花酔
 頼久は桜を見上げていた。

 桜はちょうど散り際で、ゆるやかな風が吹くたびに薄紅の花弁が頼久のすぐ側に舞い落ちた。

 最近は仕事が忙しくて物思いにふけるような時間がなかった。

 だが、京はあかねが訪ねてきてくれるというので仕事を片付けて時間を作ったのだ。

 まだ陽が昇るか昇らないかという早朝に起き出して家の中を一通り掃除した。

 それはあかねが訪ねて来る日のいつもの行事のようなものだ。

 掃除が全て終わって軽く朝食をとったらすることがなくなった。

 あかねが来るまでまだ間があったのでこうして久々に縁側に座って花を眺めてみた。

 いつもはあかねと二人で並んで眺める花を一人で見上げていると、自然と京のことが思われた。

 二度とは戻れぬ世界で皆は今どうしているだろうか?

 頼久の部下は皆優秀だった。

 きっとうまくやっているだろうと思う。

 桜を見ると思い出す兄を弔うこともできなくなってしまったが、きっとこうして桜が咲くたびに兄を想うことでその代わりにはなるだろう。

 兄ならばそれでいいと笑ってくれるに違いない。

 こうして思い返してみると懐かしいことばかりだ。

 たった一年前のことなのにもう京での生活が遥か昔の出来事のように思える。

 こんなふうに穏やかに昔を思い起こすことができる自分に頼久はふと微笑んだ。

 そしてやはりその脳裏にはあかねの姿が浮かぶ。

 あかねが自分の想いを受け入れてくれたからこそ今がある。

 そのことを思えばまたあかねに会いたい気持ちはつのって…

「頼久、さん?」

 会いたい想いがつのりすぎて幻聴でも聞こえたかと一瞬、己の耳を疑った頼久は垣根の向こうに愛しい人の姿を見つけて目を見開いた。

 どうやら物思いのせいでいつもは気づくあかねの気配に気づかなかったらしい。

「神子殿…。」

 そう呼んで頼久が優しく微笑むとあかねは何やら慌てた様子で玄関の方へ回った。

 そして家へは上がらずにそのまま庭へと駆け込んで、頼久に心配そうな顔を向けた。

「神子殿?」

「今、何を考えていたんですか?」

「は?」

「凄く寂しそうな顔をしていたから…。」

 あかねは頼久の兄のことを知っている。

 だからかと頼久は一つうなずいて、それからニコリと微笑んで見せた。

「神子殿に一刻も早くお会いしたいと、そう思っておりましたので。」

「よ、頼久さんはまたそんなことを…。」

「さぁ、こちらへどうぞ。ちょうど花が綺麗に散ってゆくところです。」

 頼久に勧められて隣に座って、あかねも共に桜を見上げた。

 まぶしそうに花を見つめるあかねが愛しくて、頼久はそっとその肩を抱き寄せた。

「京にいた頃のことを少々思い出していたのですが…。」

「はい…。」

「何を思い起こしてみても今こうして神子殿と並んで座っていられることの方が幸福だと改めて思いました。」

「頼久さん…。」

 あかねはほっとしたように微笑んで頼久によりかかった。

 頼久はそんなあかねを本当に愛しそうに優しく抱きしめるのだった。





管理人のひとりごと

頼久さんは現代へ来るにあたって色々なものを捨ててきてしまいましたが、振り返ってみたら捨ててしまったどんなものよりあかねちゃんがよかったって話(爆)
管理人は死者の弔いというのは心の問題だと思っています。
だから、葬式がどうしたとか墓参りがどうしたとかそんなことよりも心で故人を想うことの方がずっと大事だと思うのです。
頼久さんは心でちゃんを兄を弔っているというお話でもありました(^^)






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