生誕
 忍人はいつものようにいつもの仕事をこなしながら、いつものように無愛想な顔で歩いている。

 無愛想なのはいつものことだから、本当に忍人が不機嫌なのかが判別できる者はそうはいない。

 が、今の忍人はかなり不機嫌だった。

 不機嫌というと少しばかり違うかもしれない。

 機嫌が悪いのではなく、落ち着かないのだ。

 何故落ち着かないのかといえば、それは、今となってはもうすっかり恋人という関係になった千尋がここ数日そわそわとしているからだ。

 ここ、中つ国の王である千尋は、忍人の主でもある。

 だから、自分が臣下であるという立場を考えると、忍人はどうしても様子がおかしい原因を千尋に追究できずにいるのだ。

 だが、愛しい相手であれば当然のこと、様子がおかしければ気になるというもの。

 気にはなるが問い詰めたりはできない。

 忍人は自分の中にある二つの想いの間で悶々としていたのだった。

「忍人、なんて顔してるんだい?」

「風早……。」

 宮の前で声をかけてきたのは長身でいつも飄々としている兄弟子だ。

 いつも風のように軽やかで、つかみ所のない青年だが、忍人にとっては親しい付き合いの人物といっていい。

 つまり、忍人の表情からその心中を読み取ることのできる数少ない人間のうちの一人だった。

「この顔は生まれつきだ。」

「まぁ、仏頂面はいつものことだろうけどね。でも、不敗の葛城将軍はめったなことじゃそんなふうに悩み事で眉間にシワを寄せながら歩いたりはしない。違うかい?」

「……。」

 そう、忍人は自分が人の上に立つ人間なのだということをよく自覚している。

 前線で軍を指揮するときに私情が入ってはいけないことも理解している。

 表情に感情が出にくいのはそのためだ。

 それでも風早には今の忍人が何か悩んでいると一目でわかった。

 こんなふうに顔に出るほど忍人が悩んでいることは珍しいのだ。

「そんなふうに忍人が悩むことといったら千尋のこと、だと俺は嬉しいかな。」

「風早……。」

 にっこり微笑んでいる風早の父親のような態度にあきれて、忍人は深い溜め息をついた。

「千尋と喧嘩でもしたのかな?千尋はいつもと変わりなかったようだったんですが…。」

「いつもと変わりない?本当にそうか?」

「ん?やっぱり何か千尋を怒らせるようなことでも?」

「違う、そうじゃない。最近、王はどこか上の空というか……落ち着かない感じがしないか?」

「?」

 忍人の言葉に風早がキョトンとした顔で小首を傾げた。

 何を言っているのかわからないといった様子だ。

「最近、王は俺と二人で話をしていても上の空ということがよくある。それに、なんだかそわそわしているように見える。」

「へ〜。」

 と、何故かここで風早は感心したような声をあげた。

 今度は忍人が首を傾げる番だ。

「いえ、忍人がそんなふうに女性を気遣うことがあるとは思ってもみなかった。根っからの朴念仁だと思ってたんですが…。」

「おい、風早…。」

「忍人が千尋のことをそんなふうに気遣って、ちゃんと見ているのなら安心だ。」

「だから、なんの話だ…。」

「こっちの話かな。」

「……。」

 途中から風早はなんだかとても機嫌がよさそうで、その原因がなんなのかは忍人には全くわからず…

「まぁ、忍人はそんなに心配しなくてもいいと思うよ。」

「はぁ?」

「それじゃぁ。」

「おい……。」

 風早は何やら嬉しそうにニコニコと微笑を浮かべたまま、忍人に軽く手を振って去っていってしまった。

 それこそ忍人には呼び止める間もなかった。

「自分から声をかけてきたのだろうが…。」

 残された忍人はと言うと、そのまま風早の背を見送って深い溜め息をついた。

 何がなんだか全くわからない。

 風早の態度にも気になるところはあるが、今はそれどころではない。

 最近の千尋の様子の方が大問題なのだ。

 忍人は、もうこれはこれから千尋とともにとる夕食の席できちんと問いただしてみるしかないと心に決めた。

 臣下の身でそのようなことをするのはどうかとは思うが、恋人として案じているといえばきっと答えてくれるだろう。

 千尋は今でも主だ臣下だという立場にこだわる忍人をとても寂しそうに見ることがあるくらいだから。

 忍人は小さく一つうなずくと、宮に足を踏み入れるべく歩き出した。





 いつものように忍人は千尋の部屋に迎え入れられて、そして見回りの報告を終えた。

 いつも通りの報告をいつものように優しい笑顔で聞き終えた千尋は、そのまま夕食を一緒にと忍人を誘った。

 もちろん忍人もいつものように承諾する。

 ただ、いつもと違ったのは、片時も側を離れないといっても過言ではない従者の風早がいなかったこと。

 忍人はどうしたのかと辺りをキョロキョロと見回した。

「忍人さん?どうかしましたか?」

「いや、風早の姿が見当たらないが…。」

「ああ、えっと、今日はちょっと席を外してもらったんです。」

「?」

「お、忍人さん!」

 何故風早をと聞こうとして、忍人はその言葉を飲み込んだ。

 自分の名を呼んだ千尋の声がとても切羽詰ったものに聞こえたから。

「どうかしたのか?」

「いえ、その…あの……。」

 赤い顔でうつむいてもじもじしている千尋を見て、忍人は深い溜め息をついた。

 やはり千尋の様子はおかしい。

 明らかにおかしい。

「いったい何を隠しているんだ?君は最近、様子がおかしい。俺に隠したいことがあるのか?」

「はい?」

 いつもよりも重々しい声の忍人を見上げて、千尋は目をぱちくりと瞬いた。

「君は最近、どこか上の空だ。何か気になっていることがあるように見える。俺に知られてはまずいことなのか?話したくないのか?」

「えっと…知られたくないというか、知られたくなかったんですけど、もういいんです。」

「何を言っているんだ?」

「本当は今日までに何とかしたかったんですけど、やっぱり私、全然わからなくて…。」

「何がだ?」

「忍人さんがほしがっているものです。」

「……。」

 話が飛躍した。

 少なくても忍人にとっては飛躍したように思えた。

 忍人は突然何を言い出すのかと小首を傾げた。

「私、前に聞きましたよね?忍人さんが生まれた日はいつですか?って」

「ああ……。」

「今日、ですよね?」

 そうだった。

 そういえば、以前にそんなことを聞かれて答えていた。

 それが今日だ。

「私が風早と那岐と一緒に暮らしてた世界では生まれた日をお誕生日って言って、お祝いするんです。贈り物を贈ったりとかして。だから、私も忍人さんに贈り物をしてお誕生日をお祝いしてあげたかったんですけど……忍人さんは何がほしいのかぜんぜんわからなくて…本当は内緒で用意して驚かせたりとかしたくて、それで黙って色々考えてたんです。でも、とうとう今日になっちゃって……。」

 しゅんとうつむく千尋とは裏腹に、忍人は安堵の溜め息をついていた。

 ここ数日の千尋の挙動不審はそんなことが原因だったのかと安心したからだ。

 千尋の様子がおかしいと気付いてから、それこそ忍人の方が全く落ち着かず、もしや千尋が自分のことを鬱陶しいとでも思い始めたのではないかとまで思いつめたこともあったのだ。

「色々考えたんです、忍人さんなら剣がいいかな?とか、でも、剣を贈るなんて、なんだか戦えって言ってるみたいで嫌だったし、食べ物とか忍人さんは好き嫌いがないし、服だってこだわりがないというか…宝とか、全然興味なさそうだし……だから、何も用意してないんです、ごめんなさい。」

「そんなことは気にしなくていい。」

「気にします!だって…大好きな人の誕生日で、大切な人が生まれてくれた日ですよ?お祝い、したいですもん…。」

「君はまったく……。」

 忍人の口元がほころんだ。

 千尋はいつだって懸命に、まっすぐに忍人を想っている。

 その想いはしっかりと忍人に伝わっているのだから、忍人自身はそれでじゅうぶんではないかと思うのだ。

「物は思いつかなくて……だから……。」

「?」

 何が言いたいのかと忍人が小首を傾げていると、急に千尋が忍人に抱きついた。

「なっ…。」

「私は忍人さんが大好きです!生まれてきてくれて有難うございます……私が忍人さんにあげられるものって、この想いしかないから…。」

 忍人にギュッと抱きついて千尋がそうつぶやけば、一瞬驚いて凍り付いていた忍人の顔にやわらかな笑みが浮かんだ。

「それだけでじゅうぶんだ。いや、君の想い以外に俺が望むものなどありはしない。」

 そう言って忍人は千尋の小さな体を優しく抱きしめた。

 ちょっと力を込めれば壊れてしまいそうなほど華奢な体だ。

 大切に大切に抱きしめれば愛しさが増した。

「お、忍人さんがそんなこと言うなんて…嬉しい、です。」

 忍人の腕の中で千尋が顔を上げて微笑んだ。

 そんな千尋を見つめながら忍人は心の中で千尋の言葉を噛み砕いていた。

 そんなことを言うなんて嬉しい?

 そういえば自分は千尋に愛しいということをあまり言葉では伝えていない気がする。

 態度ではきちんと示しているつもりだが、言葉では伝えていなかったかもしれない。

 そんな言葉を口にするのは臣下の身では好ましくないと思っていたからだ。

 だが、こんな一言で千尋がこうも喜んでくれるのなら、これからは言葉でもちゃんと気持ちを伝えるべきなのかもしれない。

 忍人は延々とそんなことを胸の内で考えて、それから嬉しそうに微笑んでいる千尋に抵抗する間も与えず口づけた。

「忍人さん…。」

「いや、だったろうか?」

「そ、そんなことないです!嬉しいです!」

 そう、言葉ではなかなか伝えられないから今は態度で、行動で。

 だが、言葉の方が嬉しいと千尋が言うのなら、これからは言葉でも伝えられるようにしなくてはならない。

 臣下の身ではそれが好ましくないと言うのなら、臣下ではない身にならなくては。

 忍人は顔を真っ赤にしながら微笑む千尋を腕の中に閉じ込めて、真剣にそんなことを考えていた。







管理人のひとりごと

忍人さんお誕生日おめでとうございます\(^^)/
ということで、忍人さんお誕生日おめでとう短編でした♪
千尋ちゃんからは想いを受け取ったので、管理人からはご結婚フラグを贈ってみました(’’)(マテ
相変わらず風早父さんがからかいに出てきてるのは管理人の趣味です(’’)(コラ
とにもかくにも、忍人さんのお誕生日を心から祝福致します♪









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