
「これをオレに?」
「うん。今日はね、バレンタインっていって、女の子が大好きな人に手作りのお菓子を贈る日なの。」
まあ、この説明で間違ってはいないよね。
と千尋は心の中でつぶやきながら、何日も前から色々と準備して、試作を繰り返して、やっとクッキーらしきものになった手作りのお菓子を遠夜へと差し出していた。
目の前には驚きで大きな目を更に大きく見開いた遠夜が立っている。
キラキラと光るその瞳は純粋無垢な子犬のようだ。
「受け取ってくれる?」
「ああ…。」
遠夜はまるで夢でも見ているかのようにうっとりしながら、かわいらしい木の器に入っているクッキーを受け取った。
「甘いお菓子なんだけど、遠夜、嫌いじゃないよね?」
「神子が作ってくれたものは皆好きだ。」
そういうことじゃなくて、と苦笑しながらも、千尋は見たこともないだろう食べ物をぱくりと何の躊躇もなく口にしてくれる遠夜を見守った。
「おいしい?」
二つ目三つ目と無言で次々に口へと運ぶ遠夜に千尋が声をかけてみれば、遠夜はその顔に満面の笑みを浮かべてうなずいた。
その笑顔が見惚れるほどに綺麗で愛らしくて、千尋もにっこり微笑んだ。
遠夜の笑顔やその声には自分を幸せにする力があるな、と今更のように千尋はその力を実感する。
「よかった、遠夜がそんなふうに喜んでくれるならバレンタインだけじゃなくて、普段も作ってあげるね。」
「これは、今日が特別な日だからくれたのだろう?」
「それは、そうだけど…。」
「特別ということは何か意味がある…。」
「あ、うん、さっきも言ったと思うけど、今日は大好きな人にお菓子を贈る日なの。だから、このお菓子は私が遠夜のことを大好きっていう気持ちがこもってる特別なお菓子っていうことね。」
「大好き…。」
「うん、そう。」
「神子…オレも大好き。」
「ちょ、遠夜…。」
千尋の言葉にすぐに答えて、遠夜はそのまま千尋を抱きしめた。
「うん、大好きなのは嬉しいんだけど、とりあえず、ゆっくりそれ、食べて欲しいな。」
千尋にとっては大切なバレンタインのイベントだ。
けれど、遠夜にとっては自分の想いを伝えることこそ大切で…
それでも大事な千尋の望みならと、遠夜はゆっくり千尋を解放すると、残っているクッキーを見つめた。
「遠夜?どうかした?」
「神子、オレのわがままを聞いて欲しい。」
「わがまま?なに?」
「これを神子と一緒に食べるともっと楽しいと思う。」
そっと差し出されたクッキーを見つめて千尋はクスッと笑みをもらした。
遠夜らしいとても優しいわがままだ。
「うん、一緒に食べた方が楽しいかも。遠夜には私が食べさせてあげる。はい、あーん。」
千尋はクッキーを一つつまみ上げると、それを遠夜へ向かって差し出した。
一瞬目を見開いた遠夜は、それでも何を要求されているのかはわかったらしくて、その口を大きく開ける。
口の中へ千尋がクッキーを入れてやれば、遠夜は嬉しそうな笑みと共にクッキーを噛み砕いた。
「神子が食べさせてくれると、自分で食べるよりもっとおいしい。」
「そう?」
「だから、神子にはオレが。」
ニコニコと楽しそうに千尋にクッキーを食べさせようとする遠夜に、千尋は素直にうなずいて口を開けた。
「うん、おいしい。」
自分で作ったものをおいしいと褒めるのもてれくさいけれど、でも、大切な人に食べさせてもらったクッキーの味はまた格別だった。
遠夜はというと幸せそうに微笑んで、すぐに口を開けた。
「遠夜ったら。」
クスクスと笑いながら千尋は次のクッキーを遠夜の口へ運ぶ。
互いの口へ交互にクッキーを運びながら、二人は一日幸せを噛み締めるのだった。
管理人のひとりごと
バレンタイン企画、遠夜バージョンでした!
遠夜は、たぶん普通に話せるようになってからは普通の人なんだと思うんだけど…
管理人の中ではどうしてもかわいい人、というイメージでして…
こんな感じになりました(^^;
前世では引き離された二人だから、一緒にいる時間はできるだけ共有して楽しんで欲しいなと思います!
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