嵐がきたら
 雨が降っている。

 春の終わりの雨が激しい音を立てていた。

 頼久はティーカップを手にソファに座って、黙って庭に降る春の雨を眺めていた。

 今までは緑茶ばかり飲んでいたのに、あかねが好きだというので購入してきた紅茶ばかりを最近は口にするようになった。

 バラの香りのするこの紅茶を飲むたびに、最初にあかねがこれを口にした時の輝かんばかりの微笑を思い出すことができるから。

 神子殿は傘を持って登校されただろうか、今頃は授業中なのだろうか、雨音が神子殿の学問の邪魔をしてはいないだろうか。

 雨の庭を眺めながら想うのはあかねのことばかりだ。

 今朝のメールのやり取りを思い起こしてみれば、確か今日は雨が降ると天気予報で言っていたから体育の長距離走がなくなるとあった。

 雨が降るとわかっていたようだから傘は持って出ただろう。

 ならば自分が傘を持って迎えに行く必要はないか。

 つらつらと考え事をしているとそんなことまで考えてしまう。

 仕事が一段落して少しでも余裕ができるとこの有様だ。

 四六時中あかねのことを考えている自分に気づいて頼久は苦笑しながら紅茶を口に運んだ。

 あかねと出会う前の自分などまるでなかったかのようだ。

 あかねなしのこれからの自分はそれこそ想像もつかない。

 できれば今すぐにでも学校までその顔を見に飛んで行きたいほどの自分なのだ。

 もちろん、そんなことをすればストーカーだぞと天真に言われるまでもなく、あかねがうっとうしがるようなことが頼久にできるわけもなく、こうして日がな一日あかねのことばかり考えてすごすはめになるわけだが…

 それにしても、と頼久はどんよりと暗く立ち込める曇天をにらみつけた。

 こう雨足が強くては神子殿は今日はまっすぐご自宅へ帰ってしまわれるだろう。

 そう思い、一目たりともあの笑顔を見ることができないとなると頼久はいっそう恨めしげに曇天をにらみつけた。

 自分から彼の人を奪うものは何一つ許さないとでも言いたげだ。

 だが、頼久は次の瞬間、自分の予想に反して聞こえてきた玄関の鍵が開けられる音に驚いた。

 この家の鍵を持っているのは頼久とあかねだけ。

 ということは鍵を開けたのは間違いなくあかねなのだ。

 いつもならあかねがそのドアの向こうに立っただけで気配を感じ取る頼久だが、激しい雨音と考え事のせいで気付かなかったらしい。

 頼久が慌てて玄関へかけつけると、そこには傘を閉じて体中にまとわりついている雨粒を払い落としているあかねの姿があった。

「神子殿?どうなさったのですか?まだ授業中では?」

「あ、はい、そうなんですけど、なんか雨が凄くて電車が止まっちゃうらしくて、それで午前授業になったんです。うちの高校、けっこう遠くから電車で通ってる生徒もいるから。これからまだひどくなるみたいですよ、雨。」

「はぁ。」

「せっかく予想外の時間ができたから、遊びに来ちゃいました、ダメ、でした?」

「とんでもないっ!」

 頼久はちょっと悲しそうになったあかねを思わず抱きしめていた。

「よ、頼久さん?!」

「今日は雨が強いので、ここへは寄らずに帰ってしまわれるだろうと思っておりましたので…思いもかけず神子殿のお顔を拝見でき…少々夢見心地なのです。」

「ゆ、夢見心地なんて…そんな…私たいしたものじゃ……。」

 抱きしめられたままあかねがぶつぶつ言うその声さえも愛しくて、頼久は中へ通して雨粒を拭くためのタオルを渡さなくてはと思ってはいても、どうしてもあかねをその腕から解放できない。

「この雨をさきほどまでは疎ましく思っておりましたが、良いものですね、強い雨というのは。」

「はい?どうしてですか?」

「あなたをこうしてここへ連れてきてくれますから。」

 頼久の本音はあかねの顔を真っ赤に染め上げて、だがそのあかねの顔を頼久が見ることはない。

 しっかりとその胸に抱きしめられて、あかねはしばらくうっとりとしているしかできなかったから。

 薄暗い玄関、激しい雨音だけが響く中で頼久は気の済むまであかねを抱きしめるのだった。



管理人のひとりごと

雨の日って家にこもって色々考えちゃったりしませんか?
管理人はよくやります。
で、それが頼久さんだったら?というのがこれ。
結局、頼久さんは雨が降ってても降ってなくてもあかねちゃんのことを考えているのです(笑)



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