
あかねはソファに座って台所に立つ恋人の大きな背中をマジマジと見つめていた。
見つめられている頼久はというと、さきほどあかねと一緒にとった昼食の食器を器用に洗っているところだった。
京にいた頃、頼久がどんな生活をしていたのかはよくわからないが、それでも毎日お茶碗洗いをしていたとは思えないあかねは手際よく茶碗を洗う頼久の背中を見つめながら考え込んだ。
武士として刀を振るってきた頼久はもちろんこの世界でも木刀や竹刀を持たせればプロみたいに強い。
天真と取っ組み合いの喧嘩をしても負けたことがない。
この世界に生きる頼久はというと物書きなんかしていて、やたらと物知りな部分もあったりして、とにかくなんでも器用にこなす。
今日も四苦八苦しながらなんとか昼食を作ったあかねを労って、後片付けは自分がと言い出した頼久は手際よく茶碗洗いを始めてしまって、あかねが手を出す隙もないのだ。
あっという間に茶碗を片付けた頼久は、今度は素早く二人分の紅茶をいれて戻ってきた。
「どうぞ。」
「あ、有難うございます。」
自分の分の紅茶を受け取って、あかねは思わず溜め息をついた。
「神子殿?」
あかねの向かい側に座った頼久がそれに気付かないはずもない。
心配そうな視線を送ってくる頼久にあかねは慌てて微笑んで見せた。
だが、頼久はというとそんなあかねの作り笑いさえもすぐに見破ってしまうのだ。
「どうかなさいましたか?」
綺麗な紫紺の瞳でそう問われてはあかねに抵抗することは不可能で…
「えっと……頼久さんって、苦手なこととか不可能なことってないのかなぁって…。」
「は?」
「京にいた頃は、ずっと私のことを守ってくれて、すごく強かったじゃないですか。そういう男の人って、お料理とか片付けとか苦手そうなのに、こっちへ来た頼久さんってさっきみたいにお茶碗洗いも簡単にやっちゃうし、いつも家の中は綺麗だし、なんでもできて……その…苦手なことってないのかなぁって……。」
「さぁ、自分では苦手なことばかりだと思っておりますが…。」
「たとえば?」
「そうですね…女性との会話は苦手ですね。」
「あぁ、それは確かに、京にいた頃からそうですよね。今でも苦手ですか?」
「はい。仕事でたまに女性の編集者と会話することがありますが、機嫌を損ねることがしばしばあります。」
そう言って眉間にシワを寄せる頼久にあかねはくすっと笑いを漏らしてしまった。
「神子殿?」
「ごめんなさい。頼久さんのことだから、きっと素敵におしゃれしてるのにほめてあげなかったりするのかなぁって想像しちゃって。」
「神子殿以外の女性を美しいと思うことがありませんので、褒めるのは不可能です。」
「よ、頼久さん!」
「はい?」
「……えっと……ほ、他に苦手なことは?」
「人込みは苦手です。」
これにはあかねが目を丸くした。
京では武士団の若棟梁などしていた頼久が、まさか人込みが苦手とは意外だったからだ。
「ここでは狭いところに人が押し寄せて流れになっておりますから、気を抜くと気付かぬうちに見知らぬ場所へ流されていたりしますので。」
「よ、頼久さんでもそんなことあるんだ…。」
背も高くて体格がいい上に抜群の体力と運動神経を持っているはずの頼久がまさか人の流れに逆らえないとは…
「敵ならば切り捨てて歩くこともできましょうが…。」
「ダメです!切り捨てちゃダメです!」
「存じております。」
そう言ってにっこり微笑む恋人を見てほっと安堵の溜め息をつくあかね。
「では、神子殿が苦手となさっていることはなんでしょうか?」
「わ、私は……お料理も得意ってほどじゃないし、アイロンとか苦手だし…あと、勉強もあんまり……うっ、苦手なことばっかり…。」
聞かれてみれば苦手なこと盛りだくさんだったあかねは急に悲しげにうつむいてしまう。
「料理はお上手です。いつもおいしい食事を頂いております。勉強も成績は悪くないのですから悲観されることはないかと。私もお手伝いできるところは致しますし。あとは、アイロンですか。」
といいながら頼久はどこからか取り出したメモ帳にアイロンと一言メモをとる。
「頼久さん?なんでメモなんか?」
「忘れぬようにです。」
「はい?」
「神子殿が苦手とされているアイロンにつきましては、私が得意になっておけばよいかと。」
そう言ってにっこり微笑む頼久。
「だ、大丈夫です!私が頑張ります!」
これ以上頼久に自分が苦手な分野を得意になられてはたまらないと、あかねは必至に頼久を見つめる。
「承知致しました。」
そんなあかねを頼久は暖かく見守るのだった。
管理人のひとりごと
現代へやってきた頼久さん、意外となんでもこなします♪
やってみると器用だったようです(笑)
あかねちゃんが苦手となればアイロンかけだって練習しちゃいます(爆)
これはもうあかねちゃん頑張らないと!
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