近傍
 頼久が仕事で遅くまで起きていることはそう珍しいことではない。

 締め切り前に忙しくなることもあるが、調べ物を始めると全て終わるまで気が済まず、ついつい夜遅くまで作業してしまうこともしばしばだからだ。

 今も仕事机の上に積み上げられた資料の山に埋もれて深夜1時を迎えよとしていた。

 文化祭の準備が忙しいということであかねは珍しくこの家を訪れず、そのことに少々落胆しながらも頼久はこんなふうにやるせない時間ができてしまった時こそとばかりに調べ物を開始した。

 結果、あかねに会えない寂しさを紛らわせようと必死になって作業に没頭してしまい、こんな深夜に至る。

 大体知りたいことを調べ終えて頼久がふっと溜め息をつきながら資料本を閉じまさににその時、机の片隅に放置されていた携帯が鳴った。

 着信メロディですぐに電話の相手があかねであることがわかった頼久は2コール目にはもう電話に出ていた。

「はい、頼久です。」

『あ、あの、あかねです。遅くにすみません、寝てました、よね?』

「いえ、調べ物をしておりましたのでご心配なく。」

『あ、それじゃあ、お仕事の邪魔しちゃったんですね…ごめんなさい…。』

「たった今終わったところですのでお気になさらず。」

 暗い声のあかねに本当に気にする必要などないのだとわかってほしくて、頼久は明るい声になるよう細心の注意をはらう。

『こんな時間に、本当にごめんなさい…。』

「神子殿…本当にお気になさらず。私はこうして神子殿のお声を聞くことができるだけでも幸せなのですから。」

『よ、頼久さんはまたそんなこと言って……。』

 顔を真っ赤にするあかねの姿が見えるようで頼久はふっと微笑んだ。

『私もちょっとだけ頼久さんの声が聞きたくて、こんな時間に迷惑だってわかってるのに電話しちゃいました、ごめんなさい。声が聞けたらなんか安心しちゃいました。』

 声を聞いただけで安心したと言ってもらえることは頼久にとってこの上もない喜びだが、今はそんな喜びに浸っている場合ではない。

 こんな深夜に不躾だとわかっていても電話をせずにはいられないほどのことがあかねの身に起きたのだということに気付いたからだ。

「神子殿、どうかなさったのですか?」

『…えっと……ちょっと学校で…文化祭の準備で…ちょっとだけ嫌なことがあったんですけど……。』

 そこまで話してあかねは先の言葉を飲み込んでしまった。

 ただ沈黙の時が流れる。

『ごめんなさい。頼久さんに話すような、そんなたいしたことじゃないんです。』

 それはあなたに話しても解決するようなことではないと言われているような気がして、頼久は唇を噛んだ。

 学校でのできごとでは、確かに自分に話をしても何か力になれるようなことがあるとは思えない。

 力になれないのに何があったのかと問い詰めることなどできなくて、頼久はただ自分の唇を噛んで耐えることしかできなかった。

『あの、本当に頼久さんの声聞いたら元気になれましたから。ちょっと眠れなかったんですけど、もう大丈夫ですから。有難うございました。』

「いえ…。」

『おやすみなさい。』

「おやすみなさいませ。」

 あかねの方から電話は切られ、頼久も耳から携帯を離すと深い溜め息をついた。

 あかねはもう大丈夫と言っていたが、頼久には涙さえ浮かべて悩み続けるあかねが見えるようで…

 しばらく書斎で携帯を握り締めながら唇を噛んでいた頼久は、とうとういても立ってもいられなくなって携帯だけを手に書斎を飛び出すとそのままリビングを駆け抜けて玄関から外へと飛び出した。

 何も考えずにただひたすらあかねの家へと深夜の住宅街を駆け抜ける。

 もちろんあかねの部屋をこんな時間に訪ねるような非常識なことができるはずがないのだが、それでも、少しでも愛しい人の側にいたくて。

 頼久は息を切らせて駆け続けて、そしてとうとうあかねの家の前へたどりついた。

 見上げれば二階にあるあかねの部屋の窓からは明かりが漏れていて、頼久はその窓の明かりをじっと見上げた。

 その窓明かりに人影が一つ見えるのは間違いなくあかねだ。

 頼久は近くにある電柱に背中を預けると、じっと窓の向こうに揺れる人影を見上げ続けた。

 そうすること数十分。

 部屋の明かりが消えたら帰ろうと頼久がそう心に決めた瞬間、あかねの部屋の窓ががらりと音を立てて開けられた。

「よ、頼久さん?」

 すぐに家の前の道路に立っている頼久に気付いたあかねは目を丸くして一瞬言葉を失った。

 そんなあかねに頼久はただ微笑んで見せる。

 ただあかねに少しでも元気になってもらいたくて。

「えっと…どうして…。」

「少しでも神子殿のお側にいたいと思ってしまいましたので。」

「…あの…えっと……有難うございます…凄く…凄く元気出ました。」

 涙さえ浮かべながらあかねはそう言って微笑んだ。

 想いは伝わった。

 頼久はそう確信して電柱から背を離した。

「お休みなさいませ、神子殿。」

「お休みなさい。明日は絶対会いに行きますから。」

「お待ちしております。」

 あかねが手を振ると頼久はあかねに一礼して見せて帰路についた。

 背後で窓が閉まる音を頼久は満たされた気持ちで聞いていた。

 ほんの少しでも神子殿の気持ちを晴らして差し上げることができた。

 そのことが頼久の足取りを軽くするのだった。





管理人のひとりごと

テーマはロミオとジュリエット?(マテ
ていうか、頼久さん、お出かけの時は鍵かけましょうよ(’’)
まぁ、それくらい焦ってたわけですハイ。
あかねちゃんが何を悩んでいたのかはそのうち読みきり短編の方で書くような気がします。
あ、あかねちゃんが窓を開けたのは頼久さんを想って夜空を眺めようと思ったからです。
長さ的にそこまで書く余裕がありませんでした(^^;






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