
頼久は満たされた想いで局の片隅に座っていた。
柱に身を任せ、片膝を立てた楽な姿勢で座ること数刻。
刀は腰から外して傍らに置いてはいるが、その出で立ちは休日のくつろいだものだ。
御簾の向こうには綺麗に花の咲きそろった庭が見える。
風は初夏を思わせる暖かさで、時折御簾を揺らした。
平和で落ち着いた初夏の一日を頼久は穏やかな気持ちで過ごしている。
昨日は左大臣の警護で家を開けた頼久だったが、ここ数日忙しく働いていたこともあって珍しくゆっくりとした休みが与えられたのだ。
あかねを妻に娶って二ヶ月。
少し離れたところで必死に何か書き物をしているらしいあかねは小袿姿で愛らしい。
いまだにこの京の女性として恥ずかしくないようにと日々何かを勉強しているらしいあかねは、午前中はずっと香を合わせていた。
局に頼久が好む梅花の香りがうっすらと漂っているのはそのせいだ。
昼になるとあかねは文机を取り出し、今度は一心に書き物を始めた。
どうやら歌の練習をしているらしい。
やっと筆もなんとか使えるようになってきたあかねだが、それでもまだまだ字がうまく書けないのだと必死に練習中だ。
頼久は朝からずっとあかねの局の片隅でそんな新妻を見つめているのだ。
こうして少し離れたところで邪魔にならないように見つめているだけで頼久は幸せな想いで満たされた。
目の前で必死に何かに取り組んでいるこの妻が愛しくてならない。
だから目が離せない。
本当はしっかり抱きしめて腕の中に閉じ込めて離したくないところなのだが、毎日そんなことばかりしていたら妻に愛想を尽かされてしまいそうで。
ただじっと愛しい人の姿を見つめ続ける。
それだけでも夢ではないかと思われるほど幸せなのだ。
ところが…
「よ、頼久さん…。」
「はい?」
「さっきから、その…そんなに見つめられると……。」
「いけませんか?」
「あの……恥ずかしくてやりづらいんですけど……。」
そう言ってあかねが局の片隅へ目をやると、頼久が悲しそうな顔で自分を見ている視線にぶつかってしまった。
九歳も年上の夫が捨てられた子犬のような顔で自分を見ているのだ。
あかねは「うっ」と声をつまらせた。
「いけませんか?」
再度問われたこの言葉はさきほどよりもどこか切なげで、あかねは慌ててもじもじとし始める。
「えっと…いけないっていうわけじゃ……。」
頼久にしてみれば抱きしめて離したくないのを我慢して見つめていたのだが、それもダメだといわれてしまってはもうどうしていいのかわからない。
休みだというのにこの愛しい妻の側を離れるなどということはもとより選択肢にないのだ。
それでもどうやら困り果てているらしい新妻を見てしまってはさすがにこのまま見つめ続けることもできない。
頼久は悲しげな溜め息を一つつくとすっと刀を手に立ち上がった。
「承知致しました。では、御簾の向こうに控えておりますので。」
すっかり落ち込んでしまったらしい頼久の様子に慌てたのはあかねだ。
まさか見ないでほしいと言っただけで頼久がこんなに落ち込むとは思わなかった。
しかも御簾の向こうで控えるなんてそんな、まさか警護みたいな真似を大切な旦那様にさせるわけにはいかないとあかねは慌てて立ち上がると、向こう側へ行こうと御簾を持ち上げた頼久に抱きついた。
「い、いいです!行かなくていいですからっ!」
止めることに必死だったあかねは次の瞬間、頼久にぎゅっと抱きしめられているのに気付いて慌てて視線を上げた。
そこには何やら幸せそうに微笑んでいる頼久の笑顔が。
「よ、頼久さん?」
「いえ、神子殿がこのようにして下さることが幸せに感じられましたので。」
と言われて初めてあかねは自分が何をしたのかに気付いて顔を真っ赤にすると慌ててもと座っていた場所へと座りなおした。
「頼久さんはそこに座っててくださいっ!その……見ててもいいですから……。」
「はい。」
今度は嬉しそうに返事をした頼久は先ほど座っていた柱のところへ戻って座ると、またじっとあかねを見つめる。
その視線が嬉しいやら恥ずかしいやらであかねはまた真っ赤になりながら書き物を始めたが、その手元はおぼつかない。
でももう頼久に見つめないでとは言えなくて。
あかねは幸せなのに恥ずかしい複雑な想いで修行を続けるのだった。
管理人のひとりごと
本当はぎゅってしていたいんですよ、頼久さんは(笑)
こう見えて色々我慢してるんですよ(w
あかねちゃんもこんな頼久さんの相手は大変ってお話です♪
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