「人、人、人かよ……。」
「やっぱねぇ、お花見ってのは三日前とか一週間前から戦争だもんねぇ。」
「えっ、そうなの?」
天真と蘭の会話に目を見開くあかね。
「そりゃお前、見ごろの桜には人が殺到するもんだろ。」
「知らなかった、こんなに人がいるなんて…。」
「入り口って込み合ってるものだし、少し歩いてみない?」
この詩紋の提案は他に手がない一同にあっさり受け入れられて、五人は人の流れに流されるように歩き出した。
公園の中にある桜の木はどれも本当に満開で、ゆるやかな風が吹くたびに薄紅の花弁が舞う様はとても綺麗だったのだが、いかんせん流れを作るほどの大量の人の数だ。
桜の花びらよりも多い人間の数に流されて歩くこと数十分、五人はやっと桜もなければ人もまばらなところまでやってきてほっとため息をついた。
「やっぱり凄い人だねぇ。花を見ながらお弁当なんて無理だねぇ。」
「ま、花を見ながらじゃなくてもよければここで食えるだろ。」
「もぅ、それじゃお花見の意味ないじゃない。」
などと言い合いながらそれでも森村兄弟は着々と敷物を敷き、弁当を広げ、あっという間に陣取ってしまった。
自然と残る三人も敷物に座って飲み物だの果物だのを広げることになり…
かくして京から帰還組の花見は花のないところで開始されたのだった。
「おい、酒ないのかよ、酒。」
「お兄ちゃん!未成年でしょ!」
「ちっ。」
不機嫌そうな天真に無言で頼久が何かを放り投げる。
それを見事にキャッチした天真は「ん?」と首をかしげながら受け取ったものを見つめた。
「なんじゃこりゃ。」
「ノンアルコールビールだ。」
「うへぇ。」
「ああ!せっかくあかねちゃんが用意したのに!文句があるなら飲まなくてよろしい!」
「あぁもう、うっせぇなぁ、わかったわかった、これで我慢する。」
妹にたじたじの天真を三人は温かく見守る。
こんな兄弟のやり取りができるようになるとは京にいた頃は思いも及ばなかったから。
「そういえば、京で見た桜、綺麗だったなぁ。」
あかねがそうつぶやくと一同は遠くに小さく見える桜の木を眺めながらそれぞれ京にいた頃に思いを馳せた。
「京はこっちみたいに人がたくさんいるところってあまりなかったし、静かでいいところだったよねぇ。」
と、これはやわらかく微笑む詩紋。
「ま、ちょっと不便だったけどねぇ。男の人も大人!って感じでよかったよねぇ。」
これは蘭だ。
「お前は大人じゃなくて大人ぶった奴を見てただけだろうがっ。」
「お兄ちゃん、こっどもぉ。」
からかう蘭、頭をかかえる天真、そしてそれを見守るあかねと詩紋。
穏やかな春の一時。
頼久はその中に自分がいることが本当にまるで奇跡のような気がして、四人を見守る。
きゃっきゃっとさわぐのは四人に任せ、もともと口数の少ない頼久は、それでも優しい表情を浮かべて四人を見守っている自分に満足していた。
「ね、あかねちゃん、やっぱりもうちょっと桜、近くで見てこようよ!」
「え、うん、いいけど…。」
「おい、お前らだけだと何やらかすか心配だ、詩紋、お前ついてけ。」
「え、うん、でもボクより天真先輩の方が…。」
「ほら、行くよ、詩紋君。」
あっという間に蘭に手を引かれて、あかねと詩紋は人込みの中へ消えていった。
詩紋は天真に何か問いたげな視線を向けながら。
そしてあかねは「頼久さんは?」という視線を頼久その人に向けながら。
「まったく、あいつらときたら、はしゃぎすぎだってーの。」
「お前も似たようなものだ。」
「けっ、一人で保護者面してんじゃねーよ。」
そういいながら天真はその場に寝転んだ。
視界にはいっぱいに広がる快晴の青空。
「で、なんだ?」
「なんだって?」
「三人を行かせてわざと残ったのは私に何か話があるからだろう?」
「けっ、やってらんねーな。」
「言いたいことがあるならはっきり言え。」
「お前、さ、あっちに帰りたいって思うことねーか?」
「ん?なんだ、いきなり。」
「だから、こういう、桜とかあっちにもあったものを見たりすると、あっちが恋しかったり、あっちに帰りたいって思うことはねーのかって聞いてんだよ。」
何を言い出すかと横に寝転ぶ天真の顔を見下ろして、頼久は友の質問について真剣に考えてみた。
天真の顔は真剣で、決してからかっているのでも興味本位で聞いているのでもないことがわかったから。
「ないな。」
「それ、マジで言ってんのか?」
「うむ。懐かしいと思うことはないこともないが、恋しいだの帰りたいだのと思ったことはないな。第一、あの世界には神子殿がいらっしゃらない。」
「やっぱなぁ…。」
天真は寝転んだまま、深いため息をついた。
予想通りの答えとはいえ、さすがに実際に耳で聞くとあきれてしまう。
「ん?」
「神子殿命のお前のことだからそう言うだろうと予想はしてたんだ。」
「なら、何故聞く。」
「あかねが、あいつはあれで色々考えてんだ。お前があっちへ帰りたいと思うこともあるんじゃねーかってこの前ちょっとこぼしてて。まぁ、俺は胸はってそれは絶対ないって断言しといたけどな。一応、お前が本当に俺の信じてるような奴か確認しただけだ。」
「……。」
いつもなら「確認せねばわからんのか」とかなんとか言ってかかってくるはずの頼久が何も言わないので、不思議に思って視線を友へ向けた天真はぎょっとして上半身を起こした。
頼久の眉間には深いシワが刻み込まれていたからだ。
頼久がこういう顔をする時はろくでもないことを真剣に考え込んでいる時だ。
「あぁぁぁぁっ、お前、今、神子殿にご心配をおかけしたかっ!とか、神子殿をどのようにお慰めしようかっ!とかそういうろくでもねーこと考えてたろっ!」
「うむ。」
「あのなぁ、お前をこっちに連れてきちまったのはあかねだからな。あかねが悩むのはしかたねーことなんだよ。お前が何やっても無駄なんだよ、無駄!」
「いや、しかし…。」
「お前が慰めても無意味だって。あかねの問題なんだからよ。」
「……。」
天真は再び深いため息をつく。
この大男はまったく、図体ばかりでかくて世話が焼ける。
などと心の中でぶつやいても、かまわずにはいられないのだ。
「そうだなぁ、お前ができることといったら…。」
「できること?」
「もう少し……。」
そこまで言って天真は言い淀んだ。
この先を言いたくない、急にそんな気がしたからだ。
「もう少し?」
だが、こう友に真剣にたずねられては答えずにいられる天真ではなく…
「あかねといることが何よりも幸せだーーーーって雰囲気を体中から滲み出させておけや。」
「いつもそのつもりだが?」
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。」
うめき声をあげて天真はその場に寝転んだ。
そうだった、こいつはもともとが鉄面皮なんだった。
心の中でそうつぶやいて頭を抱える。
「どうした?」
「いや、もういいわ。俺、何やってんだ……。」
訝しげに友を一瞥してから頼久が何か言おうとしたその時、人込みの中からあかねが駆けてくるのが見えた。
満面の笑顔で頼久めがけて一直線に駆けてくる。
その笑顔があまりに可愛らしくて、頼久はいつの間にか微笑んでいた。
「あっちに凄く大きな桜の木があるんです!一緒に見ましょう!」
駆けつけたあかねは言うが早いか頼久の腕をつかむと人込み向かって駆け出した。
一人残された天真はというと、深いため息をついて体を起こすと人込みに消えていく二人を苦笑しながら見送った。
「気ぃ使った俺がバカみてーじゃねーかよ。」
「妬かない妬かない。お兄ちゃんにはかわいい妹がいるからね。」
いつの間にか後ろに姿を現した蘭をにらみ付けて天真はまたため息をついた。
「妹と花見て楽しいかよ…。」
「そんなこと言わないで、天真先輩も一緒に見ようよ。」
と、これは蘭の後を追ってきたらしい詩紋。
「しゃーねーな。」
蘭に手を引かれて立ち上がった天真は詩紋にもう片方の手を引かれて走り出した。
結局、大きな桜の木の下であかね達と合流して、五人はなんとか満開の桜を楽しんだのだった。
五人が花見を楽しんだ二週間後。
あかねは週末をいつものように頼久の家で過ごしていた。
ただ、いつもと違っているのは、二人が縁側に座って微笑んでいること。
二人の手には淹れたての緑茶があって、茶菓子なんかも用意されている。
「咲きましたねぇ。」
「ちょうど満開になりましたね。」
「もうちょっと遅いのかなぁって思ってましたけど、けっこう早かったですねぇ。」
庭に一本だけ植えられている桜の枝にいっぱいの花がついているのを見上げて微笑むあかね。
隣に座っている頼久はというと花より隣の恋人の笑顔を見て微笑んでいる。
「この前の桜よりは小さい木ですけど、誰もいない庭にこうして満開で咲いてるとけっこう迫力ありますね。」
「雨が降らなければ何日かは楽しめそうです。」
「まだ散り際って感じじゃないですよね。これから毎日ここでお花見てもいいですか?」
「もちろん、お好きなだけどうぞ。」
嬉しそうににっこり微笑むあかねに頼久も満足げだ。
そしてふと桜へ視線を移した頼久は誰に語るでもなく口を開いた。
「花は桜木、人は武士。」
それはこちらの世界の自分の記憶の中にあった言葉だが、つぶやきながら頼久の脳裏に浮かぶのは京に在った頃の武士としての自分だった。
「はい?」
そんなふうに頼久が武士であった自分に想いを馳せているとは気付かないあかねは耳慣れない言葉に小首を傾げて見せる。
頼久はそんな恋人が可愛らしくて口元をほころばせた。
「一つだけ挙げるとしたら、花ならば桜、人ならば武士という意味の言葉です。」
「どうして花なら桜で人なら武士なんですか?」
「花ならば桜が最も美しく、人であれば桜の散り際に似て死に際の潔い武士が一番だと言われています。」
「死に際が潔いって……。」
急激に表情を曇らせるあかねに頼久は慌てた。
こちらの世界の記憶の中にたまたま桜に関する知識があったので口にしただけなのだが、どうやらあかねはその言葉の意味を深く考えてしまったようでとても悲しそうだ。
武士、その言葉を聞いてあかねが以前の、自分のために命を捨てると言い切った頼久を思い出したことは間違いない。
頼久は柄にもなく余計なことを口にした自分に深いため息をついた。
「神子殿、私はもう武士ではありませんので…その……あまりお気になさらず……。」
「え、あ、そうか、そうですよね…。」
「死に際が潔ければ美しいなどと、そのようなことはないと、死に美しいも醜いもないのだと、私は神子殿に教えて頂きました。ですから私はもう死に際が潔いことを望んだりは致しませんので。」
「はい。」
ようやくあかねはおだやかな微笑みを浮かべてまた桜へと視線を戻した。
その隣で頼久もほっと安堵のため息をつく。
やがてうっとりと桜を眺めていたあかねはぱっと瞳を輝かせて頼久の方へと振り向いた。
「そうだ、散り始めたら天真君達呼んでもう一回お花見やり直しませんか?」
無邪気なこの提案にいつもならすぐに同意しただろう頼久は、今回ばかりは少し考え込んだ。
耳に甦ったのは先日の天真の言葉。
(あかねといることが何よりも幸せだーーーーって雰囲気を体中から滲み出させておけや。)
この天真の声を思い出し、そして考えること数十秒。
「ダメ、ですか?」
「……いえ、大勢で眺めるのも楽しいでしょうが、私は神子殿と二人で見るのが一番嬉しいのです
が?」
「はぅっ。」
何やら聞きなれないうめき声のような声をあげたあかねはそのまま顔を真っ赤にしてうつむいてしまい…
これは何か返答を間違えたかと慌てた頼久が眉間にシワを寄せ始めたその時、あかねはポツリとつぶやくように言葉をこぼした。
「…私も、二人きりの方がいい、かなぁ……。」
頼久は手にしていた湯飲みを脇へ置くと、耳まで真っ赤にしてつぶやいたあかねの肩を抱き寄せた。
折りしも暖かい春の風が吹いてきて、桜の花弁を数枚、二人の前へと舞い散らせた。
管理人のひとりごと
1000Hit御礼小説現代編です♪
相変わらず天真君がいいヤツ(笑)
むしろこの話は呻く天真君を書きたかったのかもしれないとさえ思いました(爆)
「花は桜木人は武士」桜というとこの言葉を思い出して書いてみたので、作中でこの言葉について頼久さんに説明してもらいました。
綺麗な言葉だとは思いますが、二人にとっては感慨深い言葉になるだろうなと。
予想外に早く1000Hit頂きまして感謝感激でございます♪
これからもなるべくマメにとは思っておりますが、まったり更新になるかと思います。
ゆっくりお付き合い頂けると嬉しいです、よろしくお願い致しますm(_ _)m
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