歌声を
 中つ国はだんだんと平和な日常を取り戻し、戦の傷跡も消えて千尋の政務も順調だ。

 千尋の従者達は少なからず皆千尋には甘くて、最近では休みもだいぶ取れるようになってきた。

 だからサザキ達がこの中つ国へやってくるのを機に、千尋は宴会を開くことにした。

 料理はサザキ達が到着したらカリガネが腕を振るってくれることになっていて、今からとても楽しみだ。

 材料の調達は道臣が一手に引き受けてくれた。

 会場の警備をすると主張した忍人と布都彦には絶対に宴会に出席するようにと王として命令を出しておいた。

 風早は今から千尋の衣装をどうするか采女と相談しているらしい。

 もちろん、アシュヴィンやリブにも来てもらいたくて常世に使いを出した。

 宴会には間に合うようにこちらにくると返事があったから、久々にゆっくり会えるだろう。

 会場やその他諸々の手配は柊が全て滞りなく済ませてある。

 あの戦いを共に戦い抜いた仲間達と久々にゆっくりできると思うと、ついつい千尋の顔には笑みが浮かんだ。

「神子…今日はずっと笑っている。」

「うん、だって楽しみなんだもん。みんなと楽しく食事なんて凄く久しぶり。」

 いつも千尋について離れない遠夜が隣でつられるように微笑んだ。

 千尋が幸せそうにしている様子は遠夜にとっても喜ばしいものらしい。

「遠夜だってみんなに会えて嬉しいでしょう?」

「オレは……皆に会えるのもいい……でも、神子と共に在るのが一番いい。」

「そ、それはよく知ってる!」

 千尋が顔を赤くしてそう言えば、遠夜は満足そうに微笑んだ。

 そう、神子はオレのワギモと常々言っている遠夜は何よりも千尋と一緒にいることが幸せなのだ。

 だから、こうして常に一緒にいる。

 最初は少しばかり戸惑った千尋だったが、結局遠夜に幸せそうに微笑まれてしまうと一緒にいるのもいいかもしれないと思ってしまって、最近では一緒にいないことの方が珍しくなってしまった。

 弓の修行も政務も、息抜きの散歩も全て遠夜と一緒だ。

 これまではどちらかというと風早といる時間が長かったような気がするが、最近はダントツで遠夜と過ごす時間が多くなっていた。

「今日はね、夕方から宴会を始めて、明日までずっと夜通し騒ぐことにしたの。サザキ達もアシュヴィン達もそんなに長くはいられないみたいだしね。でも、だから、他の人は呼ばないで、あの戦いを一緒に戦い抜いた仲間だけを集めたの。たまにはいいよね?」

「神子がいいのなら、オレはいいと思う。」

「うん。今日だけはわがまま言っちゃうことにしたの。料理はカリガネが作ってくれることになってるんだけど…。」

「神子?」

「一晩中騒ぐのになんの企画もなしじゃみんな退屈しちゃうかな?」

「神子は何か必要なのか?」

「ん〜、何か必要っていうか、宴会って言えば宴会芸っていうか…。」

「えんかいげい?」

「ああ、えっと、みんなを楽しませる出し物みたいなの用意しておけばよかったかなって…。」

 そう言って千尋はすっかり考え込んでしまった。

 たまにその口から漏れる「どじょうすくい?」とか「髭ダンス?」とかいう言葉が遠夜の耳に届く。

 言葉の意味は遠夜にはわからなかったが、どうもそれらの言葉の響きが遠夜には不穏なものに聞こえて、遠夜は心配そうに千尋の顔をのぞきこんだ。

「神子…。」

「ん?どうしたの?遠夜。」

「神子が何か嫌な音のする言葉を発した…。」

「嫌な音って…い、いやだなぁ、やらない、やらないよ、どじょうすくいも髭ダンスも、あははは。」

 乾いた笑い声を発する千尋に遠夜はよりいっそう心配そうな顔になる。

「皆が楽しくなればいいなら、オレが歌う。」

「へ?」

「オレの歌ではダメ?」

「えっと、みんなのために歌ってくれるの?遠夜が?」

「神子が不穏なことをするよりは、きっと楽しめると思う…。」

「ふ、不穏なことじゃないけどね!確かに私が下手な宴会芸やるよりいいかな…。」

「神子が不穏なことをすれば、きっと皆悲しむ。」

「か、悲しむようなことじゃないからっ!しらけるというかあきれるかもしれないけど…。」

「皆が楽しくなるように、オレが歌う。」

「でも、遠夜はもう土蜘蛛じゃないんだよね?土蜘蛛の歌は歌えないんでしょう?」

「前のようには歌えない…でも、人も歌は歌う。」

「まぁ、それはそうだね。遠夜の土蜘蛛の歌はとってもステキだったもんね、人の歌もきっと上手に歌えるんだね。」

「上手かどうかはわからない…でも、歌は歌える。」

「うん、わかった。じゃ、遠夜にお願いしようかな。」

「わかった、神子が喜ぶのならたくさん歌う。」

 そう言って遠夜はようやく微笑んだ。

 千尋が不穏なことをしないでくれるという安心と、千尋に喜んでもらえるという嬉しさからの笑みだ。

 それを見て千尋もクスッと笑みをもらした。

「楽しみにしてるね、遠夜の歌も。って、やだ、もう着替えないと!」

 遠夜と宴会芸の話をしている間に予想以上に時がたっていたらしい。

 千尋は慌てて着替えをしに行こうと部屋の入り口まで走って振り返った。

 そこにはもちろん一緒に部屋を出て行こうとしていた遠夜がいたわけだが…

「遠夜はこないで!着替えだから!裸になったりするからダメ!宴会場で待ってて、すぐに行くから!」

 そう言うが速いか千尋は部屋を飛び出していき、遠夜はぽつんと一人、部屋に残されてしまった。

 千尋の言っていたことはよくわかる。

 どんな時でも千尋はたいていの場合、遠夜が同行することを許してくれる。

 だが、それを許してくれない場合がいくつかあった、夜寝る時、水浴びをする時、着替えをする時がその代表だ。

 これらは風早にも一緒にいてはいけないといわれているから、遠夜はこのときばかりは我慢することにしている。

 それにしても、こうして一人になってしまうとやることもなくて…

 遠夜は宴会の始まる時間まで一人部屋で歌の練習を始めるのだった。





 集まっているのは気心の知れた仲間だけ。

 目の前に並ぶ料理の数々は全てカリガネの手作り。

 つまりおいしいこと間違いなし。

 久々に集まった一同の顔には笑みが絶えない。

「みんな元気そうじゃねーか。」

「そういうサザキも元気そうですね。」

「オレはいつだって元気だぜ!海賊だからな!」

「海賊とは関係ない。」

 どうやらサザキとカリガネの関係は今も同じようで、鋭いカリガネのつっこみにサザキがおののいた。

 それを見て一同の顔に浮かぶ笑みが深くなる。

「そ、それはいいとしてだ、今日はカリガネの料理がたらふく食えるんだからなっ!張り切って食わねえとなっ!」

「その前に、一応、やることをやらせてくれ。」

 そう言い出したのはアシュヴィンだ。

 隣ではリブが苦笑している。

「中つ国の王よ、今宵は宴への招待、常世の皇として心より感謝する。」

「ああ、いえいえ、こちらこそ、来て頂いて有難うございました。」

 二人で軽く一礼して、顔を上げたときにはもうアシュヴィンの顔にはいつもの不敵さが甦っていた。

「よし、これで仕事はしたぞ、リブ。」

「や、陛下、それじゃぁまるで私がやって下さいと無理強いをしたみたいじゃないですか…。」

「似たようなものだ。まぁいい、仕事は終わった。ここからは好きにさせろ。」

 上機嫌なアシュヴィンに対してリブは苦笑するだけだ。

 アシュヴィンが皇になってもこの二人の関係はやはりあまり変わっていないらしい。

 こんなふうに来訪組が上機嫌なものだから、最初は渋々だった忍人や恐縮していた布都彦もしだいにほぐれてきて、宴会はとても盛り上がった。

 それこそ千尋が気にしていた宴会芸など必要ないほどに…

 だが、それを気にしていた人物が一人…

「神子。」

「何?遠夜。」

「歌は歌わなくてもいいのだろうか?」

「あっ。」

 宴もたけなわという頃になって遠夜が不安そうな目で千尋を見つめた。

「えっと…。」

 千尋が会場を見渡すと一同が何事かと二人を見つめている。

「あのね、遠夜がみんなのために歌を歌ってくれることになってたんだけど…。」

「お、いいねぇ、遠夜の歌、久しぶりじゃねーか。」

 最初に乗り気になったのはサザキだ。

 他の面々も笑顔を浮かべているところを見ると別に反対ではないらしい。

「遠夜の歌は綺麗でしたが、もう土蜘蛛ではないのでしょう?無理に歌うことは…。」

「無理ではない。土蜘蛛も歌うが人も歌う。神子が喜ぶのなら歌う。」

 風早の言葉にこう答えて遠夜は隣に座る千尋を見つめた。

「うん、じゃぁ、せかっくだから歌ってもらおうかな。人になった遠夜の歌、私も聞いてみたいし。」

「わかった。」

 遠夜は少しだけ心を静めるかのように目を閉じて、次に少しだけ上を向くと、ゆっくりと息を吸い込んで口を開いた。

 静かにゆっくりと穏やかに流れてきたその歌は…

 高く低く、とても綺麗に響いて、メロディが心地いい。

 歌っている歌詞の意味は土蜘蛛の歌のようにわからないけれど、それでも遠夜の声の響きだけでうっとりしてしまうほど綺麗な歌声だ。

 一同は一瞬、おおっというように目を見開いて、それからすぐにその顔に穏やかな笑みを浮かべてその歌に聞き惚れた。

 みんながみんな同じように穏やかな笑みを浮かべたのは遠夜の歌を聞くと誰もがそんな顔にならずにはいられなかったからだろう。

 夜空の下に響く綺麗な歌は数分で終了し、遠夜の声がとだえてもしばらくは皆うっとりとしていた。

「すごーい、遠夜はやっぱり歌が上手だね!」

「神子…。」

「歌詞の意味がわからなかったんだが、その歌は?」

 と真っ先に尋ねたのは柊だ。

「土蜘蛛の歌をそのまま声に乗せてみた。」

「ああ、なるほど。」

「いやーしっかし、いいもの聞かせてもらったぜ、な、カリガネ。」

 上機嫌なサザキにカリガネもうなずいて見せる。

「神子が聞きたいならもう一度歌う。」

「他にも歌える歌はあるの?」

「ある。」

「じゃぁ、違うの聞きたいかも!」

「わかった。」

 千尋にリクエストされて遠夜は嬉しそうに微笑むと二曲目を歌い始めた。

 それは先ほどの歌よりも楽しげで、それでいて優しくて…

 再び一同がうっとりと聞き惚れる。

 こうして宴の合間合間に遠夜の歌が何曲か披露されて、一同の顔には笑みが絶えなかった。

 そして遠夜は、歌うたびに幸せそうに微笑む千尋をやはり幸せそうに見つめるのだった。








管理人のひとりごと

遠夜といえば歌!
ということで歌ってもらいました♪
あと、何気にお風呂も一緒に入りたい遠夜ですが、風早父さんが許さないみたいです(笑)
遠夜は管理人の中では凄くやわらかくて優しいイメージです。
土蜘蛛だった頃は大鎌振り上げてましたけどね(’’)
でも、癒しが使えたり小さな神々と友達だったり…
そんな遠夜はきっと凄く優しいと思うのです(^^)






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