
千尋は遠方からわざわざやってきたという異国の使者を目の前に微笑を浮かべていた。
わざわざ新たな中つ国の王に挨拶にきたというのだから会わないわけにはいかない。
本当は遠夜と一緒に散歩にいきたいほど綺麗に外は晴れていたのだけれど…
いつも常に一緒にいたがる遠夜を遠ざけなければならない謁見はあまり好きじゃない。
きっと今頃、遠夜はどこかで一人きりで寂しそうにしているんだろうな。
そう思うと、ついつい千尋は上の空になってしまう。
遠夜は決して一人でいることを千尋が心配しなくてはならないほど弱くはない。
けれど、千尋と離れることは遠夜にとってとてもつらいことのようだから…
それを思うとどうしても千尋は遠夜と離れがたかった。
当の遠夜はというと最近は共に戦った仲間達ともずいぶん打ち解けているし、言葉が伝わるようになったせいか仲間達としゃべっているところも見かけるのだが。
千尋はやっと一人と謁見を終えて、客人の背を見送って小さく溜め息をついた。
「疲れましたか?」
隣で声をかけてくれたのは風早。
千尋の従者という立場は変わらなくて、今でも隣に立って常に補佐をしてくれている。
座っている自分が立っている風早にそんなことを聞かれるとはと千尋は苦笑しながら首を横に振った。
「大丈夫、ちょっと遠夜のことが気になっただけ。」
「なるほど。すみません、今日は夕方までずっと色々立て込んでいて…。」
「風早が謝らないでよ。別に風早のせいじゃないんだから。」
「それはまぁ…調整できたらよかったんですが…。」
「いいのいいの、仕事だもの。たくさん仕事してすごーく疲れたら遠夜に癒してもらうからいいの。」
そう言って笑う千尋に風早が苦笑した瞬間、次の客の来訪が告げられた。
まだまだ一日は始まったばかり。
千尋はまた寂しがっているだろう遠夜を思い浮かべながら来客に笑顔を作って見せた。
「遠夜…。」
「頼みがある。」
布都彦は急に現れた遠夜に目を丸くした。
遠夜とは別に距離を置いているつもりはないが、そんなに親しくしたこともない。
もちろん、あの激しい戦いを共に戦い抜いた仲間ではあるから、拒絶するつもりもないのだがこんなふうに個人的に訪ねられるとは思っていなかった。
しかもいきなり頼みがあるときた。
自分が遠夜に何か頼まれるようなことがあるとは見当がつかない。
「頼み…。」
つぶやきながら布都彦は辺りを見回した。
いつも常に一緒の千尋の姿が見当たらなかったからだ。
そんな布都彦に気付いた遠夜は少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
「神子は、今、仕事中だ。」
「ああ、それで一人で…。」
「来客があるとオレは神子の側にはいられない。だからその間、神子のためにオレができることをしておきたいと思った。」
そう語る遠夜の言葉に布都彦はニコリと微笑んだ。
千尋と共にいられない間、遠夜はとても寂しそうに一人でいることが多い。
その時間を有効に使えるようになるならそれに越したことはないのだ。
「それで、布都彦に手伝ってもらいたい。」
「手伝う?私にできることなら…。」
「琴を……オレの歌に合わせてほしい。」
一瞬、布都彦はキョトンとしてしまった。
琴は単なる趣味で、誰かの前で弾くことはめったにないし、もちろん、誰かと合わせたこともない。
遠夜の歌といえばそれはもう美しい声で綺麗な歌なのは布都彦もよく知っていて…
「私の琴などで遠夜の歌につりあうかどうか……。」
「……。」
布都彦が躊躇していると遠夜は悲しそうな目でじっと布都彦を見つめた。
その視線はまるで捨てられた子犬か何かのようで、布都彦は思わず苦笑すると立ち上がった。
「わかった。琴をとってくる。」
放っておけば泣き出すんじゃないかというような顔をされては布都彦も方ってはおけない。
もともと琴を奏することは好きなのだし、あれだけ美しい歌声の遠夜の歌と合わせるのならそこから学ぶこともあるだろう。
そう思えば、琴をとりに行く布都彦の足取りも軽い。
そんな布都彦の後を遠夜は千尋の後をついて歩くようについていった。
「はぁ、疲れたぁ。」
「お疲れ様でした。すぐ夕飯にしますか?」
「まだいいけど…えっと…その前に……。」
「遠夜、呼んできますね。」
千尋の言葉を待たずに風早は優しく微笑んで扉の方へと歩き出した。
この従者は主のことならばなんでもお見通しだ。
千尋は赤い顔をしながらも嬉しそうな笑みを浮かべて風早を見送ろうとして…
「あれ、今迎えに行こうと思っていたところですよ。」
扉を開けてすぐに風早がそんな声をあげたので、千尋はすぐに目を丸くして風早の隣へと駆け込んだ。
「遠夜!それに布都彦も!」
扉の向こうに立っていたのは遠夜と、琴を手にした布都彦の二人だった。
この二人が二人きりでこんなふうに並んでいるのは珍しくて、千尋は風早と顔を見合わせた。
「どうしたんです?二人とも。」
「神子に聞いてもらいたい。」
「へ?私?」
キョトンとする千尋に遠夜は深くうなずき、布都彦はやわらかく微笑んだ。
「ああ、まぁ、話は中で。」
風早はそう言って二人を中へ入れると、そのまま全員分のお茶の用意を始めた。
「珍しいね、二人で来るなんて。」
「はい、私は遠夜に頼まれまして。」
「頼まれた?何を?」
千尋が小首を傾げながら遠夜を見つめると、真剣な眼差しで遠夜はまっすぐ千尋を見つめ返した。
「神子はここのところとても忙しい。」
「あ、うん。ごめんね、なかなか遠夜と一緒にいられなくって…他国の使者との謁見とか、ちょっとした会議とかそういう席には遠夜と一緒にはいられなくて…。」
「オレも一人でいる時間、神子のために何かしたかった。神子だけが忙しくしているのはつらい…。」
「遠夜…。」
遠夜自身だって寂しかったり不安だったりするだろうに、自分のことを気遣ってくれるのが嬉しくてでもそんなふうにさせてしまうことが悲しくて千尋は複雑な顔をした。
そんな千尋の手を優しくとって、遠夜はまっすぐ千尋を見つめる。
「遠夜はそんなこと考えなくていいのに…私…。」
「神子はオレのワギモだから、オレは神子のためにどんなことでもできることをしたい。でも、オレにできることは今はもう歌うことくらいだから。」
「そ、そんなことないよっ!遠夜はいつだって私のために色々してくれるじゃない!」
「疲れている神子にはこれが一番だと思った。」
遠夜は握っていた千尋の手を離すと、数歩後ろへ下がった。
するとその隣へ琴を持った布都彦が座る。
まるで示し合わせていたかのような動きだ。
遠夜と布都彦が視線を交わして一つうなずく。
そして次の瞬間…
布都彦が爪弾き始めた琴の音が部屋一杯に広がって、すぐに遠夜がすっと息を吸い込んだ。
千尋の耳に届いたのは綺麗な琴の伴奏とそして透き通る遠夜の歌声。
胸の辺りで手を組んで、目を閉じて歌う遠夜はどこか神々しくさえあって、千尋はその場で凍りついたように遠夜に見惚れ、歌声に聞き惚れた。
遠夜の歌は今までにも聞いたことがあったけれど、布都彦の琴の音と合わさると更に綺麗で荘厳で…
高く低く、時に大きく、時に小さく、そして常に優しい遠夜の歌声は千尋をすっかり魅了して…
遠夜が全て歌い終わっても布都彦が伴奏を終えて軽く礼をするまで千尋はぼーっと聞き惚れたままになっていた。
「神子?疲れは少しでも癒えただろうか?」
「え?あ、も、もちろんっ!凄かったよ!」
「凄い?」
「うん!前から遠夜の歌声はステキだなって思ってたけど、布都彦の琴とあわせると本当にステキ!もう本物のコンサートみたい!」
「こんさーと?」
「あ、それはいいから。私がいた違う世界の話ね。とにかく凄くステキだったっていうこと!」
「神子が喜んでくれたのならよかった。」
「布都彦も有難う!」
「いえ、私は遠夜の歌に音を添えただけですので。」
そう言って微笑んでいるが布都彦も満足気だ。
「神子が癒されたのならそれでいい。」
そう言って遠夜がニコリと微笑むと、千尋は真っ赤な顔で一瞬遠夜に見惚れて、それからひしっと遠夜に抱きついた。
「うん!凄く癒された!今日はずっと遠夜のことが気になってたの、だから凄く嬉しい!」
「神子…。」
力いっぱい抱きつく千尋を遠夜がそっと優しく抱き返すのを見て、布都彦と風早は苦笑を交わすと静かに部屋を出た。
一日中一人で頑張った千尋と遠夜に二人きりの時間を作るために。
「いつでも一緒にいてあげられるわけじゃないけど……でも…ずっと一緒にいてね?」
「神子はオレのワギモだから…オレはずっと神子の側にいる。」
少しだけ心細げに視線を上げた千尋にそう言って、遠夜は優しく微笑んだ。
そんな笑顔が嬉しくて幸せで、千尋もにっこり微笑むと遠夜にしっかり抱きついた。
遠夜は幸せそうに、そしてとても大切そうに千尋の体を抱きとめて、そのまま目を閉じた。
窓から射し込むのは真っ赤な夕陽。
夕飯までの一時を二人はそのまま互いのぬくもりを感じながら過ごすのだった。
管理人のひとりごと
つまりは、4における音楽二人組みをセットで(笑)
せっかく琴が弾けるんだから、伴奏してもらえばいいじゃないと管理人がひらめいちゃっただけ(’’)
遠夜は歌ネタじゃないのもそのうち書いてあげたいなぁ。
大鎌ネタとか(笑)
4はもうちょっとみんなが戦うところも書いてあげたいんですが…
そういうネタが出てきません(’’)
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