
「いや、集まっているね。」
響いた声にあかねと周囲にいた一同の視線が庭の隅へと流れた。
にこやかな笑みを浮かべて歩いてくるのはいつも通りのあでやかさを持つ友雅だ。
そしてその右隣には鷹通、左隣には永泉が並んで歩いている。
永泉はいつも通り穏やかな顔をしているが、鷹通は何故か苦笑を浮かべていた。
「友雅さん、来てくれたんですね。」
「そりゃ、我らが神子殿のためだからね。」
「でも、確か年越しって友雅さんみたいな貴族は忙しいんじゃなかったでしたか?大丈夫ですか?」
「我らが神子殿のためならどんなことを差し置いても駆けつけるに決まっているだろう?」
そう言って縁に座る友雅にあかねが困ったように苦笑していると、鷹通が小さく溜め息をついてから口を開いた。
「大丈夫ですよ、神子殿。主上が自分は行けぬから代わりに行って神子殿をお慰めせよとおっしゃって下さったのです。」
「え、そうなんですか?」
「ええ、それで私も仕事から解放されましたし、永泉様もこうして共にここへ来ることができたというわけです。」
「主上のせっかくのお心遣いですので、今宵は神子に仕えさせていただきます。」
「つ、仕えないでください。」
さらりと上品な口調の永泉に思わずそう言いながらも、あかねはどうやら仲間達と共に新年を迎えられるらしいことに浮かれていた。
何しろ、年越しだというのに、どうしても人手がたりなかったとかで頼久は今、左大臣の警護で内裏へ出かけたままなのだ。
「主上も気の利いた事すんじゃん。」
あかねの隣でそう言って満足そうに笑ったのはイノリだった。
イノリがここへやってきたのはたまたま時間ができたからだが、頼久が不在と知って憤慨していたところだった。
いわく、この京を救った神子が一人で年を越すなんてことを強要するなんて主上は何を考えているのか?と。
「鷹通殿や永泉様はともかく、友雅殿をよこすくらいでしたら頼久をお返しくださればよいものを。」
この手厳しい意見はイノリと共にあかねを挟むように座っている藤姫だった。
藤姫はイノリよりもかなり早くあかねのもとへやってきて、以来ずっとあかねに頼久が不在であるのは自分の不行き届きだと嘆いた後、頼久を連れて外出した父への恨み言を並べ続けていたところだった。
あかねはといえば、年越しは一人で過ごさねばならないらしいと覚悟を決めたところに藤姫がやってきてくれて喜んでいたところにイノリがやってきた。
更には友雅が鷹通と永泉も連れて来てくれたことで突然賑やかな年越しを迎えられそうになったので、今、あかねの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「まぁまぁ、頼久ほど腕の立つ者はそうは見つからないからね。」
「ですから、友雅殿が頼久の代わりをつとめればよろしかったのでは?と申し上げているのです。」
「おや、藤姫は私の腕前をそんなに評価してくれているのかい?」
「そ、そういうわけでは…。」
思わぬ友雅の切り返しに藤姫が恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむくのをあかねは優しい微笑を浮かべて見つめた。
藤姫は友雅にだけ少々厳しい物言いをするが、それは友雅に親しみを感じているからに違いないのだ。
それはどうやらあかね以外の仲間達にもわかっているらしく、気付けば鷹通、永泉、イノリもあかねと同じような表情で藤姫を見守っていた。
「すっかりそろっているな。」
あかねの周囲を優しく温かい空気が満たしたその時、そこへ凛とした声が響いた。
「泰明さん!」
「ずいぶん時がかかりましたね、泰明殿にしては。」
驚くあかねに対して永泉が落ち着いているのは、自分がここへ来るということを泰明に知らせたのが永泉だったからだ。
共に寂しく過ごしているあかねをなぐさめようと文に書いておいたから、泰明がすぐに駆けつけると思っていたのだ。
今でも何がなくともまずは神子が最優先は元八葉の面々の変わらぬ一面だった。
「少々仕事をこなしてきたのでな。」
「忙しいのにわざわざきて下さって有り難うございます。」
「神子の身を守るのは我らが勤め、問題ない。」
「もう神子じゃないですし、勤めでもないと思うんですけど。」
「問題ない。」
いつも通りの態度の泰明は永泉と共に縁から中へと入り、イノリの隣へと陣取った。
共に京を守っていたあの頃と変わらない泰明のその態度は鷹通の顔にも穏やかな笑みを引き寄せて、その身を友雅の隣へと落ち着けさせた。
「本当に嬉しいです。今年はちょっと寂しいなって思っていたところだったので。みんながこんなふうに集まってくれるなんて思ってもみませんでした。」
「まぁ、我々では神子殿は物足りないかもしれないけれどね。」
「そんなことないですよ。みんなにもずいぶん会っていませんでしたから。」
そう言ってあかねが微笑むと、元八葉の面々は苦笑を浮かべた。
主上の信用が更に増した友雅だけではない。
元八葉の面々はそれぞれに皆、以前より遥かに忙しい毎日を送っていた。
だから、もちろんあかねのことを忘れたわけではないけれど、自然と足が遠のいていたことは事実だった。
もちろん、彼らの足が遠のいている間は頼久が毎日あかねの側にいたわけなのだが。
「すまなかったね。今年一年の己を反省して、来年はここへ通い詰めることにするよ。」
「そ、そういう意味で言ったんじゃないです!」
「神子殿、友雅殿もわかっておいでですよ。友雅殿もいいかげん神子殿をからかうのはやめて下さい。」
こうして友雅をたしなめるのもいつものように鷹通の役目だ。
「か、からかっていたんですか?」
「いやいや、本心から反省しているよ?」
そう口では言いながらもウィンクして見せるその様子にあかねはクスッと笑みを漏らした。
そこへ女房達が料理と酒を運び込み、あかねのいる局から縁までが一瞬にして宴会場と化した。
「これはこれはたいそうなごちそうだね。」
「藤姫が用意してくれたんです。」
「当然ですわ。お父様が頼久を連れて行ってしまわれたのですもの、神子様にはお食事くらい楽しんで頂きませんと。」
藤姫が愛らしく料理を皆に勧め始めると、あかねは瓶子を手に皆へと酒を注ぎ始めた。
「今年一年、お世話になりました。」
「神子殿にこうして酒を注いでもらって飲めるなら、一年中いくらでも御世話をしようというものだよ。」
最初に注がれて、艶の光る言葉を返しているのは友雅だ。
「それはダメですよ。友雅さんはみんなに頼りにされてるんですから、お仕事してもらわないと困ります。」
「これはこれは、我らが神子殿は相変わらず厳しいね。」
「厳しくありませせん。普通です。鷹通さんも、お世話になりました。来年もよろしくお願いします。」
「いえいえ、こちらこそお世話になりました。来年のみならず末永くよろしくお願い致します。」
「はい。永泉さん、今年もお世話になりました。」
「わたくしの方こそ神子には本当にお世話になり通しです。来年こそ、何かご恩返しができればよいのですが…。」
「そう思うのなら、一曲吹いて聞かせてくれればよい。永泉の笛なら聞きたいと思う者はいくらでもいるのだから。」
途中から口をはさんだのは泰明だ。
その顔はいつもと変わらぬように見えて、どこか柔らかく微笑んでいるようにも見える。
「それくらいのことでよいのでしたら、後程お望みのままにいくらでも。」
「あ、じゃあ、永泉さんがいっぱい食べて飲んで、一息ついてから聞かせてもらえると凄く嬉しいです。」
「承知しました。」
嬉しそうに微笑んだ永泉から泰明へとその身の向きを変えてあかねは泰明が手にした盃に酒を注ぐ。
「今年一年お世話になりました。」
「神子に気を配るのは我らの役目、問題ない。」
「いえ、あの、私もう神子じゃありませんし…。」
「神子はたとえ役目を終えようとも我らの神子に変わりない。」
「泰明さん…。」
「守りたいから守るのだ。問題ない。」
「はい、今年もよろしくお願いします。」
たどたどしい泰明にあかねはクスッと笑みを漏らした。
いつも泰然としている泰明がこうして少しでも感情らしいものを見せるのはあかねにとっては喜ばしいことなのだ。
「イノリ君も色々お世話になりました。」
「え、ああ、おう、来年も任せとけ!」
「うん、よろしくね。」
少しばかり慌てているイノリはといえば盃を手にあかねが注ぐ酒を受けた。
酒が飲めるようになったのは最近のことだ。
こうして他の元八葉の面々と共にあかねの注ぐ酒を受けることができるということが、イノリにとっては少しばかり大人に近づいたような、少しだけ恥ずかしい気分だ。
胸を張って酒を口にするイノリに微笑みかけてから、あかねは藤姫の前に移動すると瓶子を置いた。
「藤姫は…お酒、飲めないよね。」
「はい。お気遣い頂きまして、有り難うございます。わたくしも今年も神子様にはお世話になりました。これからも末永く、よろしくお願い致します」
「こちらこそお世話になりました。これからもよろしくね。」
酒を飲むことができない藤姫にはあかねが両手を握ってから優しく二人微笑み合い、そんな二人を一同が微笑ましく見守っているところに突然人の気配がした。
「あかね!」
「頼久さん?!」
庭へと飛び込むと早々に縁へと駆け寄り、頼久はすぐにあかねの側へと駆け寄った。
いつもなら静かに帰宅の報告をしてから一礼するところだ。
「よかった、無事なのですね。」
「無事?何がですか?」
「あかねがです。」
「無事っていうか…楽しいですけど…へ?」
ここで頼久が一つ安堵の溜め息をつき、辺りを見回した。
驚きで目を丸くしているのは藤姫、鷹通、永泉、イノリだ。
何故か友雅はクスクスと大笑いしたいのをこらえているようで、反対に泰明はいつも通り欠片ほども変わらない表情で酒を口にしていた。
視線を戻したそこにあったあかねの小首を傾げた姿の愛らしさに頼久が一瞬目を奪われるのはいつものこと。
次の瞬間、頼久は再び泰明を見つめていた。
「泰明殿、これはどういうことでしょうか?」
「へ、泰明さん?」
剣呑な頼久の声にも泰明は眉一つ動かすことはない。
そして頼久の側ではあかねが目を白黒させていた。
「おおかた、泰明殿は神子殿の身に危険が迫っているので急ぎ八葉である頼久を屋敷へ戻すべしという文でも内裏へ送ったのかな?」
あでやかな声が紡いだ言葉に誰もが目を見開いた。
目を見開いた理由はそれぞれだ。
驚いた者もあれば感心した者もいる。
ただ、頼久だけはあきれたように深い溜め息をついた。
「そういうことなのですか?」
「内裏には十分な警護がなされていた。頼久はあの場には必要ない。より必要としている者の方へと配置を変えただけだ。問題ない。」
「泰明さん、言っていることはわかる気がしますし、私は感謝してもいますけど…でも…嘘はどうかと…。」
「嘘も方便という。問題ない。」
苦笑するあかねの抗議もどこ吹く風。
泰明はかすかに満足げな顔で盃を傾けた。
「今回ばかりは泰明殿のお手柄ですわ、神子様。そもそも、今日のような日は警護がしっかりとなされているものです。わざわざ頼久を拘束するまでもなかったのです。」
さもありなんとばかりに語る藤姫を前にしてはもうあかねには苦笑するしかない。
「頼久、お父様には私からも話をしておきます。安心して神子様のおそばに。」
「はっ!」
律儀に返事をした頼久はすぐに腰から太刀を外すと、あかねの隣に陣取った。
そこからはもう大宴会だ。
一通り皆の胃袋に食べ物と酒が収まった頃には永泉が笛を披露し、その笛の音に誘われるように友雅が琵琶を合わせれば、いつの間にか雅に新たな年が訪れていた。
「静かになっちゃいましたね。」
年が明け、皆で初日の出を眺めて、宴会はお開きとなった。
新年の朝陽に照らされる道を帰って行く仲間達を見送って、あかねは今、頼久の膝の上に抱かれていた。
縁で少し新年の朝陽を二人きりで楽しもうということになったのだけれど、とにかくあかねが寒いだろうとそれが気になった頼久に袿で体をくるまれて膝の上に抱え上げられた上、抱きしめられているという状態だった。
あかねにしてみれば確かに温かいし嬉しい状況でもある。
ただし、誰が見ているわけではないとわかっていても、恥ずかしさは皆無ではなくて…
ほんの少し頬を赤らめているあかねの様子を頼久は満足そうに見つめていた。
「屋敷を出ると時は後ろ髪引かれる思いでしたが、皆が来てくれていたとは、安堵しました。」
「私も今年は一人で寂しいかなってちょっとだけ思ってたんですけど、逆に賑やかになりましたね。あ、でも、頼久さんが帰ってきてくれたのが一番嬉しかったです。急いで帰ってきてくれて有り難うございました。」
「いえ、本来はこの屋敷に残るべきだったのです…。」
「それはお仕事ですからしかたないですよ。私ももっと平気な顔で頼久さんを送り出せるようにならないとなぁ。」
「そ、それは…。」
「はい?」
「寂しがっていただけないというのもそれはそれで…。」
「……。」
頼久の言いたいことに気付いてあかねは耳まで真っ赤にしてうつむいた。
友雅がこの様子を見たら、いつまでたっても初々しい夫婦だことだとつぶやいたことだろう。
「え、えっと…あ、頼久さんだけまだでした。」
「は?」
「旧年中はお世話になりました。今年もよろしくお願いします。」
「それは!こちらこそ大変お世話になりました。これからも末永く宜しくお願い致します。」
相変わらず妻に対しても律儀な挨拶にあかねはにっこり微笑んだ。
神子と八葉だったころから変わらない律儀さと誠実さ。
けれど、声にはあの頃にはなかった愛しさが込められている。
あかねは幸せを改めて噛みしめながらその身をそっと頼久の胸にすり寄せた。
そうすれば予想通り、頼久がしっかりと小さな体を抱きしめてくれて…
ただ、あかねが予想できなかったのはここですぐに口づけが降ってきたこと。
思いがけない口づけに驚いて目を見開けば、そこには新しい一年の始まりを告げる朝陽とその光に照らされる旦那様のこの上なく幸せそうな笑顔が飛び込んできた。
今日から始まる一年もきっと優しくて温かで幸せな一年になる。
あかねは頼久の顔を見つめながらそう確信していた。
管理人のひとりごと
皆さま明けましておめでとうございます!
クリスマス短編がどうしても間に合わなかった上に、年末ちょっと私事でごたつきまして…
少々遅れましたが、年越し短編をお贈りします(>▽<)
仕事始めで疲れたー(TT)という方の癒しになれたら最高です!
今年一年がここを訪れて下さった皆様にとって幸せな一年になりますように、心よりお祈り申し上げます。
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