野分
「凄い嵐…。」

 御簾が風でまくれ上がり、几帳ががたがたと音をたてている。

 雨は縁まで吹き込んで、女房達があちこちで悲鳴をあげていた。

 雷こそまだ鳴ってはいないものの、春の嵐はすさまじい。

 あかねはそんな嵐を局の奥から意外と冷静に眺めていた。

「神子殿は恐くはありませんか?」

 そう声をかけてくれたのはあかねの隣に座している頼久だ。

 いつも腰に提げている剣は外して脇に置き、射籠手も外したくつろいだいでたちだ。

「ん〜、前は恐かったんですけど、今は大丈夫。」

 にっこり微笑むあかねが意外で頼久は目を丸くした。

 女房達が悲鳴をあげているように京の女性は嵐が苦手という者が多い。

 それは確かにあかねは怨霊と戦ってきた勇気ある女性だが、激しい嵐を前に微笑んでいるほどとは思わなかった。

「私のいたあっちの世界ではけっこう恐かったんです。雷とか。こう、人の力の及ばないものっていう感じがして。でもここだとそれが逆なんです。」

「逆、ですか?」

「はい。人の力が及ばないっていうのはとても普通のことで、それは雨が降ったり降らなかったり、風が吹いたり止まったり、私達が笑ったり怒ったりするのと同じことだなって思えて。嵐も雷もみんな普通のことだなぁって。」

「はぁ。」

「それに、今は嵐からでも雷からでも私を守ってくれる旦那様が側にいてくれますから。」

 そう言って微笑むあかねが愛しくて、頼久はその細い肩を抱き寄せる。

「あ!」

「はい?」

 せっかく抱き寄せた身を離されて少し不機嫌になりながら頼久があかねの顔をのぞきこむと、あかねは心配そうな顔をしていて、頼久ははっと息を呑んだ。

 自分は今、神子殿に心配をかけるような何か粗相をしただろうか?

 ついそんな思いが脳裏をよぎる。

「藤姫ちゃん!」

「は?」

「藤姫ちゃんって確か雷苦手でしたよね?大丈夫かなぁ、いつ雷が鳴ってもおかしくない感じだけど…。」

 胸の辺りで両手を握り締めて心配そうなあかねを頼久は微笑を浮かべて再び抱き寄せた。

 そう、この尊き神子は己のことよりも他人のことを案ずる方なのだ。

「大丈夫かと思います。さきほど友雅殿と行き違いまして、藤姫様のご機嫌を伺いに土御門邸へ行くとおっしゃってましたので。」

「あ、そうなんだ。よかったぁ。友雅さんがいてくれるなら藤姫ちゃんも大丈夫ですよね。」

「はい、きっと。」

 そう言って微笑む頼久を見てほっと安堵のため息をついたあかねは、そのまま頼久の腕に抱かれて幸せそうに微笑んだ。

 やがて嵐は雷を激しく鳴らし、屋敷の女房達の悲鳴があちこちから響いてきたが、あかねは頼久の腕に抱えられたままそのうち安らかな寝息さえたて始めるのだった。



管理人のひとりごと

「野分」というとやっぱり「源氏物語」を思い出しますよね。
私も源氏の中で野分の章はかなり好きな部分です。
頼久さんとあかねちゃんを源氏と紫の上にみたてて書いてみました(笑)
ちなみに、今回のあかねちゃんと頼久さんは新婚さんな感じです。
アツアツです(爆)



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