
千尋は遠夜と手をつないで歩いていた。
外を出歩くとき、こんなふうに遠夜と手をつないで歩くのはもういつものことになっていて、すれ違う人達も何も言わなくなった。
風早や柊は暖かく目を細めて見送ってくれるくらいだ。
一人で外出はするなといつも口うるさい忍人も遠夜が一緒なら出かけることを無言で許してくれる。
だから、千尋は遠夜と手をつないで宮を出た。
兵が訓練している様子を見て、村の様子を見て、それから畑の作物の育ち具合を見る。
ただそれだけのことだけれど、王となった以上、国の様子を見ておくことは絶対必要だと思う千尋だ。
一応これは視察と呼ばれるものの一環なのだけれど、全て日帰りできる近場ばかりだからそんなに大仰にする必要もない。
だから、同行者は大好きな遠夜一人だけ。
これなら忙しくてなかなか二人で過ごすことができないけれど、デートもかねることができて一石二鳥というわけだ。
遠夜はというと千尋がどこかへ行くときは必ず一緒について行きたがるので、こうして二人であちこち歩き回ることになんの問題もないようで、千尋に誘われるまま並んで歩いてくれる。
つないだ手から伝わるぬくもりは手だけじゃなく、心まで温めてくれる気がして千尋の顔には自然と笑みが浮かんだ。
そしてそれを隣で見つめる遠夜の繊細な作りの顔にも穏やかな笑みが浮かんでいる。
「なかなか一緒にいられなくてごめんね。」
遠夜の手を握る千尋の手に少しだけ力が込められた。
すると遠夜がすっと千尋の手を自分の方へ引き寄せる。
「大丈夫。神子はオレのワギモだから。もう二度と離れない、大丈夫。」
そう言って遠夜は千尋の手を大切そうに握り直して微笑んだ。
優しい遠夜の微笑みは千尋の心をとても幸せにしてくれる。
「でも、遠夜はもっとずっと一緒にいたいよね。って、私も一緒にいたいのはそうなんだけど…。」
千尋が悲しそうにそう言えば、遠夜はその顔に浮かぶ笑みを深くして千尋を抱き寄せた。
歩みが止まって千尋が目を見開く。
「遠夜?」
「神子が共にいたいと思ってくれるのは、嬉しい。」
そう言ってギュッと抱きしめられて……
千尋は遠夜の腕の中で顔を真っ赤に染め上げた。
遠夜の言葉は嬉しいのだけれど、想いをまっすぐに伝えられて昼間の道端で抱きしめられるのはちょっと恥ずかしい。
「と、遠夜、あのね、こんなところでこんなことしてちゃいけないと思うんだけど……。」
「ああ…。」
遠夜はあっさりと千尋を解放した。
千尋はやっと視察へ行かなくてはならないことを思い出してくれたのかとホッと安堵のため息をついた。
今日はやらなくてはならないことがまだまだある。
遠夜は千尋が今日一日の仕事を思い起こしている間にその手を引いて歩き出した。
ところが、遠夜が歩いていく方向には目的地は無くて…
「えっと、遠夜?道、外れちゃったけど…。」
「ワギモを守る。」
「え?なに?視察に行かないと…。」
「オレは、神子を守りたい。」
「えっと、いつも守ってもらってるけど…って遠夜、こっちは森……。」
「森なら神子を守れる。」
「へ?」
すっかり会話が噛みあわないでいるうちに、遠夜に手を引かれて千尋は森の中へと入り込んでしまった。
獣道しかないような森でも遠夜にとっては生まれ故郷のようなもので、道に迷うというようなことはない。
だから、そこは心配していないけれど、でも、今日は視察に出てきたのであって森を散歩しに来たわけじゃない。
それは遠夜もわかっているはずなのに…
「遠夜、あのね、今日は視察に行かないといけないの。」
「オレはワギモを守る。」
「守るって……。」
いつもなら事情を説明すればちゃんと聞き入れてくれる遠夜がどうやら今回ばかりは譲ってくれないらしい。
ずっと二人きりになる時間が取れなかったから、とうとう遠夜が暴走した?
そんなことを一人で思って千尋が内心オロオロとしていると、遠夜は森の奥へと踏み込んで洞窟の入り口らしいところで立ち止まった。
「遠夜?」
「ここなら、神子を守れる。」
「……ここって、この洞窟?」
千尋の言葉ににっこり微笑んで遠夜がうなずいた。
洞窟に非難しなくてはならないような何かが起きるなら、早くみんなのところへ戻らなくてはならないんじゃないだろうか?
「えっと、どうしてこんなところに……。」
「もうすぐ、嵐が、来るから。」
「え?」
遠夜はすっと頭上を見上げた。
つられるように千尋も空を見上げてみる。
木々が茂っていて視界は開けていないけれど、木々の葉の間から重く垂れ込めた曇天がうかがえた。
「本当、いつの間にこんなに曇ってたんだろう…。」
「嵐から神子を守る。ここが一番いい。」
そう言って遠夜は千尋の手を引いて洞窟の中へと足を踏み入れた。
ひやりとした空気が千尋の肌を撫でる。
少し湿った空気は土の香りを含んでいて、その香りが千尋の心を穏やかにしてくれた。
遠夜はというと入り口から少し入った辺りにすとんと腰を下ろして、千尋に向かって両腕を広げて微笑んだ。
千尋は遠夜が何を言いたいのかがわからなくて小首を傾げる。
「えっと…。」
「地面へ直接座る、神子の体にはよくないから。」
だから抱っこ?
そう心の中でつぶやいて千尋は顔を赤くして戸惑った。
二人きりでこんな薄暗い洞窟の中で、抱っこで密着。
なんとも恥ずかしいシチュエーションだ。
でも、幸せそうに微笑んで両腕を広げている遠夜を見てしまっては、抱っこは嫌だとはとても言えない。
「お、重いよ?」
「神子は、少しも重くなどない。」
「じゃ、じゃぁ……失礼して……。」
戸惑いながらも千尋は遠夜の膝の上にそっと座った。
すると遠夜の両腕が優しく千尋の体を抱きしめる。
「こうしていれば、神子は冷えない。」
「うん、あったかいけど……遠夜は大丈夫?」
「オレは、大丈夫、神子が温かい。」
幸せそうにそう言ってギュッと抱きしめられて、千尋はうっとり目を閉じた。
遠夜のぬくもりは優しくて穏やかで、いつだって千尋を癒してくれる。
どんどん暗くなっていく洞窟の中だって、不安なことなど一つもない。
「あ…。」
雨音が洞窟の中に響き始めて千尋が目を開けると、入り口の向こうは物凄い風と雨で天気は大荒れに荒れ始めていた。
あのまま視察先へ向かっていたら、確実に途中でこの嵐に襲われていただろう。
「ありがとう、遠夜のおかげで濡れずにすんだみたい。」
「オレが、神子を守れたのなら嬉しい。」
「遠夜にはいっつも守ってもらってるから。今度、何かお礼しないと。ほしいものとかない?」
遠夜に何か贈り物をする。
その場面を想像して千尋は幸せそうな笑みを浮かべていた。
遠夜からは想いや行動や歌をたくさん贈ってもらっているのに、忙しくしている千尋は何一つお返しができていないような気がして…
だから、何か遠夜に贈り物ができたらどんなに楽しいだろう、そう思っていたのだけれど、事は千尋の想像通りには運ばなかった。
「神子。」
「なに?」
「神子がいい。」
「へ?」
見れば遠夜が嬉しそうにニコニコ微笑んでいる。
今のはもしかして何かほしい物はない?という問いの答え?
一瞬キョトンとした千尋の顔が見る見るうちに赤くなった。
まさかそうくるとは思わなかった。
「えっと……私?」
コクリ。
遠夜の首があっさり縦に振られる。
「わ、私って言われても……その……心の準備というか、こんなところでというか……。」
あたふたと慌てる千尋を更に抱き寄せて、遠夜は驚く千尋の唇に掠めるような口づけを贈った。
千尋の目がこれ以上はないほどに見開かれる。
「ありがとう。」
「こ、こんなんでいいの?」
コクリ。
再び遠夜が嬉しそうにうなずく。
千尋はほっと安堵の溜め息をついて、それから遠夜の首にギュッと抱きついた。
「遠夜、大好き。」
「神子…。」
外は激しい風と雨の荒れ狂う嵐。
けれど、洞窟の中はそんな嵐の音が遠くに聞こえて、ほんのりと暖かくて薄暗くて…
千尋と遠夜は二人、そんな洞窟の中で嵐がおさまるまで静かに抱き合っていた。
管理人のひとりごと
遠夜は植物も妖しも、天候も友達(爆)
あくまでも管理人のイメージです(’’)
布都彦同様、雨からも千尋ちゃんを守りたいっていうタイプだろうなぁと。
天気は友達だから遠夜が雨に濡れるってことはまずないだろうなってことで、今回は二人とも濡れませんでした。
優しくてやわらかくて温かい天然っていうのが管理人の遠夜のイメージなんです(’’)
ブラウザを閉じてお戻りください