御慶
 朝から深々と雪が降っていた。

 あかねにとっては京で初めて経験する年越しだ。

 年末年始はとてつもない数の行事があって、実はあかねもそのいくつかに招待されていたが、どれもこれも勝手がわからないし年越しくらいゆっくりしたいといって全て断った。

 頼久に至っては、今となっては京の絶対的権力者となりつつある左大臣が年末年始の行事にほぼ全て参加するものだから、その警護が鬼のように入っていたのだが、藤姫がどうしても初めての正月くらい神子様に許婚と共に過ごして頂きたいと泣いて言い張り、年越しの夜だけはとやっと休みを与えらえれたのだった。

 あかねは朝から降り続く雪をものともせずに一日中動き続けていた。

 厨にこもってひたすら料理し続けていたのだ。

 年越しはイノリや他の八葉も招待して仲間内で楽しく過ごすことになっている。

 もちろん、友雅も年末年始の行事には参加だし、永泉も同じく行事に参加でずっとあかねの元にいられるわけではなかったが、それでも少しは顔を出すと約束してくれた。

 鷹通も仕事があるらしいのだが、行事にはなるべく参加したくないのでやはり少しでよければあかねに顔を見せに来るといってくれた。

 イノリはもともと姉と共に暮らしていたが、その姉が恋人とめでたく幸せに暮らせることになったので、一人で迎える正月をどうしようかと考えていたところだから二つ返事で共に年を越そうといってくれた。

 ただし、夜になってからやってくると少しだけ考えてからそういわれたのが何故だかあかねにはわかっていない。

 もちろん、頼久と二人きりでなるべくいたいだろうというイノリの気遣いだったのだが。

 八葉のみんなが珍しくみんな来てくれるというのであかねはかなり張り切っていた。

 年越しの夜を手料理でもてなそうと考えて厨に立ったのもそのせいだ。

 ふだんは女房達がそんなことをさせてはくれないのだが、この年越しだけはとお願いしてなんとか厨に立たせてもらったのだった。

 おせち料理なんて作ったことがないから作り方がわからない。

 だから、あかねは今ある材料、今ある知識でできる普通の料理で我慢することにした。

 料理はそんなに苦手ではない。

 本当なら立派なおせち料理を作って見せてあげたかったけれど、何一つ整わないこの京で贅沢は言っていられない。

 あかねが厨にこもること数刻。

 全ての料理を終えてあかねが安堵の溜め息をついた頃、頼久がやってきた。

 一応、午前中はどうしてもと望まれて左大臣の警護をこなしてからやてきたのだ。

 時刻はもう昼。

 あかねは作った料理を少しずつ器に盛ってあかねの姿を探してキョロキョロしている頼久の前に出た。

「神子殿、遅くなりまして……それは?」

「みんなで夜、食べようと思って作ってみたんです。頼久さん、味見してもらえますか?」

「はい。喜んで。」

 神子殿が手ずからお作りになった料理を一番最初に頂けるとは光栄のいたりと頼久が姿勢をただす。

 そんな律儀な許婚を見て微笑みながらあかねは頼久と二人、簀子に座して料理の味見を始めた。

「どうですか?」

 一つ一つの料理を口に入れてはゆっくり味わう頼久の顔をあかねがのぞきこむ。

 いつもはきりりと引き結ばれている頼久の口元がほころんで、その端整な顔に優しい笑みが浮かんだ。

「どれも美味かと。」

「よかったぁ。」

 中には珍しい味付けのものがあるものの、それはおそらくあかねの世界の味なのだろうと思ってしまえば頼久にとってはどれもあかねの手料理というだけで美味なものになる。

 つまり頼久は味見をする役目には全くふさわしくない存在なのだが、それはそれ、身近に意見を聞ける者がいないのだからしかたがない。

 結局、味見役の頼久の太鼓判であかねの料理は全ておいしいということになり、嬉々としてあかねは料理を器に綺麗に盛ると、それを自分の局へと運んで八葉達がやってくるのを待つことにした。

 もちろん、その傍らには頼久の姿がある。

 朝から降る雪はすっかり庭を白く染め上げて、庭はなんとも美しい冬景色となっていた。

 二人並んで縁に座って、寒いからと言って少しだけいつもよりも近くに寄り添って。

 新しい年まであと少し。

 頼久とあかねは互いに微笑み会いながら庭を眺めつつ、仲間を待ちながらゆったりと過ごすことにした。

「あっという間だったなぁ。」

「はい。」

「春でしたもんねぇ、私がここに来たのって。」

「はい、桜の美しい頃でした。」

「頼久さんと墨染の桜、見に行きましたもんね。綺麗だったなぁ。来年もまた連れて行ってくれますか?」

「お望みとあれば。」

 優しく微笑む頼久のそのやわらかな表情が嬉しくて、あかねも満面の笑みを浮かべて見せる。

 出会ったばかりの頃の頼久はいつもその端整な顔に厳しい表情を浮かべて、口元をきりりと引き結んで、眼光鋭く辺りをにらみつけている感じであかねも恐ろしいとさえ思った。

 それが今ではすっかり優しくてやわらかい笑顔を見せてくれるようになった。

 それがあかねにはとても嬉しいのだ。

「最初はどうなることかと思ったんですよね。いきなり龍神の神子だなんて。それに京は私が全然知らないことばかりの世界だったし。でも、八葉のみんなや藤姫がいてくれたおかげでなんとかなっちゃいました。頼久さんにも本当にたくさん助けてもらいましたよね。有難うございました。」

 そう言ってあかねはぺこりと頭を下げる。

「と、とんでもありません。お救い頂いたのは私の方です。兄の死にとらわれ、明日を見ることをしなかった私に未来をお与え下さったのは他ならぬ神子殿です。しかも、私のような者の望みを聞き入れ、この京へ残って頂き……まことに…。」

 慌ててそこまで言って、頼久はうつむいた。

 そう、あかねにこの世界へ残ってほしいと願い出たのは自分だ。

 そしてその願いを聞き入れたがためにあかねは元いた世界の全てを捨てることになってしまった。

 そんな選択をさせてしまったことを頼久は今更ながらに思い起こしたのだ。

「頼久さんと、もう一度桜が見たかったんです。」

「は?」

「残ってほしいって言ってくれた時、凄く嬉しかった。そりゃもちろん、私が育ってきた世界やお父さんやお母さんや、天真君や詩紋君や蘭や、学校の友達とかそういう全てとお別れしなくちゃいけないのは悲しかったですけど、それ以上に、頼久さんと一緒にいることができるっていう喜びの方が大きかったんです。だから残ることにしたんです。頼久さんとまた桜を見て、夏の暑い時に川に遊びに行ったりして、秋の紅葉を見て、雪で雪うさぎを作ったりして…そうやって過ごしたかったんです。」

「神子殿…。」

「だから、頼久さんは私を引きとめたこと、絶対に後悔なんてしないで下さいね。引き止めてくれたこと、私にはとっても嬉しかったし、それに、最終的に残るって決めたのは私自身なんですから。」

「御意。」

 いつものようにただそうとだけ言って頼久は微笑んで見せる。

 今はただ、この愛しい許婚に幸せで在る自分を見せたくて。

「今年一年、本当にお世話になりました。来年も宜しくお願いします。」

 急に改まってあかねがそう言って頭を下げた。

 一瞬、目を大きく見開いて驚いた頼久は、慌てて居住まいを正すとやはりきちんと頭を下げる。

 結い上げられている長い黒髪がさらさらとその背を流れた。

「こちらこそまことにお世話になりました。来年も、それ以降も宜しくお願い致します。」

 必死の想いでそれだけの言葉を紡いで頼久が顔を上げると、そこにはあかねの幸せそうな微笑があった。

「おいおい、いちゃつくにはまだ早いと思うぜ。」

 そういいながら現れたのはイノリだ。

 少しばかり身長が伸びたイノリはさすがにバツが悪そうだ。

「い、いちゃついてなんかないよ!」

「夫婦仲がよいのはいいことです。イノリもそのように言わず。」

 イノリの後ろから現れたのは鷹通だった。

 どうやらこの二人、一緒にやってきたらしい。

「ま、まだ夫婦じゃありません!」

 真っ赤になってそういうあかねが可愛らしくて、男3人はその顔におだやかな笑みを浮かべる。

 少しばかり髪も伸びて、十二単もさまになってきたあかねは怨霊と戦っていた頃よりも愛らしく、女性らしく見えるようになってきた。

 もうすぐ婚儀を控えた女性だから当然のことなのかもしれないのだが、そうやって成長していくあかねは八葉達の予想を越えて美しくなりつつあった。

「そんなことより、イノリ君と鷹通さんが一緒にくるなんて珍しいですね。」

「友雅殿と永泉様は色々とお忙しいようでしたから。」

「はぁ…。」

「俺一人でここにきて、二人の間にいるのはしんどすぎるだろ…。」

「というイノリと私も同じことを考えまして、二人でくることにしたのです。泰明殿にも声をかけたのですが、泰明殿も陰陽師として色々と仕事があるようで。」

「あぁ、陰陽師さんは忙しそうですよねぇ……って、へ?どうしてしんどいんですか?」

 キョトンとするあかねにイノリと鷹通は顔を見合わせて苦笑した。

 頼久はというとどこか申し訳なさそうな顔をしてうつむいている。

 イノリや鷹通とてあかねのことを憎からず思っていたのだが、どうやら本人はそのことに気付いていないらしく、時折こうして残酷なことを言うのだ。

 さすがに頼久は彼らの想いに気付いているからいたたまれない様子だが。

「お二人の仲がいいのはよいことですが、それを見せつけられるのは…。」

「しんどいって言ってんだよ。」

「み、見せ付けたりしないよ!やだなぁもぅ、イノリ君も鷹通さんも…。」

 真っ赤になってうつむくあかねに苦笑しながらイノリはさっさと縁に座る。

 鷹通もそれに習って縁に上がった。

「お、これ、あかねが作ったのか?」

「うん、そうだよ。みんなで食べようと思ってたくさん作ったから食べて食べて。」

「おう。」

 嬉しそうにすすめるあかねを見てはイノリが食べずにいられるわけもなく…

 残る仲間がやってくるのを待たずにイノリは料理に手をつけた。

 いつもならうるさく言う鷹通だが、今日ばかりはその顔に微笑を浮かべてイノリを見守っていた。

「鷹通さんもどうぞ。お酒も用意してるんですけど。」

「それは皆が集まってからで。」

「はい。」

 それでも自分くらいは仲間を待とうとたたずむ鷹通にあかねも無理強いをしたりはしない。

 久々に集まった仲間達との時間は穏やかで暖かい。

「新年をこのように穏やかに迎えることができるとは、あの戦いの最中には想像もできませんでした。」

「そうですねぇ。」

「これもみな、神子殿のおかげです。有難うございました。」

 改めて姿勢を正して鷹通は深々と一礼する。

「そ、そんな!みんながいてくれたからできたことですよ。私の方こそ有難うございました。」

 あかねも深々と頭を下げると、なんだか鷹通と二人、何かの取引でもしているかのようだ。

 二人同時に顔を上げて、視線を合わせて微笑み合っているとそこへ友雅と永泉がやってきた。

「鷹通、あまり神子殿とそのように親しげにしていると、命がいくつあってもたいないよ?」

 やってきて早々に言う友雅の言葉にはっとして鷹通がすっと頼久の方を見やると、そこにはどんよりと小さく座っている頼久の姿があった。

「なんで命がいくつあっても…。」

 と、疑問を口にしながら鷹通の視線を追ったあかねは頼久に上目遣いに見つめられてしまい…

「え、えっと…頼久さん?」

「まったく。神子殿を独り占めにしておきながらそれでもまだ足りぬとは欲張りだな、頼久は。」

 からかうようにそういいながらあかねの隣に座る友雅。

 頼久は上目遣いにあかねを見ていた目を友雅へと向けると、その視線を鋭い刃のようなものに変化させた。

「友雅殿、そのようにおからかいになっては…。」

「そうですよ、そうやっていつも友雅さんがからかうから頼久さんがむきになるんじゃないですか!」

 永泉が最後までいえなかったことをきっちりあかねが口にすると、友雅は楽しそうに口に扇を当てて笑って見せた。

 相変わらずの艶な姿で趣のある様子だ。

「はいはい。お二人にそう言われたのでは控えずにはいられないね。」

 一人楽しそうな友雅から離れてあかねはさっさと頼久の側近くに座り直した。

 これで少しは頼久に機嫌を直してもらおうというのだ。

 そんな単純なことで機嫌が直るものだろうか?と一同が思っている間にも頼久の顔には幸せそうな笑みが浮かんで、あかねと二人視線を交わしている。

 残る四人はそれぞれに顔を見合わせて苦笑した。

 この二人、なんだかんだいいながら結局のところ誰も間に入れないほどの中睦まじさだ。

「今からそんな様子では明日までこちらの身がもたないよ、神子殿。先に出しておいた私の使いは到着しているかな?」

「あぁ、琵琶を持ってきた人、ですか?」

「そうそう。主上に京から怨霊を退けた功績に対して何か褒美をとらせたいとずっと言われていてね。私としては褒美を頂くようなことをした覚えもないから、まぁ、主上のお気がすむのならと琵琶の名器を賜りたいとお願いしてあったのが先日届いたのだよ。主上がお選びになった名器の音色を神子殿にも披露しようかと思ってね。」

「うわぁ、じゃぁ、友雅さんが琵琶を弾いてくれるんですね!楽しみ!」

「そんなに期待されるとその期待にこたえられそうになくて心苦しいのだがね。」

「何をおっしゃいます、友雅殿の琵琶の音はことのほか優雅で美しいと、わたくしなどでもそう思います。」

 音楽の話になったのでようやく落ち着いた口調で語ったのは永泉だ。

 普段は物静かであまりはっきりと物を言わない永泉だが、音楽の話だけは別だ。

「いえいえ、永泉様の笛の音にはとうてい及びませんよ。」

「そ、そのようなことは…。」

「永泉さんの笛も私、大好きです。」

「神子…。」

 あかねににっこり微笑まれて永泉は頬を赤くしながらうつむいた。

「そうだ、神子殿の琴も聞かせて頂けると楽しいのだがね。」

「は、はいぃ?」

「最近、また腕を上げられたのだと藤姫が嬉しそうに話していたよ?」

「ふ、藤姫ったらぁ……。」

 そんな話をして一同が盛り上がっている間にすっかり日は暮れて、吊り灯篭に火が入る頃になってやっと泰明が姿を現した。

 庭につもった雪を踏みしめる音が聞こえて一堂が一斉に音のする方を見ると、すっかり寒くなったというのにいつもと同じ服装の泰明の姿が見えた。

 無表情なその顔もいつもと変わらない。

「泰明さん、いらっしゃい。ずいぶん遅かったんですね。お仕事ご苦労様です。」

「神子に労われるような仕事は一つ二つしかしていない。問題ない。」

「はい?」

 あかねは泰明に何か頼んだだろうかと小首を傾げて、そして何も思い出せずにうつむいた。

「泰明殿、神子殿に仕事を言いつけれていたのですか?」

 あかねの様子を察して問いただしたのは鷹通だ。

「いや、今年は色々あった。用心しておくにこしたことはない。結界を二重に張り直し、式神を3体ほど警護につかせた。」

『……』

 一同が絶句する中、泰明はいつものように何事もなかったかのような顔で永泉の隣に座った。

「え、えっと…みんなに食べてもらおうと思ってたくさんお料理しておきましたから食べてくださいね。あと、お酒もありますから楽しんでいって下さいね。」

 そう言ってあかねが一同を笑顔で見渡すと、八葉の面々はそれぞれ楽しそうにうなずいて料理に手をのばした。

 さぁ、やっと役者がそろって宴会だ!と一同が張り切ったその時…

「神子様ぁ。」

 庭まで乗り入れられた牛車から小さな姫君が姿を現した。

「藤姫!」

 慌ててあかねが立ち上がるより一瞬早く立ち上がった友雅は、すっと牛車に歩み寄るとたった今、牛車から自らの力で下りようとしていた藤姫を抱き上げてあかねの元へと運んでしまった。

「本当にくるとは思わなかったよ。」

「友雅殿や八葉の皆様ばかりが神子様と一緒にお年越しだなんて……絶対、わたくしも神子様と一緒に新しい年を迎えさせて頂きますから!」

 少しばかり大きな瞳に涙を浮かべて拗ねる藤姫をクスッと笑って見下ろす友雅。

 そして隣に座っているあかねはというとさっそく藤姫の両手をにぎにぎしながら微笑んだ。

「私だって藤姫と一緒に新しい年を迎えられるなら凄く嬉しいよ。でも、藤姫は色々出席しなくちゃならない行事があったんじゃない?」

「先程までは出席しておりましたの。でも、気がつけば友雅殿も姿を消していらっしゃるし、わたくし、お父様にお願いして退出させていただきました。」

「そっか。じゃぁ、一緒にお年越しできるね。」

「はい、神子様。」

 可愛らしい姫二人が楽しそうに手を握り合っているのを八葉は優しく見守った。

 最近では友雅が頻繁に通いだしたという噂が流れている幼い藤姫だが、どうやら中身はまだまだ子供らしく、すっかりあかねに懐いて幸せそうだ。

 姫君二人は楽しげにおしゃべりを始め、友雅の前座にと永泉が笛を奏でるともうすっかりそこは年越し宴会会場だ。

 あかねと藤姫がおしゃべりに夢中になり、鷹通と泰明が陰陽の話などを始め、イノリがすっかり食べることに集中し始めると友雅はすっと頼久の背後に腰を下ろし、柱に身を預けた。

 今まであかねと藤姫を優しい微笑で見守っていた頼久の表情が曇る。

「よく許したねぇ、頼久。」

「は?」

「愛しの神子殿と二人きりで新しい年を迎える良い機会だったろうに。」

「神子殿と二人で新年を迎える機会はこれからもいくらでもございますので。」

「言うねぇ。」

「それに、神子殿が最近は皆それぞれに忙しく、顔を合わせることもできぬのでせめて年越しくらいは仲間と共にと願っておいででしたので。」

「主の欲するところを成すのが武士の務め、かい?」

「いえ…。」

「ふーん。」

 否定した頼久の顔をのぞきこんで、友雅はニヤリと笑う。

 やっと主従ではないといえるようになったか。

 友雅はそんな思いを込めて笑みを送ったのだが、どうやら頼久の方はそれに気付かなかったらしく「いえ」の後に何を言おうかと思案し始めてしまった。

「まだまだだねぇ、頼久。」

「は?」

「愛しい妻の願いをかなえるのは夫の務めと早く言えるようになりなさい。」

「と、友雅殿!」

 頼久があまり大きな声で叫んだものだから、一同の視線が一気に頼久と友雅に集中した。

「友雅さん?」

 あかねにいたっては「また何かおかしなことを頼久さんにいいましたね?」というような視線を送ってきたものだから、友雅はクスクスと笑いながら藤姫の隣へとその身を移した。

「友雅さん、頼久さんをからかって遊ぶの、本当にやめてください。」

「はいはい。」

 友雅は可愛らしい姫君二人にきりりと睨まれて、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 友雅にとってはあかねと藤姫、二人の怒りなどかわらしいものなのだ。

「お詫びに琵琶を弾こうか。姫君お二人にはそれでお許し頂けませんか?」

 ふざけたようにそういいながら友雅が琵琶をかき鳴らすと、場の空気が一変して、一同は皆その音色に聞き惚れた。

 雪の降る、静かな大晦日の夜は、こうして楽しく更けていくのだった。





 翌日。

 日が高く昇る頃になって、あかねの屋敷を訪れた一行は帰宅した。

 それぞれに今年も互いに連絡を取り合うこと、たまには共に楽の音の一つも楽しむことを約束して。

 最後まで残っていた頼久が帰ろうかと身支度を整えたその時、今まで皆を楽しげに見送っていたあかねの顔が急に曇った。

「では、神子殿、私もそろそろ……神子殿?どうかなさいましたか?」

「あの……ごめんなさい。」

「は?」

「二人っきりの方がよかったですよね……ごめんなさい。」

「いえ、そのようなことは…。」

 あるのだが、それを正直に言えるほど頼久は図々しくはない。

「でも、頼久さんとはこれからもずっと一緒にいられるから…みんなと集まる機会はもうそんなにないかもって思って…。」

 うつむいて寂しそうなあかねの肩を頼久はそっと抱き寄せた。

 そう、八葉の面々がそれぞれの立場で忙しくなり、怨霊と戦っていた時のように気軽には会えなくなってきていることがあかねにはわかっているのだ。

「神子殿、ご心配には及びません。確かに皆、それぞれの立場もあり、忙しくもありましょうが、神子殿が会いたいとおっしゃれば皆すぐに飛んで参りましょう。我らは神子殿の八葉ゆえ。」

「そうですよね。たまにだったら会えますよね。それに頼久さんはずっと一緒にいてくれるんだし。」

 そう思い直してみてもあかねの心に一度救った寂寥感はそう簡単には消えてはくれないらしく、頼久に肩を抱かれながらも顔を上げられない。

「あの……頼久さん。」

「はい。」

「もう少しだけここにいてもらってもいいですか?」

 恐る恐る視線を上げるあかねに頼久は優しく微笑んで一つうなずいて見せた。

 こんなに寂しがっている許婚を置いてどうして帰ることなどできようか。

「御意。」

 そうとだけ答えた頼久は少し何かを考えてから御簾を上げて局の中へとあかねの肩を抱いたまま自ら進んで入った。

「頼久さん?」

 今までにない急な頼久の行動に目を丸くするあかね。

 頼久は局の中へ入るとすぐに胡坐をかいて座り、すっとあかねの方へ手を伸ばした。

「はい?」

「どうぞ、御手を。」

 頼久が何をしたいのか全くわからずに言われるがまま手を伸ばしたあかねは、その手をつかまれ、ぐいっと引かれてそのまま頼久の膝の上へと座り込んでしまった。

 すると、悲鳴をあげる間もなく体をぎゅっと腕の中に閉じ込められてしまう。

「よ、頼久さん…。」

「愛しい妻の願いをかなえるのは夫の務めですので。」

「はぅっ。」

 あかねは頼久の腕の中で顔を真っ赤にしてうつむいた。

 とてもではないがこの状況で頼久の顔を見上げるなんてことはできそうにない。

 一方頼久は、腕の中に愛しい許婚を閉じ込めて、やはりこちらも顔を真っ赤にしていた。

 そして心の中で、神子殿ご本人に顔を見ないでならば言えたと、ほっと安堵の溜め息をついていたのだった。








管理人のひとりごと

はい、京チーム新年を迎えました♪
ゲームの終了時点から話を始めたから京版は季節が合わないなぁ(’’)
年が新しくなるということで頼久さんもちょっと進歩したようですね(笑)
ちょっとだけ藤姫と少将様にも登場してもらいました。
平和になった京で穏やかにお年越し、きっとそうなってるだろうなぁと。
年末年始は公式行事目白押しなんですが、さすがに書ききれないのでやめました(爆)
年が明けてからはまた何か平安時代の行事を書けたらいいなと思ってます。




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