
あかねはティーカップを手にソファに座って窓の外を眺めていた。
せっかくの休みだからと頼久の家を訪ねてきたのはいいものの、頼久には急ぎの仕事があって、今は書斎にこもっている。
もちろん、頼久はあかねの相手をすると言い張ったけれど、仕事の邪魔は絶対にしたくないあかねが仕事をしないなら帰ると宣言してようやく頼久は渋々書斎へ入ったのだった。
頼久の仕事の邪魔はしたくない、けれど、一人きりになってしまうと特にすることもなくて、こうして窓の外を眺めているというわけだ。
朝から少し曇り気味ではあったけれど、昼も近くなると外はどんどん暗くなってとうとう雨が降り出した。
頼久が普段から丁寧に手入れをしている庭が雨を受けて、霞がかかったように煙っている様子はなんだか少し幻想的で黙って眺めていても飽きることがなかった。
いつもなら映画のDVDを見たりと一人で暇をつぶしたりもするのだけれど、風がなくてただ静かに空から落ちてくる雨に打たれる庭はあかねの目を捕らえて離さなかった。
テレビを消してしまえば家の中に響く音は何一つなくて、急に強くなった雨音があかねの耳にもはっきりと聞こえた。
そんなふうにあかねが外を眺めていると、降り出したと思った雨はあっという間に強くなって、激しく辺りを打ち鳴らし、地面には水しぶきが上がり始めた。
まるでスコールみたい。
あかねは心の中でつぶやいて口元をほころばせると、ティーカップの中身を一口飲み干した。
ここのところアイスティをいれていたのだけれど、雨が降ると心なしか肌寒い気がして温かい紅茶をいれてみた。
頼久も今頃は同じ紅茶を飲んでいるはずだった。
「何をなさっておいでですか?」
あかねの思考が頼久へと向けられた刹那、当の本人の声が聞こえてあかねは慌てて振り返った。
書斎から出てきたばかりらしい頼久は優しい表情であかねの隣に座ると、今まであかねが向けていた視線の先を見つめた。
「庭を眺めておいでだったのですか?」
「はい、頼久さんお仕事は…。」
「済ませました。もともとそう難しい仕事ではありませんでしたので。」
「本当に?私のために急いで手を抜いたりしてません?」
「そのようなことをして神子殿の信頼を裏切るような真似は致しません。」
微笑と共に断言されてあかねはほっと安堵の溜め息をついた。
この人が大丈夫だというのなら本当に大丈夫だと思える。
源頼久という人はあかねに決して嘘をついたりはしないのだ。
「ずいぶん強い降りのようですね。」
「ついさっきですよ、強くなったの。さっきまでは雨音までは聞こえない細かい雨だったんですけど…。」
あかねがそう話している間にも更に雨足は強くなって、庭はもちろんのこと部屋の中も薄暗く、今にも雷が鳴りそうだった。
「昼間だというのに暗くなって参りましたが、明かりをつけましょうか?」
「頼久さんがいらないならいいです。なんだかこういう雨って気持ちいいって言うか、雰囲気があるっていうか、じっと眺めてるのもいいなって思ってたところなんです。」
あかねが楽しそうに語って聞かせれば、頼久もあかねと共に窓の外へと意識を集中させた。
確かに雨に濡れる庭はどこか艶やかで美しい。
激しい雨音はあかねの隣に座っているとなんだか音楽のようにも聞こえる。
あかねの言う通り、激しく降る雨もいいものだと頼久が納得していると、あかねの体がわずか頼久の方へと寄せられた。
驚いて頼久が様子をうかがい見れば、あかねは少し頬を赤らめながらも庭をまっすぐ見つめている。
頼久はこの上なく幸せそうに口元をほころばせると、あかねの肩をそっと抱いた。
「神子殿…。」
耳元に唇を寄せて囁いてみれば、あかねははっと体に力を入れたようだった。
そんなところはまだまだ愛らしくて、頼久の顔には笑みが浮かんだままだ。
「あの、えっと…その…お昼ごはん作りましょう。」
「いえ、急のおいででしたので冷蔵庫が空で…。」
「じゃあ、買い物…。」
「この雨の中、神子殿に買い物に行って頂くなどとんでもありません。」
急に耳元の声が大きくなって、あかねがはっと振り返ると、頼久はあかねの体を抱き寄せて腕の中に閉じ込めてしまった。
「雷にでも打たれたらなんとなさいます。」
「でも、お昼が…。」
「出前でもとりましょう。神子殿の手料理はこの上ない美味ではありますが、たまには店屋物も悪くはありません。このような雨の日くらいは、神子殿もごゆっくりなさってください。」
「一緒にいるのに店屋物っていうのも…頼久さんが一人きりの時は店屋物ってことも多いでしょう?」
「いえ、そうでもありません。」
「へ、頼久さん、そんなに頻繁にお料理してるんですか?」
「はい。毎日、厨(くりや)には立つようにしております。」
「うわぁ、すごーい。」
「神子殿にご不自由をかけるわけにはまいりませんので。」
「へ…。」
幸せそうに微笑んで言う頼久にあかねは一瞬きょとんとしてしまった。
それは、もし結婚なんかしてしまって、一緒に生活するとしても料理は手伝えるように修行してるということなんじゃないだろうか?
あかねがそんなことを考えて顔を赤くしているうちに、頼久はすっと立ち上がると書斎から何やら紙の束を持ってきた。
「神子殿は何になさいますか?」
「えっと……やっぱり一緒にお買いもの行きませんか?」
「お気に召しませんか?」
頼久は手にしていた紙の束を眺めて眉間にシワを寄せた。
あかねの好きそうなものが選べるよう、様々なリストを用意していたのだが…
「いえ、そうじゃなくて、やっぱり頼久さんと二人でお買いものして、食べたいものを考えて、一緒に作るのがなんていうか…幸せかなって……。」
赤い顔でそう言ってはにかむあかねに頼久はようやく笑みを浮かべた。
外は豪雨といってもいい。
そんな雨にあかねをさらすのは気が引ける。
けれど、それをあかねが望むといってくれるなら、頼久が二人で歩くことのできる機会を逃す必要はなかった。
「承知致しました。では、車を出します。」
「はい、お願いします。」
手にしていた紙の束を手に書斎へと戻っていく頼久の背を見送りながら、あかねはもう一度窓の外へと目をやった。
厚く垂れこめた雲の下はやっぱりものすごい雨で…
けれど、そんな雨の下を歩くのも、大好きな人と一緒ならなんだか楽しい気がして…
「神子殿?」
「どんな雨でも嵐でも、頼久さんと二人なら楽しいなって。」
振り返って心の底から幸せそうな笑みを浮かべるあかねを見て、頼久は思わずその体を抱きしめた。
あかねが驚いて目を見開くのと同時に室内が閃光で満たされ、次の瞬間、ゴーッというものすごい音が聞こえてきた。
「あ、雷…。」
「そのようです。雨もひどくなってまいりました。昼は簡単なものでかまいませんので、雨が弱くなるのを待ちませんか?」
「そうですね、無理して出て行って事故にあうのもなんだし…夏の雨だからきっとすぐ弱くなりますよね。」
「はい。ですから、それまでの間はしましこのまま。」
「へ?このまま?」
「はい。」
耳元で聞こえるつややかな声にあかねは顔を赤くしてうつむいた。
さっきまで雨で肌寒く感じていたのに、こうして恋人に抱きしめられているとなんだかとっても幸せで温かくて…
再び鳴り響いた大きな雷の音も、二人の耳にはもう届いてはいなかった。
管理人のひとりごと
はい、こちらも突発的に書いてるのでちょっと短め。
別にどうということはなく、普通に雨の日の二人を書いてみました。
頼久さんはあかねちゃんを雷の下どころか霧雨の下にも出したくないわけです(笑)
でも、あかねちゃんにしてみれば頼久さんと相合傘なんかできるなら嵐でも別に問題なし!
頼久さんと同じ傘に入れるなら管理人だって雨の日の外出を嫌がったりはしません(’’)
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