特別だから
 忍人は千尋を前にして立っていた。

 呼び出したのは千尋の方。

 どうしても気分転換に散歩がしたいから警護をしてほしいと呼ばれたのだ。

 いつもなら風早という従者が側をついて離れないから、その風早が喜んで護衛をかって出るはずなのだが…

 何故か今回は忍人にその役割が回ってきた。

 あの風早がよく許したものだと思いながらも、忍人は千尋と今、森の中に立っている。

 何故なら千尋がここへ散歩にきたいと言ったから。

 千尋は自分の立場をよく心得ているし、皆がどんな思いで今の平和を手にしたかも知っている。

 だからめったなことでわがままは言わないし、それどころか自分の望みを口に出すことさえ珍しいくらいだ。

 そんな千尋がどうしても忍人と散歩がしたいとい言い出した。

 めったにないわがままだからこそ風早もそのわがままを聞いたのかもしれない。

 そう思えば、忍人もたまの恋人との一時をかたくなに拒む理由もなかった。

「お天気いいですねぇ。」

「ああ。」

 先を歩く千尋は言葉少ないが、それでもとても気分がよさそうだ。

 天気はよく、木漏れ日が綺麗で、そんな木漏れ日の下を歩く千尋は一段と美しく見える。

 自然と忍人の目も細くなった。

「空気もおいしー。」

 ひときわ大きな木の下までやってくると、千尋は足を止めてくるりと忍人の方を振り返った。

 どうやらここまで来て千尋が満足したらしいと悟って、忍人は千尋から少し離れたところで足を止めた。

 すると、今まで機嫌がよかった千尋の笑顔が急に曇った。

「疲れたのか?」

「そういうわけじゃ…ただ…。」

 忍人がいぶかしげな顔をして首をかしげると、千尋は悲しそうにうつむいて声を小さくした。

「ただ、せっかく二人きりだからもうちょっと近くてもいいかなって思っただけです…。」

 拗ねるようにそう言う千尋に一瞬目を丸くしてから忍人は小さく溜め息をついた。

 少し離れていた方が周囲が見渡しやすくて、千尋を守るのに都合がいいと考えて立ったその場所はどうやら千尋には不満だったらしい。

 ここに風早がいたなら千尋の気持ちを最優先に考えるべきだと説教をされるか、凍りつくような迫力の笑顔を向けられたことだろう。

 忍人はどうにも女性の扱いが不得手らしい自分に溜め息をつきながら、千尋の隣に歩を進めた。

「君を守るにはあそこの方が視界がいい、そう思っただけだ。」

「あ……ごめんなさい、私…。」

「いや、俺も気がきかなかった。」

「そんなことないです。私がわがままで…。」

「君は少しくらいわがままを言った方がいい。」

「忍人さん…。」

 千尋が努力家なのは忍人もよくわかっている。

 だからこそ風早辺りは甘やかすのだろうし、あの柊でさえ千尋のために労力を裂くことを厭わないのだろう。

「最近、君はずいぶんと王らしくなってきた。少人数で散歩をしたいとは珍しい。」

「それは……その…たまに忍人さんと一緒にゆっくりしたいなと思ったのと……。」

「他にも何かあったのか?」

 忍人が驚きながらそう尋ねると、千尋は顔を赤くしてうつむいた。

「実は、あります…忍人さんと二人きりで話がしたかったんです。」

「話?」

 話ならば毎晩のようにしている。

 夕食を共にとってその後に一緒にお茶を飲む。

 それが最近の日課になっているのだ。

 忍人は相変わらずの無口だが、二人きりの時、千尋は楽しそうに色々とよくしゃべる。

 だから、会話が足りていないとは思っていなかった。

「えっと、まず、お誕生日、おめでとうございます。」

「あぁ…。」

 言われて初めて忍人は今日が自分の生まれた日であることを思い出した。

 次々に持ち込まれる軍関係の仕事に追われて、すっかりそんなことは忘れていたのだ。

「やっぱり忘れてたんだ。そうじゃないかと思ってました。」

 そういってクスッと笑う千尋の笑顔に忍人は思わず見とれた。

 その笑顔は明るくて楽しそうで、少しだけ恥ずかしそうで、つまりはとても美しかった。

「忍人さんって食べ物の好き嫌いもないし趣味もないから誕生日の贈り物、何にしていいかわからなくて…。」

「そんな気遣いは無用だ。」

「そう言うとは思ったんですけど、でも大好きな人が生まれてきてくれた大切な日に何もしないなんて寂しくて…。」

 そう言ってうつむく千尋に、思わず忍人の口元がほころんだ。

 こんなふうに愛しそうに自分の生まれた日を想ってくれた人が今までにいただろうか。

 そう思えば忍人の千尋への想いも膨らんで、思わず手が伸びたその時、千尋がさっと視線を上げた。

 碧い瞳がまっすぐ忍人を見つめる。

 それと同時に動き出した忍人の手が止まった。

「だから、二人っきりでいっぱいお祝いしたいと思ったんです。」

「それならもうじゅうぶん祝ってもらった。」

「まだですよ。」

 千尋はそういうと、忍人のすぐ前まで歩み寄り、忍人の顔をじっと見上げた。

「忍人さん、目を閉じてください。」

 かわいらしいお願いだ、と、風早辺りなら頬を緩めたかもしれない。

 ところが、残念なことに今千尋の目の前にいるのは葛城忍人、鬼の将軍だ。

 守らねばならない人の前で目を閉じる、そんなことを要求されてすぐにそうですかと飲める人物ではない。

 忍人は眉間にシワを寄せて千尋の様子をうかがった。

「目など閉じて、どうしろというんだ?君は。」

「そ、それを言っちゃったら目を閉じてもらう意味がないじゃないですか。」

「しかし、目を閉じては外敵が現われた時に君を守れない。」

 真剣な顔で言われて、一瞬千尋が目を見開いた。

 人気がないとはいえ、ここは安全だと言い切れる自分達の国の領内だ。

 辺りには人の気配もしない。

 そんなことは将軍である忍人が一番よくわかっているはずなのに…

 千尋は思わず苦笑すると挑むような目で忍人を再び見上げた。

「大丈夫です、人の気配もしないし、それに、万が一敵が現われたとしても葛城将軍なら目を閉じていたって気配ですぐにわかるでしょう?」

「それは…。」

 そういわれてしまうと否定できない忍人だ。

 どんな状況であっても、どんな敵からも愛しい人は守ってみせると誓ってもいる。

 目を閉じたくらいで敵の攻撃を許すようなつもりも毛頭ない。

「それに、すぐですから。目、閉じてください。」

 ここまで言われては忍人にはもう抵抗する術はない。

 真剣なまなざしの千尋に圧倒されて、忍人は静かに目を閉じた。

 もちろん、その間も辺りの気配を探ることは忘れない。

 ところが、忍人が想定していたような敵はもちろん現われることはなくて、目を閉じた次の瞬間に忍人が感じたのは唇の辺りに与えられたやわらかくて優しいぬくもりだった。

 驚いて忍人が目を開けると、顔を真っ赤にした千尋が上目遣いに自分を見ている視線とぶつかった。

「もういいですって言うまで閉じててください…恥ずかしいです…。」

 この千尋の一言で忍人はようやく自分が千尋の方から口づけられたことに気づいて小さく溜め息をついた。

 千尋の方からこんなことをさせたと風早や柊に知られたら…いや、岩長姫などに知られたら何を言われるかわかったものではない。

 そんな忍人の様子を見て、千尋の顔色があっという間に青くなった。

「ごめんなさい…私には他に何もあげられるものがないからって思ったんですけど…忍人さんに嫌な思いさせちゃったんですね…。」

「は?」

 今にも泣き出しそうな千尋を前に、忍人は再び溜め息をついた。

 そして次の瞬間、泣きそうになっている千尋を有無を言わせず横抱きに抱き上げた。

「忍人、さん?」

「嫌だなどとは一言も言っていない。」

「はぁ…。」

「自分が不甲斐ないと思っていただけだ。」

「そ、そんな、忍人さんは不甲斐なくなんかないです!」

「戦場ではそのつもりだが、君の前だとどうも不甲斐ない。」

「そんなこと…。」

 そんな言い合いをしている間に忍人は森の奥へとすたすた歩き始めた。

 予想しなかった事態に千尋があたふたと慌て始める。

「忍人さん、自分で歩けますから。」

「祝ってくれるのだろう?」

「はい?」

「俺の生まれた日を祝ってくれるのだろう?」

「それは…はい…。」

「では、これから今日一日、君の時間を俺にくれないか?」

「そのつもりでしたけど…。」

「俺にはそれでじゅうぶんだ。」

 淡々とそう言い放って忍人は歩き続ける。

 千尋は顔を赤くしてうつむいた。

「それはいいんですけど…自分で歩けますから…。」

「俺がこうしていたい、いけないか?」

「い、いけなくないです…。」

 忍人の顔に柔らかな笑みが浮かんだ。

 千尋は思わずそんな忍人に見とれてから、顔を真っ赤にしてうつむいた。

 こんなふうに笑ってもらえるなら、何だってする。

 そう思ってしまう。

 それがお姫様抱っこなら大歓迎だ。

 そんなことを思いながら、千尋は忍人の首に腕を回して体の力を抜いた。

 木漏れ日に満ちた森の中、忍人は大切なぬくもりを腕に幸せな一時を過ごすのだった。








管理人のひとりごと

設定資料を見たら好きな食べ物も嫌いな食べ物も特にないって言うしさ…
甘さが強いものは苦手みたいって…千尋ちゃんに死ぬほど甘いお菓子でも贈らせてやろうかしら!と思いましたが(’’)
将軍かわいそうなのでやめました(w
で、こんな感じに。
忍人さん、お誕生日おめでとうございます♪
恋愛には奥手そうな忍人さん、風早に目で脅されてそうな忍人さん、気を抜くと千尋ちゃんに押し倒されそうな忍人さんが好きです(’’)(コラ









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