
「我が君。」
艶のある声に呼ばれて千尋が振り返ると、声の主はその整った顔に穏やかな笑みを浮かべていた。
千尋はこの恋人に言われて、今日は朝から一日休みを取って庭の花を楽しんでいたところだった。
「柊、おはよう、いいお天気だね。」
「はい。」
いつもはたくさんの言葉で千尋を煙に巻く柊が、ただそれだけ言うと千尋を横抱きに抱き上げて歩き出した。
千尋は小さく「きゃ」と声をあげて、思わず柊の胸にしがみついた。
「柊?」
「我が君には忠実なる下僕が多くおいでですので、さらってしまうには急ぎませんと。」
「へ?さらう?」
千尋が目を大きく見開いている間に柊はさっさと宮を出ると、三輪山の方へ向かって歩き出した。
「柊、自分で歩けるよ。」
「今日ばかりはこうしてお運びしたいのですよ。」
そう言って微笑を向けられてはもう千尋は顔を真っ赤にするしかなくて…
千尋が柊の腕の中でおとなしくしていると、やがてその視界に薄紅の一片が舞い降りてきた。
「これ……。」
千尋が前へと視線を移すと、そこには今を盛りと咲き誇る満開の桜の大木が一本。
柊はその大木の下へと千尋を解放した。
「我が君と同じく、今を盛りと咲き誇っております。よくお似合いと思いまして。」
「柊はすぐそういうおおげさなこと言うんだから…。」
「いつも本心を申し上げているつもりなのですが…心外です。」
悲しそうな顔でそう言う柊に千尋は顔を真っ赤にしてあたふたしてしまった。
いつも飄々としている柊に悲しい顔をされて、どうしていいかわからなくなったのだ。
ところが、次の瞬間、柊はその口元に手を当ててクスリと笑みを漏らした。
「柊!からかったのね!」
「からかってなどおりません。」
静かにそう言った柊の手袋をしたままの手が千尋の頬をなでた。
柊の声があまりに切なくて、千尋がじっとその隻眼を見つめれば、その瞳がうっすらと微笑を浮かべた。
その笑顔に千尋が思わず見惚れていると、まるでその瞬間を狙っていたかのように柊の唇が千尋の唇をかすめた。
一瞬何が起こったのかわからずにキョトンとしていた千尋が、事態に気付いてその顔を真っ赤に染め上げてむくれる。
「柊!ひどい!」
「口づけては、いけませんでしたか…。」
「ちがっ!……と、突然するなんてひどいっていう意味で……。」
また急に悲しそうに翳った柊の表情に千尋が慌ててそう説明すると、柊の手が千尋の顎をくいっと持ち上げた。
「では、突然でなければ宜しいのですね?」
妖しく微笑んでそう問われては首を横に振ることなんてできなくて…
千尋はまだって目を閉じた。
いつだってやっぱりこの人にはかなわない。
千尋は唇に優しいぬくもりを感じながら、この恋人にならこんなふうに罠にかけられることさえ幸せに感じている自分を自覚した。
管理人のひとりごと
桜企画拍手御礼SSバージョン、柊編でした♪
管理人はあまり柊の策士っぽいところ書いてなかったなと思って、テーマを罠にしてみました(’’)
柊相手になら罠にかけられてからめとられてもかまわない、そんな千尋ちゃんです♪
まぁ、たぶん、この後、最終的に実験を握るのは千尋だと思いますけどね(’’)
だって、柊けっこうへたれだから(っдT)(マテ
プラウザを閉じてお戻りください