雨が降ったら
「頼久さん、せっかくのゴールデンウィークだし、やっぱりどこか出かけませんか?」

 ゴールデンウィークといえば現役女子高生のあかねにとっては大好きな恋人と過ごす自由な時間が手に入る貴重な休みなのだが、その大好きな恋人はあまり外に出たがらなくてせっかくの休みだというのに家にこもりっきりなのだった。

 頼久にしてみればあまり外に出るな露出するなという真の友、天真の忠告を守っていただけなのだが、さすがにあかねが悲しそうな顔をし始めたので困ったような顔をして考え込んでしまった。

「どうしてもお出かけ、ダメ、ですか?」

「ダメというわけでは……神子殿はどこか行きたい場所がおありなのですか?」

「えっと…この前、食事しないで帰ってきちゃったカフェがあるじゃないですか、とりあえず
あそこでお食事してみたいです。」

「はぁ…。」

「あとは別にこれといって凄く行きたい所があるわけじゃないんですけど…今の時期だとお花も綺麗に咲いてるし、公園を散歩とか、それくらいで全然いいんですけど…。」

 そう言ってあかねはうつむいてしまった。

 どこか行きたい場所があったわけではなかったからだ。

 ただ、ちょっと手をつないだり腕を組んだりして散歩なんかがしてみたいだけ。

 だから、あかねとしては用事もないのに無理に頼久を誘うことは気が引けて、それ以上は強く言えずにうつむいた。

「神子殿がどうしてもとおっしゃるのでしたら…。」

「どうしてもってわけじゃないんですけど…。」

 テーブルを挟んで座る二人の間に沈黙が降りる。

 話すことが得意ではない頼久と一緒にいれば何も話をしない時間はいくらでも訪れる。

 そんな時間があかねは全く苦ではなかったが、今は違った。

 珍しく訪れた居心地の悪い静かな空間にあかねは小さく溜め息をついた。

 頼久はすっかり沈み込んでいるあかねになんと言えばいいかわからずに、この場から逃れるように窓の外を眺めた。

 するとさっきまで晴れていた空が急に曇ってぱらぱらと小雨が降り出していて、つられて窓の向こうを眺めたあかねは今度こそ残念そうな溜め息をついた。

「雨、降ってきちゃったんですねぇ…さっきまであんなに晴れてたのに……これじゃお出かけなんて無理ですね。」

 そう言って寂しそうに微笑むあかね。

 頼久はそんなあかねに嬉しそうな笑顔を見せた。

「頼久、さん?」

「出かけましょう、神子殿。」

「はい?雨、降ってますけど?」

「はい。」

「えっと…。」

 急に頼久の機嫌がよくなった理由がわからなくてあかねは小首をかしげて考え込む。

 雨が降ったら普通は外出を控えるのではなかろうか?

 ところがどうやら頼久はこの雨の中、喜んで出かけようとしているようで…

「普通は雨が降ったらお出かけって中止すると思うんですけど?」

「雨が降っていた方が好都合ですので。」

「好都合、ですか?」

 何が好都合なんだろう?

 とあかねが疑問に思っている間に頼久はさっさと出かける準備を整えてしまった。

「では、参りましょう。」

「は、はい。」

 何がなんだかわからないまま、あかねは頼久と一緒に玄関へ向かう。

 どうしてこんなに急に頼久が外出する気になったのか、雨が降っていることが好都合なのか全くわからないままあかねは靴を履いてそこであることに気付いた。

「あ、私、傘持ってきてないです。」

「問題ありません。」

 そう言って頼久はにっこり微笑むといつも自分が使っている大きめの傘を一つ持って玄関の扉を開けた。

 すると扉の向こうはけっこうな本降りの雨で辺りも少し薄暗い。

「問題、ないんですか?」

「はい、傘など一つあれば二人入れますから。」

「はぁ…。」

 さらりと言われてなるほどと一瞬納得したあかねは次の瞬間顔を真っ赤にして動きを止めた。

 それはひょっとして相合傘して歩くっていうこと?

 ゆっくりと視線を上げてみると頼久はさっそく傘を開いてもう扉の向こうにいて…

「神子殿?」

「あ、あの…えっと……。」

「どうかなさいましたか?」

「いえ、なんでも…。」

 少し恥ずかしくても、やっぱり恋人と並んで外を歩けることは嬉しくて、あかねは思い切って頼久の隣に並んだ。

 扉に鍵をかけてあかねの方へ傘を傾けた頼久に寄り添って、あかねは顔を真っ赤にする。

 ところが、歩き出そうとして頼久はすぐに足を止めてしまい、不思議に思ったあかねはすぐ頭上にある恋人の顔を見上げた。

「神子殿、もう少しこちらへ寄って下さい、濡れてしまいます。」

「は、はい…。」

 言われるがまま思い切ってあかねが頼久の方へ体を寄せると、それはもう腕と腕が触れ合うほどの距離で、あかねはどうしていいかわからずに固まってしまった。

「神子殿、宜しければどうぞ。」

 と差し出されたのは傘を持つ頼久の左腕。

 これは、腕を組んでもいいということ?

 あかねが物問いたげに頼久を見上げるとにっこり微笑んでいて上機嫌そうだ。

「お嫌、ですか?」

 あかねが戸惑っていると急に頼久の笑顔に曇りが生まれて…

「い、嫌じゃないですっ!」

 慌ててあかねは頼久の腕をとった。

 間近で澄み切った紫紺の瞳に悲しげにされてはあかねに抵抗することは不可能だ。

「では、参りましょう。」

「は、はい。」

 何やら楽しげな頼久の腕に引かれてあかねは雨の中を歩き出した。

 先日訪れたカフェまでは歩いて20分ほどの距離。

 雨が降っているなら車で行きましょうと頼久なら言いそうなものだったが、何故か頼久は歩いて行く気のようだ。

 なんだかいつもとは違う様子の頼久に戸惑いながらも、とりあえず腕を組んで一緒に外を歩きたいという望みはかなえられたのであかねもその顔に微笑を浮かべた。

 けっこうな本降りの雨の中を歩いてみると辺りに人の気配はほとんどなくて、風のない雨の中を二人きりで歩くのは思っていたより心地いい。

「先日の店で食事をした後はどちらへ参りましょうか?」

「えっと…どこでもいいんですけど、今日は雨だし…。」

「雨ですから、いつも歩かぬ外を歩いてもよいかと思っておりますが?」

「雨だから、ですか?」

「はい。」

 と、嬉しそうに微笑む頼久。

 隣を歩く恋人がどうしてこんなに機嫌が良いのか全くわからずにあかねは小首をかしげる。

「頼久さんて…。」

「はい?」

「雨が好きなんですか?」

 思わずそう問いかけたあかねに頼久は一瞬きょとんとした顔をしたかと思うと、すぐに微笑んだ。

「そうですね、好きかもしれません。」

 ますます頼久の様子が不思議になったあかねが小首を傾げてみても頼久が何か言ってくれる様子はなくて、二人はそれから店で何を食べようかと話をしながらゆっくり歩いた。

 一つの傘に入っているせいでいつもよりずっと近くに恋人の姿があって、つかまっている頼久の腕からはほのかに暖かい体温も感じられて、それだけでもあかねはなんだか緊張してしまってあたふたしてしまう。

 そんなあかねのゆっくりした歩調に合わせてくれる頼久の優しさが嬉しくて、あかねはそれ以上雨の話をするのを忘れてしまった。

 結局、先日のカフェは外の席が雨に濡れていたために店の中で食事をして、二人はそのままあかねが当初考えていた通り近くにある大きな公園を散歩し始めた。

 雨が激しくなってきて公園には人影が一つも見当たらない。

「さっきのお店も誰もお客さんいませんでしたけど、やっぱりここも誰もいませんねぇ。」

「雨が強くなってきましたので。」

 そういう頼久はやはり何故か嬉しそうだ。

 二人は公園の中をゆっくり歩いた。

 誰もいない公園に風もなく、まっすぐに降り注ぐ雨。

 これはこれでまるで映画かドラマのワンシーンのようで、頼久だけでなくあかねもなんだかうっとりとした気分で歩き続けた。

 雨の音が激しいから何といって話をすることもない。

 ただ静かに歩き続けること数分、二人は公園内にある東屋で休憩することにした。

 傘を閉じ、いくらか体についた雨粒を払った二人は並んで微笑み合う。

「やみそうにないですねぇ。」

「やまぬ方が好都合ですので。」

「えっと…どうして好都合なんですか?」

「傘がさせますから。」

「はい?」

 にこにこと上機嫌な頼久の言いたいことがわからずにあかねは小首をかしげる。

 どうして傘をさせると好都合なのかと尋ねようとした瞬間、頼久に優しく抱き寄せられてあかねは質問を飲み込んでしまった。

「よよ、頼久さん?」

「誰もいませんので御心配なく。」

 そう言われてしまうとその通りだし、抱きしめられるのが嫌なわけでもなくてあかねは何も言えなくなってしまう。

 でも、いくら雨が降っていて誰もいなくてもここは外の公園で…

「お嫌、ですか?」

「い、嫌じゃないですっ!」

 外でこういうことは恥ずかしいかもと考えていたあかねに、本日二度目の「お嫌ですか?」が降り注ぎ、結局あかねは顔を赤くして否定するしかできなかった。

 頭上にある恋人の顔を仰ぎ見ようものなら悲しげに震える紫紺の瞳に出くわすことは間違いなくて、そうなったらもうあかねは思考能力さえ奪われてしまうこと必至なのだ。

 だから、嫌じゃないとしか言えなかっただけなのに、頼久はそれをどうとったのかきゅっと更にあかねを抱きしめる腕に力を込めた。

 あかねの背中に回されている頼久の手がゆっくりと背中を撫でるのを感じると、あかねはどうしていいのかわからずに頼久の胸に顔をうずめて目を閉じた。

 聞こえてくるのは雨音だけ。

 背中には大きな頼久の手の感触だけがあって…

「神子殿、暗くなってきました。雷が鳴りそうですので、そろそろ帰宅致しましょう。」

 艶のある声でそう言われて、あかねはやっと頼久の腕から解放された。

 ふっと軽く息を吐き出してから傘を広げている頼久を見上げると、にっこりと微笑まれてしまい、あかねはまた顔を赤くしてうつむいた。

 黙って差し出された頼久の腕を今度は何も言わずに抱いて、二人並んで歩き出す。

 辺りは本当に薄暗くなってきていて、今にも雷が鳴り出しそうだった。

「頼久さん。」

「はい、なんでしょうか?」

「えっと…どうして雨の日は傘がさせて好都合、なんですか?」

「それは…。」

 と頼久は考え込んだ。

 言いづらいというよりはどう話していいかわからないといった様子だ。

「傘をさすと周囲からは見えなくなりますので。」

「はい?」

 それは…と考え込んであかねは顔を真っ赤にしてうつむく。

 どうやらあかねは周囲の視線を気にせずに腕を組んだりできるということかと理解したようなのだが、頼久が言いたかったのはそういうことではなかった。

 天真にあかねが妬いたりしないようになるべく外へ出るな、顔を見せるな、特に女性には見られるなと忠告されている頼久としては、雨が降っていれば傘で自分の姿が周囲からはよく見えないので好都合だったのだ。

 何故あかねが顔を赤くしているのか理由はわからなかったが、頼久はとにかく周囲の目を気にせずに二人で歩くことができるこの時間を楽しみながらゆっくりと家路を歩くのだった。






管理人のひとりごと

初の時系列並び、更新日前後作品になりました。
今回のテーマはもうおわかりと思いますが、相合傘です(笑)
雨の日だって頼久さんと一緒なら楽しくお散歩できそうだなぁと。
そして頼久さんも好都合だろうなぁと(爆)
これからやってくる梅雨の時期、こんなワンシーンを思い浮かべて少しは晴れやかな気持ちになりたいものです(^^)





プラウザを閉じてお戻りください