こだわり
 サザキはスースーと寝息をたてて眠っている。

 外は雨で甲板に出ることもできなくて、釣りもできないし、空も飛べない。

 つまり暇を持て余しているうちに眠気に襲われてそのまま自分の部屋の寝床に寝転んで眠ってしまったというわけだ。

 船に乗るととにかく静かな雨の日はやることがない。

 嵐なら船を安全に進ませることに苦心するのだが、波もなく、風もなく、ただ静かな雨というのは本当に暇だ。

 天気がよければ千尋を抱いて空の散歩というのもいいが、雨ではそれもできない。

 カリガネは料理に没頭してかまってくれないし、千尋はだいたい仲間達に拘束されて楽しく大騒ぎというのがオチだ。

 だからサザキは不貞腐れて自分の部屋にこもるしかない。

 こもってしまえばやることがないのであっという間に寝てしまうのがサザキだった。

 気心の知れた仲間達しかいないからこそ、そうして昼寝などしていられるのだが…

 そんなサザキの部屋の扉がゆっくり静かに開けられた。

 隙間からのぞいたのは碧い瞳。

「ほんとだ、寝てる…。」

 音を立てないようにそっと扉を開いてするりと部屋の中へ入り込んだのは小さな包みを手にした千尋だった。

 仲間達の宴会に巻き込まれていたのだけれど、サザキの姿が見えないのでどうしたのかと探してみれば、料理をしているカリガネに部屋で寝ていると教えてもらって様子を見に来たのだ。

 いつもは仲間達と大騒ぎをしているのに、雨の日はいつも見当たらなくて気になっていた千尋はやっとサザキを見つけてほっと安堵の溜め息をつくと、後ろ手に扉を閉めてそっと眠るサザキのかたわらに座った。

 サザキは起きている時の印象とは少し違って、いびきをかくこともなく、すーすーと静かな寝息をたてて意外とお行儀よく眠っている。

 肩膝を軽く立てて腹の上で手を組んで、まるで絵に書いたみたいに綺麗な寝姿だ。

 千尋はそんなサザキをゆっくり眺めて、それからそっとその顔をのぞきこんだ。

 普段はくるくるとよく動き回っているし、表情も豊かでこうしてじっくりサザキの顔を見ることなんてないから。

 せっかくの機会だとばかりに千尋はじっくりサザキを観察することにした。

 自分よりずっと年上の人だとわかってはいるけれど、こうして無防備に眠っている姿はなんだか子供みたいだ。

 髪もさらさらしていてとても綺麗で、千尋はクスッと笑みをもらした。

 するとサザキの目がゆっくりと開いて…

「あ、起きちゃった?」

 千尋が微笑みかけてもどうやら寝ぼけているらしいサザキは瞬きをするばかり。

「サザキ?」

 呼びかけてみてもサザキはなんだかぼーっとしていて…

 千尋が小首を傾げている間にすっとサザキの腕が伸びてきて、千尋はそのままパタリとサザキの胸に倒れこんでぎゅっと抱きしめられてしまった。

「わわ、ちょっと、サザキ、寝ぼけてる?」

「あ?」

「あ?じゃなくて!」

 バタバタと暴れて千尋がやっとの思いでサザキの腕を逃れて起き上がって見れば、サザキは状況が飲み込めないらしくてキョトンとしていた。

「もぅ、すっかり寝ぼけてるでしょう?」

「姫、さん?」

「おはよう、サザキ。」

「………………姫さん!」

 サザキは大声をあげて飛び起きると、すぐ側にいる千尋から距離をとろうと飛びのいた。

「なななななんで姫さんがここにいるんだ?」

「だって、みんなが騒いでいるところにサザキがいないから気になって…探してたらカリガネに会えたから聞いてみたら部屋で寝てるって教えてくれたの。ついでにカリガネがお菓子の試作品もくれたから一緒に食べようかと思って。」

 そう言って千尋は持ってきた包みをサザキに見せた。

 笹の葉でくるまれているそれは何やら香ばしいいいにおいがする。

「驚いたぜ、まさか姫さんがオレの部屋にいるとは…。」

「黙って入っちゃったのはごめんね、起こしちゃいけないかなって思って…でもサザキと一緒にこれ食べたかったし…だから起きるまで待ってようかなって…。」

「いやいやいやいや!悪いとは言ってねーから!」

 急に落ち込む千尋に慌ててサザキはまた大声を出すことになった。

「オレが言いたいのは姫さんはオレの部屋に来るなんてことねーと思ってたんで驚いたってことで…。」

「どうして?」

「ん?」

「どうして私はここにこないと思ったの?」

「いや…姫さんはみんなと楽しくやってる方が好きだろう?」

「まぁ、みんなと楽しく騒ぐのは確かに好きだけど、サザキと二人でいるのも好きだよ?」

 そう言ってにっこり微笑む千尋は可愛らしくて、サザキは一気に顔を真っ赤にした。

 そんなサザキに気づいているのかいないのか、千尋はすっと壁際に寄っているサザキの隣に座り直すとカリガネにもらったお菓子を広げた。

「さ、食べよう!」

 千尋はニコリと微笑んでカリガネお手製のお菓子をほおばった。

「ん〜、甘さちょうどいい、おいしい!」

「……。」

「サザキ?食べないの?」

「いや、その……。」

 千尋が隣に座っているサザキを見れば、サザキは顔を真っ赤にしておどおどしている。

「どうしたの?」

「いや…ひ、姫さんが近い、からな…。」

「近い?」

 言われて初めて千尋が自分の座っている場所を確認すると、確かにぴったりサザキにくっついて隣に座っているのだが…

「ん〜、確かに近いかもしれないけど…私はいつもとそんなに変わらない気がする…。」

「いや、そりゃそうなんだが…いつもは外にいるとか、他のヤツも一緒にいるとか…その…二人きりってのは…。」

 しどろもどろになりながらもどうやらサザキが言いたいのは、二人きりで狭い個室でこんなに接近していることは珍しいということらしい。

 そういわれても千尋には今ひとつピンとこない。

 サザキはいつだって悪ガキみたいな所があって、よくふざけてみんなを笑わせてくれる。

 調子が良くて陽気で、千尋は自分が年上じゃないかと感じることさえある。

 そんなサザキが好きなのだけれど二人きりで接近しているからといって緊張するような空気でもないのだ。

「変なサザキ。」

「変ってよ…姫さん…。」

「だって、空を飛ぶ時はいつも二人きりだし、それに抱き上げてもらってるし、私もサザキの首に抱きついてるからもっと密着してるじゃない。」

「そ、そりゃそうだけどよ…空はその…なんつうか……。」

 またそういい淀んで、サザキはあきらめたような溜め息をついた。

「つまり、姫さんはなんともねーのな。」

「何が?」

「オレと二人っきりでこうして隣り合わせて座ってても、姫さんはなんともねーんだなと思ってよ。」

 そう言ったサザキはどうやらしゅんと落ち込んでいるようだ。

 千尋は小首を傾げてサザキの様子をうかがった。

「サザキは私と二人でいると何か嫌なことでもあるの?」

「はぁ?」

 予想だにしない千尋の言葉にサザキが思わず大声をあげた。

 それは全く逆だ。

「嫌なことなんかねーって!その…オレは姫さんと二人でこうしているとだな…緊張するというか…期待するというか…嬉しいというか恥ずかしいというか…。」

「緊張って、今更…。」

「いや、そりゃそうなんだが…。」

「で、期待って何?」

「いや…姫さんが期待してないならいい…。」

「だから、何を?何を期待してるのか聞かないとわからないじゃない。」

「何ってそりゃ…その…こう、二人っきりでいるわけだしな…なんというか…もうちょっとこう艶っぽい雰囲気というかなんというか…。」

「へ?」

 サザキに言われて初めて千尋は今の自分の状況をよくよく考えてみた。

 体温が感じられるほどすぐ隣にいるサザキはというと可愛らしく顔を真っ赤にしてはいるが、立派な大人の男の人で…

 座っている場所はというとサザキの寝台の上で…

 『艶っぽい』と言われるとそんな気がしてきて…

 千尋は急に顔を赤くして少しだけサザキから離れた。

「さ、サザキってそんなこと考えてたんだ…。」

「おいおいおいおいおい、普通考えるだろ…。」

「そう?」

「オレは…いつだって姫さんと一緒にいたいと思ってるし、触れたいとも思ってるぜ?惚れてりゃ普通そうだろ?」

「そ、そりゃまぁ私もサザキとはいつも一緒にいたいけど…。」

「でもな、姫さんはそういうふうにはなりたくなさそうだからな…。」

「へ?」

「いや、いいんだ、気にすんな。」

 そう言ってサザキはいつものように笑ってくれて、千尋の頭をポンポンと優しくなでてくれた。

 千尋はそんなサザキが凄く大人に見えて、優しく笑ってくれるサザキが少し寂しそうに見えて…

「そんなことないよ。」

「ん?」

「私だってサザキといつも一緒にいたいとか、触れていたいとか思うよ、だから探したんだもん。」

「姫さん…。」

 千尋の言葉に驚いて一瞬目を丸くしたサザキは、顔を真っ赤にしてうつむいている千尋をじっと見つめてその顔に優しい微笑を浮かべた。

 あまり長いことサザキが何も言わないので千尋が恐る恐る顔を上げてみると、そのサザキの優しい笑顔が目に飛び込んできて千尋はほっと安堵の溜め息をついた。

 それは優しいサザキの笑顔に安心したから、だったのだが…

 千尋が安心して油断していると急にサザキに抱き寄せられて、声を出す間もなく、目を閉じる間もなくあっという間に口づけされていた。

 それはほんの一瞬のことで、すぐにサザキの顔が離れて、千尋の視界にまたサザキの笑顔が戻ってきた。

「な、ななな、何するの!」

「何って、姫さんもオレと同じ思いでいるって今言ってくれたろ?」

「そ、それはその……。」

「まっ、まさか、嫌だったのか?!」

 さっきまで幸せそうに微笑んでいたサザキの顔色があっという間に青くなった。

 心の底から心配そうにのぞきこまれて、千尋は顔を赤くしながら必死に首を横に振る。

「い、嫌ってわけじゃ…。」

 やっとの思いでそういう千尋の顔をのぞきこんで、どうやら千尋がテレているだけらしいとわかってサザキは安堵の溜め息をついた。

「その、なんだ、オレは姫さんのことがほんっと好きだってことだ、うん。」

 何故か一人でそう言ってサザキは満足げにうなずいた。

 そんなサザキを見ているとなんだか楽しくなってきて、千尋もやっとその顔に笑みを浮かべた。

「うん、私もサザキが大好きだよ。」

 ニコッ

 輝かんばかりの笑顔を見せられてサザキが一瞬凍りついた。

 それはサザキの目には世界一美しく映る笑顔だ。

 サザキはしばらく千尋の笑顔に見惚れてはっと我に返ると千尋の体を自分の膝の上に抱き寄せるとそのまま腕の中に千尋の小さな体を閉じ込めてしまった。

「さ、サザキ?どうしたの?」

「…好きだ……。」

「……。」

 耳元で熱っぽく囁かれて千尋は何も言えなくなって、サザキの腕の中でうつむいた。

 はっと気づけば今までにないほど近いところにサザキの瞳があって、その瞳がなんだか吸い込まれるみたいに綺麗で…

 すっかり静かになった部屋の中にはただ波と雨の音だけが聞こえて…

 千尋はふっとやわらかく微笑むとそのままサザキの胸にもたれかかった。

 こんなふうに二人きりで甘い空気に浸ることは珍しくて、少し緊張もするけれどサザキのぬくもりを感じてしまえばなんだかとても幸せだ。

「ひ、姫さん?」

「たまにはこんなふうにしてるのもいいよね。」

「そ、そうか?」

「うん、私は凄く幸せ。」

「…そっか、姫さんが幸せならオレはそれでいい。」

 千尋の耳元でそう囁いて、サザキは腕の中の宝をぎゅっと抱きしめた。

 降りしきる雨の中、二人は仲間達が探しに来るまでずっとそうしてたたずんでいた。

 もちろん、仲間達に見つかるのは時間の問題だったけれど。








管理人のひとりごと

思わぬ長さになりました(’’)(マテ
もっとあっさり終わるはずだったのに、サザキがちょっと頑張って男を見せたから(コラ
管理人的にはサザキ、ようやくここまで、みたいな感じです(TT)
でもね、かわいいサザキも大好きなのですよ♪
だから今回は可愛く笑ってちゅって感じで(’’)
サザキは晴れている空を悠々と飛んでるイメージが強かったので今回はあえて雨の日を書いてみました。
基本的に千尋ちゃんを仲間にとられていじけているようですね(’’)
でも、ちゃんと千尋ちゃんが探しに来てくれるから大丈夫♪
サザキが思っているよりちゃんと千尋ちゃんはサザキのことが好きだよという、まぁそんな話です(’’)







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