
あかねはじっと背中を見つめていた。
というのも、頼久があかねが在宅だというのに珍しく、一人で文机に向かっているからだ。
手元にちらちらと見え隠れする綺麗な薄桃色の紙が気になって、あかねは柱の影からこっそり頼久の背を見つめるのをやめることができなかった。
この夫に限ってそんなことはないと信じてはいても、愛らしい色の紙に書かれた手紙が誰の元へ届けられるものなのかはやはり気になる。
だから、流れるような所作で頼久が文を書くのをあかねは柱の影から見つからないように細心の注意を払って見つめていたのだ。
「神子殿。」
「は、はい!」
急に呼ばれてあかねは思わず大声で返事をしてしまった。
すると、頼久は微笑を浮かべてあかねが隠れている柱の方へと振り返った。
「そこで何をしておいでですか。」
「えっと…その…ごめんなさい…。」
「お謝り頂く必要はありませんが、どうなさったのですか?」
「その…頼久さんが文を書いてるのなんて珍しいから…その…誰に書いてるのかなって……。」
観念して柱の影から出てあかねはそう白状した。
上目遣いに頼久の表情を伺うと、頼久は驚きでキョトンとしている。
「あぁ、この文ですか、これは……神子殿。」
「は、はい…。」
「もしや、この頼久が神子殿を裏切ってどこぞの姫に文を書いているとお思いになったのですか?」
「そ、そこまで具体的に考えたわけじゃないですけど…かわいい色の紙に書いてるなと……。」
「はぁ、それは、藤姫様への文ですので…。」
「藤姫?頼久さんが?」
藤姫は頼久の主人筋に当たる姫君だ。
頼久が文を書くなどということはめったにない。
「先日、ばれんたいんでーの件で色々と神子殿がご用意下さったものの材料は全て藤姫様が調達してくださったと、神子殿はそうおっしゃっていましたので。」
「それで文、ですか?」
「はい。神子殿の夫としてお礼を一言と。」
「うわぁ、ご、ごめんなさい!そうか、そうですよね!あぁ、もぅ、私全然なんにも考えてなくて…どうしよう…。」
「いえ、この度は貴重なものをそろえていただいたので特にお礼をと思っただけです。」
「貴重なもの?お菓子が?」
「はい。たいそう甘いものばかりあのように大量にご用意いただきましたので。」
「ああああああ、そうか、甘いものってこっちでは貴重なんでしたっけ…もぅ私ったら…。」
そう、この京では甘いものはとても高価なのだ。
バレンタインデーのチョコレートで頭がいっぱいだったあかねはすっかりそのことを忘れていた。
「そのようにお気になさらず。藤姫様にはお礼の品をいくつかお送りしますので。」
「ごめんなさい、頼久さんにいっぱい気を使わせちゃって…。」
「いえ。神子殿に想いを告げて頂けるならばこれしきのこと、どうということはございません。」
「へ。」
にこにこと上機嫌な夫に一瞬驚いて、それからあかねは急に顔を真っ赤にしてうつむいた。
今、目の前の人が何を言ったのかに気づいたから。
そしてあかねを真っ赤に染め上げる言葉をさらりと紡いだ当の本人は文を使い者に預けると二つ三つ指示を出してすぐに戻り、まだまだ真っ赤なままの妻を膝の上に抱き上げた。
やっと一仕事終わった夫の膝の上であかねはしばらく真っ赤なままうつむき続けることになるのだった。
管理人のひとりごと
遙か1の「ばれんたいん」の後日談ですね。
チョコレートの代わりに甘いお菓子を頼久さんにプレゼントしたあかねちゃんですが、その手配の全ては藤姫がしてくれてるんで(笑)
ここは夫としては!頼久さん頑張ったわけですよ!
あかねちゃんにバレンタインのプレゼントしてもらえるなら頼久さんは頑張るんです!(爆)
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