恋文
「では、そろそろ暗くなりますので失礼致します。」

「はい、おやすみなさい、また明日。」

「お休みなさいませ。」

 いつものように許婚のもとを訪れて、いつものように他愛ない話をして、いつものように日が暮れたので挨拶を交わして頼久はあかねの屋敷を後にした。

 毎日のようにこの屋敷を訪れているというのに、土御門邸の武士団の棟へ戻る足取りが軽くなることはない。

 頼久はいつだって後ろ髪引かれる思いであかねの元を去るのだ。

 自室に戻っても何もすることがないから眠るまでの間、あかねのことばかり考えて眠れなくなるのを防ぐため、鍛錬まで始めることがある始末だった。

 それでもあかねの屋敷に泊り込むわけにもいかず、頼久はこの日も不機嫌そうな顔で自室へ戻ってきた。

 いつものように自室で寝る時刻になるまでの間を不機嫌そうな顔で過ごしていた頼久は、珍しく、あかねの屋敷から使わされた使いの者の来訪に驚いて目を丸くした。

 毎日のように屋敷に通っているからあかねのもとから使いがよこされることはめったにない。

 愛しい許婚の身に何かあったのかと一瞬緊張した頼久は、使いの手から差し出された紙を目にしてそれをひったくるように取り上げると花が添えられているのを見て小首をかしげた。

 急な知らせなら花など添えられているはずがない。

 頼久は慎重に紙から花を取り外すと几帳面にたたまれている紙を広げてみた。

 そこには見覚えのあるたどたどしい文字が並んでいる。

 見紛うはずのない、それはあかねの字だった。

「神子殿…。」

 一言そうつぶやいて目の前に文を運んできた使者がいるのも忘れて頼久は手紙に見入った。

『こんばんわ、頼久さん。さっきお別れしたばかりでおかしいと思うかもしれないですけど、文字を練習するためには手紙を書くのが一番いいと思って、頼久さんにお手紙書くことにしました。もし良かったら励みになるのでお返事下さい。』

 可愛らしい文字でそんなことが書いてある。

 自然と頼久の口元には笑みが浮かんだ。

 そして少し間をあけて最後に小さな字で書いてある文字を読んだ頼久の顔は幸せそうな笑みで満たされた。

『このお手紙で伝えたかったことは、私は頼久さんが大好きですということです。』

 最後に書かれていたこの一文は他の文章とは少しばかり文字の感じが違っていて、震えたようなその筆跡があかねが照れながら書いていたことを知らせているようで、頼久は更に笑みを深くするとすぐに部屋の中へ入って返事を書き、使いに持たせてやった。

 神子殿の修行のお相手が務まるならばこれほど名誉なことはないと、一人喜んだ頼久は使いの去っていく後姿が見えなくなるまで見送っていた。



 頼久に手紙を出してすぐ、あかねは返事が来るか来ないかとドキドキしながら縁に座っていた。

 ところがあかねが思っていたよりもずっと早く使いは戻ってきて、うっすらと梅花の香る美しい桃色の紙を差し出した。

 使いに労いの言葉をかけて下がってもらったあかねはすぐに頼久からの文を開いた。

 綺麗な桃色の紙に並ぶ文字は頼久らしく几帳面なのだが、いつもよりもかっちりとした文字で書いてある。

 それは明らかにこちらの文字に慣れていないあかねを気遣って書かれた文字で、あかねは頼久の優しさをその文字に感じて微笑んだ。

 あかねはゆっくりと一文字一文字を目に焼き付けるように真剣に読んだ。

『丁寧な文を賜り、有難うございます。神子殿から文を頂けるなど望外の幸いでございます。私も神子殿をお慕い申し上げております。神子殿の修行の助けとなるならばいくらでもお返事致しますのでいつなりとも使いをおよこし下さい。』

「はぅぅ。」

 文を読み終えたあかねは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 いつも恥ずかしいことをさらりという頼久だが、手紙でまでこうも恥ずかしいことを書いてくるとは思わなかった。

 恥ずかしいことを口にしたという自覚のない頼久の微笑を思い浮かべて更に頬を赤くしたあかねは桃色の紙を大切そうに胸に抱いて寝所へ入ると、そのまま褥に横になった。

 頼久からの手紙は梅花の香りがして、懐に抱いて褥に横になればまるで頼久が側にいるような気がして…

 あかねは幸せそうな微笑を浮かべるとそのまま眠りの中へと意識を手放した。




管理人のひとりごと

頼久さん、なんで桃色の紙なんか持ってたんですかっ?!
と突っ込みたい気分かもしれませんが、まぁ、ご都合主義ってことで(マテ
現代ならね、メールって手がありますが、京じゃお手紙でしょう、やはり。
律儀に自宅からあかねちゃんのところへ通ってる頼久さん、そりゃストレスもたまりますってところも書きたかったのです!





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