便利な傘
 久しぶりの上陸で、日向の男達は浮かれていた。

 なんといっても船上での生活は窮屈だ。

 大海原で海賊を名乗るのはもちろん皆の誇りだが、それでも上陸してハメを外すことも必要だった。

 意気揚々と日向の男達は出かけていき、そんなみんなを千尋は甲板から見送っていた。

 船を下りて出かけていく日向の男達はみんなその顔に幸せそうな笑みを浮かべて手を振る千尋を見上げて「姐さん言ってきます!」などと口々に挨拶して去っていく。

 船に乗っていた殆どの男達を見送って千尋がほっと溜め息をついた頃、サザキが姿を現した。

「ひーめさん。」

「サザキ、まだいたんだ。」

「おいおい、まだいたんだはねーぜ。俺が姫さん置いて出かけるわけねーだろ?」

「みんなと一緒に遊びに行かなくていいの?」

「だーかーらー、あんなむっさい野郎どもと出かけて何が楽しいんだって。」

「いつも楽しそうにみんなで一緒にお酒飲んでるじゃない。」

「それは…まぁ、酒は、な。」

「私ならちゃんと留守番してるから気にしないで遊びに行ってもいいよ?」

 そう言ってにっこり微笑む千尋を見て、サザキは大仰に溜め息をついた。

「はぁ、姫さん一人に留守番なんてさせられるかよ。」

「でも、誰かが残ってないと…カリガネもさっきお菓子の材料調達するって出て行っちゃったし…。」

「大丈夫、留守番なら交代でやることになってんだ。姫さんはそんな心配しなくていいんだぜ。だから、な、一緒にでかけよう。」

 サザキの手がまっすぐ千尋へと伸ばされる。

 千尋は少しだけ迷ってからサザキの手を握った。

「みんな楽しみにしてたんだから私も交代でお留守番してあげたいの。だから、私もちょっとだけ出かけて留守番交代するね。」

「姫さん……しょうがねぇな。」

 サザキは千尋の手を引き寄せながら苦笑した。

 サザキが盗んできたこの世界一大切な宝は心優しくて、いつだって仲間達のことを一番に考えてくれる。

 そんな彼女を好きになったのだからしかたないと心の中でつぶやいて、そしてサザキは千尋を横抱きに抱き上げるとそのまま翼を羽ばたかせて甲板から地上へと下り立った。

「さてと、姫さんはどこへ行きたい?村で買い物もいいし、何かうまいものを食わせてくれるところを探してもいいぜ?」

「おいしいものは船でもいつも食べてるし、別にほしいものもないの…そうだなぁ…サザキと散歩がしたいかな。」

「散歩だ?」

「うん。ほら、甲板って歩いてもぐるぐる回るだけじゃない?海を眺めるのは綺麗で確かに気持ちいいけど、やっぱり花や木に囲まれた道をまっすぐ歩くのもいいなぁって。」

「なるほどな。そんじゃ、その辺ぶらぶらすっか。」

「うん。」

 嬉しそうにうなずく千尋があまりに可愛らしくて、サザキは思わず見惚れた。

 こんなことは一緒に船に乗っていればしょっちゅうのことなのに、いまだにサザキは千尋の笑顔に弱い。

「サザキ?」

「お、おう、あっちがいいな、花が咲いてるしな!」

 我に返って慌てて、サザキは真っ赤な顔で歩き出した。

 村の外へと通じる道の脇に花が咲いているのを見つけたから、とりあえずテレ隠しにそっちへと足を進めたのだ。

 千尋は小首を傾げながらその隣を歩いた。

 陸を歩くのは本当に久しぶりで、千尋の顔には楽しそうな笑みが浮かぶ。

「花、も綺麗だけど、木の緑も綺麗だねぇ。」

「だなぁ。」

「風も緑の匂いがしてきもちいい〜。」

 千尋が歩きながら伸びをすると、サザキはちらりと隣を見てそれから空を見上げた。

「なぁ姫さん。」

「何?」

「船の上の生活は嫌か?」

「へ?」

「いや、なんだ、その…やっぱ姫さんは地上で育ったしな、オレ達みたいに空が飛べるわけじゃねーし…なんていうか…船の上で不自由させてんじゃねーかなぁってな…。」

「あああああ、そういうんじゃないの。船の生活は凄く楽しいし、思ってたより不自由なんてしてない。カリガネの料理はおいしいし、海は綺麗だし、日向の一族のみんなはみんなとっても親切だし。」

「……。」

「なんていうかな、いつも船の上で生活してるからだと思うんだけど、前より木の葉の緑とか道端に咲いてる小さな花とかそういう自然にあるものが凄く綺麗に見えて、大切だなって思えるようになったの。」

「姫さん…。」

「前はそれって凄く当たり前のことだったでしょう?毎日見てるものだし、でも、今は陸にいると陸のものが、海にいると海のものが大切だなって思えるの。それってステキなことだなって思う。だから、サザキには感謝してるんだから。」

 くるりとサザキの方を向いた千尋がにっこり微笑むのを見て、珍しくサザキが真剣な顔で千尋を見つめた。

「サザキ?」

 千尋はキョトンとした顔でサザキを見上げていたら、急にそのサザキに抱きしめられた。

「へ?何?どうしたの?」

 辺りに人気はないけれど、船で二人きりでいる時にだってこんなことをされたことはなくて…

 千尋はサザキの腕の中で顔を真っ赤にして息を呑んだ。

 いつもサザキは明るくて、仲間達とふざけたりしていて、どことなく愛嬌がある。

 だからいつもは全然意識しないのだけれど、今こうして抱きしめられたりすると彼が本当は物凄く年上の大人の男性なのを思い出した。

 苦しいっていうほどじゃないけれど、千尋をしっかり抱きしめているサザキの腕は力強くて…

 海賊を名乗っていて一緒に戦乱を潜り抜けてきた強い人であることも思い出す。

 普段は目が離せないくらいやんちゃで、年の差なんて気にしたこともないのに…

「ねぇ、どうしたの?」

「…オレは姫さんとずっと船で一緒に暮らせて、こんなに楽しいのは生まれて初めてだってくらい楽しい。だが、姫さんは違うんじゃねーかってずっと思ってたんだ。」

「そんなことないよ、私も楽しいよ?」

「ああ、そう言ってくれたのが嬉しかった。」

「サザキ…。」

 頭上から降ってくるサザキにしては低い声が優しくて穏やかで、千尋はうっとり目を閉じた。

 普段は仲間達と騒いでいる声ばかり聞いているだけに、こういう時のサザキの声は艶やかだ。

 辺りには誰もいない小道で、風にそよぐ木々の葉の音を聞きながらそうして抱き合うことしばし。

 千尋は頬に冷たい雫のようなものを感じて顔を上げた。

 最初はサザキが泣いているのかと思ってびっくりした。

 でも、それは全然違っていて、千尋が顔を上げるのと同時にサザキもまた天を仰いでいた。

「雨?」

「ああ。」

「さっきまであんなに晴れてたのに…。」

 二人がそんな会話を交わしている間に雨足はあっという間に強くなって、空は昼間とは思えないほどどんよりとなった。

「通り雨かなぁ。」

 そう千尋がつぶやく間にも雨足はどんどん強くなる。

 このままだとすっかり体が濡れるからどこか雨宿りできるところへ非難しないとと千尋が辺りを見回していると、いきなり体にかかる雨がふっつりとなくなった。

「あれ?」

「通り雨だろうが、姫さんがずぶ濡れになりそうだからな。」

 千尋が視線を上げると頭上にはサザキの翼が大きく覆いかぶさるみたいに広げられていて…

 それは千尋を濡らすまいというサザキの心遣いらしかった。

「うわぁ、有難う。でも、それじゃぁサザキが濡れちゃう。」

「まぁ、オレは頑丈にできてっからな。とりあえず雨宿りできるところを探さねーと。」

 翼で千尋をかばっておいて、サザキはぐるりと辺りを見回した。

 すると少し離れたところによく葉の茂った大きな木が一本、堂々と立っているのが見えた。

 サザキは千尋の手をとるとその大木の下へと一気に走った。

「ここなら少しは雨がしのげるだろ。」

「うん、大きな木だねぇ。」

 見上げれば葉がぎっしりと生い茂っていて雨は殆ど落ちてこない。

 それを確認してやっとサザキは千尋の頭上から翼を退いた。

「有難う。サザキの羽根って便利だね。あの時、切り落としたりしなくて本当によかった。」

「姫さんのためならどんな使い方だってしてやるぜ?切り落とせって言われりゃ切り落としたってかまわねーさ。」

「ダメ!絶対ダメ!こんなに便利なんだから。」

 最後の方はちょっとふざけて、にっこり笑って千尋はそういった。

 もう二度と絶対に、サザキに翼を切れなんて誰にも言わせない。

 千尋は心の中で密かにそう誓っていた。

「にしても、凄い雨だな。」

「ごめんね、サザキはすっかり濡れちゃったね。」

「あ?ああ、オレはどうってことねーよ。それより、こりゃしばらくここで足止めだなぁ、せっかく姫さんと出てきたのによ。」

「でも、木の下で雨宿りも風情があっていいよ。船の上じゃ絶対できないし。」

「ま、そりゃそうか。」

 千尋が楽しそうにしていればサザキはそれでかまわない。

 隣で雨模様の空を見上げる愛らしい恋人の横顔を見つめて、サザキは幸せそうに微笑むと恋人と同じように空を見上げた。

 立ち込める雨雲は辺りをすっかり暗くして、雨は一層激しく降るばかりだ。

 雨の降り方からして通り雨だとは思うが、しばらくは降り続きそうだった。

「サザキは濡れちゃったから寒くない?」

「大丈夫だって、姫さんこそ、濡れてねーか?」

「うん、私はサザキの羽根があったから…。」

「姫さんが濡れてないんなら問題ねーさ。それにしてもよく降るなぁ。」

 サザキが恨めしげに天を見上げても雨が止む気配はない。

 黙って立っているだけじゃ千尋が退屈するだろうかとサザキが考え始めたその時、サザキは自分の体がふわりと温かくなるのを感じた。

 慌てて視線を落とすと自分の体に千尋が抱きついていて…

「ひひひ、姫さん?」

「サザキ濡れてるから寒いかなと思って。」

「い、いやいやいやいや、大丈夫だってっ!」

「こうしてればあったかいでしょ?」

「ひ、姫さんが濡れちまうだろう?」

「うん、でも大丈夫だよ、私もこうしてたらあったかいし。」

 そう言ってきゅっと抱きつく千尋はなんだか幸せそうな顔をしていて…

 サザキはそれ以上何もいえなくなってしまった。

 姫さんが幸せならそれでいい。

 胸の内でそうつぶやいて、サザキはそっと千尋の体を抱きしめた。

 確かにこうしていれば暖かいのだ。

 それに嬉しくもある。

 もう少しだけ雨が止まなければいい。

 千尋の優しいぬくもりを抱きしめながら、サザキはそう思った。








管理人のひとりごと

あの翼、大きいよなぁ、空飛ぶ以外にも色々使えそうだよなぁと思ったのは管理人だけですか?(’’)
ゲーム中では翼切るとか、ちはやじゃないんだからやめてくれっ!痛そうすぎるっ!←わからないから振るな
と叫んでいた管理人、実は翼大好きです(笑)
サザキはああ見えて凄い大人なのでたまには大人の魅力を出してあげたかったんですが…私には無理だった(’’)(マテ
やんちゃ坊主だからねぇ、忍人とどっちがってくらい甘くなりません(TT)
そのうちにね、大人なんだからね、もうちょっとちゃんと千尋ちゃんを口説いてあげようね、サザキ(っдT)






プラウザを閉じてお戻りください