
京で暮らす貴族の女性は普通、御簾の外へ顔を出したりはしない。
よほどのことがなければ屋敷からは出ないし、もし出るとしても牛車を使う。
だから、家族以外の人間が貴族の女性の素顔を目にすることはめったにない。
けれど、源頼久の妻、あかねは話が少しばかり違ってくる。
もとは京の生まれでも育ちでもないこの異界の姫は、そもそもが活発な性質ということもあって屋敷に閉じ込めておけるような女性ではなかった。
愛する妻を籠の鳥のように屋敷に閉じ込めておくことは頼久にとっても本意ではない。
だから、頼久は牛車を使うならという条件付きで、何ヶ所かあかねが自由に外出しても良いという場所を決めてあった。
一つは藤姫の屋敷、もう一つは元八葉の仲間達のところ、そして最後は頼久がいることを確認することを条件に武士溜まりを訪れることも許可していた。
自分に妻がわざわざ会いに来てくれるのだから頼久がこれを禁じる理由はどこにもない。
ただしそれは、自分が武士溜まりにいれば、の話だ。
「凄くお天気が良くて、その、なんていうか、庭を眺めてたら頼久さんに会いたくなったといいますか……。」
目の前で頬を赤く染めながら来訪の理由を告げている妻を見て、頼久は口元をほころばせた。
天気が良かった、ただそれだけの理由で自分に会いたいと思ってくれたことはとても嬉しい。
嬉しいのだが……
頼久はもじもじとしているあかねから少し離れた場所に立つ若い武士達へと視線を移した。
そこには、この京では珍しく水干姿で現れた愛らしいあかねに見惚れる呆けた顔がいくつも並んでいる。
これだからと頼久は溜め息をついて視線に力を込めた。
自分の命を狙ってきた敵に投げるような鋭い目で武士団の後輩達を睨み付けると、若い武士達は「ひっ」と声さえあげておののいた。
「頼久さん?もしかして迷惑でした?」
「いえ、そのようなことは決して。文にてお知らせ頂いておりましたので、仕事も片づけてあります。神子殿さえよろしければ市でも眺めに参りましょう。」
「いいんですか?!」
頼久の提案にパッと表情を輝かせるあかね。
そして再びそのあかねの表情に見惚れる若い武士達。
それを視線で牽制する頼久。
声をあげそうになりながら若い武士達はおののき……
これでは同じことの繰り返しだ。
頼久は小さく溜め息をつくとさっとあかねを横抱きに抱き上げた。
「うわっ、よ、頼久さん?」
「市まではこの頼久がお運びいたします。」
「えっ!えええええっ!あ、歩けます!歩けますから!」
悲鳴にも似たあかねの声が遠くなって、そしてその姿が見えなくなると、若い武士達はやっと詰めていた息を吐いた。
やがては武士団の棟梁になると言われている若棟梁が妻をいかに大切にしているかは有名な話だ。
その妻の姿を目の当たりにすれば、若い武士達も何故自分達の若棟梁が妻に入れ込むのかがすっかりわかって溜め息をつかずにはいられなかった。
溜め息の意味は人それぞれ。
若棟梁ともあろうお人が妻にうつつをぬかすとは、いや、あれほどの妻ならしかたがあるまい。
あのように愛らしい方が武士溜まりにいらっしゃるとは奇跡だ。
何とかしてあの方に近づいてみたいがそんなことをしたら命がなさそうだ。
などなど…
武士団の若者達はこうしてそれぞれに悩ましい時を過ごすのだった。
管理人のひとりごと
あかねちゃんは外出普通でしたからね。
どんなに天気が悪くても閉じこもりとか無理でしょう。
で、頼久さんとしては安心できる場所っていうのはかぎられているわけで…
自分の側はもちろん安全地帯なんですが、その更に外側にはあかねちゃんを狙っている虫がいっぱいで大変というお話(笑)
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