
頼久は雑誌に掲載する記事の取材で珍しく遠出を余儀なくされた。
どうしても現地を見てからでなくては書けない取材の依頼がきたのだ。
どうスケジュールを調整しても週末をまたいで泊り込みになってしまい、夏休み前の貴重な週末を使って料理を作りにきてれるというあかねの申し出を断らなくてはならなかった。
そのことが頼久自身が思っているよりもストレスになったようで、頼久の顔には始終不機嫌そうな表情が浮かびっぱなしだ。
朝、あかねに週末を空けられなかったことへの謝罪と遠出してくる旨を記したメールを出し、朝食もそこそにハンドルを握った頼久はまだ一言も発していない。
こちらの世界に来てからはもともと一人暮らしで、しかも仕事はほとんど家の中の書斎でする頼久は一日中一言も言葉を口にしない日も珍しくなく、京にいた頃の頼久は無口無表情が周囲の一貫した評価だったからそれこそ誰とも話をしないこともままあった。
だが、あかねが毎日のように自宅を訪ねてきてくれる今は違う。
だいたいはあかねが楽しそうに毎日の出来事を頼久に語って聞かせるのだが、いくら無口な頼久でも相槌はうつしたまに質問もする。
あかねに何か聞かれれば答えもするから毎日一言も言葉を口にしないということはなくなった。
だが今日は、朝から一言も発することなく、むっつりと不機嫌そうな顔で運転し続けていた。
運転し続けて先を急いだからといって泊まらずに日帰りできるような距離の場所ではないし、週末をあかねと過ごせるようになるわけでもないのだが、どうしてもあかねに会えないとなると気ばかりが焦る。
それでも元々が真面目な性格の頼久はイライラする気持ちを持て余しながらも、現地へ到着するとすぐに取材を開始した。
写真を撮り、気付いたことをメモし、手早く仕事をこなしていく。
ここでもやはり早く仕事を終えてしまおうと焦る気持ちに変わりはなく、いつもよりも相当早く取材を終わらせた頼久は宿に腰を落ち着けて手持ち無沙汰になってしまった。
そう、二日かけて取材しようと思っていたものを一日で終えてしまい、まだ夕暮れ時だというのにすっかりやることがなくなってしまったのだ。
窓際に置かれている椅子に座って深いためいきをついた頼久は無意識のうちに携帯を握っていた。
ほんのいくつかのボタンを押すだけであかねの声を聞くことができるのに、なかなか指を動かすことができない。
週末会えなくなったことをとても残念そうにしていたあかねの顔がちらついて、その後すぐに「お仕事だからしかたないですよね」と言って寂しそうに笑ったその顔も忘れられなくて、なかなか電話をかけることができない。
頼久は深いため息をついて携帯を手にしたまま外へと目を向けた。
薄暗くなり始めた南の空に上弦の月が白く輝いている。
この月を神子殿も眺めておいでだろうか。
思わず心の中でそうつぶやいて頼久は苦笑した。
結局、自分は神子殿のことしか考えることができないのだと改めて自覚して、口に出して言葉を伝えることが苦手だから、せめてメールでこの想いを伝えよう。
そう考えて頼久が携帯を持ち上げたその時、携帯から聞き慣れたメロディが流れてきた。
それはあかねからの電話がすぐにわかるようにと先日あかねが設定してくれた着信メロディだった。
ということは当然あかねからの電話であるはずで、頼久は慌てて携帯を耳に当てた。
「はい、神子殿、ですか?」
『あ、はい、あかねです。』
「どうかさなったのですか?」
『えっと……別にその……特別何かあったってわけじゃないんですけど……。』
頼久は眉間にシワを寄せてうつむいた。
自分が不在にしている間にまさか神子殿に何かあったのでは?
そんなことを考えて顔をしかめた頼久は、だが、次に聞こえてきたあかねの言葉に目を丸くした。
『明日は頼久さんに会えないなぁって…そんなことをずっと考えていたら、なんか寂しくなっちゃって…それで、気晴らしにってベランダから外を見たら、とっても綺麗な月が出てて…頼久さんと一緒に見れたらいいなぁって…そう思ってつい……迷惑、でした?』
「迷惑だなどということは決してありません!ただ、その……私も今、月を見ていまして…神子殿もこの月を御覧になっているだろうかと、そのようなことを考えておりましたので……。」
頼久が顔を赤くしながらそう言うと携帯の向こうからくすっというあかねの笑い声が聞こえてきた。
『同じこと考えていたんですね、私達。』
「はい、そのようです。」
そう答えた頼久はいつの間にか自分も自覚しないうちに、口元に優しい笑みを浮かべていた。
そして二人は、違う地から同じ上弦の月を見上げて少しばかり話をして電話を切った。
だが、その晩、眠りに着くその瞬間まで、二人は互いのことを想いながら幸せそうに上弦の月を眺め続けるのだった。
管理人のひとりごと
あまり長いことあかねちゃんと離れると頼久さんには禁断症状が出ます(爆)
結局二人とも、離れていても考えているのはお互いのことでしたっていうお話。
現代版は一緒にいる時間が長いので、たまに離れている場面を書きたかったのでした。
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