
サザキは甲板で千尋と二人で並んで海原を眺めていた。
最近ではこんなふうに船上の一時を二人で楽しむことも多くなって、サザキにとっては嬉しい限りだ。
二人きりでいるところを仲間達に見つかると、恥ずかしくもあるのだが、それも大分慣れてきた。
何より、こうして二人でいると千尋がとても幸せそうにしてくれる。
それだけでサザキも幸せな気分になった。
だから、こうしてよく二人きりで海を眺めたり空を眺めたりしているのだが…
「ひ、姫さん。」
「なに?」
「その、だな…久々に空でも…。」
「姐さん!」
サザキが顔を真っ赤にして照れながら千尋を空の散歩へ誘おうとしたその時、船内から飛び出してきた日向の仲間の一人が満面の笑みで千尋を呼んだ。
当然のようにこちらも満面の笑みで振り返る千尋。
ただサザキだけが開いた口を閉じることもできずに、二人を見比べた。
「どうしたの?」
「姐さんと相談したいことがあるんで…。」
「相談?」
頭をかいている日向の男から千尋がその後ろへと視線を移すと、大勢の仲間達が千尋に向かってペコペコと頭を下げているのが見えた。
どうやらみんなで相談したいことがあるらしい。
「サザキ、ちょっと行ってくるね。」
「お、おう。」
サザキが何事かと仲間に問いかける前に千尋は即決してしまって、その小さな体はひらりと仲間達の方へ駆けて行ってしまった。
呼びに来た男と共に日向の男達で作られた輪の中に入って、千尋は何やら相談を持ちかけられている様子だ。
少しばかり距離があるおかげでサザキの耳にはその話の内容まではわからない。
だが、何やら楽しそうに皆が笑いながら話をしているようだから、どうやら深刻な話ではないようだ。
それなら安心してもいいはずなのに、サザキの顔色は冴えなかった。
深刻な顔をして話し合うような内容でないなら、わざわざ千尋を呼んで中心に据えて話をすることもなだろう。
ついついそう思ってしまう。
サザキが生涯の伴侶にときちんと千尋に申し入れてからはこの船の上ではすっかり千尋はサザキの妻という扱いが定着した。
だからなんとなく千尋を独り占めにしていたような気になっていたサザキだったが……
どの仲間にも平等に接する千尋は仲間達に大人気で、こうして連れ去られて長時間帰ってこないことがよくある。
そのたびにサザキはなんとも表現のしがたい苦い気持ちで千尋を待つことになるのだ。
今回もサザキは腕を組んで船縁に体を預け、遠くから千尋と仲間達を見守ることになってしまった。
だが、待っても待っても千尋が戻ってくる気配はなくて…
それどころか千尋と語り合っている仲間達は何やら楽しげに笑い声まであげている。
サザキの位置からは話しているはずの千尋は背中しか見えないからその表情はわからない。
だが、仲間達の表情から想像するときっと千尋は楽しげに話しているだろうという気がして…
自分と並んでいる時よりも楽しげな笑顔を浮かべている千尋を想像してしまって、サザキの眉間にはシワが寄り始めた。
自分の伴侶が自分以外の男達の前で極上の笑みを浮かべているのはいい気分がしないものだ。
それが嫉妬だと気づく前にサザキの目には次の光景が飛び込んできた。
千尋の体が少し横にずれて、その向こうにちょうどこちらを向いているカリガネの姿が見えたのだ。
カリガネは船縁にたたずむサザキには気づいていないようで、まっすぐ千尋を見つめたままその口の端にやわらかな笑みを浮かべた。
普段からあまり表情を崩すことがないカリガネのやわらかな笑顔に、サザキの足は自然と動き出していた。
カリガネがこんなふうに笑うのを見たのはいつ以来だろうか?
その笑顔を引き出したのが千尋だとしたら…
ドタドタと足音も高らかに千尋の隣まで歩み寄ったサザキは、思い切り千尋の細い肩を自分の方へと抱き寄せた。
「サザキ?」
驚いたのは千尋だけではない。
今まで楽しそうに談笑していた仲間達もキョトンとした顔で凍りついた。
ただ一人、カリガネだけは何かを悟ったような顔で小さな溜め息をついている。
「オレ抜きでなんの話し合いだ?あん?」
剣呑な顔で一睨みされて、仲間達はお互いの顔を見合わせた。
サザキの視線はというと相変わらずあきれたような顔をしているカリガネに刺さった。
「ちょっと、サザキ、どうしたの?」
「オレ抜きで姫さん捕まえて、いったい何の話だ?」
抗議する千尋は無視で、サザキはカリガネを睨みつけたまま問いかけた。
どうにもこの状況を問い詰めて千尋を取り戻さないと気がすまない。
「サザキ、やめて。みんな私のことを思って色々考えてくれてただけなんだから。」
「姫さんのため?」
ここでやっとサザキの目が千尋へと向いた。
サザキに肩を抱かれて少しばかり恥ずかしそうにしている千尋は小さくコクリとうなずいた。
「そう、あのね、ほら、私達、一生一緒にいようって約束したでしょう?」
「お、おう…。」
改めて確認されて今までの不機嫌はどこへやら、サザキの顔が真っ赤に染まる。
「それでね、ちゃんとした儀式をしないのはどうだろうってみんなが考えてくれて…。」
「ぎ、儀式だ?」
「そう。私が前に生活してた世界では結婚式っていうんだけど、ちゃんとおめかしして神様に一生仲良く過ごしますって誓いを立てる儀式をするの。こっちでも儀式はするっていうから、じゃあ、近いうちにその儀式をやったほうがいいってみんなが言ってくれて…。」
恥ずかしそうに説明する千尋が幸せそうな笑みを浮かべてサザキを見つめた。
一瞬、驚きで凍りついたサザキはその視線を仲間達へと向けた。
そこには照れたような笑みを浮かべる日向の男達の姿が…。
「せっかくだから私には綺麗な衣裳を用意してくれるって話になって…。」
「ちょっと待て、そんな話、なんでオレ抜きでしてんだ?お前ら。」
仲間達にいらぬ嫉妬をしていた自分は棚に上げて、サザキは一同を睨みまわした。
結婚の儀式をするなら当然夫である自分にも話しがあっていいはずだというのがサザキの主張だ。
そしてそんなサザキに対して仲間達は互いに顔を見合わせると、その視線を一人憮然としているカリガネへと向けた。
こんなふうに機嫌の悪いサザキの相手はもうこの人しかいないということだろう。
そしてカリガネは、面倒だとでも言いたげに一つ溜め息をつくとまっすぐ正面からサザキを見つめた。
「な、なんだよ。」
「嫌がるからだ。」
「はぁ?」
「しゃれた衣裳を着て儀式を行うといえば、嫌がるだろう。」
「……。」
断言されてしまうと否定したいところだが、サザキは言葉に詰まって何もいえなくなってしまった。
確かに、しゃれた衣裳で着飾って儀式をやるといわれたら、盛大に反対しただろう。
言葉に詰まってかたまるサザキを見て、千尋は悲しそうな目を向けた。
「サザキは嫌なの?」
「へっ…。」
「儀式とか嫌い?」
潤んだ碧い瞳に見つめられて、サザキはなおさら言葉に詰まってしまった。
儀式なんて堅苦しいものは大嫌いだし、しゃれた衣裳を着せられるのもごめんだが、千尋が悲しむのはもっとごめんだ。
「き、嫌いってわけじゃ…。」
「でも嫌なんでしょう?私、サザキが嫌ならやらなくてもいい。」
小さな声でそう言う千尋を見ていられなくて視線を外せば、今度はサザキの目に「姐さんを泣かせるんですか?!」と言いたげな仲間達の顔が飛び込んできた。
どの顔も必死だ。
ただ一人、カリガネだけがあきれたような顔で小さく溜め息をついている。
サザキはぐっと喉の奥を詰まらせてから大きく息を吸い込んだ。
「がぁぁぁぁぁっ!わーかった!儀式でも何でもやりゃいいだろ!オレも参加してやる!だから姫さんは返せ!」
「返せってお頭ぁ。」
「姫さんはオレのもんだ!」
「へ?」
どうやら思考回路がショートしたらしいサザキは叫ぶやいなや千尋を横抱きに抱き上げて大きく羽ばたいた。
みるみるうちに小さくなっていく仲間達とサザキとを見比べながら千尋が慌ててサザキの首に抱きつく。
「サザキ?」
「せっかくの二人の時間をあいつらに邪魔されちゃたまらねーからな。」
赤い顔でそう言ってサザキがギュッと千尋を抱く腕に力をこめると、千尋はクスッと笑みを漏らした。
どうやら不機嫌になったわけではないらしいと気づいてサザキが小さく安堵の溜め息をつく。
「サザキ。」
「ん?」
「有難う。」
「は?何がだ?」
「儀式のこと、一緒にやるって言ってくれて。それから私はサザキのものだって言ってくれて。」
「そそそそそそれはだな…その……。」
「嬉しかったから。」
「そ、そうか、ならいい、うん。」
「あと、こうやって一緒に空を飛んでくれて有難う。」
「そんなんは……礼なんか言うこっちゃねーよ。」
「うん、でも嬉しいから。」
サザキはニコニコと微笑む千尋の顔を間近で見つめてしまって、あっという間に首まで赤くなると慌てて視線を空へと戻した。
こんな至近距離で極上の笑顔を見せられては平静でいられそうにない。
「サザキといると楽しいこととか嬉しいことばっかり。だから、有難う。」
「それは、オレだって姫さんといれば愉快なことだらけだぜ。」
「本当?」
「おうよ。だから、オレも、その…ありがとな。」
「サザキ…。」
嬉しそうに微笑んだ千尋はサザキの頬にチュッと音を立ててかわいらしく口づけた。
突然の出来事に驚いてふらついて飛ぶサザキの様子を甲板の上に立つカリガネは溜め息をつきながら見守っていた。
管理人のひとりごと
サザキの場合、カリガネがいないといろいろ大変なことになりそうだ(^^;
今回は結婚式をしてあげようという仲間達の気遣いの図です。
でも、結局千尋ちゃんを仲間達にとられてサザキが切れてます(w
千尋ちゃんは日向の男達には大人気になる気がしています♪
ので、うちではサザキがやきもち焼いて大変です(w
ブラウザを閉じてお戻りください