
サザキは上機嫌だ。
なんといっても天気がいい。
空が青くて果てしないのは翼持つ者としては気持ちがいい。
こんな日は、自分の生涯の伴侶となってくれた愛しい人と共に空の散歩としゃれ込むのが一番だ。
そう思い立ってサザキは寝転んでいた寝台からがばっと起き上がった。
そうと決まれば早い方がいい。
なんといってもサザキの伴侶はどうにも仲間達に人気で、ちょっとでも油断すると先に仲間達に拘束されてしまうのだから。
サザキは自分の部屋を出るとまっすぐ千尋の部屋へと向かった。
まだ仲間達に捕まっていないのなら、自分の部屋かカリガネのいる調理場、あとは甲板辺りにいるはずだ。
もし捕まってしまっていたら、それこそ仲間達に連れられて市でも見に行ってしまって一日会えないかもしれない。
サザキは少しだけ焦りを感じながら千尋の部屋の扉の前に立った。
「姫さん、オレだ、いねーのか?」
扉の前でそう叫んでみても中からは無反応。
サザキはゆっくりと扉を押し開いてみた。
部屋の中は綺麗に整えられていて人の気配は全くない。
サザキは小さく溜め息をついて扉を閉めると、ゆっくりと歩き出した。
あと千尋がいそうなところといえば、カリガネのところか甲板だ。
サザキはちょうど小腹もすいたことだしと、先にカリガネのもとを訪ねることにした。
カリガネに食べるものを作らせてそれを持って空の散歩へ出るのもいいだろう。
材料さえそろっていれば千尋の好きな焼き菓子でもいい。
そんなことを考えながらサザキがカリガネがいつも詰めている調理場を訪れると、そこにはまたもや人の気配が全くなかった。
とはいえ、さきほどまで調理場が使われていた痕跡はあって…
「なんだ?」
一人でそうつぶやいてサザキは調理場を後にした。
そういえば朝からずいぶんと人の気配がしないような気がする。
いつもならうるさいくらいに仲間達がドタバタしているのに、今日に限ってその気配がない。
そのことに今更ながらに気付いてサザキはしかめっ面で歩き出した。
これはひょっとするとひょっとする。
朝から仲間達が静かなことなんてめったにあることじゃない。
しかも、今は物資の調達だなんだでちょうど船を岸につけている。
これはもう千尋は仲間達につかまって、大方どこかへ遊びに行ってしまったのかもしれないとサザキは半ばあきらめながら甲板へ出た。
そこは、船の中でも千尋が最も気に入っている場所。
天気がよければ昼は青い空を、夜は星の美しい夜空をよく眺めている。
甲板の上で空を見上げる千尋はそれはもう美しくて、サザキはそんな千尋を眺めている時間を特に気に入っていのだが…
今日ばかりはきっと甲板にもいないだろう、そんな思いで溜め息をつきながら甲板に出たサザキは…
「あ……。」
甲板の上に広がる光景に目を丸くして立ち尽くし、そのまま凍り付いてしまった。
何故なら、そこにあったのはこの世のものとは思えないほどの美しい風景だったから。
甲板には一人の女性が立っていた。
金の髪が青い空に映えて、陽の光を浴びてキラキラと輝いていて、青い髪飾りが空の青さと重なってその金の髪を際立たせている。
色白の肌よりも更に白い衣装は今まで見たこともないような形で、風になびいて裾がゆるやかにはためいて幻想的だ。
それに何よりその衣装をまとっている女性の微笑み。
女神というものが本当にいるのならこのような姿をしているだろうと思わせるその姿に、慈愛に満ちた微笑。
サザキはその女性が自分の伴侶だと気付いて更に凍りついた。
こんなに神々しい人を自分はさらってきた上に、自分の生涯の伴侶にしてしまったのか?
呆然としている頭の中でうっすらとそう考えながら目をパチクリしていると、白い衣をまとった女性…千尋はゆっくりとサザキに歩み寄った。
「サザキ?どうしたの?」
「ど、どどどどどうしたのって……。」
サザキが慌てて思わず一歩後ろへ下がると、千尋は今まで浮かべていた笑みをおさめて小首を傾げた。
「なんだか慌ててるみたいだけど…。」
「そそそ、そりゃ、その…なんだ……ひ、姫さんがその………。」
「私が、なに?」
そう言って千尋はサザキににじり寄るとニコリと微笑んで下からサザキを覗き込んだ。
その愛らしい表情に、サザキの顔が一気に赤くなる。
「ひひ、姫さんが、あんまりききき…。」
「き?」
「きききき……。」
まるで壊れた機械のようになったサザキを見て千尋は深い溜め息をついた。
そしてそっとサザキから少しだけ体を離す。
なんとか破壊的な可愛らしさの呪縛から解かれたサザキがほっと安堵の溜め息をつくと、背後から野太い声が聞こえた。
「あーあ、そんなんだからダメなんですぜ。」
「お、お前ら…。」
振り返ればそこには呆れ顔の仲間達が群れをなしてたむろしている。
サザキは何が起こっているのかわからずにキョトンとしてしまった。
「じゃ、姐さん、あとはまかせやした。」
「うん、みんな有難う。」
「いえいえ、オレ達だって、姐さんのためならたとえ火の中水の中ってもんです。」
仲間達は口々に同じようなことを言いながら蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。
いつもならここで千尋争奪戦が始まりそうなものなのだが…
「姫さん、いったい…。」
「それで、私がどうだからサザキは慌ててたの?」
何が起こっているのか尋ねようとして逆に質問をされて、サザキは黙り込んでしまった。
何故慌てたかといえばもちろん綺麗な千尋をアップで見てしまったからで、千尋の今日の美しさは尋常ではないわけで…
そういうことをすぐに口に出して言えればいいのだが、そんな恥ずかしいことを言うのはサザキにとってなかなかハードルの高いことであり…
サザキが口をパクパクさせていると、千尋はクスッと微笑んだ。
「実はね、この衣装、みんなが用意してくれたの。似合う?」
「お、おうっ!」
ここぞとばかりにサザキは大声で肯定する。
そう、とても似合っている、本当に心からそう思う。
そんな気持ちを込めて。
「有難う。今日はね、どうしてもおめかししたかったの。」
「へ、へ〜。」
「へ〜、じゃなくて!なんでおめかししたかったか聞かないの?」
「ど、どうして、だ?」
「もぅ、サザキは…。」
どうやらあきれたらしい溜め息をついた千尋は、サザキの手をとると甲板の中央へと連れてきた。
そこには見たこともないような豪勢なご馳走が並べられていて、サザキはそのご馳走の側へ座らされた。
もちろん、千尋はそのサザキの隣に座ってサザキの手に杯を握らせる。
「姫さん?」
「サザキ、お誕生日おめでとう。」
「うぉ。」
千尋の口からこぼれた言葉にサザキが何故かおののいた。
誕生日、そういわれてみれば…
「もぅ、サザキは自分が生まれた日も忘れてたの?」
「お、おう……今日は天気がいいから姫さんと空の散歩でもと思いついたはいいが、どこを探しても姫さんの姿が見当たらないんで…。」
「探してくれてたんだ?」
「ま、まぁな、その間に忘れた…。」
「それで自分の誕生日忘れちゃうなんて、サザキらしい。」
そう言いながらサザキの杯に酒を満たして千尋はクスッと微笑んだ。
「今日、サザキのお誕生日をお祝いしたいってみんなに話したらね、この衣をしつらえてくれて、カリガネが料理を用意してくれたの。もちろんカリガネからの贈り物はこの料理で、みんなからの贈り物は…。」
そこまで言うと今まで上機嫌だった千尋は急にその顔を真っ赤に染め上げてうつむいた。
何を言う気なのかとサザキが酒を口に運びながら千尋の顔をのぞきこむ。
「贈り物、あいつらが?んなもの用意できんのか?」
「そ、それがね…私、だって。」
「は?」
「今日は一日、私はサザキの貸切り。」
そう言って恥ずかしそうに微笑む千尋が愛らしくて、サザキはごくりと生唾を飲み込んだ。
それはいつだって千尋は愛らしいし美しいが、今日はまた着飾っているせいか一段と美しい。
「そ、そんなこと言って、あいつら絶対その辺から覗いてんだろ?」
「そ、それがね、みんな今日は船を下りて遊びに行ってるの。」
「あ?」
「今日はここに二人っきりだから。」
そう言って千尋は空になった杯に酒を注ぐ。
二人きり。
その言葉がサザキの耳の中でこだました。
二人きり、かつてこの船でそんなことがあっただろうか?いやない。
心の中でそんなことをつぶやいて、サザキは改めて隣に座る千尋を見つめた。
フワフワの白い衣をまとっている千尋は本当に綺麗で、ほんのり頬を赤く染めて照れたように微笑んでいる顔は愛らしくて…
サザキは「はぁ」と軽く溜め息をつくと、頭をぽりぽりとかきながら空を見上げた。
頭上には青い空、凪いでいる海の上、自分の船にこの世で一番大切な宝と二人きり。
こんな幸福が今までにあっただろうか?
「サザキ?」
呼ばれて隣を見れば小首を傾げている千尋。
サザキはその顔に満面の笑みを浮かべて見せると、千尋を優しく抱き寄せた。
「ありがとな、姫さん。」
「へ、お、お礼ならみんなに…。」
「おう、あいつらにもあとでちゃんと礼は言っとく。」
「うん。」
幸せを噛み締めながら優しい妻に口づけようとしたサザキは、するりとその腕の中から千尋に逃げられてつんのめった。
この雰囲気だと口づけくらいさせてくれてもいいだろう。
そんな思いを込めて千尋を見つめると、真っ赤な顔をした千尋が料理を差し出してきた。
「か、カリガネの贈り物を受け取るのが先!今日は一日中二人きりなんだからそういうことは後でゆっくり…。」
もごもごと言いよどむ千尋からあっさり料理を受け取って、サザキはパクパクとそれを食べ始めた。
ごねられると思っていたのか千尋が驚いたような顔でサザキを見つめる。
「サザキ…。」
「ま、姫さんの言う通り一日は長いしな、後でゆっくりな。」
さらりとそんなことを言ってサザキは次々に料理を口へ放り込んだ。
それを酒で流し込むとなんとも満足気に微笑んでいる。
そんな自分の隣で真っ赤な顔でうつむいてしまった千尋には気付かずに、サザキはしばらくカリガネの料理に舌鼓を打ち続けるのだった。
管理人のひとりごと
ちゃんとプロポーズしてから初めての二人きりの時間!
そう、いつもはみんなに邪魔されます(’’)
かわいそうなので誕生日くらいは二人きりにしてあげましょうというお話。
殿下は千尋ちゃんに花嫁衣裳着せて喜んでますが、サザキはなかなかできなさそうなのでこんな感じにしてみました♪
最後にサラリとなんか言ってますが、少年サザキに自覚はありません(’’)
サザキはそういうところたま〜に天然そうな気がします。
普段は凄く気にしててすぐ真っ赤になるのにね(^−^)
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