よりをかけて
 サザキは甲板の中央に胡坐をかて座ったまま、もう半日も微動だにしていなかった。

 頭上には広がる紅の空。

 水面は凪いでいて夕陽をキラキラと反射している。

 晴天は朝から続いていたから、いつもなら文句なしの散歩日和だと喜んだところだ。

 千尋を抱いての空の散歩はサザキの何よりの楽しみとなりつつある。

 ところが、今日はそうはいかなかった。

 空の散歩へ行こうといつものように千尋を誘ってみれば、今日は用事があるからといって断られてしまった。

 そこまではいい。

 何か大事な用事があるのかもしれない。

 問題はここからだった。

 千尋はというとサザキの誘いを断って、カリガネと二人、厨房にこもってしまったのだ。

 カリガネはサザキにとって唯一無二の親友でもあるし、万が一にも千尋と間違い…なんてことはないと信じている。

 信じてはいても気分のいいものじゃない。

 だから、サザキは一人で甲板に座っていた。

 殺気を感じてか、日向の男達はお頭に近づこうとはしなかったから、半日をそのまま一人で過ごすことになった。

 そして半日の間、悶々と考え続けたサザキは、突然髪をぐしゃぐしゃにかき回すと、勢いよく立ち上がって言葉にならない叫び声をあげた。

 結論の出ないことを一人で黙々と考えているのは性分じゃない。

 サザキはどちらかといえば考えるより行動というタイプだ。

 普段は考える方を担当してくれるカリガネが千尋に拘束されているので自分で考えてみたが、半日でサザキは音をあげたのだった。

 そして湯気が出そうなほど考え込んでオーバーヒートした頭のまま、サザキは大股に歩き出した。

 向かうは厨房。

 そう、千尋のもとだ。

 考え込んでいてもしかたがない。

 ここは実力行使あるのみ。

 そう心に決めてサザキは甲板を後にした。







「うわぁ、凄い!グッドタイミング!」

「あ?……。」

 サザキは扉を開けたとたんに聞こえた朗らかな声と千尋の嬉しそうな笑顔に圧倒されて棒立ちになった。

 そこは船の中でも広い方に入る千尋の部屋で、サザキの目の前には豪華な料理がこれでもかと言うほど並んでいた。

 そしてその料理の向こうには千尋が立っている。

 サザキは千尋と料理の群れとの間で視線を泳がせながらこれまでの自分の行動を振り返ってみた。

 甲板を後にしたサザキが向かったのはもちろん厨房だった。

 ところが千尋がいると思っていた厨房には洗い終わったらしい食器を磨いているカリガネの姿しかなかった。

 どうしても不機嫌そうな顔になるサザキにカリガネは千尋なら自分の部屋にいるとだけいつもの調子で告げた。

 カリガネに文句をいうのも筋違いだとなんとか八つ当たりしそうな自分をおさえてサザキが向かったのは千尋の部屋。

 一刻も早く会いたい気持ちのまま勢いよく千尋の部屋の扉を開けて今に至る。

「さ、入って入って。」

 楽しそうな千尋はすぐにサザキの方へ駆けよると、その腕をとって部屋の中へ招き入れ、料理の前へと座らせた。

「あー、姫さん、こりゃいったい…。」

「あ、やっぱり忘れてるんだ。」

「げっ、なんか約束でもしてたか?」

「ちがーう。今日はサザキの誕生日、生まれた日だよ。」

「あ…。」

 そうだった。

 自分の生まれた日を盛大に祝うという話はずいぶんと前に聞いていた気がする。

 サザキはやっと思い出して深いため息をついた。

 つまりは朝からの千尋の行動は、全て自分のためだったわけだ。

「サザキ?」

「いや、なんでもねー。こりゃオレのために用意してくれたのか?」

「うん。カリガネみたいにうまくないけど、でも、頑張って作ってみたの。一応カリガネが全部味を見てくれて合格はもらってるからまずくはないと思うけど…。」

「って、これ全部姫さんが作ったのか?」

「うん、ちょっとだけカリガネも手伝ってくれたけど、ほとんどは自分で。」

 サザキはあらためて目の前に広がっている御馳走の数々を眺めた。

 船旅の間は食材がどうしても限られる。

 千尋に不自由させないために頻繁に仕入れはしているが、それでも限度はある。

 そんな制限された食材を使って千尋は見事な料理を作っていた。

 海で取れる魚や貝をうまく使っているようだ。

「食べてみて。」

「お、おう。」

 豪華さに圧倒されていたサザキは千尋の目の前で料理に手を付けた。

 一口食べただけですぐに千尋がどれほど料理の腕をあげたかが良くわかった。

「どう?」

 恐る恐るといった様子の千尋へ一度視線を向けて、サザキはそのまま何も言わずに次の料理へと手を伸ばした。

 それを飲み込めばまた次。

 どうだと感想を聞かれてもサザキの脳裏にはうまいという言葉しか浮かんでこなくて、それ以上をどう表現していいのかわからない。

 なら、次々食べずにはいられないということを体で表した方が早かった。

 千尋は黙々と料理を口の中へ運ぶサザキを見て驚いて、しばらくしてからその顔に微笑を浮かべた。

「そんなに慌てなくても、ゆっくり食べてね。今日はお祝いなんだから。」

「あ、ああ、そうだな。」

 言われてみれば千尋の手料理を一気食いなんてもったいない。

 そう考え直して、サザキはほっと一息ついた。

 するとすぐに隣に座っていた千尋が杯を手渡してくれた。

「今日はお祝いだからたくさん飲んでもいいからね。」

 酒の量はともかく、どうやら今日は千尋のお酌付き。

 しかもいつもは仲間達と一緒で千尋はあちこち飛び回っているが、今日はサザキの独り占め。

 サザキにとってこんなに幸福なことはない。

「姫さん。」

「なに?」

 愛らしい微笑で自分を見上げる千尋に急に顔を赤くしたサザキは、渡された杯を一気に空にした。

 そんなサザキに驚いている千尋をあっという間に抱き寄せる。

 抵抗なんかする暇は与えない。

 ここで抵抗なんかされたら、もう二度と手をのばせそうにないから。

「サザキ?どうかした?」

「ありがとな。」

「そんな、大したことじゃないよ。喜んでもらえたのなら嬉しいけど。」

「そりゃ、姫さんの手料理をつまみに酌してもらって酒なんて嬉しいに決まってるじゃねーか。」

「よかったぁ。」

「けどな…。」

「?」

 耳元に響くサザキの声が急に低くなって、千尋はサザキの腕の中で考え込んだ。

 だけど?何か気に入らないことがあったのだろうか?

 千尋の胸に一瞬不安がよぎった。

「頼むから、オレを祝ってくれるなら、朝からカリガネと厨房にこもるのはやめてくれ。」

「へ…。」

「せめてオレにも手伝わせてくれ…。」

「それって…ひょっとして妬いてくれてる?」

「……。」

 答えがないのは当たりの証拠。

 千尋はクスッと笑みを漏らすと、サザキの腕の中で間近にある顔をじっと見つめた。

「ごめんね。来年はそうする。サザキがそんなふうに思ってくれるなんて考えてもみなくて。」

「いや……まぁ、オレがどうしようもねーこと言ってるって自覚はあるんだが…。」

「ううん、ちょっと嬉しい。」

「そうか?」

「うん、サザキが私を大切に思ってくれてるんだなってわかるから。だって、大親友のカリガネ相手に妬いてくれるんだもん。」

「そ、そりゃ、カリガネだって男だしな…。」

 赤い顔で視線を反らすサザキにまた笑みを漏らして、千尋は不意打ちとばかりにサザキの頬にチュッと音のするキスを贈った。

「ひひひひ、姫さん?」

「今日のお詫び。」

 そう言ってにっこり微笑む千尋の頬も心なしか赤くなっていて、サザキは吸い寄せられるように千尋に口づけていた。

 思いがけない千尋からのプレゼント。

 そして目の前にその人のはにかんだ笑顔。

 サザキの体は自然と動いていた。

「さ、サザキ、ちゃんと食事しちゃって…。」

 唇を離すと今度こそ真っ赤な顔を下千尋にそう言われて、サザキは我に返った。

 自分が何をしたのかに思い至って自分も顔を真っ赤にして…

「お、おう。」

 とりあえずは愛しい人の願いをかなえるべく、再び料理へと手を伸ばした。

 ほんの少しだけ甘いが気まずい空気が流れて…

 そしてその後でサザキは料理を千尋の手で食べさせてもらえるという更なるプレゼントを受け取るのだった。








管理人のひとりごと

サザキハッピーバースデー\(^O^)/
このおっさんはいつもどぎまぎしてるといいと思う(^▽^)
そしてそんなお頭を子分達とカリガネがしかたねーなーって見守ってるとよりよし(笑)
お誕生日は祝ったけど、サザキにはいつまでも少年でいてほしい管理人でした(’’)







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