ふれあい
 あかねは階に座る愛しい人の大きな背中を御簾越しに見つめていた。

 あかねの愛しい人、頼久がこの京に残ってほしいと言ってくれたから、一大決心をしてここに残ったわけで。

 それはそれであかねにとっても大好きな人と一緒にいられる毎日が待っていたのだから、不安がないと言ったら嘘になるけれどそれでも京へ残ってからここ数日、幸せな日々が続いているといっても間違いではなかった。

 ただ、あかねが自分の世界での常識を思ってみると、確かに頼久と自分はいわゆる恋人同士にになったはずなのに、あかねが想像していた恋人同士とはどうも違う関係のように自分達が見えてしかたがなかった。

 何故なら。

 まず、頼久はあまりあかねに近づかない。

 近づかないどころか警護と称して局の中にさえ入ろうとしない。

 下手をすると庭に立っていたり、屋敷の外を巡回していたりする。

 これでは怨霊と戦っていた頃となんら変わりがないわけで、要は龍神の神子とその従者の図がそのまま継続されてしまっているのだ。

 怨霊はいなくなったわけだし、あかねは龍神の神子という身分は変わらないが、それでも神子としての役割は終えたのだし、今は左大臣家の養女という扱いで普通の女の子をやっているつもりなのだからもう少し恋人同士、みたいにしてくれてもいいのにと恋する乙女としては思わずにはいられない。

 毎日デートしたいとか、たまにはキスくらいしてとか、それほどのわがままを頼久に要求することが不可能なのは心得ている。

 だが、せめて隣に座ってほしいとか、たまには手をつなぎたいとか、局の中で二人でおしゃべりしたい、くらいのわがままは聞いてくれてもいいと思う。

 ところが、つい先日もおしゃべりしたいから中に入ってくださいと言ったとたんに頼久は凍り付いて困り果ててしまい、あかねは結局自分が縁に出て話をすることになったのだった。

 自分の世界の常識で言わせてもらえば、あかねとしてはもうちょっといわゆる、いちゃいちゃした状態になってみたいと思わずにはいられないのだが、今眺めている背中にそれを望むのは途方もないことのような気さえして深い溜め息をつくばかりだ。

「神子殿?どうかなさいましたか?」

 あかねの溜め息に気付いてそう尋ねながら振り返った頼久の表情が曇っていたのであかねは慌てた。

「な、なんでもないです。ちょっと考え事してただけです。」

「そう、ですか…。」

 まだ納得していないという様子の頼久にあかねは再び溜め息をつく。

「えっと…もうちょっと、なんていうか…せめて並んで座ってお話、しちゃだめですか?」

「それは、その……神子殿は私の主でもいらっしゃいますので……申し訳ございません。」

 やっぱり、と心の中でつぶやいてあかねは再び深い溜め息をついた。

 どうしたらわかってもらえるのだろう?

 自分は前から主だなんて思ってはいないし、そんなふうに扱われたくはないのだということを。

 すっかり困ったようにうなだれる頼久を御簾越しに見つめながらあかねは考え込む。

 このままだといつまでたっても恋人同士、みたくはなれない気がする。

 それどころか、この京へ残ってほしいと言ってくれた頼久のその言葉さえ疑ってしまいそうで…

 考えに考えて、どうしていいかわからなくなったあかねはふっと息を吐くと何かを思い切ったようにすっと立ち上がり、御簾を跳ね上げて局を飛び出した。

「神子殿?」

 今までうなだれていた頼久が目を丸くするのもかまわずに、あかねは思いっきり頼久の首に飛びついた。

 考えていてもしかたがない、頼久が行動できないなら自分から!と思いつめてしまったあかねの大胆な行動に頼久は目を白黒させるばかりだ。

「み、神子殿?!」

「あのね、私、頼久さんのこと、大好きですから。」

 この一言があかねの精一杯。

 本当はもっと私に触れてくださいとか、抱きしめてくださいとか、近くにいてくださいとか言いたいことはたくさんあったけれど、今は恥ずかしくてあかねにもこれ以上のことは言えなかった。

 だが、あかねの想いは伝わったようで、その背中に頼久のしっかりとした腕が回された。

「光栄です、神子殿、私もお慕い申し上げております。」

 耳のすぐ側で囁くように紡がれたその言葉にあかねは顔を真っ赤にしながらも嬉しくて、しばらく頼久の首にだきついたままうっとりと目を閉じていた。

 だが、ここが真昼間のしかも藤姫の屋敷の自分の局前の縁であったことを思い出して、急に恥ずかしくなったあかねが慌てて頼久からその身を離そうとすると、今度は逆に頼久にギュッと抱きしめられて身動きが取れない。

「よ、頼久さん?」

「…神子殿がお許し下さるのでしたら、しばしこのまま…。」

「……あ、あのぉ…許すも許さないも…私はこうしてもらうと嬉しいんですけど…でもその…今はその、誰が見るかわからないし、こんなところでこの状態はちょっと…恥ずかしい、かも……。」

 あかねにそう言われてやっと自分が何をしているのかに思い至った頼久は慌ててあかねを解放すると辺りを見回した。

 幸い人の気配はない。

「えっと、だから、御簾の向こうに行きません?」

「それは……。」

 返事に悩む頼久を見てあかねはくすっと微笑んだ。

「神子殿?」

「いいです。今日は抱きしめてくれたからもういいです。でも、そのうちちゃんと同じお部屋で一緒にお話、しましょうね。」

 そう言って微笑むあかねの優しさが嬉しくて、頼久もその顔に笑みを浮かべた。

 そしてあかねは、こうやって少しずつ変わっていく二人の関係が、いつまでも優しくて暖かいといい。

 そう思っていた。




管理人のひとりごと

時期的にはあかねちゃんが京に残った直後です。
まだ婚約してませんよ〜
ということですから、そりゃね、頼久さんですもの、いきなりベタベタは無理です(笑)
でも少しずつ少しずつ触れ合っていく優しい関係が二人にはお似合いです(^^)





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