
千尋は甲板で思いっきり伸びをした。
サザキにさらわれてというか、さらってもらって橿原宮を後にしてから3日。
海賊船の生活は悪いものじゃない。
大海原に青い空、風はいつも気持ちいい。
時折、天気が良くてあまり気持ちがいいとサザキが抱いて空を飛んでくれる。
それもとても気持ちが良くて…
こんなふうなら海賊として海の生活もいいかも、と、千尋は半ば本気で考えていた。
「お、姫さん、おはよう。」
「おはよう、サザキ、今日も気持ちいいね。」
「だな。やっぱ海賊は海にいねーとな!」
この調子でサザキはずっと機嫌がいい。
なんといっても自称海賊から本物の海賊になれたのだから無理もない。
サザキの仲間達もただ船に乗って海を漂っているだけで満足そうだった。
海の上というと何かと不便があるんじゃないかと心配していたけれど、一番の懸念だった食事はカリガネのおかげで何の問題もなくおいしく頂いている。
なんと言っても採れたての海の幸をカリガネの料理でおいしくいただけるのだから文句なしだ。
しかもカリガネがいると甘いものもついてくる。
甘いものが大好きな千尋も何の不満もない船上生活を楽しんでいた。
「姫さんは何か不自由してることはないか?」
「別に何もないよ。ご飯もお茶もおいしいし、風は気持ちいいし。サザキは毎日楽しそうだよね。」
「おう!なんたってオレの船、大海原、自由な世界、最高だぜ!」
そう言ってニッと笑うサザキを見ていると千尋も自然と笑顔になる。
そんなサザキだから中つ国の王という立場を捨ててついてきたのだと改めて実感する。
中つ国の王ではなくなったのだけれど、その代わり千尋には新しい肩書きが増えた。
それは決して千尋の望んだ肩書きではなかったのだけれど…
「姐さん!大将を知りませんか?って、お、大将!」
そう、宮から大将が嫁をさらってきたということで、千尋はすっかりサザキの仲間達に姐さん呼ばわりされることになってしまったのだ。
これがさらってきたお姫様が泣き暮らしているとかならまだこうはならなかったのかもしれないが、何しろ千尋は自分から進んでさらわれてきた。
しかもサザキに抱かれてニコニコと嬉しそうに微笑んでみんなの前に降り立ったものだ。
我らが大将に姐さんができたというので仲間達は大喜び、即座に千尋の呼び名は姐さんで決定されてしまった。
「こ、こらっ!その呼び方は止めろって言ってんだろっ!姫さんが嫌がってんだろうがっ!」
「でも、大将、大将の嫁さんならオレ達にとっちゃ姐さんですぜ?」
「よよよよ、嫁じゃねぇっ!まだ嫁じゃねぇだろっ!」
「へへ、まだ、ねぇ。」
意味深な顔でニヤリとされて、サザキは思わずその辺にあった手桶のような器を仲間に投げつけた。
だが、テレ隠しに投げたものなどすばしっこい日向の男に当たるはずもなく、手桶をひょいとかわした男はそのままニヤニヤしている。
「姐さんとよろしくやってるとこすんません、カリガネが探してたんで。」
「だから、その呼び方はやめろっ!それからな、よろしくもやってねぇっ!」
はぁはぁいいながら抗議するサザキを爽やかに無視して日向の男はとっとと退散して行った。
新婚ほやほやの二人の邪魔をこれ以上する気はないとでもいいそうな勢いだ。
サザキはまだ何か追い討ちをかけていってやりたいらしくて口をパクパクしているが、とうの昔に日向の男はいなくなってしまっており…
千尋はそんなサザキを見て苦笑を浮かべた。
こんなことがここ3日、毎日続いているので千尋は半ばあきらめ気味だ。
「わりぃ、姫さん。あいつらはまったく…何度言ってもあの呼び方やめねーんだ。」
「もういいよ、みんな私に親しみをこめて呼んでくれてるんだろうし。」
「いいや、よかねぇ!姫さんはまだオレのよよよよ、嫁さんってわけじゃないからな!」
顔を真っ赤にして『嫁さん』の一言をやっと口にしてサザキは千尋から視線を外して空を見上げた。
サザキは何かというとこうして自分で言って自分で激しくテレて千尋の顔を見ることもできなくなってしまうのだが、千尋にしてみれば自分よりも遙かに年上なはずのサザキのこの様子は見ていて可愛らしい。
本当なら千尋の方が激しくテレるところなのに先にサザキにここまでテレてしまわれると、千尋はもうすっかり落ち着いてしまった。
「け、ケジメってもんがある、おう、ケジメだケジメ!」
「私はみんなが親しくしてくれるならそれでいいけどね。」
「よかねぇって!姫さんがあきらめてどうすんだよ!」
「あははは。」
サザキがあまりムキになるので千尋はもう苦笑しかできない。
「それよりサザキ、カリガネが呼んでるって言ってなかったっけ?さっきの人。」
「あ、ああああ、そういやそうだったな。カリガネが呼んでるってことは…。」
「きっと何かおいしいものの試作品ができたんじゃない?」
そういう千尋の顔は思わずおいしいものへの期待で輝いてしまう。
そしてそれを見たサザキは…
明らかに不機嫌そうな顔になった。
カリガネのおいしい料理を楽しみにしているのはサザキも同じはずなのにと千尋が小首を傾げれば、サザキは黙ったまま動こうとしない。
「サザキ?早く行かないとカリガネの試作品、なくなっちゃうかもよ?」
「……。」
何がなんだかわからずに千尋が小首を傾げていると、サザキの顔はどんどん深刻そうになって…
いつも軽い感じで楽しそうにしているサザキだけに、その顔は本当に深刻そうで、千尋は息を飲んだ。
これは、ひょっとして航海に支障をきたすような何かが起こったのだろうか?
それとも自分は何か問題になるようなことを言ってしまった?
千尋の脳裏を次々によくない考えが巡る。
「あ、あのね、サザキ、何か問題でも起きた?それとも私、なんか変なこと言った?」
「……姫さん。」
「何?私が何か変なこと言ったならそう言って。」
「……カリガネの料理はそんなに楽しみか?」
「へ、まぁ、そりゃ、カリガネの作るものはなんでもみんなおいしいし…サザキだって楽しみでしょう?」
「……そうじゃなくて…その…なんだ…姫さんが好きなのはカリガネの料理、だよな?」
「うん、カリガネの作るものはみんなおいしくて大好きだけど?サザキだって好きでしょう?」
「……。」
何故かサザキはここで黙り込んでしまった。
千尋は何がなんだかわからずに小首を傾げる。
「サザキ?」
「姫さんは、男は料理ができた方がいいって思ってるか?」
「えっと、まぁ、できたらステキだなぁとは思うけど、できる人少ないよね?そういえば風早は上手だったなぁ。那岐は全然ダメだったけど。」
「うぉ、風早ってあいつ、料理できんのかよっ!」
「うん、できるよ。私が違う世界で風早に5年間面倒を見てもらってたっていうのは話したよね?その間、料理は当番制だったの。だから私もできるけど、一番上手だったのは風早かなぁ。」
「……。」
ここでサザキの眉間にシワが寄った。
千尋にはサザキがどうしてこのタイミングで不機嫌になるのかがさっぱりわからない。
「カリガネはもうずいぶん前からだが、まさか他にも料理が得意な野郎がいたとは…。」
「サザキ?それがどうかしたの?さっきからなんか変だよ?」
今度は眉間にシワどころか苦しそうな顔で何か考え込んだサザキは、その難しい表情のままいきなり千尋を横抱きに抱き上げた。
「きゃっ、ちょっ、サザキ!」
「飛ぶぜ。」
「はい?」
「これから辺りをひとっ飛びだ。」
「ちょっ、なんで?どうして今?カリガネが探してるって…。」
「とにかく今は飛びたいんだよ、オレがな!付き合ってくれ、姫さん。」
「え、ちょっと、本気?」
「オレはいつだって本気だぜ。」
そう言ってサザキは大きく翼を羽ばたかせると大空へと舞い上がった。
「サザキ…。」
そこへちょうど甲板へサザキを探して上がってきたカリガネが姿を現して、深い溜め息をついた。
これは、試作品を食べてもらうどころではないと悟ったから。
「サザキ、カリガネが…。」
「行くぜっ!」
カリガネもそれを見つけた千尋も無視してサザキは更に上空へと舞い上がった。
海風が優しく吹く空は気持ちいい。
でも、いつもとは違うサザキが気になって千尋はそれどころじゃない。
「サザキ、どうしたの?なんか変だよ?」
「なんでもねぇ!…ちょっとばかし思いっきり飛びたかっただけだ。すぐ戻るから、もう少しだけ付き合ってくれよ。」
「う、うん…。」
納得できないままサザキに抱かれて空を飛んで…
でも、甲板に戻ってくる頃にはすっかりいつものサザキに戻っていて…
千尋はなんとなくサザキの変化が気になりながらも、結局何も聞けないまま甲板に戻ってカリガネの試作品のお菓子を食べることになった。
そして、そんなふうに千尋が何も聞けずにこの出来事を忘れた頃、千尋には内緒でカリガネに料理を習うサザキの姿がちらちらと目撃されるようになった。
そう、大切な姫さんに「ステキ」と思ってもらうために必死になるサザキだった。
管理人のひとりごと
一応、舞台はED直後、さらわれてきた千尋ちゃんは海賊船で生活を始めましたって感じのお話、なんですが…
サザキさん、あなた31ですよね?遙か4の八葉で一番年長者ですよね?(’’)
すみません、一番糖度が上がらないんですが(っдT)
永遠の少年と言われてしまえばそうなんですが…
一番大人なのに全くラブラブなシーンが書けません(’’)
まぁ、しばらくはどぎまぎしているサザキさんでお楽しみください(’’;
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