ふわふわ
 日向の一族の船はしばらくある海辺の村に接岸して、船員達は陸上での生活を楽しむことになた。

 もちろん、海賊というからには海賊の仕事をしたいのだが、盗賊はダメという千尋のおかげで海賊稼業はそうそう忙しくはできない。

 それでも宝探しをしている以上は海賊だとサザキが言い張るから、一応海賊ということにはなっているが、海賊稼業をやらないのなら海を漂っている必要もないわけで…

 陸で育った上に海賊でもない千尋にいつまでも船の上でだけ生活させるのはいけないと船員達の意見が一致した結果、海辺の村に少しばかり逗留することにしたのだ。

 もちろん千尋はそんな気遣いはいらないと言っていたけれど、いざ上陸してみるとやっぱり楽しそうで…

 日向の男達は楽しそうに村を歩き回る千尋にうっとりと見惚れるのだった。

「いやぁ、でも、ほんと、姐さんはいいよなぁ。」

 中でも若い一人がそんなことをつぶやきながらうっとりしていると、背後から歩み寄った人影が力いっぱい若者をどついた。

「いてっ!何すん……。」

 振り返って自分をどついた主を見て、若者は青ざめる。

 そこに立っていたのは自分達が大将を呼ぶ海賊の頭であり…

「姐さんって呼ぶなっつてんだろうがっ!だいたい姐さんなんて呼ぶくせになんでお前が見惚れてんだ!ごるぁぁ!」

 サザキに大声で怒鳴られて若者は「ひぃ」と声をあげると慌てて逃げていった。

 追いかけようとしたサザキの腕をつかんだのは隣に立っていたカリガネだ。

 ギロリとサザキに睨まれてカリガネは深い溜め息をついた。

「追いかけなくてもじゅうぶんだ。」

「お前でも許さねーからな。」

「何がだ?」

「そ、それは…。」

「サザキ?どうしたの?大きな声出して。」

 カリガネの問いにサザキが困り果てている間に、先を行っていた千尋が小走りに戻ってきた。

 そのあまりの愛らしさにサザキが息を飲み、隣でカリガネが深い溜め息をつく。

「早く来ないと置いていっちゃうよ?」

「お、おう。」

 小首を傾げる千尋と並んで、サザキは赤い顔で歩き出す。

 ところが、隣を歩いていたカリガネはついてこなくて…

「あれ?カリガネ?」

「食材を探してくる。」

 ぼそりとそういったカリガネはもと来た道を戻りだした。

 カリガネが食材を求めてふらりといなくなるのはいつものことなので、千尋とサザキは微笑を交わして歩みを再開した。

「ねぇサザキ、さっきは何騒いでたの?」

「ん?ああ、いや…たいしたことじゃねーんだ。」

「……私に言えないこと?」

「あ゛?あ、いや、そんなことは、ねーんだが……。」

「じゃぁ、何?」

「それは、その……なんだ…あいつが…。」

「あいつ?」

「おう、うちの若いのが、その……姫さんに…。」

「私に?」

「……ぼーっと見惚れてたんでな…それで…。」

 隣を歩くサザキを小首を傾げて見上げていた千尋はサザキが何を言いたいのかに気づいて一気に顔を赤くした。

「そ、それって…サザキが妬いて怒鳴ってたってこと?」

「ま、まぁ、なんだ……そういうことだ…。」

 サザキも顔を真っ赤にして頭上を仰ぐ。

 これはサザキのテレ隠し。

 千尋も赤い顔で溜め息をついた。

「そんなことで妬かなくたっていいのに…。」

「だけどよっ!姫さんにいやらしい目を向けられるのは耐えらんねーんだ!オレは!」

「いやらしいって…それは考えすぎだよ。」

「考えすぎなもんか。あいつら姫さんのことを姐さん姐さんなんて呼ぶくせに、絶対狙ってんだぜ。」

「ないない、それはない。」

「わかんねーだろ?オレの姫さんはこんなに可愛らしくてキレイで、そんでもって芯が強くてだな…。」

「さ、サザキ…。」

「ん?」

「恥ずかしいよ…。」

 真っ赤になって歩みを止めてうつむく千尋をじっと見つめて、しばらく考え込んで…

 サザキはようやく自分が何を言ったのかに気づいてまたまたそっぽを向いて顔を真っ赤にした。

 よくよく思い起こしてみれば、自分は物凄い勢いで惚気たのではないだろうか…

 ということに気づいたから。

「ま、まぁ、なんだ、用心に越したことねーからな。」

 顔の火照りをどうにも押さえられずにサザキがキョロキョロしているとその腕を千尋が優しく引いた。

「サザキ、一緒に行ってもらいたい所があるの。」

「お、おう、姫さんの行きたい所ならどこへだって連れてってやるぜ。」

「もう、大げさだなぁ。近くにね、綺麗な泉があるって聞いたの。今日は天気もいいし、ちょっと水浴びしたいなって思って。」

「み、水浴びぃ?」

「うん、そう。」

「みみみみ、水浴びって、ひひひ、姫さん…。」

「ちょっ、サザキ、変な想像してない?」

 慌てる千尋に激しく首を横に振ってはいるものの、サザキは間違いなく一緒に水浴びしようと誘ってくる裸の千尋を想像していそうで…

 千尋は真っ赤になってスタスタと早足で歩き出す。

「ち、違うからっ!私が水浴びしてる間、サザキに見張っててほしいなって思っただけだからっ!」

「あ、ああああ、なるほどな!そういうことな!」

「どういうことだと思ったの?!」

「い、いや…その…なんだ…見張りなら任せとけ!うん!」

 そう言ってごまかすサザキは千尋に腕を引かれながら顔を真っ赤にしたままだ。

 しばらく黙って歩いて落ち着いて、サザキがよくよく千尋を見てみれば、確かに手に何か荷物を持っていた。

 見慣れないそれはたぶん村人から借りるか何かしたものだろう。

「何?サザキ。」

「いや、見慣れねー荷物だなって思ってよ。」

「ああ、これね、これは水浴びした後で体を拭いたりする布を村の人に借りてきたの。あと、髪を梳く櫛とか。」

「準備いいなぁ姫さんは。」

「女の子はみんなそうだよ。」

「ああ、なるほどな、野郎しかいねーとそういうの気が回らねーんだ。」

「そうだねぇ。サザキの周りって男の人ばっかりだもんね。」

 だから気が抜けねーんだと心の中でつぶやいてサザキは軽く溜め息をつく。

 そうこうしている間に二人は小さな、だが、綺麗な水をたたえる泉に到着した。

 辺りは木々が茂っていて人気もない。

「おう、確かにいい感じの泉だな。」

「うん。」

「ちょうど人気もねぇし、オレが見張っとくから姫さんは安心してゆっくり水浴びしてこいよ。」

「うん、有難う。じゃ、ゆっくりしてくるね……サザキもこっち見ないでね?」

「み、見ねーってっ!」

 真っ赤な顔でそう言ってサザキは翼を広げると、近くの木の枝の上に座った。

 もちろん、泉には背を向けて。

 サザキの背後ではかさかさと衣擦れの音が聞こえて、その後、ちゃぷんという水音が響いた。

 千尋が背後で泉に入っているのかと思うとサザキも木の上でなんだか落ち着かない。

「気持ちいい……ねぇ、後でサザキも入ったら?」

「ん?」

「凄く気持ちいいから。サザキが入るときは私が見張っててあげるから。」

「あ?ああ…。」

 サザキにしてみればそれどころじゃない。

 愛しい世界で唯一のサザキの宝が裸で水につかっているのだから。

 誰かがたまたまでもここへやって来はしないかと辺りをキョロキョロと見回しているうちに、サザキは思わず泉の方へ視線を向けてしまった。

 自分とは反対側の泉の対岸が気になったからなのだが…

「サザキ…。」

 不穏な低い声は泉の中からして…

 見れば水の中にしっかりつかりながらも弓を手にした千尋がギロリとサザキをにらみつけていた。

「ちょっと待った!そんなつもりじゃねぇっ!オレは向こうに人がいないか確認したかっただけだっ!って、姫さんなんでそんな物騒なもん持ってんだ?」

「へ?将たるもの、水浴びの時も武器は離しちゃいけないって前に忍人さんに教わったから。」

「あの堅物、何教えてんだよ…。」

 忍人の仏頂面を脳裏に思い浮かべながら再び千尋には背を向けてサザキは深い溜め息をついた。

 なんともしっかりした教育をしてくれているものだが、これなら別に自分の見張りなど必要なかった気がする。

 サザキがしょげている間にその背後で水音がして、千尋が泉から上がったのがわかった。

「サザキ、もういいよ。」

 安堵の溜め息をついてサザキが木から下りると、そこには濡れている髪を布で拭いている千尋がニコニコと微笑んでいた。

 水に濡れた髪もその笑顔も愛らしくてサザキが見惚れて一瞬凍りつく。

「ほら、サザキも入ってきていいよ?今度は私が見張っててあげるから。」

「いや、オレは別に見張っててもらわなくてもいいんだけどな…でもま、気持ちよさそうだしオレもちょっとだけな。」

「うん、いってらっしゃい。」

 そう言って千尋はくるりと泉に背を向けた。

 サザキは苦笑しながら千尋に背を向けて服を脱ぐと泉につかってみる。

 思っていたより泉の水は冷たくはなくて心地いい。

 これくらいなら千尋が風邪をひくこともないだろうと安心して少しつかって…

 空を見上げれは青い空、背後には大切な人の気配。

 こんな心地いい午後はそうはないと堪能して、千尋が髪を梳き終わった気配を感じて泉から上がった。

 無造作に服を身に着けて千尋の隣に座れば、髪飾りをつけてすっかり髪を整えた千尋がにっこり微笑みかけてくれた。

「どうだった?気持ちよかったでしょう?」

「ああ、いいもんだな、姫さんとなら水浴びもな。」

「もう、またそんなこと言って……ああ、そうか。」

「ん?なんだ?」

「サザキはちゃんと拭かないと羽根がびしょびしょだよ。」

「ああ、そのうち乾くって。」

「ダメダメ、風邪ひいちゃうよ。」

 そういうと千尋はサザキの背後に回ると布で丁寧に大きな翼を拭き始めた。

 自分でそんなふうにすることはないから、サザキも最初は戸惑ったものの、千尋の手が優しく翼をなでてくれるのが気持ちよくてすぐに気持ちよさそうに目を細めた。

「せっかくだから綺麗に整えてみようか。」

 だいたいの水気をふき取った千尋は今度は髪を梳いていた櫛を使って羽根を整え始めた。

 もちろん、サザキにはこれも初めてのことだ。

 空は晴れてきて強い日差しに照らされて、翼は見る見るうちに乾いて、千尋の手入れのおかげで綺麗に整えられていく。

 数分後、千尋は整えられた翼を見て満足げに一つうなずいた。

「これでよしっと。うん、すっごく綺麗。かっこいいよ、サザキ。」

「お、おうよ。ありがとな。」

「どういたしまして。うわぁ、すっかり乾いたらふわふわなんだね。」

「ん?」

「羽根、凄くふわふわ、気持ちよさそう。触ってみていい?」

「おう。姫さんならいつだっていいぜ?」

「有難う。」

 千尋はそっとサザキの翼をなでてみた。

 すると当然のことなのだが羽毛と同じその翼はふかふかでとても気持ちがいい。

 あんまり気持ちが良かったので思わずすりっと頬ずりしてみる。

「うわぁ、気持ちいい。」

「ひ、姫さん?」

 ふわふわしていてお日様のにおいがして、千尋は思わず翼に頬ずりしたまま目を閉じた。

 するとふわふわでほかほかで気持ちよくて…

 翼はふわふわしていて気持ちいのに、自分を支えてくれるサザキの背中はとっても広くて安心で…

 千尋はそのまま翼にすりすりしながらだんだんと意識を手放した。

「姫さん?おーい、姫さん?」

 背中に愛しいぬくもりが定着して、サザキは慌てた。

 なんだか寝息まで聞こえてきた気がする。

 これはもう間違いなく千尋は自分の背中にもたれて眠っている。

 サザキは一人で慌てて何度も千尋を呼んでみるがもちろん無反応。

 これはしばらくこのままでいるしかないと観念して、サザキは溜め息をついた。

 これじゃ当分の間は船にも村にも戻れそうにない。

 でも、背中に感じるぬくもりはとても幸せで大切で…

 サザキはこのまま千尋が起きるまでここでこうしていようと心に決める。

 自分もこうしていれば幸せだったから。

 そして、千尋も今、とても幸せでいてくれるのだと思えたから。








管理人のひとりごと

サザキの羽根が好きなんです!(笑)
もともと翼大好きなんですが、あれはもうすりすりしたい!
という管理人の願望が前面に押し出されてこうなりました(’’)
それにしてもうちの千尋ちゃんよく水浴びするな(笑)
忍人さんとの初対面の印象が強いからでしょうかね?
全裸をスルーな忍人さんは凄かった(’’)
サザキならもう天地がひっくり返ったくらい大騒ぎしそうなのに(笑)
年齢差を思うとこの二人のリアクションの差は面白い、と思う管理人でした(’’)








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